ダメ姉は、不満を告げる
~SIDE:マコ~
「―――マコってさ。コマの嫌なところというか欠点というか……直してほしいところってある?」
「ふぇ?」
ある日の休み時間。次の授業の準備の為に、教室を移動していると……仲良くしている我が親友の一人、ヒメっちがボソッとそんな事を言い出した。
「あ、相変わらず何の脈絡もない話振ってくるねヒメっち……どうしたのさ急に」
「……ん。ちょっと、気になって。ホラ。マコとコマってね、姉妹だけど恋人同士でもあるじゃない?」
「応ともさ!」
そりゃあまあ?自他ともに認める、正真正銘正統派(?)ラブラブカップルですよ。
「んで?それがどうかしたの?」
「……恋人って関係ってさ、案外難しいと聞く。付き合う前はキラキラ輝いて見えていたのに、いざ付き合い出したら理想と現実のギャップについていけなくなったり。どれだけ長い時間を共にしても……いや、長い時間を共にしたからこそ、相手の嫌な部分が見えてきたり。相手の仕草、行動にイライラしてしまったりして……そのまま破局したりすることも珍しくないとかなんとか」
「あー……うん。まあ、そういうのもあるよね」
ごく身近なところで言うと、うちの実のダメ父&ダメ母がそうだったし。
「……私ね。いずれは、母さんと恋人になりたい。人生のパートナーとして、支え合って生きていきたい。……でも、仮に恋人になったとしても、試練は続いていくんだろうなって思って……ちゃんと私、母さんを幸せにしてあげられるか不安になって……」
「ふむふむ」
「……というわけで。料理の師症でもあり恋愛の師匠でもありアッチ方面の「オイ待ちたまえヒメっち、アッチ方面ってどっち方面じゃい」師匠でもあるマコに聞きたかった。一足先に近親者と恋人関係になったマコに聞いてみたかった。マコはコマに対しての……恋人に対しての不満とかって、ある?」
何かに縋るように私にそう問いかけてくるヒメっち。多分だけど、また妙なテレビ番組でも見て影響されたクチだなこりゃ。
やれやれ仕方がない弟子だ。良いでしょう。料理方面意外だとあんまし頼りにはならないけど。特別に、マコ師匠が恋愛教授をしますかね。
「恋人に対しての不満だって?そんなものはさぁ―――」
「……」
「―――あるに決まっているじゃないの」
「…………え」
当然のようにそう答えると、何やら驚いた顔で私をまじまじと見返すヒメっち。んむ?どうした?何かおかしなことでも言ったかな私?
「……ビックリ」
「何がビックリだいヒメっち?」
「……てっきり。ドシスコンのマコの事だから……『完璧超人なコマと付き合う事に、何の不満があろうかッ!』―――とか言い出すのかと……」
あー……うん。そう思われるのも当然と言えば当然か。常日頃から、コマを完璧超人だって褒め称えているのはほかでもないこの
でも……
「シスコンだからこそだよ。姉として。恋人として。距離が他の誰よりも近いからこそわかる事もある。コマが完璧超人であることには変わりないけれど……それはそれとして、変わってほしいところ。改善してほしいところも見えてくるんだ」
「……そ、う。それで……そういう不満とかは……コマには……?」
「言っているよ。本人に直接、ちゃんとね」
「……」
何でもない風にそう告げる私に、ヒメっちは不安げにまた問いかけてくる。
「……怖くないの?」
「怖いって何が?」
「……不満を言って……それが原因でコマと喧嘩になったりとか。コマの事を傷つけてしまうかもしれないとか。最悪……別れる羽目になっちゃうかもしれないって……そういうの、怖くないの……?」
なるほど。それがヒメっちは怖いのか。まあ、流石の私もストレートにコマに不満とか言うのは抵抗あるし、勿論そのせいで別れる羽目になるとか……そういう不安とかがないわけじゃないんだけど……
「でも言うよ。喧嘩する事になっても。結果的に傷つけてしまう事になっても。……不満を抱え過ぎたまま、お互いがすれ違ってしまうよりかはそっちの方がよっぽどマシだもん」
「……そう、なの?」
「そうなのです」
つーか。限度はあるけど喧嘩とかも必要な事だと思う。特に私たち……するにはするけど喧嘩あんまりしないもんなぁ……喧嘩イベントにちょっと憧れちゃう。
まあそれは置いておくとしてだ。
