ダメ姉は、後輩に慕われる(中編)
後輩レンちゃんとの料理教室は、その後も続いた。最初の頃は多少冷や冷やする場面もあったけれど……彼女は日を追うごとにお菓子作りの腕をめきめきと上げていった。
「いやぁ、レンちゃん筋が良いわ。この短期間でよくぞここまでマスター出来たね!偉いっ!」
「い、いえ!ここまで上達したのは立花先輩の素晴らしいご指導があったからです!先輩には何とお礼を言えばいいか……」
「私は基本中の基本しか教えてないよー。レンちゃんが頑張り屋さんだって事と、レンちゃんの先輩に対する愛情があったからこそ上手になったんだよ。胸張っていいよレンちゃん」
私の言う事を素直に聞いてくれるし。一生懸命だし。何より料理に欠かせない『大好きな先輩に喜んで欲しい』って一途で素敵な気持ちがある。そりゃ上手くなるのも当然だよね。
「ただ……やっぱり立花先輩が作るみたいには上手くいきませんね。まだかなりの確率でシューが膨らまなかったり、中身が生焼けだったり、焦げてたりと……難しいです」
「まぁそこが一番難しいところだからね。膨らまないのは生地が冷めてたりしっかり練れていないから。生焼けなのはオーブンの温度が低かったり焼き時間が短かいから。焦げてるのはその逆で温度が高すぎたり焼き時間が長いから。何が良かったか悪かったか、一つ一つ工程を確認しながら練習していこう。まだ時間はあるし、頑張ろうねレンちゃん。勿論私も付き合うからね」
「はいっ!ありがとうございます先輩!」
そんな感じで昼休みや放課後、はては休みの日も……毎日レンちゃんのお菓子作りの特訓に付き合った私。
◇ ◇ ◇
そうして迎えた月曜日。本日はレンちゃんの彼氏の誕生日らしい。
「そんでどうかな?お家で作って来たんだよね?」
「はいっ!気合と愛情を目一杯込めて作ってきました!」
「おっ!その顔は自信ありと見た。じゃあ早速見せて貰おうかなー」
放課後レンちゃんを呼び出して、家で作って来たというシュークリームを拝見させて貰う事に。彼女は自信満々に、調理室の冷蔵庫に入れていたタッパーを開け、それを見せてくれる。
「ど、どうでしょうか立花先輩?」
「ふむ……色やツヤ、膨らみ具合……それからこの香りから言って……」
「……」
「焼き上がり状態は良好みたい。バッチリだと思うよ。合格ですレンちゃん」
「ほ、ホントですか!?やったぁ……!」
合格の一言に、心の底から喜んでくれるレンちゃん。
「これならきっと先輩さんにも喜んで貰えると思うよ」
「そ、そうでしょうか?だったら嬉しいなぁ……」
「だいじょーぶ。この立花先輩が保証しまくるよ。これだけ上手に出来上がるなんて、料理の先生として誇らしいよ。よく頑張ったねレンちゃん」
「はいっ!それもこれも立花先輩のお陰です!今日まで長い時間、お付き合いいただき本当にありがとうございました先輩!お陰で間に合いました!」
レンちゃんは興奮しながら私の手を取り、ブンブン振って喜びを表現する。なんだか大型犬に懐かれているみたいで楽しいなコレ。
さーてと。そんなかわいくて一途で頑張り屋なレンちゃんには免許皆伝ついでに……先輩としてちょっとだけ餞別しちゃおうかねー。
「ところでレンちゃん。このシュークリームはいつ例の先輩に渡すつもりなのかな?」
「あ、えっと……今日は雨で部活がないので……この後すぐに先輩に会いに行って……先輩に誕生日を祝うついでに渡そうかと思ってます」
「なるほど。んで、このタッパーのまま渡すのかな?」
「え?あ……はい。そのつもりですけど……」
「ふふ……ダメよレンちゃん。それじゃダメ」
「???だ、ダメですか……?えっと、何がダメでしょうか……?」
「折角のプレゼントだもの。女の子らしく、もうちょっと可愛く仕上げちゃおう。すぐ終わるからちょいと待っててねー」
そう言って私はバッグの中から箱やラッピング袋やらを取り出す。ポカンとしているレンちゃんの横でテキパキとラッピング袋を加工しシュークリームを包み、箱に入れリボンをしてレースペーパーを被せると―――
「ほい、出来上がりっと。こんな感じでどうかなレンちゃん?この方が見栄え良いでしょ?」
「わ、わぁ……わぁあ……!」
ものの一分もかからずにラッピングが完成する。初めてのプレゼントって言っていたし、これくらいはしないとね。
「あ、ありがとう先輩!これなら……これならもっと喜んでくれると思います!凄い、お店でラッピングして来たみたいに綺麗……!」
