第59話 ダメ姉は、罰ゲームを受ける

「コマ、ベッド狭くない?あと暑くない?大丈夫かな?」

「大丈夫ですよ姉さま。こんなに広いベッドですし……何より海風が涼しいので暑さもさほど感じません。……ですので、もう少しくっついても何も問題ありませんよ姉さま」

「そ、そう?なら……遠慮なく」


 (主に私の言動が原因で)ちょっとしたいざこざがあったけど、何とか仲直り出来た私とコマ。その仲直りの証として、今夜は二人で一緒に眠ることに。

 ……まあ元より編集さんが気を遣って私とコマ用の寝室にはベッドが一つだけだから、添い寝するしかないんだけどね。サンキュー編集さん。マジサンキュー。


「にしても叔母さんには呆れちゃうよね。私たちがちゃんと仲直り出来たか気になるのはわかるけど、勢い余って覗き見しちゃうだなんて」

「あ、あはは……そ、そうですね……」


 コマを抱きしめながら思わず溜息。まったく叔母さんめ……折角私とコマも良い雰囲気になってたってのに余計な邪魔をしてくれおって。

 ……おまけにその時の私とコマの一連の様子をガッツリとメモしてたとか許せぬ。ファッ〇ュー叔母さん。マジファッ〇ュー。


『なあシュウ……これ、解いてくれないかい……?ちょいと暑いし身動きがまるで取れなくて苦しいんだが……っていうか、割とマジで痛いんだが……』

『……すみません先輩。「解くな」とマコさんに命じられていますので……お辛いでしょうが0時過ぎるまではそのままの状態で我慢しててください』

『じゃ、じゃあ解くなとは言わないから……せめて缶ビールにストロー指して飲ませてくれないかい……?』

『…………その状態になっても飲みたがるんですね。……呆れを通り越して感心しますよ私……』


 とりあえず叔母さんには反省してもらう為、罰として布団で簀巻き状態にして編集さんに預けておいた。編集さん、普段のうっぷん晴らしも兼ねて煮るなり焼くなり好きにして良いですよその人。私が許しますんで。


「…………(ボソッ)私としては、タイミングよく介入してくださった叔母さまに感謝してますけどね。……あのまま何も考えず勢いだけで告白してたら……絶対後悔することになったでしょうし……」

「ん?コマ、今なんか言った?」

「……いいえ。ただその、今回叔母さまにも編集さまにもご心配かけてしまったなと思いまして」

「ああ……うん、それはそだね……」


 確かにコマの言う通り。的確なアドバイスをくれた編集さんや、最後の余計な邪魔はあったものの……あの叔母さんにも多大な心配をかけてしまった。その点に関しては反省するとともに叔母さんたちには感謝しなきゃいけないね……

 無論叔母さんにも反省してもらいたいところが多々あるけれど。


「ところで姉さま。ですけど……」

「ん?さっきの話の続き?」


 なんて事を考えていると、私の隣で横になっているコマが私の手をキュッと握ってそう切り出した。えーっと……どの話の続きだろうか?


「ほら、叔母さまに覗き見される前にやっていた……姉さまはとても魅力的な方だって話の続きです」

「あ、ああその話ね……」


 コマに言われて思い出す、さっき熱烈にコマが語ってくれた私の良いところ。……ヤバい。思い返せば自然と顔が熱くなってくる。

 褒められ慣れてないのと、愛しいコマにあれほど褒められたわけだし……うぅ……なんかまたドキドキしてきた……


「そ、それで?その話の続きがどうかしたのかなコマ?」

「……はい。続きを言わせてください。私、思うんですよ。姉さまはですね……もっと自信を持って良いと」

「…………へっ?じ、自信……?」


 話の繋がりが見えてこなくて首を傾げる私に対して、コマは私にも理解してもらえるようにとゆっくり丁寧に語り始める。


「ええ、自信です。先ほども申し上げた通り、姉さまはとても魅力的な方なんです。身体も、心も……何もかもが魅力的で、それは誰よりも傍にいた私がよく知っています。だと言うのに……姉さまはそんなご自分の素敵なところにちっとも気付いていない。そればかりか……その良さすら否定しようとしている」


