第111話 ダメ姉は、キスをする

―――マコが駆けつける10分前―――



 ~SIDE:マコ~



「さて……どうやってコマを探すかだけど……」


 飛び出した先、家の前で一体どうやってコマを探すべきか、どうやって迎えに行くべきかを考えてみる私。携帯をコマは持っていないからそれを頼りに探すのは無理。コマが行きそうなところを当てもなく探しても流石に時間がかかり過ぎてしまう。


 と、なればだ。……アレを使うしかないだろう。


「……仕方ない。緊急事態だ許してね」


 一人そう呟き心の中でコマに謝りつつ、私は鞄からとある物を取り出す。さあ待っててねコマ。今すぐお姉ちゃんが迎えに行くからね……!


「ってなわけで。早速……スイッチオーン!」


 そう声高らかに叫びつつ、私はトランシーバー(V3)を起動した。

 初代、そしてV2防犯グッズは我が担任の先生に持ち物検査で先々月と先月にあっさりと没収されてしまって泣き寝入りする羽目になっちゃったけど……没収されたお陰(?)で、より最新でより高性能の防犯グッズを仕入れることが出来た。


 これはその防犯グッズの一つ。コマの居場所がいつでもどこでもすぐにわかるトランシーバーである。

 今回のトランシーバーは携帯電話と連動していて、昨日コマにお守り兼プレゼントとして渡しておいたブローチに仕込んだ超小型GPS発信機からリアルタイムでコマの居る場所が割り出せる。盗聴機能も以前よりパワーアップしており、感度良好でしかもレコード機能まで搭載されているという優れものなのである。


 …………あ、一応私の名誉のために言っておくけど。こういう緊急事態にしか使ってないからね?これ使ってコマの私生活を盗聴したりとかはしてないからね?……ホントダヨ?


「お、出た出た。えーっとなになに?……なるほど駅前か」


 そんなどうでも良い自己弁護を自分の中でしていると、コマの位置情報がすぐさま携帯に送られてきた。マップ機能と照らし合わせて見てみると、どうやらコマは現在駅前にいるようだ。

 良かった……まだそう遠くには行っていなかったみたいだね。駅前ならすぐに追いつけるぞ。


「よーし、待っててねコマ!今すぐお姉ちゃんがコマを迎えに―――」

『―――やあ!久しぶりだね!』

『「…………え?」』


 天気も悪い事だし手早くコマを迎えに行こう。そう思った矢先の事だった。トランシーバーからやけに気安くコマに話しかけてくる男の声が聞こえてきたのは。


『どこかで見た事があると思ったけどやっぱりそうだ!ねぇねぇ、俺らの事覚えてるかな?山田に田中だよ』

『いやぁ懐かしいなぁ。ホラホラ、俺らキミの小学校の頃の先輩だよ。キミが一年生の時によくお世話してやったでしょ?覚えてない?』

『えっ……と?』


 トランシーバーの向こうでは私と同じく動揺しているコマの気配を感じる。突如現れたコマの旧知の先輩と名乗る二人組の男。えらく親し気に話しかけてきているし、パッと聞いた感じコマの知り合いのようだ。

 …………だけど……いや、誰だこいつら?


「……山田に、田中だぁ……?」


 コマの知ってる先輩って事は、必然的に常にコマの傍に居た双子の私も知っている先輩って事になる。……こんな連中知らんぞ私は。

 まあ確かに小学校の頃にそんな苗字の先輩たちがいなかったわけじゃないけれど……私の知っている山田先輩、田中先輩は二人とも可愛らしい女の子だったハズ。断じてこんな野太くて厭らしい声の男共では無かった。


『…………あ……あぁ……や、山田先輩に田中先輩……ですか。お、覚えています。覚えていますよ。どうもお久しぶりです』

『良かったー、覚えててくれたんだ。ホント懐かしいねぇ!何年ぶりだっけ?』


 コマは如何にも自分の知り合いのように話をしているけれど、今コマは相貌失認に罹っていて人の顔や表情を正確に認識できていない。もしもそれでコマが赤の他人を知り合いだと誤解してしまっているならば……この状況、ひょっとしてかなりマズいのではないか?