「良かった。気に入ってくれたみたいね。……料理の先生として。それと恋のキューピットとして餞別するよ。これで彼のハートをもっと射抜いちゃえ」
「せ、せんぱぁい……!」
そうニッと笑い、私はレンちゃんの背を押して『頑張れ』とエールを送る。
「本当に、本当にありがとうございます!こ、このお礼はいずれ必ず……」
「そんなのいーからいーから。それよかホラ。早く先輩に会いに行っといで」
「は、はいです!」
嬉し涙を浮かべながら、ペコペコ頭を下げて恋人である例の先輩に会いに向かうレンちゃん。行ってらっしゃい。頑張っておいで。
「……さて。私も戻りますかね」
レンちゃんを見送ってから、私もレンちゃんと同じく恋人の待つ『生助会』の部室へと向かう事に。
「ただいまー」
「あら。お帰りなさいマコ姉さま♪お疲れ様です」
一仕事やり遂げた達成感に酔い、スキップ交じりに部室の扉を開けると……私の恋人が―――双子の妹のコマが私を柔らかな笑みと共に出迎えてくれた。うむす。今日もマイエンジェルもかわゆいのう。
「いつもと違って随分お早いお帰りでしたね。今日はもう良いのですか?」
「うん。今日までって約束だったからね。あの子も満足してくれたし、これで依頼も無事に片付いたよ」
コマが淹れてくれたお茶を飲みつつソファに座って一休みする私。コマも休憩するつもりのようで、私の隣にスッと座って話を聞いてくれる。
「そうですか。それは良かったです。……ところで」
「ん?ところで何かな?」
「敢えて聞かなかったのですが……今日まで一体誰と、何をなさっていたのですか姉さま?…………まさかとは思いますが……う、浮気じゃ……ないです、よね?」
「おっ?なぁに?もしかして疑ってたりする?」
「い、いえ違います!?わ、私の姉さまがそんな事をするハズ無いって分かっていますもの!…………ただ、その。分かっていても……心配なのは心配で……」
ちょっとからかうとモジモジしながらそんな事を言う我が嫁。あーもう!ホントうちのコマは可愛いなぁ!
「あはは。安心してコマ。私は未来永劫コマ一筋よ」
「ぁ……♡」
心配性な可愛いお嫁さんに私は軽くチュッとキスをして安心させる。
「ホント浮気とかそんなんじゃないの。実はね、後輩に『好きな先輩にプレゼントしたいからお菓子の作り方を教えて欲しい』って頼まれてさー」
「へぇ……お菓子ですか」
変に誤解されないように、これまでの経緯をコマに話してあげることに。
「―――と言うわけなんだよ。ここ最近放課後とか忙しかったのはレンちゃんにお料理教室開いてたって事なの」
「なるほどです。悩める下級生に優しく手を差し伸べキューピットになるとは……流石姉さま、聖母のようなお優しさですね。尊敬しなおしました♡」
「そ、そう思う?えへへー。いやぁ珍しく良い事したなー」
私もコマに恋して愛しているだけに、やっぱり恋する乙女は見捨てられない。レンちゃんも是非頑張って欲しいね。
「今頃レンちゃんはサッカー部の副部長とやらにプレゼント渡してる頃か……喜んで貰えると良いよねー」
と、レンちゃんの成功を願いながらふとそう呟いた私。すると……
「……サッカー部の、副部長……?」
「?コマ、何?どうかしたの?」
「……まさか、あの人……?」
その私の一言に、今の今まで私の話を楽しそうに聞いていたコマは突然表情を曇らせる。
「あの……姉さま?少し確認です。姉さまの話ですと……その後輩さま―――レンさまと、サッカー部の副部長さまが付き合っているという事になっているようですが……その事実に間違いはありませんか?」
「へ?……う、うん。私はレンちゃんからそう聞いたけど……」
「……そう、ですか」
コマの質問の意図が分からないまま、とりあえず素直に答える私。コマはそれを聞くと、更に難しそうな表情で腕を組んで考え込む。
「あ……あの、コマ?どうしたの?私、何か変な事言ったっけ?」
「……いえ。その……少し、気になる事がありまして」
「気になる事?」
今の話の何処にコマがそんなに悩むようなところがあったのだろう?わけもわからず混乱している私に、コマは溜息を吐いて話をしてくれる。
「これはあくまで噂で……私も人伝で聞いただけですから事実関係はよく分りません。その事を念頭に置いて聞いてください姉さま」
「う、うん」
「……実は、ですね。その話に出てきたサッカー部の副部長さんですけど……女性関係で、よくない噂があるらしいんです」
「…………え」
コマのその話に、私は先ほどまでの達成感とか充実感が何処かへと消え去ってしまう。……え、え?