「私ね、ヒメっち。不満とか持って良いと思うし、持たれても良いと思う。誰だって変わってほしい事、変わらなきゃいけない事。それぞれあるわけだしさ」
「……ん」
「問題は、その不満をどうパートナーと向き合えるかだと思う。お互いがお互いの不満を言い合って、向き合って。そんでもって喧嘩して、ぶつかり合って、妥協し合って、仲直りして……そして今以上により良い関係になれたら―――それはもう、最高だと思わない?」
少なくとも私とコマはこれまでも、これからも。そうやって永遠に二人の仲を深め合っていくつもりだ。昨日よりも、今日よりも。コマともっと、もーっと。仲良しになりたいから。
「とにかくだ。ごちゃごちゃご高説を垂れ流してきたけど要するにアレだ。不安や不満を言い合えるくらいの信頼関係を築いていくことが大事だよって話。……だからさ、ヒメっち」
「……?なぁに、マコ」
「その私の理屈から言うと、ヒメっちなら大丈夫だよ」
「……え?」
「ヒメっちと、ヒメっちのお母さんの二人なら。ちゃんとそういう事が出来ると私は思ってる。誰にも負けない信頼関係が二人の間にはきっとある。だから……そう心配しなさんな」
「……マコ」
ニッと笑顔を向けてから。ヒメっちを安心させてみる。
「……うん、うん。そうだよね。なんか……吹っ切れた。今恋人になった後の事考えても仕方ないよね。大事なのは今……どれだけ母さんとの愛情を深めるかだよね。……ありがと、マコ。ごめん、変な事聞いちゃって」
「なんのなんの。ちょっとでも参考になったなら良かったよ」
不安げで弱気だった顔が一転、ようやくここでいつものヒメっちらしい顔が見えた。よしよし。これなら大丈夫そうかな。
「……あ、そだ。参考ついでにもう一個聞いて良い?」
「んー?何かなヒメっち」
「……肝心の。コマに対する不満って何なの?」
「あー、それ?んー……モテすぎるとことか、アレコレする時の主導権を偶には譲ってほしいとか……いくつか不満はあるけど……一番はやっぱあれかな。頑張り過ぎちゃうところ」
私の為に無理をして頑張り過ぎて。その結果身体を壊しちゃうところは……いつか直してほしいと思ってる。そこだけはいつか。この私の手で……直してあげたいな。
◇ ◇ ◇
~SIDE:コマ~
「―――コマちゃんってさ。マコに対して不満とかないわけ?」
「……いきなりなんですかかなえさま」
次の授業は残念ながらマコ姉さまと一緒の授業ではありません。泣く泣く愛する姉さまと別れ、偶々一緒になったかなえさまと渋々教室移動をしていると。突然そんな事をかなえさまは言い出しました。
「いやー、なんとなく気になってさ。わたしは……ダメなところも全部含めてマコの事を愛しているけどね。コマちゃんはどう思ってんのかなって気になって」
「どう思っているのか?……あの、かなえさま?そんなことを聞いて、どうするんですか」
「どうもしないわよ。ただ……もしかしたら、二人の仲を引き裂いて。そしてわたしがマコとお付き合いできるネタとして使えるかもしれないなってふと思ってね」
「想像してた十倍は最低な発想ですね……」
時々ですけど。どうして姉さまはこの人と仲良しさんでいられるのか不思議で溜まりませんよ私は……
「で?どうなのよ」
「……不満ですか。そうですね。―――ありますよ、私にだって姉さまに対する不満くらいは」
「……お、おお?」
少し考えてから答えると。とても意外そうな顔をするかなえさま。……どうせ。『マコの事を心酔してるコマちゃんらしからぬ考えね』とか考えてますね?まあ、実際そう思われても仕方ないかもですが……
「流石のコマちゃんにあるのね、マコへの不満。……ちなみにどういうとこが不満なのかしら?」
「そうですねぇ。例えば―――無自覚に誘惑してしまいどこぞの貧乳娘に狙われてしまってるところとか。隙が大きすぎてどこぞの貧乳娘に押し倒されかねない危ういところがあるとか。あとはどこぞの貧乳娘に―――」
「よーし、喧嘩売ってるわねコマちゃん♡体育館裏に今すぐ来なさい」
そう怒らないでくださいよどこぞの貧乳娘さん。本当の事でしょうに。
「……まあ、今のは半分くらい冗談ですが」
「半分本気ってところがまだ喧嘩売ってるわよね……こっちは純度100%の本気でぶっ飛ばすわよ」
「冗談はさておき。あとはアレですね、姉さまへの不満と言えばやはり―――卑屈過ぎるところ、ですね」
「…………あー」