 真剣な、どこまでも真っすぐな瞳でコマは私に語り掛けてくる。


「慎み深い姉さまですし、ご自分の現状に満足することなく高い向上心をお持ちになっているのはわかります。そういうところも姉さまの素敵な魅力だと私は思っています。……ですが、それを差し引いても姉さまは少々謙遜が過ぎる。……いえ、謙遜というよりも寧ろ自己否定されている気がしてなりません」

「自己否定……?」

「そう、自己否定です。例えばですが、私が…………あ、いえ。私や他の方が姉さまをどれだけ必死に褒めてもですね、姉さまはすぐ謙遜しちゃいますよね」

「そう……なのかな、やっぱ……?」


 編集さんにも指摘された事をコマも同じように指摘する。私自身はそんなつもりは無いけれど……二人に同じこと言われるって事はそうなのかもしれない。


「……そうなんですよ。姉さまったら……いくら容姿を褒めても『私ブスだしお世辞は良いよ』と言い、料理や家事の腕前を褒めても『私なんかまだまだ』と言い、その崇高な姉さまの精神を褒めても『あはは!冗談はやめてよー』と言って……褒めても褒めてもどれも真に受けずに暖簾に腕押し状態で…………」

「あ、あの……コマ……?」


 おかしいなぁ……まるで今まで言えなかった分の恨みつらみを吐き出してるみたいに、コマから黒い感情が溢れ出てきている気がするのは何故だろうか……?


「この際ですし……正直に言います。少しきつい事、姉さまに言います。……宜しいですか?」

「へ?……あ、うん……ど、どうぞ……」


 きつい事……?な、なんだろう……何だか嫌な予感が……覚悟を決めて衝撃に備える私。


「……では。私、姉さまの事をとても尊敬していますし……その、姉さまの妹として……好ましく思っています。……ですが」

「ですが?」

「自分の事を大事にせず、こちらがどれだけ一生懸命に褒めても過度に謙遜し、まともに取り合ってくれない姉さまの事だけは…………ちょっと嫌いです」

「…………ゴフッ……!?」


 その一言に、吐血しかける私。いかん、クリティカル入った……死ぬかと思った……き、嫌い……そ、そうか……そうだったのか……そんな風に思ってたのか……

 思っていた以上の衝撃を受けた私に対して、コマは畳みかけるように続ける。


「私、悔しいです。折角心から尊敬しているのに、褒めているのに……姉さまにその私の気持ちが届かないようで……それが悔しくて……悲しい」

「コマ……」

「何度だって私は言いますよ。だからもっと自信を持ってください。そして自覚してください。……姉さまはとても魅力的な女性なんです。ですから……もっと姉さま自身を大切にしてください……そして『私はダメだから』なんて、つまらない言葉でご自身を卑下しないで……」


 悲痛な叫びにも似た、コマの強い気持ちの乗った言葉が私の胸を突き刺す。


「……そっか……ごめんね。お姉ちゃん、ホント考え無しだったんだね……」


 今日はホント、謝ってばかりな日だなと痛感する。積もり積もった今までの私の愚行がめっちゃ憎い……今更遅いかもしれないけれど、ちゃんと反省しなきゃあかんね……


「……姉さま。反省しましたか?」

「う、うん!した!めっちゃ反省した!」

「では……もう私の前で自分を卑下するような事は、言わないと誓いますか?」

「うん!言わない!ちゃんと誓うよ!」


 例え自分でそんなつもりは無くても、コマを傷つけてしまう言葉を言うのは私も忍びないもんね。以後気を付けることにしよう、うん。


「そうですか。それは良かったです。―――ところで姉さま。話は少し変わりますが……」

「んー?なーに?」

「……姉さまって、とてもお綺麗ですよね」

「は?……いやいやいや!コマに比べたらブサイク極まりないよ!」

「…………姉さま」

「ん?…………あっ」


 誓った傍から即その誓いを破ってしまっている私。珍しいジト目なコマの不満そうな視線がちょっと……いやかなり痛い。痛い。


「……やはり口癖になってますね、そのご自身を卑下する言葉。そういう言葉が出るうちは自信を持つなんて到底出来ませんし、ましては自分を大切にするなんて出来ませんよ」

「ぅ……ご、ごめん……」

「…………(ボソッ)全く、本気で褒めてるのにこれなんですから……姉さま、絶対今の私の『綺麗です』って言葉も真に受けていないんでしょうね……」


 ぷくーっとふくれっ面で呆れたように溜息を吐くコマ。ま、まあ約束しておいて数秒も経たずにあっさりその約束を破ったわけだし、そりゃコマも呆れるよね……ホントに私って奴は……