『つーかどうしたのさ?こんなとこでずぶ濡れになっちゃって。大丈夫?』

『あ……その。だ、だいじょうぶ―――ッ~~~~~!!!』

『あ、あれ?ひょっとしてキミって雷ダメ系?』

『あららー……そうなの?顔色すっごい悪いよね。平気かい?』

『……へ、へいき……で、す……』


 トランシーバーの向こうでは雷に怯えるコマとそのコマを優しく気遣ってくれている男たちのやり取りが聞こえてくる。コマを心配してくれることに関してはありがたいっちゃありがたいんだけど……


『いやいやー。全然平気じゃないでしょソレ。キミめっちゃ震えてるじゃん』

『あ、そうだ!良い事思いついた!実はこの近くに俺らのトモダチがバイトしてるカラオケ屋があるんだよ。ちょっとそこで雨宿りしようよ』

『おぉー!お前それナイスな考えじゃん。そうしよそうしよ』

「…………」


 ……むぅ。ありがたいけど何だろうこの嫌な感じ。妙に強引だし、親しい知り合いを自称する割に一度もコマの名前を呼んでいないし、それになんというか……そうアレだ。

 ……妹のコマに常日頃から欲望全開な眼差しを向けている私だからわかる。この男共からは……下心アリアリな気配においがプンプンするぞ。


『……いえ、本当に……だいじょうぶで……』

『無理しないで良いって!雷止むまで休んでいこっ!あそこならタオルも着替えもあるしさ、このままじゃ風邪引いちゃうよ』

『先輩としてカワイイ後輩が苦しんでる姿は見過ごせないって。ホラ、立てる?俺らが支えておいてあげるから頑張って歩こっか』


 嫌がるコマの意向を無視して移動を始める男たち。恐らくさっき言っていた通り、カラオケ店へコマを連れて行くつもりなのだろう。


「(……駅前のカラオケ店って……あんまり評判良くなかったような……)」


 突如現れた覚えの無い不審な二人組。良い噂を聞かないカラオケ店。目の見える範囲にコマが居ないという事実も相まって、あらゆる要素が私の不安を掻き立てる。


「へ、ヘイタクシー!!!」


 嫌な予感がひしひしする。このまま悠長に走って行っても間に合わないだろう。

 ……そう直感した私は身を乗り出してちょうど通りかかったタクシーを呼び止める。


「お客さん、どちらまで?」

「すみません!私の妹がピンチかもしれないんです!道案内はするんでどうか妹のところまで連れて行ってください!」

「ッ!?な、何だって!?よし来た!早く乗りなお嬢ちゃん!おっちゃんが妹ちゃんのところまで連れてってやるぞ!」

「ありがとうございますっ!お願いします!」


 涙目になりながらそのように頼み込むと、わざわざ助手席を開けて乗るように促してくれるタクシー運転手のおっちゃん。促されるまま急いで乗車して、私はトランシーバーを頼りにナビゲートを開始する。


「おっちゃん、その信号を右にお願い!しばらく真っすぐ進んでね!あとゴメン、ちょっと今から電話してもいい!?」

「おうよ!どこでも好きに電話しなお嬢ちゃん!運転はおっちゃんに任せとけ!」


 おっちゃんにナビゲートしながら携帯電話を取り出す私。


 ……ひょっとしたら今コマの傍に居る連中は、私が単純に知らないだけか覚えていないだけで……本当にコマの知り合いかもしれない。本当にただコマの事を心配してくれているだけかもしれない。でも、そうじゃなかったら……?