思い当たる節があるのか。かなえさまもちょっと苦笑い気味に頷きます。
『ダメ姉』―――未だにご自身の事をそう自称するマコ姉さま。持って生まれた優しく、そして遠慮がちな性格と。それから……過去のトラウマのせいで。今もまだ姉さまの極端なまでに卑屈な性格は治ってはいません。
卑屈で、自分の事を大切にしない悪癖は。どれだけ姉さまに指摘してもどれだけ罰ゲームを与えても……残念ながら……
「そうよねぇ……わたしもそこだけはマコに治してほしいって思ってはいるんだけど……」
「ええ。こればかりは……相当根が深いみたいですからね」
これは、私が産んだ姉さまの狂気。少しずつ改善されてはいるものの。悔しいですが、私と恋人関係になった後も……まだまだ時間がかかりそう。
……とはいえ、どれほど時間がかかろうとも私は構いません。一生をかけても。姉さまと向き合って治していくつもりですからね。
「……呉越同舟。この件に関してだけは。わたしも全面的に協力するつもりだからね、コマちゃん」
「……かなえさまに協力されたところで、どうにかなる問題でもないとは思いますが……それでも、一応。素直に感謝はしておきましょう。ありがとうございます、かなえさま」
恋敵ではあるものの。マコ姉さまを想う者同士。思いは同じ。協力者として二人、拳をこつんとぶつけ合う私たち。
「(まあ、姉さまの卑屈さを治せたら……この協力関係は解消しますがね)」
「(まあ、マコが悪癖を克服できれば……この協力関係は解消するけどね)」
…………そう。マコ姉さまを想う者同士、思いは同じです。
◇ ◇ ◇
~SIDE:マコ~
「―――という感じで。恋人に対しての不満って話をヒメっちとしてさー」
「奇遇ですね姉さま。私もかなえさまと似たような話をしたんですよ」
夜。今日あった出来事についてお話していると。ちょうど休み時間にヒメっちと話した例の話題……恋人への不満の話題で盛り上がる私とコマ。
「……コマ。前から言ってるけどさ。遠慮しないで、私への不満があれば、ちゃんと言ってね。私受け入れるから。そんでもって……ちゃんと改善するように努力するから」
「姉さまも、私への不平不満がお有りでしたら是非とも教えてくださいませ。……私も、ちゃんと向き合いますので」
「OK。ならまずは私から遠慮なく。ねえ、コマ。コマの頑張る姿はとても美しくて私は大好きだけど……それでも、頑張り過ぎるところは治していこうね」
「はいです姉さま。頑張り過ぎない事を、頑張りますね。では私からも一つ」
「おー、何かなコマさんや?」
「姉さま。姉さまの謙虚なところは大変美徳だと思いますが……卑屈過ぎるところは少しずつ改善していきましょう」
「りょーかい。ちゃんと治していくよ」
二人で笑い合いながら約束し合う私たち。ヒメっちにも言った通り。私もコマもお互いの欠点を、不満をすでに言い合っている。
コマのもだけど……我ながら、なかなかに根深い不満で。一体いつになったらこの不満が解消されるかわかんない。
けど。それでも……二人で一歩ずつ、お互い力を合わせて乗り越えていくしかないよね。卑屈になったらダメと言われながらも結局卑屈な事考えちゃうダメなお姉ちゃんだけれども。頑張るから。いつの日かコマと釣り合えるような……コマも、他の皆も……勿論自分も認めるお姉ちゃんになると約束するから……
どうかこれからも末永く宜しくね、コマ。
「……あ。ところで姉さま。不満の話ついでにもう一つ。姉さまへの不満と言いますか……姉さまと接するうえでちょっと困った事があるのですが」
「おっ、なになに?どういうところ?どんと言ってみてくれいコマや」
「ならば遠慮なく。……実はですね」
「うんうん」
「―――姉さまとキスしちゃうと、病みつきになっちゃって。またキスしたくなるんです」
「うんう―――うん?」
「柔らかくて、甘くて、優しくて、めまいがするくらい悩ましい姉さまとのキス……中毒性があり過ぎて困ってます。一体どうしたら良いのでしょうか?」
「……もー。ねえコマ?それってさ、本当に不満なのぉ?」
「ふふふ。ええ、勿論不満ですよ?……欲求、不満です♡」
この後、妹のそんな困ったちゃんなカワイイ不満を。いっぱい二人で解消しました。
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