ダメ姉は、勉強会に参加する(その2)

 中間テストを間近に控え。やる気など皆無な私だったんだけど……コマに提案され、急きょ勉強会に参加する事となった。目指すは全教科赤点回避!補習回避!

 ……勉強会やってる割に、目標も志もめちゃくちゃ低くないかって?そこは気にしないで頂きたい。


「―――うん、解き方は大体覚えたみたいね。いい感じよマコ。今回の中間は今教えたところを中心に出題されるだろうから、あとはひたすら問題集を解きましょう」

「はーいカナカナ先生」


 勉強ができない私の為にと我が家に集ったのは、コマ・カナカナ・ヒメっちと言う成績優秀三人娘(+先生一人と後輩一人)。三人はローテーションを組み、1時間ごとに交代で私の家庭教師となってくれている。

 ちなみに今の時間は親友のカナカナのターンだ。


「それにしても……勉強嫌いなマコに教えるのって苦労しそうって思ってたけど……案外スムーズに教えられて良かったわ」

「んー?そうかな?」

「ええ。マコの場合、単純に勉強のやり方がわかってないだけで、言われた事はちゃんとやるし飲み込みもそれなりに良い方だから教え甲斐もあるのよね。コマちゃんの姉だけあって、なんだかんだマコもやればできるのよね」

「えへへ。いやーそれほどでも」

「あとは勉強する習慣をつけて、そんでもってもっと要領よくなれれば……わざわざ勉強会なんて開かなくても問題はないはずなんだけど……」

「それに関しては諦めて欲しい。料理ならいざ知らず。やりたくない勉強を習慣付けるのは無理だし。要領のいい私とか、私らしくないからね!」

「誇らしく言う事じゃないわよ……まあ、確かにマコらしいと言えばらしいか」


 どこまでも優しく、そして根気よく私がわかるまで教えてくれるコマに対し。やる時は結構スパルタに、それでいて出来たらしっかり褒めてくれるのがカナカナ。どうやらカナカナは飴と鞭の使い方が上手いようだ。カナカナの教えに付いて行くのは結構大変だけど、でもその分しっかり理解できるって感じがする。


「さて。無駄話はこの辺にして、そろそろ勉強再開するわよ。問題集のここからここまでを解いてみなさいマコ。終わったらわたしが採点してあげる。途中の解き方とかもしっかりノートに記しておいて。どこからちゃんと理解できていて、どこが理解できていないのかわたしも知りたいからね」

「りょうかーい」

「テストと同じようにしっかり時間を計るわよ。とりあえず10分で解きなさいマコ。それじゃあ―――始め」


 カナカナに促されて問題集とにらめっこ。自分の勉強時間を割いてまでこの私に付き合ってくれているんだ。カナカナにも、勿論コマやヒメっちたちにも感謝しつつ。決してその厚意を無駄にしないためにも……苦手な勉強、ちょっくら頑張ってみますかね!


『ぐ、ぬぬぬ……おのれかなえさま……!あんなに……見せつけるように、マコ姉さまとイチャイチャと……!なんて恨めしい―――じゃなかった、羨ましい……!私も、私だって姉さまに手取り足取り教えたいのに……!』

『……どうどう。落ち着けコマー。血涙流すほどキレないで。怖いよ。別にあの二人、イチャイチャしてるわけじゃないでしょー?ただ勉強教え合ってるだけじゃない。それにそんなに焦んなくても交代制でやってるわけだし、もうしばらくしたらコマの番』