「―――あ、もしもしですか!?」


 勘違いならそれで良し。私が恥をかくだけの話だもの。……だけどもし仮に、それが勘違いではなかったらコマの身が危ない。

 だから私は一切迷わず躊躇せず110と携帯をプッシュして警察を呼び出した。


『はい、警察です。事件でしょうか?事故でしょうか?』

「すみません!事件です!妹が不審な輩に連れて行かれたかもしれないんです!助けてください!」

『ッ!……分かりました。まずは落ち着いて状況を説明してください。妹さんが何処で連れ攫われたのかわかりますか?』

「妹の今現在の居場所はすぐに分かります!何せ妹にを付けてるので!」

『…………はっ……しん……き?え?発信器……?』


 電話に出てくれた警察官のお兄さんが思わず二度聞きしてくる。いかん、焦って正直に言い過ぎた……下手すりゃ悪戯電話と間違えられかねないぞコレ……


「あ、いやえっとですね。実はうちの妹……最近ストーカーみたいなのに後をつけられているような気がすると悩んでいまして……」


 慌てて私は最近妹が何者かに付きまとわれて悩んでいた事、付きまとわれてノイローゼになり本日相貌失認を発症した事、防犯のために私が妹に発信機を持たせていた事をお兄さんに伝えてみる。

 ……勿論全部嘘だけど、嘘も方便。これくらい言わないと警察も動いてくれないだろうからね。


『状況はわかりました。では改めて、妹さんの現在地を教えてください』

「妹は今駅前のカラオケ店にいます!急いで来てください!」

『安心してください。今すぐ最寄りの交番からパトカーを向かわせます。その間、立花さんあなたは―――』


 真剣に聞いてくれたお兄さんは私の話を信じてくれたみたいだ。おーけー、これで警察への連絡も終わった。あと私がやるべき事は……


「はいわかってます!先に乗り込んで、妹を救出すれば良いんですよねっ!」

『…………へ?』


 やるべき事はただ一つ。最愛の妹をこの手で救い出す事だけだ。


『い、いえ違いますよ!?あ、危ないですし我々が到着するまでは決して現場に近づかないようにと注意を―――』

「うぉおおおおおおおおおおおお!!!待っててねコマぁあああああああああ!!!!!」

『立花さん!?き、聞いていますか立花さん!?もしもし!?もしも―――(ブチッ!)』


 用件も済んだことだしさっさと通話を切ってからナビモードに切り替える。と、同時にトランシーバーからこんな会話が聞こえてきた。


『それにしてもいつまでも『キミ』って呼び名じゃよそよそしいよね。えーっと……なになに?立花コマちゃんか……うんうん!良い名前だねぇ』

『おおっ!?13歳なのコマちゃん!うっは!掘り出し物どころの騒ぎじゃないわコレ!』

『ッ……!?私の、学生証……!?だ、騙したのですか……!?貴方方は……私の先輩では、ないのですか……!?』

『あはは!騙したなんて人聞きが悪いなぁ。そりゃ俺らも勘違いでコマちゃんの事を知り合いだって思ったけど、騙す気なんてこれっぽっちもなかったよー?』

『そうそう。それにさぁ……コマちゃんも俺らの事を先輩だって勘違いしてたじゃん?お互い様だよ』

「「ッ!!!!?」」


 …………悪い予感、的中。ヤロォ……やっぱ嘘か此畜生……!よくも純真無垢なコマを騙しやがったな……!


「お、おっちゃん!今の聞いたでしょ!?お願い急いで私をコマの元に連れてって!!!?」

「任せろッ!ショートカットする!もうすぐそこだ!」


 トランシーバーから聞こえる下衆共の話を私と共に聞いていたタクシー運転手のおっちゃんは、まるで映画のワンシーンのような華麗なドライブテクを披露しながら路地裏を突っ切ってくれる。

