ダメ姉は、ネイルする

「―――あんたら全員、深爪よね」

「「「えっ?」」」


 とある日のお昼休み。私、コマ、ヒメっち……そしてカナカナの4人でお昼ご飯を食べながら他愛のない話に花を咲かせていると、唐突に何かに気付いた様子のカナカナが私たちに向けそんな事を言い出した。爪?


「急にどうしたのさカナカナ?」

「いや、ちょっと気になっちゃってね。年頃の女の子でありながら、ものぐさでお洒落に全く興味の無い女としてちょっとアレなマコはともかく「ちょ、ちょちょ。ちょい待ちカナカナ?それは一体どういう意味かね?」お洒落とか気にしてそうなコマちゃんとかおヒメまで深爪だから不思議に思ってね。三人とも、爪を伸ばしてネイルとかしないのかしら?」


 何だか非常に失礼な事をさらりと言われた気がするけれど……まあ良いか。カナカナのそんな疑問に私たち三人はこう返す。


「んーと。私の場合はカナカナに言われた通りネイルとかに興味がないってのも勿論あるけど……それ以上に、深爪をせざるを得ない理由があるからねぇ」

「あ。姉さま同様、私も深爪の理由がありますよかなえさま」

「……前二人と同じく、深爪な理由私もあるよカナー」

「深爪の理由?それって一体どんなよ?」


 カナカナに理由を問われて、まずは私から答えてあげることに。


「だって料理する者にとって、爪の伸ばしっぱは厳禁だからね。爪が長いと爪の間に雑菌が入り込んだり、下手したらそこから繁殖しちゃうもの。料理をするなら常に爪は短くする!これは基本も基本のマナーだよ」

「ふむ、なるほどね。とてもマコらしい理由で納得したわ。……で?そっちの二人はどうして深爪なんてしてるのよ」


 私の答えに満足したカナカナは、今度はコマとヒメっちに尋ねる。尋ねられた二人は顔を見合わせて……


「「姉さま(母さん)との夜の営みに邪魔だから」」

「ごふっ!?」

「…………あー」


 ハモらせながらそんな爆弾発言をプレゼント♡私は思わず食べていた昼食を吹き出しかけて、カナカナは若干引きつつジト目で二人を見る。


「安易に爪を伸ばしちゃって……いざヤる時に姉さまの大事なトコロをうっかり傷つけでもしたら大変じゃないですか。これは大事なマナーですよマナー。ですよねヒメさま?」

「……その通り。私も、母さんにいつ誘われるかわからないから……準備だけは怠らないようにしてる。常に爪を短くする。やっぱマナーだよね」

「あんたらのマナーはおかしいわ」


 平然と言い切った二人の恥ずかしい一言に赤面する私。ああ、なるほどね……コマ(とヒメっち)の爪の短い理由ってそういう……

 ……というか、あの……二人とも?今昼時で、しかもここ一応教室なんですケドぉ!?


「そこの年中脳内ピンクコンビは置いておくとして。勿体ないわねマコ」

「へ?勿体ないって何が?」

「だってマコって小さくて可愛い綺麗な手をしてるでしょう?ネイルしたら絶対似合うのに……しないなんて勿体ないじゃないの」


 至極残念そうに私を、私の手を見つめるカナカナ。んー……似合う、かなぁ?