『そ、それはそうですが……!本来ならば姉さまの家庭教師役はこの私一人のハズでしたのに……!姉さまを独占できるって思っていましたのに……!』

『……いいから、コマも自分の勉強しよう。マコとカナーに気を取られて、自分の成績落としちゃう事になったら、マコにも嫌われるかもよー?』

『ぐ、ぅぅ……わかり、ました……しばしの辛抱ですよね……』



 ~ダメ姉勉強中:しばらくお待ちください~



「―――ま、マコさん。それに皆さん……お疲れ様です」

「先輩方!休憩しましょー!そろそろ夕食の時間ですよー!」


 解き終わった問題をカナカナに採点してもらい、間違った個所を解説して貰ったところで。和味せんせーとレンちゃんがリビングで勉強していた私たちに呼びかけてくる。

 おぉ……ついさっきせんせーたちの作ってくれたおやつを食べたばっかりだと思ってたけど。気づけばもうそんな時間か。コマやカナカナたちの教えが良いのか、勉強嫌いなこの私も相当集中して勉強できてたらしい。


「一応……その。差し出がましいかもしれませんが……お夕飯も作らせて頂きました。マコさんのお口に合うと良いのだけれども……」

「あたしも!あたしも手伝いました先輩!絶対、美味しいですよ!勉強道具片づけておいてください!すぐにご飯もってきますから!」


 今回の勉強会、二人は無理して私に付き合ってもらわなくても良かった―――というか。立場上二人はこの勉強会に参加する意味はなかったわけだけど。


『料理しか得意じゃないですし……せめて料理でマコさんの役に立たせてください……』

『勉強は全く戦力になりませんが……先輩の身の回りのお世話をさせて欲しいです!』


 困っている私の力になりたいと、せんせーやレンちゃんから強く懇願され。こうして私のサポートという形でこの勉強会に参加してもらっている。

 具体的に言うと、普段私がやっている家事全般の肩代わり―――おやつを作ってくれたり。洗濯してくれたり。あとはこんな風に夕食を作ってくれたり。


「私も姉さまのお陰で味覚が戻って……少しは料理できるようになりましたし。料理くらい私がやりましたのに……普段作って貰っている恩を返すためにも……姉さまのご飯も、本来なら私が作るはずでしたのに……」

「マコが尊敬してる料理の先生とマコの料理の弟子の手料理ねぇ。ま、お手並み拝見といきましょうか」

「……お腹すいた」


 コマたちも勉強を切り上げて、テーブルの上の自分たちの勉強道具をどかしつつ夕食の準備に取り掛かる。そうやっているうちに、しばらくするととてもいい匂いがリビングまで漂ってきた。

 珍しく頭を使ったせいで大分お腹も空腹も空いていたけど……そんないい匂いのせいで更にお腹が空腹を訴えてくる。


「お、お待たせです……きょ、今日は……トルコ料理を作ってみました……」

「トルコですよ、トルコ!」

「「「「おぉー」」」」


 勉強道具を片付け終えると、せんせーたちが作ってくれた料理を運んでくれた。あっという間にテーブルにはとても美味しそうな料理が所狭しと並べられる。

 前菜にフムスと呼ばれるひよこ豆をペーストしたもの、主食はブルグルピラウ、ビベルドルマやキョフテの肉料理にスープのメルジメッキチョルバス……先生の専門は日本料理だそうだけど、専門外の料理も当然のように極めているらしい。食欲を促す香りと湯気を立てるトルコ料理の数々を前に、思わずゴクリと飲み込む私たち。