「……まあ、こればかりは姉さまの元来の奥ゆかしい性格のせいでもあるでしょうから……今すぐにその言動を治せとは言いません。……ですが、もう少し意識して貰わないと困ります。姉さまの事ですし、明日にはまた自分を卑下する発言をしそうな気がしてなりませんよ……」


 ずっと一緒にいた双子の妹だけあって、私の行動性格を熟知しているコマがそう分析する。

 うん……私もなんとなくそんな気がする。今日の事なんか起きたらすっかり忘れて余計な事言って、明日の朝にはコマに再び顰蹙を買いそうな予感がひしひしするよ……


「ならば……ここは一つ、何かルールでも決めた方が良さそうですね」

「へ?ルール……?」

「……んー……そうですね。…………よし。では姉さま、を設けるというのはどうでしょう?」


 何か考える素振りを見せたコマは、良いことを思いついたといった表情で楽しそうに私に提案する。ペナルティ制度……?


「ええっと……それってどういう事かな?」

「つまりですね、もし姉さまが約束を破ってご自身を卑下してしまった場合……姉さまには何らかのペナルティを受けてもらうようにすれば良いのではと思いまして」

「ペナルティ……えーっと、それってつまりは罰ゲームみたいな……?」

「その通りです。罰ゲームがあれば姉さまも意識して『こういう発言は控えよう』と身体が覚えると思うのです。そうすれば多少時間がかかっても……そのご自身を卑下してしまう口癖や考えも矯正できるかと」

「……な、なるほど」


 ふむ……それはちょっと面白いかもしれない。不用意に私が自分を卑下する発言を―――巡り巡ってコマを傷つける発言をしたら、その度に罰ゲームを受けるって事か……

 それなら私も慎重に言葉を選んだり、考えて発言するようになれるかも……?


「……うん、良いと思う。私も自分の発言には気を付けていくつもりだけど……何かしらの罰ゲームがあれば更に気を付けられるようになれると思うからね。そのコマの提案、乗ったよ」

「……それは良かった♪……で、では姉さま。罰ゲームの内容は……私が決めても宜しいでしょうか……?」

「勿論いいよー。出来るだけ厳しめなやつヨロシク!」

「…………(ボソッ)よし……っ!」


 罰ゲーム受ける私がその内容を決めちゃマズいもんね。自分に有利な内容を決めかねないし。コマなら的確な罰ゲームを設けてくれることだろう。さあ来いコマ。私はどんな罰ゲームも甘んじて受けるつもりだからね……っ!


「そ、それでは……罰ゲームの内容を発表します」

「はーい」

「……もしも今後、姉さまが私の前で自分を卑下するような発言をしたら、ですね」

「うんうん」


 一度言葉を区切ってから、コマは何故だか顔を真っ赤にして私に勢いよくその罰ゲームを告げる。


「―――私が、姉さまの唇を……奪います」

「…………うん?」


 ……?えっと……ん?…………んん?ごめん、コマ。今何と?聞き間違いかな?何か……私の頭では理解が追い付かないような発言が聞こえたような気が……


「あ、あの……ごめんコマ。ちょっと聞き取れなかったから、もう一回お願い」

「で、ですから!姉さまがもし私の前で自分を卑下しちゃったら……罰として、私が姉さまの唇にチューします……!」

「…………はい?」


 予想の斜め上の罰ゲームにポカンとなった私。どうやら聞き間違いじゃなかったらしい。困ったな……頭悪い私にはちょっとよく理解できない。

 ……なぜ?何故に?何故にコマが私にチューするのが罰ゲームになるん……?