「いやー、どうだろ。コマやカナカナ、ヒメっちたちなら似合うだろうけど……私はあんま似合いそうにないもん。見てる分には可愛いな、綺麗だなって思うけど」

「ん?じゃあネイルに興味自体はあるのマコ?」

「あはは。まあ、ちょっとだけね。ただ塗ったり落としたりとか大変そうだし、やり方もわかんないから私には一生縁のないものだろうなーって思ってる」

「……ふーん」

「それよりさカナカナ。今度また4人で遊びに行く計画を立てたいんだけど、カナカナの都合の良い日っていつかな―――」


 その時は。そこでネイルの話は終わったとばかり思っていた私だけれども。



 ◇ ◇ ◇



 ~日曜日~



「―――お邪魔しまーす!カナカナー、来たよー!」

「はーい。いらっしゃいマコ、待ってたわ」


 その週の休日。私、立花マコは叶井かなえ―――カナカナのお家にお呼ばれされていた。


「これ、お土産のアップルパイだよ。後で食べようね」

「あら、気が利くわね。ありがとマコ」

「お礼を言うのはこっちだよ。今日はご指導ご鞭撻のほど、よろしくカナカナ」


 手土産に焼いてきたアップルパイをカナカナに渡しつつ私はカナカナに頭を下げる。……ん?どうして私一人でカナカナのお家に遊びに来ているのか?私はカナカナに何を教わりに来たのかって?

 決まっているじゃないの、ネイルを習いに来たんだよ。


 実はあの日……カナカナがネイルの話題を出したその日の放課後に、私はカナカナからこんな事を言われたのである。


『ねえマコ。お昼に話したネイルの件だけどさ』

『ネイル?……ああ、そういやそんな話もしてたっけ。そんで?ネイルが一体どうしたの?』

『マコも興味はあるって言ってたじゃない。だったら……わたしが、マコにやり方教えてあげようかと思ってさ』

『え?ネイルを……カナカナが教える?私に?』

『ええ。マコは今度の日曜暇なんでしょう?わたしの家でネイルの勉強会をやりましょうよ』

『んー……でも難しそうだし大変じゃないの?』

『大丈夫。そんなに難しいわけじゃないし、覚えると楽しいわよネイル。出来るようになったら、良い事もあるわけだし』

『?良い事って……具体的にどんな事?』

『そうね。ネイルを覚えたら可愛さも増すわ。そしたらきっと……コマちゃんに、もっと好きになって貰えるわよ』

『―――OK。カナカナ先生、教えてください』


 カナカナのその一言で、やる気を出した私。そんなわけで今日はカナカナのお家にお邪魔して、ネイルの勉強会となったのであった。


「折角の休日に悪いねカナカナ。お家にお邪魔する事にもなっちゃってさ」

「いいのいいの。今日はわたしの両親留守にしてて暇だったのよね。それにわたしもお洒落仲間を増やしたかったわけだし♪」


 ニカッと笑い私に気にするなと言ってくれるカナカナ。うんうん、持つべきものは優しい親友よね。


「…………(ボソッ)それに、こういう口実がないとマコを家に安易に呼べないし」

「?カナカナなんか言った?」

「んーん。何でも。それよりホラ、いつまでも玄関先で話なんかしないでさ。早く家の中入りなさいよマコ」

「それもそうだね。んじゃ、改めてお邪魔しまーす」


 カナカナに従い家の中へと入る私。何かカナカナのお家に遊びに来るのって久しぶりだなぁ。コマと恋人同士になってから、中々単独で遊びに行くことがなくなったからね。


「ところでマコ?もう一度確認したいんだけど……コマちゃんは、本当に今日は用事があるのよね?」

「ん?うん、そうなんだよ。ソフトボールの助っ人だってさ。残念だよね。ホントだったらコマも一緒にネイルの勉強会に参加して貰おうって思ってたのにさぁ」

「……ええそうね。とっても残念ねー…………(ボソッ)よし、よしっ。今日は邪魔が入らないのね……ふ、ふふふ……」


 まあ残念ではあるけれども今日私がしっかりネイルの勉強をしておいて、お家に帰って私が手取足取りコマに教えてあげるのもそれはそれで良いかもしれない。待っててねコマ。お姉ちゃん頑張ってお洒落さんになるからね……!