 その路地裏を抜けた先には、目的のカラオケ店が。


「よしっ……!ありがとおっちゃん!ごめん、お金は後で払うから!」

「気にすんな!それよか早く行ってやりな!おっちゃんもすぐ加勢するからな!」


 料金を払う余裕がない私は、おっちゃんに一言謝ってから転がり落ちるようにタクシーから降り……そしてカラオケ店に足を踏み入れる。


「あー、いらっしゃいま―――」

「コマは何処ッ!?」

「へ?」

「私の、妹の、コマは何処にいるのかって聞いてんだよ!!??」

「ぐぇ……!?お、おきゃくさま……しまって、る……首が、しまって……ます……それに、なんの……話で……?」


 店に入り有無を言わさず受付の店員の胸倉を掴んで問いただす。


「だから私の妹のコマだよ!この私にそっくりで、超絶可愛い天使みたいな妹だよ!!!??隠し立てするならただじゃおかんぞキサマァああああああああ!!!」

「ぞ、ぞれなら……おぐの、へやに…………」

「それをさっさと言えよもう!」


 問いただした後でその店員を突き飛ばし、奥の部屋へと急ぐ私。その間トランシーバーからはこんなコマの……悲痛な救いを求める声が聞こえてくる。


『…………ね……さま……ねえ、さま…………マコ、姉さま……ッ!!!』


 ……うん、すぐそこにいるよ。大丈夫、今行くから。お姉ちゃんが、絶対にコマの事を助けてあげるから……!



 ダァンッ!!!



 そんな事を心の中で呟きながら、一番奥の扉を走って来た勢いで蹴り破る。


「「「…………え?」」」


 飛び込んだ部屋の中は大体想像していた通りの光景が映った。


 カメラを持った半裸の男。同じく半裸で女の子を押し倒している男。そして……私が昨日プレゼントしたブローチを握りしめ、身を縮めて震える女の子―――いや、私の最愛にして生きがいそのものと言っていい双子の妹のコマ。

 その三人の視線が私に注がれる。この瞬間。私の中の何かが―――具体的にはリミッター的な何かが弾け飛んだ。


「…………あー、コホン。ちょ、ちょっとキミ困るよ。部屋間違ってない?ここ俺らの部屋なんだけどー?」

「…………」


 カメラを持った男が私に近づいてそんな事を言ってくる。……ほう。良い度胸だ、キサマから地獄みせたるぞ。


「って、アレ?よく見たらキミ……コマちゃんにソックリ―――(ドスッ)ほぐぁああああああああ!!!?」


 油断してノコノコと怒り心頭の私の目の前まで近づいてきた男の股間を、容赦なく思い切り蹴り上げる。蹴り上げた足に気持ち悪い感触が伝わったと同時に、奇声を上げて男は泡を吹き失神した。よし、まず一人……


「っ!?て、テメェ何をしやが―――」


 相方が倒れた事で慌てて私を排除しようと、コマを押さえつけていた男が私に掴みかかってくる。一回り以上も大きな大人の男に対して、小さく非力な運動音痴の私。普通にやれば私は抵抗など一切出来ずに楽に組み伏せられてしまうだろう。


「(プシュ)ぬぁあああああああ!?め、目ェ!?目がぁあああああああ!!!?」


 ……だがしかし。私にはこれがある。コマを守る防犯グッズの一つである―――催涙スプレーが。

 これもトランシーバーと同様に、再三に渡る持ち物検査で先生から没収され続けたけれども。その度に買い直して進化し続けてきた私の頼れるコマ護衛用グッズだ。ワンプッシュしただけで成人男性もほれこの通り、瞬く間に無力化よ。


 そうやって下衆二人を床に沈めた私は息の根を止めるべく―――コホン。いや違った。完全にこやつらを無力化するべく、最後に鞄から二つの黒い機械を取り出した。さーてと。そんじゃ仕上げといきますかね。


「…………何をしやがるのか、だとぉ?それはこっちの台詞だよ。よくも……よくも……」


 ぴくぴくと痙攣している男共の首にその機械を優しく(?)当てて、一呼吸置いてから私は機械のスイッチを入れつつ高らかにこう言い放つ。


「―――よくもうちの可愛い可愛い天使な妹のコマに手ェ出そうとしやがったなぁあああああああああ!!!?くぅたぁばぁれぇえええええええええええ!!!!」

「「ぎゃああああああああああああああ!!!???」」


 眩い光と特有の音が機械から発せられると同時に、男たちの断末魔が部屋全体に木霊する。……今更説明するまでも無い事だろう。これも私の愛用している防犯グッズ―――スタンガンである。

 見てますか、私の担任の先生……!トランシーバーも催涙スプレーも、そしてこのスタンガンも……めちゃくちゃ役に立ったじゃないですか!やっぱりこう言う緊急事態に対応する為にも防犯グッズは必要なんですよ……!