「あー、コマ?……どうしてそんな罰ゲームを……?」

「ぅ……そ、その……えっと…………こっ、これが一番……姉さまに効きそうなので……」


 顔を真っ赤にしてコマは言う。……いや、まあうん。そりゃある意味めちゃくちゃ効くだろうけど……


「……あのさ、コマ……?本当にそんな罰ゲームで良いのかな……?」

「…………な、なんですか?姉さまは今更『やっぱりダメ!』と仰るのですか?」

「い、いやその……私としては別に構わないと言うか……大変喜ばし―――いや、その罰ゲームに不満は一切ないんだけど……コマこそそんな罰ゲームの内容で良いのかなーって思って。……嫌じゃない……?本当に良いの……?」


 ただでさえ毎日のようにこんな変態姉と口づけを交わしているんだ。一応最近は体調改善のお陰で、折角その口づけの時間も減って来たのに……これじゃあまた事あるごとに私とチューする羽目になるんじゃ……?コマとしてはいい迷惑なのでは……?


「い、良いんです!私は良いんですよ!……そ、それより姉さま。明日からその罰ゲームの事をお忘れなく。以後気を付けてくださいね。わ、私……姉さまがご自身を否定するような発言をすれば……容赦なく奪いますのでそのつもりでいてください。一回失言する毎に、最低10分はキスしちゃいますので」

「そ、そっか……うん、わかった。コマが良いなら罰ゲームはそれで。……じゃ、じゃあ明日から気を付ける……ね」

「は、はい……気を付けて……」


 ……と、いうわけで。『どちらかというと、それって私よりコマに対しての罰ゲームになってないかなぁ……?』と内心思いながらも、今ここに私への罰ゲーム制度が私とコマの間で制定されたのであった。



 ◇ ◇ ◇



 罰ゲームを決めた後は、しばらくコマと他愛のないお話に興じていた私だったけれど……


「……すー……すー……」

「……コマ?寝ちゃった?」


 私の隣で私の腕を枕にしていたコマから可愛い寝息が聞こえ始めた事に気づく。時間的には現在10時が回った頃。コマがこんな時間に寝ちゃうのも珍しい。いつもならこの時間になっても勉強してるもんね。……まあ、今日は色んなことがあってコマも疲れたんだろうし無理もないか。

 逆にいつもは9時くらいにはグーグーのんきに爆睡している私の方は、何だか眼が冴えてしまって寝付けずにいた。


「……ホント、今日は色々考えさせられる一日だったよね……」


 眠っているコマの微笑ましい寝顔を見詰めつつ、頭を優しく撫でてあげながら独り言ちる。私の頭の中を巡るのは、今日あった沢山の出来事。

 ナンパに出くわしたこと……コマに叩かれたこと……編集さんや叔母さん、そしてコマに言われたこと……


「…………私の事よく見ていてくれてるよなぁ、編集さんも叔母さんも……そしてコマも」


 まだ寝付けないし、折角なのでそれぞれに言われたことを整理してみる私。


『貴女は自分の事に対しては、あまりにも無防備で無関心で……卑屈すぎる』

『まるで自分がダメである事を自分自身に言い聞かせているような……そんな印象を受けますね』

『マコさんの場合は謙虚を通り越して卑屈すぎる。過度な卑屈さは自分だけでなく、他人も傷つけかねないと気づくべきだ』


 どうしてコマが怒ったのかを教えてくれて……その上で私の良くないトコを指摘してくれた編集さん。


『お前の何気ない一言で、お前のさり気ない行動一つで……コマはこうも傷ついちまうんだ。……だからマコ、間違えるな。一言一行、真剣にコマと話してこい』


 短く端的に、コマと仲直りしようとした私の後押しをしてくれた叔母さん。


『いつでも、どんな時でも……姉さまが私の事を本当に大事にしてくれているのは……嬉しいです。でも……それと同じくらい、自分の事をもっと大事にしてほしい。だって……だって、姉さまが私の事を大切に想っているのと同じくらい……私にとって姉さまは大切な存在だから。……替えなんてきかない、私の大切で大好きな、たった一人のお姉ちゃんだから……』

『もっと自信を持ってください。そして自覚してください。……姉さまはとても魅力的な女性なんです。ですから……もっと姉さま自身を大切にしてください……そして『私はダメだから』なんて、つまらない言葉でご自身を卑下しないで……』