 あ。ちなみにヒメっちも誘ったんだけど……今日のヒメっちはヒメっちのお母さんとラブラブする日だったそうで。『無理、ダメ、ごめん』と速攻で断られたよ。そういう事情なら流石に無理強いするわけにもいくまいて。


「さてと、それじゃあ早速始めよっかマコ」

「あ、はーい。そんじゃカナカナ先生、よろしく」


 カナカナのお部屋に入ると、すでに準備万端な様子。机の上にはマニキュアは勿論の事、爪切りや爪やすり、ネイル初心者の私には何に使うのかよくわからないものがずらり。所狭しと並んでいた。


「うひゃー……ネイルってこんなに道具要るんだね。てか、これ全部揃えるのにいくらかかるの……?かなりお高いんじゃ……」

「そんなに驚かないの。そりゃ本格的にやるなら当然高くつくけど、こんなの全部家にある物で代用出来たり百均で揃えられるわよ。わたしのおさがりで良いなら、マコにも一式プレゼントするわ」

「ホント?それは助かるよ。何から何までありがとね」


 ネイルをする前段階ですでに若干気後れしかけている私を笑いながら。置いてあった爪やすりやハンドクリームを手に取って私の隣に座るカナカナ。


「まず最初は整爪ね。これはやすりで爪を研いだり、甘皮とかささくれを取り除いたりする作業なんだけど……マコ、やり方わかる?」

「うん、当然だけど全然わかんない」

「オッケー。今日は最初から全部わたしがやってあげるね。手を貸してくれるかしら」

「はいはーい」


 まるで犬が主人に『お手』をするように、カナカナの手にポンっと私は手を置く。私の手を取ったカナカナは、とても真剣な顔で整爪とやらを始めてくれる。


「「……」」


 整爪を始めるとカナカナは一言も喋らずに、黙々と私の爪を綺麗にしてくれる。私もそんなカナカナに中てられて、邪魔にならないように無言でカナカナの作業を眺めていたんだけれど……


「(……あ、マズい。これなんか……声出ちゃいそう)」


 自分でも最低限の普通の爪きりとかは定期的にやるけれど、他の人から―――それこそ妹でありパートナーのコマにさえ、こんなに念入りに爪を弄られた事がない私。

 されるがままに爪や指、手を弄られていると……静かにしなきゃと思えば思う程に何だか無性にくすぐったさとかもどかしさを感じてしまい―――


「……んっ、はぁ……」

「ッ!?な、なに!?急にどうしたのマコ!?」


 我慢出来ず、私の口から吐息と一緒にそんな声が漏れ出した。その瞬間、カナカナはビクッと身体を震わせて目を白黒させる。


「い、いやぁゴメンゴメン。ちょっとくすぐったくてさ。つい声が出ちゃったわ」

「あ、ああくすぐったかったのね……もう!い、いきなりいやらしい声出さないで頂戴マコ。ムラムラして集中出来ないじゃないの!」

「あー……ホントにゴメンね」


 案の定カナカナに怒られて、思わず謝る私。…………ん?いやらしい……?ムラムラ……?


「気を付けてよね。次そんな声出したら、ネイルどころじゃなくなっちゃうから。じゃあ続けるわよ」

「う、うん……」


 今の親友の発言にツッコむべきなのか迷ったけれど、何事もなかったかのように作業を続けるカナカナ。とりあえず聞かなかった事にして、私は再び静かにカナカナのネイルを観察する。


 甘皮やささくれを丁寧に取り、やすりで爪の長さや形を整えたら下準備完了。いよいよネイルの本番、塗る作業へ。

 爪を保護するベースコートを軽く塗り、それが乾いたら色鮮やかなマニキュアに私の爪が染められる。爪の先端、生え際、全体にすっすっと迷いなくブラシを引くカナカナ。


「(綺麗……こんなの……私の爪じゃ、ないみたい)」


 ほとんど手入れしていなかった私の爪は、カナカナの手によってみるみるうちに見違えっていく。……なるほど。正直今まではネイルなんて興味はなかったし、必要性とか面白さとか全然理解できなかったけれど……確かにこんなに綺麗になるのならネイルとかお洒落をするも悪くないのかもしれない。

 そうやってカナカナの手際を感心しながらお洒落の面白さに目覚めつつある私をよそに、カナカナはゆっくりじっくり丁寧に私の十本の爪にマニキュアを塗ってくれる。


「―――よしっ。とりあえずはこんなもんかな」

「わぁ……!」


 そうしてカナカナが全ての爪に塗り終わる頃には、私の爪は文字通りキラキラと輝きをみせる。桜色のマニキュアは全体的に可愛らしさを表現し、程好く散らばるラメは光を反射し星のように煌く。