「ああ、コマ……コマ!ごめん、ごめんね遅くなった……!ホントにごめんよ、怖い思いをさせちゃったね……!でももう大丈夫だからね……!」


 そうやって憎き悪漢共を正義の閃光でやっつけて。念のためこれまた防犯グッズの警縄で縛ってから……ポカンとしているコマに駆け寄り思い切り抱きしめてあげる私。


「ま、マコ……姉さま……?」

「うん……うん!私だよ、コマのお姉ちゃんの……立花マコだよ……!待たせて本当にごめんね……!」


 ごめん、ゴメンね……遅くなってホントにゴメン。でも……間に合った。今度こそ間に合わせたよコマ……!



 ◇ ◇ ◇



 ~SIDE:コマ~



 不審者二人に騙されて、絶体絶命のその時。ヒーローのようにカッコよく駆けつけて私を救ってくださったのは、私の最愛にして世界最高の双子の姉の……マコ姉さまでした。


「あ、あの……!ど、どうして?どうして……いえ、どうやってここが分かったんですか姉さま……?」


 ……確かに私は姉さまに救いを求めました。けれども本当に駆けつけてくれるなんて流石に思ってもいませんでした。

 そもそも行き先も知らせず置手紙だけを残したハズなのに……どうやってこの場所を特定できたのか、私にはまるで想像できません。一体姉さまはどんな奇跡を使って私の元へ来てくれたのでしょう……?


「……あ、愛の…………力かな……」

「あ、愛!?」


 私の問いかけに(何故かちょっとだけ目を逸らしつつ)そう答えるマコ姉さま。や、やめて……やめてください……

 ただでさえ姉さまに助けられて胸の鼓動が今これ以上ないくらい昂っているのに…………そんな嬉しい事を言われたら、破裂しちゃいますよ……


「そ、そんな事よりも!こんな不快な場所とっとと出てお家に帰ろうコマ!濡れたままじゃ風邪引いちゃうし叔母さんも心配してるよ!」


 まるで気まずさから逃れるようにマコ姉さまは冷や汗をかきつつ私に手を差し伸べながら進言します。その姉さまの手を一瞬掴みかけて―――


「……嫌です」

「え?」

「ごめんなさい。私、あの家には帰りません……」


 その手を押し止めて、姉さまから距離を置く私。……いけない。何のために家を出たのか、もう忘れたのですか私……


「ど、どどど……どう、して?な、なんで?帰らないって……お、おねえちゃん……なんかコマに良くない事しちゃった……かな?も、もしかして……ちょ、ちょーっと過激すぎた?こいつらへの制裁オシオキがきつかった?……で、でもさ!こいつらがいけないんだよ!?この阿保共がコマに酷い事するから……だからこれはその…………そ、そう!正当防衛!正当防衛ってやつで」


 私が誘いを拒絶したことで、青白い顔で冷や汗を先ほど以上にダラダラと流して姉さまは弁明します。

 どうやら私が姉さまの一連の大立ち回りを見て、引いてしまっていると勘違いさせてしまったみたい。ああ、違う……違うんですよ姉さま……


「……誤解しないでくださいね。姉さまが来てくれた事……私の事を助けてくれた事は本当に嬉しいんです」

「だ、だったらなんで……」

「でも……帰れません。私に……そんな資格はないんです。私が姉さまの傍に居ると……姉さまの迷惑に……お荷物になってしまうから……だから……」


 私の一言に姉さまは『ああ、なるほど』と呟いてポンッと手を打ちます。


「あ、ああわかった。そういう事ね。ひょっとしなくてもアレだよね?母さんの電話の件とか、私のついさっきの『お荷物』って失言の件でしょ。いや違うのコマ。それこそ誤解なんだよ。アレはね―――」