「折角せんせーたちが作ってくれたわけだし、冷めないうちに食べよっか皆!んじゃ、いくよ。せーの―――」

「「「いただきます」」」

「ど、どうぞ……」


 皆で手を合わせていただきます。そんなわけで勉強の疲れを癒す、楽しい夕食タイムの始まり始まりだ。


「う、美味い……!流石我が師匠、どれもこれも絶品だわ。すみませんせんせー、後でレシピ頂けますか?」

「も、勿論です!な、なんでしたら私が今度手取り足取り実践して教えてあげますからねマコさん……!」

「くぅ……さ、流石腐ってもプロ…………おいしい、です……姉さまさえも唸らせるこのレベルの料理となると……まだまだ私には……」

「素直に凄いわね。普段はちょっとアレな先生なのに、料理に関してはこんなにもレベル高いなんて……色んな意味でマコの先生ってわけね」

「……マコ、コマ。タッパー貸して。この料理、帰ったら母さんにも食べて貰いたいから」

「先輩、マコせんぱーい!どうかあたしが作ったこのデザートのバクラヴァも食べてください!トルコ料理にはトルコのデザートですよー!美味しいですよー!」


 せんせーの料理、レンちゃんのデザートに舌鼓を打つ私たち。空腹も最高潮に達していた上に二人の超美味な料理だ。あれだけテーブルを埋め尽くしていた料理の数々もあっという間に私たちの胃袋の中へと消えていく。

 うーむ、流石せんせー。短時間でこれ程の絶品を調理されるとは……私ももっとせんせー並みに美味しい料理を作れるように精進しなくちゃね。レンちゃんもレンちゃんで、いつの間にやらこんなにお菓子の技術が向上しているなんて……我が弟子の急速な成長に感激ですよ私は。


「改めて、せんせー。それにレンちゃん。ありがとうございます。こんなに美味しい夕食を作って貰って。……料理だけじゃないですね。わざわざ休みの日に来てもらって、家事まで手伝っていただけるなんて。本当に助かります」

「い、いえ!良いんですマコさん!わ、私が……好きでやってることですから……マコさんの為にお料理するなんて……私からしてみたら、ご褒美のようなものですし」

「そうですよ!マコ先輩の役に立てるなら、あたし喜んでなんでもやりますよ!」


 申し訳なさから頭を下げるけど、二人は気にした様子はなくそんなありがたい事を言ってくれる。勉強を教えてくれる、コマ・カナカナ・ヒメっち。サポートしてくれるせんせー&レンちゃん。

 ……皆にここまで支えられたならば、私も本気で勉強してちゃんと赤点回避しなくちゃね。頑張ろう、うん。


「あ、ちゃんとお風呂も沸かしておきましたよ!うふふ……♪先輩と一緒のお風呂、楽しみです!」

「ま、マコさん……僭越ながらこの私が……マコさんのお背中、流しますから……ね♡」

「へ?お風呂?」

「……ッ!?ちょ、ちょっと待ちなさい貴女たち」


 と、ここまではそんな風に和気あいあいと楽しく夕食をみんなで食べていたんだけど……レンちゃんとせんせーのその一言で、空気が変わった。


「清野先生?レンさま?貴女方はどうして姉さまとお風呂に入る前提の会話をされているのですか?お風呂なら自分の家に帰って入って頂けませんかね?」

「「???」」

「どうしてそんなに不思議そうな顔をしているのですかね……?」


 お風呂と言う単語を前に、コマは慌てて食事を止めてせんせーたちに詰め寄る。詰め寄られた二人は心底コマの言葉が理解できないと言いたげに首を傾げているけれど……


「いや、コマちゃんこそ何言ってんの?わたしたち今日は泊まるのに、風呂にも入らせてくれないワケ?」

「泊ま……!?か、かなえさま?貴女まで何を言っているのですか……!?」

「あ、あの……私……今日が土曜で、明日が日曜日ですから……その……一泊二日の勉強会なのかと……だから泊まらせていただけるものと思っていました……」

「あたしもてっきり、お泊りするものかと思って準備してきたんですけど」

「ハァ!?」


 せんせー、レンちゃんだけでなく。更には親友のカナカナまでもお泊り宣言。私も、そしてコマもそう言う話は寝耳に水。え、まさか皆うちに泊まるの?