「か、カナカナ?これで完成なのかな?」

「いいえ、もう少しよ。あとはしばらく乾かしてトップコートを塗る作業があるの。ああ、乾くまで1時間くらいかかるわ。その間は触っちゃダメよマコ。ネイルが服とか肌とかについちゃうし、折角塗ったところがダメになっちゃうからね」

「まだ途中でこの出来なの……!?わぁ、わぁあ……!」

「……ふふっ。流石マコ、いい反応してくれるわね。途中だけどどうかしら?気に入ってくれた?」

「気に入った!凄い……凄いよ!めっちゃ綺麗でカワイイ!」

「それは良かった。気合入れてやった甲斐があるってものね」


 派手過ぎるわけでも無く、かといって自己主張していないわけでも無い絶妙な仕上がりに私は無意識のうちに感嘆の声を上げていた。


「カナカナ上手だね!プロっぽい!素敵!」

「褒めてくれてありがと。まあ、ここまで綺麗に仕上がったのは素材が良かったってのもあるけどね」

「はい?素材?」

「わたしの見立て通り、やっぱりマコって手が綺麗で素敵だしネイル似合うわぁ……今度はまた別のやつ試してみたいわね」


 自分の仕事に満足した様子のカナカナは、私の手をまじまじと眺めながらお世辞にもそんなことを言う。ハハハ、ナイスジョークカナカナ。


「あはは。それはないんじゃない?私の手、家事してるせいかあかぎれだらけだし。碌な手入れしないからささくれとか結構目立つし。カナカナが言う程素敵なんかじゃないよ。ひとえにカナカナのネイル技術が凄いってだけの話で―――」

「…………いいえ、素敵よ。とても」

「へ?」


 そう笑って否定する私の手を、何故かうっとりした表情で握るカナカナ。……?あの、カナカナ……?


「肌が真っ白なところとか、小さくて可愛くてプニプニしているところとか。素敵だなってわたしは思ってる」

「えと……カナ、カナ……?」

「あかぎれも、ささくれさえも愛おしく思える。家事を頑張るマコを、飾らない自然体なマコを表現しているみたいで……そういうところも素敵よ」

「あ、あの……手……カナカナ、手……が」

「んー?なぁにマコ?手がどうかしたのかしら」


 指と指を絡めさせ、キュッと手を握り……熱っぽい視線を私に向けるカナカナ。あ、れ……?この状況……なんか既視感があるような……?


「や、やだなぁカナカナ……冗談は、その辺にしないと……」

「冗談?何言ってるのかしらマコ。……前にも言ったでしょう?わたし、いつでも本気よ」

「本気?本気ってなんの……」

「わたしは、いつでもマコを堕とす気満々なの。本気も本気でね」

「ぇぅ……!?」


 頬を赤らめ、握る手に手汗をびっしりとかきながらもカナカナはハッキリそう言った。言葉にせずともその想いは十二分に伝わる。だって目が……マジなんだもの。

 ……よくよく考えたら、今の私のこの状況……色々マズいのでは?ここはカナカナのお家で、私とカナカナ以外の人間は誰もいない。カナカナの両親も、それから……私の妹で恋人である意味のボディーガードであるコマもいない。当然、ヘルプを呼んでも誰も来ないわけで……


「ねぇマコ?マコを手籠めにするって日頃から宣言しているこのわたしの家にノコノコやって来た時点で……覚悟決めているのよね?―――わたしに奪われる覚悟を」


 ……その一言に冷や汗タラリ。すまない親友。こちとら遊び感覚で来てるんです。そんな覚悟全然してないんですよ……!?

 ひょ、ひょっとしなくても今日のこのネイルの勉強会は私誘い出す為の口実かい!?