 そして今まで胸に秘めていた、その強い気持ちを私にぶつけてくれたコマ。三人の言葉を受け止め、自分の中に浸透させる。


 ……そうだ。この私、立花マコはあらゆる意味でダメ人間である自覚がある。足りないものが多すぎるし、有能な妹のコマに比べられたら色々残念なところだらけ。

 それに……過去の―――6年前のあの日の、コマの傍にいられなかったという負い目もあって……決して褒められるような人間では……無いと思っている。


 だから今までは誰かに褒められても、つい謙遜してしまいがちだったけど……


「……そうだよね。一生懸命褒めてくれたのに、それを軽い気持ちで謙遜して……その言葉を否定しちゃったら相手に失礼すぎるよね……」


 過度な謙遜は相手を傷つけると編集さんは言った。……そんな事、考えたことも無かった。


「……コマも傷ついてたんだね……」


 何せそういう謙遜しちゃう時の私を……コマは『嫌い』らしいし。……未だにちょっと胸が痛い。

 『嫌い』と初めて言われたことも、コマに『嫌い』と思わせてしまった事も痛い……辛い……


「…………ごめんね、コマ」


 もう一度だけコマに謝る私。叔母さんがさっき言ってくれた通りだ。私の一言一句・一挙一動がコマにどれほど影響を与えるのかちゃんと考えて行動しないといけなかったんだよね……

 そういう考え無しだったところも含めて、やはり私はまだまだダメ人間。だけど……いや、ダメだってわかっているからこそダメなままじゃいられない……私も変わっていかなきゃいけないね……


「……まずは、コマの言う通り……自分の卑屈さを治していかなきゃ、かな?」


 眠っているコマを起こさないように気を付けつつ、ギュっと抱きしめて静かに宣誓する。


「……コマ。お姉ちゃん、頑張るね。コマに褒められて……胸を張れるように。そして褒められるに値する立派なお姉ちゃんになれるように……」


 折角コマもこれから罰ゲームという形で私の言動改革に付き合ってくれるんだ。……また一歩ずつ、私も頑張っていこうか。







「―――それにしても、罰ゲーム……ね」


 ふと、コマが設定してくれた罰ゲームを思い出してしまう。確か……『私がコマの目の前で自分を卑下する発言をした場合、コマが私の唇を奪う』―――って内容だったよね。


 私の胸の中で気持ちよさそうに眠っているコマに、聞こえていないだろうけど最後に一言だけ言ってみる私。


「……ねえコマ。それさ、罰ゲームじゃなくて……寧ろになってないかなぁ……?」



 ◇ ◇ ◇



 そしてその翌日。お世話になった海やコテージに別れを告げつつ、行きと同じく編集さんが操る車に乗せられ家路を目指す私たち。


「編集さん、今回は本当にありがとうございました!」

「とても楽しい夏休みになりましたよ。ありがとうございます編集さま」

「それは良かったです。こちらこそお二人のお陰で有意義な楽しい時間が過ごせましたよ。ありがとうございますマコさん、コマさん」


 コテージ予約に移動に叔母さんのお世話……何よりコマとの仲直りの後押しもしてくださったんだ。編集さんにはどれだけ感謝してもしたりない。そんなわけで元気に編集さんに感謝する私とコマ。

 そしてそんな私たちに対して、運転しながら最後まで爽やかにそんな事を言ってくれる編集さん。


 あ、ちなみに叔母さんはと言うと。


「うぇぇ…………しゅ、シュウ……もう少し優しく運転しろぉ……は、吐くぅ……」

「…………二日酔いでダウンするくらいなら、限界まで飲まないでください先生。一応エチケット袋はあるにはありますが、パーキングエリアに着くまでは出来るだけ吐かないでくださいね」


 助手席で見事にぐったりしている模様。これには私たちに対してあれほど爽やかに対応してくれた編集さんも冷ややかな態度を取る。

 ……この人、ただでさえ昨日海であれほど飲んでいたくせに、夜も編集さんの目を盗んでこっそり飲んでいたらしい。そりゃそうなるわ、自業自得だわ……


「それはそうとマコさん。朝食ご馳走様でした。久しぶりにマコさんの手料理を頂きましたが……本当にマコさんは料理上手ですよね」

「え?そ、そうですか?」

「特に朝食に作ってくださったシジミのお味噌汁、あれはとても美味しかったです。まるで料亭に出てくるような上品で味わい深いお味噌汁でした」


 そんな叔母さんを無視して編集さんが朝食の感想を言ってくれる。経験則から『どうせ叔母さんの事だし二日酔いするだろうな』と考えて、朝食に二日酔いに効くと言われるシジミの味噌汁を用意しておいた私なんだけど……