「以前クラスメイトだったので、彼のそういう噂は聞いていました。恋人がいる筈なのにナンパをしたり、そもそも複数の女性と付き合っていたりとか……」
「……」
「私もよく、その方から口説かれていまして。まあ、私の場合は姉さまという生涯の伴侶が居るので一切相手にしませんでしたが……とにかく泣かせた女性は数知れず、だそうで」
「……」
「今も時々その方関連で女生徒たちから悩み事相談を受ける事があるんです。ここ最近も……彼と女生徒たちの間でトラブルが起きたらしく、その仲介役をやってくれないかと相談されまして。さ、流石にそういう話は先生方に任せるべきかと思い私は断ったのですが……」
コマの話を聞くごとに、少しずつ嫌な予感が私の中でし始める。なんとなくだけど……このままじゃマズい。そんな漠然とした嫌な予感が……
「……ゴメンコマ。戻って来たばかりで悪いけど……私ちょっと出るね」
「は、はい!大丈夫です!行ってきてください」
コマに一声謝って、そして私は部室を飛び出す。……何処へ行く?何処にいる?とりあえず手当たり次第に探すしかない。
まずサッカー部部室はどうかと確認するも、鍵も掛かっている上に人の気配がまるでしない。ハズレのようだ。なら次は……
「一年……いいや。三年の教室、か?」
レンちゃんは『先輩に会いに行く』と言っていた。なら一年の教室ではなく三年の教室にいるのではないだろうか。
そう思い今度は校舎へと戻り、階段を一気に駆け上がり三年の教室を目指す。
「……ここもハズレか」
しかし私の予想はまたも外れたようでレンちゃんには会えなかった。どこだ……もしかして家でプレゼントを渡すために帰ったとか……?いや、けどさっき校舎に戻るついでにレンちゃんの靴箱を聞く確認したけど、まだ彼女のローファーは置いてあった。少なくとも学校から出てはいないハズ……
「―――あらマコじゃないの。そんなに慌ててどうしたの?」
「……おいーっすマコ。部活もう終わったん?」
「あ……カナカナ!ヒメっち!」
焦りつつ次は何処へ行こうと考えていた矢先。私の背後から親友たち二人が声を掛けてくる。ちょ、ちょうどいい。二人に聞いてみるか……
「ね、ねえカナカナ!ヒメっち!聞いていい!?一年生見なかった!?」
「「え?」」
「え、ええっと……身長は私くらい、髪は短髪で栗毛色の女の子!見なかったかな!?」
出会い頭に挨拶も無しにいきなりそんな事を聞くのは、親友であっても失礼だろう。けれど焦る私はそこまで気が回らずレンちゃんの特徴を二人に教えて見なかったかどうか尋ねてみる。
二人はそんな私の無礼を特に気にした様子もなく、顔を見合わせてこう答えてくれた。
「あー……マコが言ってる子とわたしたちが見た子が一致してるのかは分らないけど……」
「……それっぽい子なら、さっきすれ違った……かも?」
「ホント!?」
流石我が親愛なる頼れる親友たち!いざと言う時ホントに頼りになるわ!
「彼女、一階の渡り廊下を凄い勢いで走って行ったわ」
「……多分、方向的に中庭付近にいるんじゃないかな」
「ありがとっ!」
二人に礼を言いながら、再び走る。昇って来た階段を今度は一気に駆け下りて。一階の渡り廊下を走り……そして雨降る中庭へ上履きのまま出る私。
普通に考えれば、雨ざらしのこんな場所にこの天気だ。誰かがいる筈もない。けれど私は根拠はないけれど確信していた。そこに、彼女がいると……なんとなくわかっていた。
「…………せん、ぱい……?」
「レンちゃん……!」
私の直感通り。そこには会いたかった彼女がいた。ほんの数十分前に別れたその子が―――柊木レンちゃんが、雨に打たれながら覇気のない目で天を仰ぎつつ佇んでいた。
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