「ヤダ、ちょっと……やめ……ダメだってば、カナカ―――ゃんっ」

「…………良い声。ふふ。マコ、今なら良いのよ……いやらしい声出して……寧ろ聞かせて。わたしにマコの可愛くて興奮しちゃう声……聞かせて頂戴」


 最初は軽く触ったりするだけだったけれど。その行為は次第にエスカレート。指で私の手の平をつつーっとなぞったり、両手で私の手をガシッと固定して手の甲に自分の唇を重ねたりペロッと舐めたり頬擦りしたりとやりたい放題好き放題。

 本来ならば嫁がいる私はすぐに抵抗しなきゃいけないところ。だけど……とある理由から抵抗できないでいる私。そんな私に向かって、カナカナはイジワルな笑みを浮かべながらカナカナは問いかけてくる。


「……どうしたの?嫌なら、手を振り払って良いのよマコ。それとも奪われる覚悟が出来たのかしら」

「ち、ちが……!?で、でも……抵抗したら……ダメ、だし……」

「?どうしてダメなの?」

「だ、だって……」


ちょっと涙目になりながらも、私はカナカナに抵抗できない理由を恐る恐る告げる。


「だって……抵抗したら、折角カナカナが綺麗にしてくれたネイルが……ダメになっちゃうじゃんか……」

「…………は、い?」


 私のその説明に、嬉々として私にイジワルしていたカナカナも一瞬固まる。……確か1時間は乾かさないとネイルがついちゃうとかネイルが剥げてダメになるってカナカナ言っていた。下手に私が抵抗したら、このネイルがダメになっちゃう。こんなにカナカナが私の為に一生懸命塗ってくれたものを、むざむざダメになんかしたくないし……

 しばらくポカンとしていたカナカナだけど、次第に笑い声が口から零れ出す。


「…………あ、あはは……あはははは!そ、そんな理由?抵抗しないのが……そんな理由って……!アハハハハハハ!」

「か、カナカナ?」


 私を襲うのを一時中断し、カナカナはお腹の底から大笑い。そ、そんなに変な事言ったっけ私……?


「あー、おかし。襲われている張本人にして貰ったネイルがダメになるのが嫌だから抵抗しないって……どういう思考回路してんのよ。ホント、マコってわたしの予想の斜め上を素で行く……アッハッハッハ!」

「そ、そんなに笑う所かな?」

「笑うわよ。そりゃ笑う。ホント、普段はアレなのに変なところで真面目よねマコ」

「どういう意味!?」

「……でも、そんなところも大好きよわたし。わたしの事、大事にしてくれてるのよね」


 ひとしきり笑ったところで、カナカナはどういうわけかさっき以上に頬を染めて瞳を潤ませて私に迫る。


「ネイルは口実だったけど……そういう事なら利用しない手はないわね。さあマコ。ネイルが惜しければ―――抵抗しちゃダメよ。大人しくしていてね」

「ッ!だ、だめ……カナカナ……それは、それだけはダメ……」

「ほら、マコも目を閉じて……」


 逃げられないようにと、再度私の指に自分の指を絡ませるカナカナ。そして静かに目を閉じて、ゆっくりと自分の唇を私の唇の元へと運んでいって―――







「―――させません」

「「ッ!!?」」


 そして二つの唇が重なり合う前に、何者かがインターセプトする。私の唇をそっと片手で塞ぎつつ、恋人つなぎのように絡まり合っていた指と指をもう片方の手で手刀を作りズバッと解く。