「そ、それになによりも私……私……!」


 姉さまが何か言う前に、私は自分の想いを吐露します。今のまま……姉さまと会話をするのは辛いんです……お願い、わかってください……


「私……姉さまの事を認識出来なくなってしまったんです……!」

「え?」


 私の告白に姉さまは一瞬呆けた様子を見せます。


「……認識できない?私を?」

「……はい」

「それはつまり、相貌失認が悪化したって事……かな?」

「…………はい。もう私には、叔母さまも……恐らくヒメさまたちの事も。…………そして、マコ姉さまの事も……認識できません。こんな状態では、家に戻れません……戻りたくありません……!他の人の事を認識できないのは構いません……ですがっ!姉さまだけは……!大好きなマコ姉さまを認識出来ない事だけは……私ダメなんです……!辛いんです、嫌なんです……!だから……帰れない……!姉さまが傍に居るのに、姉さまを感じられない、姉さまを認識出来ない世界なんて……堪えられない……!」


 ……喚くように。醜く駄々をこねるように。姉さまに向かって自分の気持ちをぶつける私。

 ……あーあ……やっちゃった。折角今まで姉さまに惚れられる為に、カッコよくてクールなキャラを頑張って演じてきたのに。こんな子供っぽい姿、姉さまには見せたくなかったのに……


「……ふーん。認識出来ない。……私を認識出来ないねぇ?……ふむふむ。なるほどね」


 私のその情けない告白を聞いた姉さまは、ポツリとそう呟くと……ふいと鞄の中をあさり始めました。そしてその中から一つの果実を―――真っ赤な林檎を手に取って、大きくて愛らしいお口で齧りシャクシャクと咀嚼し始めたではありませんか。


「……あの、姉さま?なにを……」

「コマ」

「は、はい……?」

「口を開けなさい」

「……は、はぁ……?」


 姉さまの行動の意味が全く読めずに途方に暮れていた私に、咀嚼し終わった姉さまは珍しく強い口調でそう私に命じます。思わず言われるがままに口を開けた私の懐に……マコ姉さまはスッと入り込むと、


「―――んっ」

「~~~~~~!!?!??」


 ご自身の口を私の開いた口に隙間なく重ね合わせてきました。


 重ね合わせたのと同時に、姉さまによって咀嚼された林檎が姉さまの口から私の口に流し込まれてきました。一瞬拒絶しようとしましたが、即座に姉さまの熱を帯びた舌が私の舌を押し込んできて……有無を言わさず『飲み込みなさい』と命じてきて……私はわけもわからないままそれを飲み込んでしまいます。


「ぁ……の、あの……?まこねえさ……」

「黙って。あと、もう一度口開けて」

「は、い……」


 嚥下したのを確認すると、再び姉さまは林檎をしっかり咀嚼して……そして私の閉ざした唇を舌でねじ込み割ってから……またその咀嚼した林檎を流し込みます。飲み込んだらまた咀嚼し、何度も何度も私の唇を奪っていきます。

 そうしてどれくらいの時間が経ったのでしょうか。不意に私の舌が機能し始めます。口の中いっぱいに甘酸っぱい味が広がっているのが感じ取れました。


 …………そう、それは。6年前の……私が味覚障害を患った後で、初めて味覚を姉さまに戻して貰った……姉さまにファーストキスを奪って貰った……私と姉さまを結ぶ熱く蕩ける甘酸っぱいキスの味でした。

 そして味覚が戻ったタイミングに合わせて……数瞬前まで認識出来ていなかった姉さまの愛らしいお顔が、表情が……ハッキリと見えるようになりました。うそ……こんな、魔法みたいな……な、なんで……?どうしてこんなにあっさりと……味覚も、相貌失認も……