「……あー。ごめん。なんか皆はお泊りする流れみたいになってるけど……私はご飯食べたら家に帰る。母さんが家に帰ってくる頃だろうし。母さんを寂しがらせるわけにはいかないし」

恋敵共いてほしくない人たちが居座る気満々で……ヒメさまいてほしい人が帰る気満々って……だ、ダメです!ダメ!お泊りなんかさせませんよ!一体誰の了承を得て、私と姉さまの愛の巣に泊まると言うのですか皆様!?」

「え……あの……マコさんたちの叔母さまのめい子さんに秘蔵のお酒をお土産にお渡ししたら、めい子さんは快くお泊りを了承していただけましたけど……」

「わたしもコメイ先生が好きそうなおつまみセットを用意したら、『何日でも泊まって良いぞ!』って言って貰えたわよ?」

「あたしもコメイ先生にさっき作ったデザートのおすそ分けをお届けしたら『泊まって良いよ』って言って貰えました!」

「…………叔母さま……後で、説教です……」


 叔母さんが籠っている部屋に殺意交じりの視線を送るコマ。一応のこの家の家主は、すでに篭絡済みだったか……さっきから姿が見えないなと思ってたけど、今頃こっそり貰ったお酒やおつまみで呑んでるんだろうなぁ。

 叔母さん、今呑んでるお酒を大事に飲むといいよ。コマのこの怒り具合を察すると……多分一か月は禁酒の刑に処されるだろうから。


「…………ま、まあいいです。百歩……いえ、千歩譲ってお泊りは許しましょう。ですが……姉さまと一緒にお風呂に入るのは、マコ姉さまの妹であり嫁でもあるこの私が断固として許しません……!」

「「「えぇ!?」」」

「ダメったらダメです!姉さまとお風呂に入って良いのは私だけ!こればかりは譲りませんよ……!」


 今度はコマの宣言に、皆は猛反発を開始する。和やかな夕食は一転、殺伐とした雰囲気に早変わり。どういうわけか『誰が私とお風呂に入るのか』というテーマで議論が白熱し始めた。


「待ちなさいコマちゃん。いくらマコの妹とはいえそんな横暴は許されないと思わない?」

「そ、そうですよ!立花先輩はいつでもマコ先輩とお風呂に入れるじゃないですか!こんな時くらい遠慮したらどうでしょうか!」

「わ、私も……マコさんとお風呂に入りたいです……」

「…………皆さんの言い分はわかりました、なら公平にこういうのはどうでしょう。折角の勉強会という名目で集まったわけですし……今から全員で試験を受けて一番点数の高かった人が特典として姉さまと一緒にお風呂に入るという事で」

「どこが公平よ。ちゃっかり自分に都合の良い条件で勝負を挑もうとするんじゃないわよコマちゃん。……ここは、勉強で疲れたマコのためにもマッサージが一番得意なわたしがマコと一緒にお風呂に入ってマコにマッサージをするべきだと思うんだけど」

「叶井先輩こそ自分に都合のいい条件でマコ先輩とお風呂に入ろうとしないで下さいよ!?だ、だったら年が一番若いあたしに遠慮して、マコ先輩とお風呂の権利を与えても良いんじゃないですかね!?」

「ね……年齢の話をするならば。年功序列という事で……私がマコさんと一緒にお風呂を……」


 全員が全員一歩も譲らないようだ。え、ええっと……皆?一人ずつ入るって選択肢は……ないのかしら?


「……やったねマコ、モテモテじゃないの」

「自分は関係ないからって、ちゃっかりデザートのおかわりしながら呑気に茶化さないでくれないかねヒメっちさんや?ど、どうしようヒメっち……このままじゃ下手すりゃ血で血を洗う戦争がはじまりそうな予感がするんだけど……!?」

「……んー。そだねぇ」


 私を挟んで皆の空気がピリピリしていく。だんだんと険悪なムードになっていくのが肌から伝わる。い、いかん……このままじゃマジで流血沙汰になり兼ねん……!?

 困った私は唯一の達観した立場にいるヒメっちにアドバイスを求める。そんなヒメっちはもぐもぐとデザートをしっかり租借した後で。


「……勉強と一緒で、みんなが交代でマコと風呂に入ればいいんじゃないの?」


 そんな事を言い出した。

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