 颯爽と私の(貞操の)ピンチに駆けつけたヒーローのようなその人は、


「ご無事でしたか、マコ姉さま。申し訳ございません。大変遅くなってしまいました……」

「「こ、コマ(ちゃん)!!?」」


 我が双子の片割れ。そしてお嫁さんでもある……立花コマであった。


「な、なんでここにコマが……!?」

「決まっているでしょう?姉さまは私の大事な妻なんです。その妻が寝取られそうになるのを黙って見過ごすなんて、あり得ませんよ」

「てか、不法侵入よコマちゃん……!?そもそもどうやってうちに入って来たのよあなた……!?」

「ハッ……!バカめと言って差し上げますわ、かなえさま!姉さまを手籠めに出来るチャンスだと思い、相当気が逸っていたようですね」

「ど、どういう事よ!?」

「…………玄関の鍵なら、普通に閉め忘れてましたよ」

「……え、嘘?」

「本当です。…………いえ。私も姉さまと部室とか学校内の教室でヤる時……つい昂って鍵とかよくうっかり忘れちゃうので、かなえさまのその気持ちはわかりますけど」


 コマのその気持ち、お姉ちゃんはわかって欲しくないよ……お願いだから鍵だけはしっかり閉めようね……


「か、鍵の件はまあ良いわ。それよりも……ソフトボールの助っ人はどうしたのかしらコマちゃん。今日試合だったハズでしょう?まさか放棄して来たとでも……!?」

「……なんだかとても嫌な予感がしたので、久しぶりに全力を出しました。出し尽くしました。速攻でコールド勝ちにして、姉さまに付けていた発信器を頼りに駆けつけてきたんです」

「…………今日の試合相手って、簡単にコールド勝ちに出来るほど弱いチームじゃなかったような気がするんだけど?」


 コールド勝ち……!?発信器……!?やだ、うちの妹なんてハイスペックなんでしょう。……ソフトボール的な意味でも、ストーカー的な意味でも。


「それで?かなえさま、これは一体どういう事でしょうか……!」


 私を庇うように抱きしめつつカナカナを相当ブチ切れたお顔で睨みつけるコマ。そんなコマの叱責に近い問いかけに、カナカナはフイっと顔を別方向に向けつつこう呟く。


「……見てわからないかしら。ネイルの勉強会よ」

「嘘つかないでください。目を逸らさないでください。こちらを見て話してください」


 ……カナカナよ、その言い訳はちょっと無理があるかと。


「今まで姉さまの親友という事もあり、多少の事は大目に見てはいましたが……今日という今日はもう容赦しません!今すぐ引導を渡してあげますよかなえさま!」

「……いいわ。上等よ!これもある意味チャンス……!ここでコマちゃんを倒せば、マコは私のモノになるって事だもんね!」

「ちょ、ちょっ!?ちょっと待たれよそこの二人ィ!?」


 怒り心頭のコマと逆ギレしたカナカナ。両名拳と共に殺気を突き出して、今ここに血で血を洗う私争奪戦が始まろうとする。何故か突如として賞品と化した私は慌てて二人を止めることに。


「止めないでください姉さま。この人をこれ以上野放しには出来ません」

「止めないでよマコ。この子倒さないとあなたを押し倒せないじゃない」

「や、止めて二人とも……せめて修羅場するにしてももう少し血の出ない方向性でお願い……」

「「……血の出ない、方向性……」」


 どちらも私の大事な存在。どっちが傷つき倒れても、私は喜ぶことなんて出来ないだろう。

 涙目交じりに土下座をして仲介すると……二人は渋々といった表情で暴力に訴えない勝負の方法を考え始め、そして……


「……ならコレで勝負しましょうコマちゃん」

「……良いでしょう。これならどちらが勝っても文句は言えませんものね」

「言っとくけど、わたしこの分野に関しては誰にも負けないよ」

「それはこちらの台詞です。私こそ、誰よりも強いと自負しておりますので」

「…………あの、二人とも。この勝負をするかしないかに関して……私の意志はどこにあるのかね?」

「「……???」」

「何で二人とも不思議そうな顔してるのかな!?おかしくない!?勝負の方法おかしくない!?『立花マコを一番お洒落にさせた方が勝ち』って勝負法、おかしいって思わない!?」


 ……そして何故か。何故かそんな勝負法が決まったのち。カナカナとコマに目一杯お洒落をさせられて、勝負が決まらず丸一か月ほどネイルさせられたり髪を弄られたりお化粧させられたり似合わない服を着せられたりとetc.―――半ば着せ替え人形となった私はこう思った。


 お洒落をするのも悪くないとネイルをしていた時は思ったけど……やっぱゴメン、無しで。私にお洒落はしばらくしない方向でお願いしたい……

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