「……ねえコマ。これでも私の存在を認識出来ないかな?」

「ぇ……ぁ……ぅ……?」

「私はね、コマにこの口づけが出来るのは、世界広しといえど私だけだって自負してる。何千、何万回と繰り返したこの口づけだけは……他の誰にも真似できない、私とコマを結ぶ絆だって思ってる。これじゃダメ?こんなんじゃ、私を私だって認識できない?」

「ぃ…………いい、え。わかります……姉さまだって、認識……できます……」

「ん。そっかそっか。それは良かった」


 パニックになりながらも、姉さまの問いかけに辛うじて答える私。その答えに姉さまは満足そうににこりと笑うと……さっきみたいに優しく私を抱きしめて、こう囁いてくれました。


「誤解なの。母さんの件もそうだし、『お荷物』って発言も全部誤解。家に帰ったら色々説明してあげるから安心して」

「…………ごかい……」

「それと……帰る前にこれだけは言わせて。あのねコマ。見えなくったって大丈夫だよ。認識出来なくったって大丈夫だよ。だって心配しなくても、私はここに居るんだもの。いつ何があったとしても、ずっとコマの傍に居るよ。ずっとコマの傍に居て、ずーっとコマの味方で居続けるから」

「……姉さま……」

「それとね、もしもまた私の事が見えなくなったら遠慮せずに言ってよ。その時は……この口づけで、私の存在を嫌ってくらい認識させちゃうんだから」

「…………は、い」


 眩い笑顔と素敵な一言に、私の心はもう完全にノック・アウト。もうダメ。私の負け。姉さまに従います……


「…………あの、姉さま」

「んー?なぁにコマ?」

「…………もう一度、だけ……口づけしても……いいですか?」

「ふぇ!?」

「…………姉さまの存在を、私の中に刻み付けたいんです……もう二度と、認識出来なくなるようなことが……無いように……」

「お、おお!わ、わかった!いいよ!断る理由なんて一つも無いし大歓迎!おいでコマー」


 半ば自棄に。半ば白旗上げて幸福宣言―――もとい降伏宣言するつもりで。姉さまに口づけを自分から要求する私。姉さまは驚きつつも嬉しそうに口づけを了承してくれました。


「……では、いきますよ姉さま」

「う、うん!さあバッチコーイコマ!」


 姉さまは私が近づくと同時に、顔を先ほどの林檎のように赤く染めながら静かに目を閉じて私の口づけを受け入れてくださる体勢に。

 ……私も同じように姉さまの唇に狙いを定めてから静かに目を閉じて……ゆっくりと唇を姉さまの唇に密着させ―――







 ダァンッ!!!



「「…………え?」」

「「「…………え?」」」


 ―――密着させた瞬間。突如先ほど姉さまが襲来した時のように部屋の扉が開き。そこから……このお店の店長さまらしき男性と、タクシーの運転手さまと、それから警棒を持った警察官さまが一斉に中に入ってきました。……な、何事……?


 急展開の連続で、私は勿論マコ姉さまも口づけをしたまま入って来た三人をただぼうっと眺めるだけ。タクシーの運転手さまも警察官さまも、床に転がった縄で縛られた男二人の前でキスをする双子姉妹という異様な光景に気まずそうに目を逸らすだけ。

 唯一この店の店長と思しき方が、この部屋を一瞥し……


「お……お客さま。その、たいへん申し上げにくいのですが……」

「「は、はい……」」


 そしておずおずと私たちの前に立ち、そして姉さまが齧った林檎を指差しこう一言告げました。


「て、店内への飲食物の持ち込みは……ご遠慮いただけると嬉しいのですが……」

「それ今言う事ですか!?大暴れした私が言うのもなんですけど、もっと別に言う事無いですか普通!?」


 ……店長さま。姉さまの言う通り空気を……いえムードを読んでいただけませんでしょうか……?

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