「い、いやぁ……編集さん」

「……!」


 流石にこんな風に絶賛されるとちょっと照れちゃうね。……照れ隠しから、思わず手を振って否定する。


「そうでしょうか?……私、あれほど美味しいお味噌汁を他に知らないのですが……」

「いいえ。恥ずかしながら味も、見栄えも、それから下ごしらえの手際も二流以下ですよ編集さん。……私、もっともっと自分の腕を磨かないといけな―――」

「(ガシッ)…………姉さま」

「……ん?」


 と、話の途中だったけれど……隣に座っていたコマに肩を掴まれ話の腰を折られる私。……むむむ?誰かと話してる途中で遮るとかコマらしくないね……?一体どうしたことだろうかとコマの方へと顔を向けた―――次の瞬間。


「コマ?どうかし…………ふむぐっ……!?」

「んっ……」

「~~~~~!!!?」


 突然に、何の前触れもなく、一瞬のうちに頬に両の手を添えたコマが……私の唇に自分の唇を重ねた。


「え、ちょっ……こ、こま……?いきなり何を―――んぐっ……!?」


 事態がまるで呑み込めないし、何よりミラー越しに目をまんまるにして唖然としている編集さんの手前でもある。事情を聞くためにも慌ててコマから離れようとする私だけれど……コマはそれを許さない。

 コマの熱っぽい視線が『逃がしません、貴女だけは』と物語っていて……離れればすぐさまコマの唇が追いかけて、あっという間に私の唇を塞いでしまう。


「んぐ……ん、んんっ!!?…………む、むぅうう……ッ!」

「は……ん…………んちゅ……んー……」


 コマの体質上……口づけする事自体は割と慣れている私。つか今朝もいつものようにコマの味覚を戻すため口づけしたし。……けれど、今やってるそれは……今朝やった奴とは明らかに異質。押し付けるように唇を重ね、舌を一気に私の口内へ捻じり込ませ、私の舌に絡ませ舐り時に甘噛みし、そしてその舌ごとコマは強く激しく吸い取ろうとする。

 その間、私は一切抵抗出来ずになすがまま。逃げ出そうにも後頭部をコマがしっかりとホールドしているし、そもそもここは逃げ場なんてどこにもない車内。まな板の鯉のようにコマに好きなように弄ばれる。


 そんな行為がどれだけの時間続いたのだろうか。息継ぎも碌にできず、甘く蕩ける口づけに酔いしれ息も絶え絶えになりかけた頃に……


「っ―――はぁ……はぁ……はぁぁぁ…………っ」

「ふー……ふふふっ♪」


 ようやくコマが口を離してくれた。あ、危なかった……ちょっと強引なコマの激しい口づけ。そのあまりの気持ち良さに溺れるように……軽く意識が朦朧としかけていた……下手したらマジでもうちょっとで失神してたかも……


「こ……ッ!こここ……こっ!!?コマ……!?な、なに……何、を……!?」


 何とか息を整えて、抗議するようにコマに問いかける私。何!?ホント何なの!?一体全体何事なのコレは……!?


「……使いましたね。早速使ってしまいましたね姉さま。……NGを」


 私とコマのが混ざり合った唾液で濡れたテラテラ光る唇をペロリと舐めて、コマは私の耳元で蠱惑的に囁く。はい……?何の話……?


「え、NGワードって……?」

「もうお忘れなのですか姉さま?昨夜約束したではありませんか。自分を卑下する発言をした場合……私が姉さまの唇を奪うと」

「…………ぁ」

「全く……姉さまったらこんなに早く罰ゲームを受けるなんて…………(ボソッ)そういう期待を裏切らないところも、大好きですよ……♪」


 そう言われてようやく思い出す。いかん、一晩明けたらすっかり忘れてた……案の定、昨晩のコマの分析通りすっかり忘れてたぞ私……


「…………で、でも待って……!?さ、流石に編集さんとか叔母さんの目の前で罰ゲームするのはちょっとヤバいんじゃないかな……!?こ、コマもそう思うよね!ねっ!」


 二人っきりの時ならば、甘んじて受ける―――というか土下座してでも受けたい罰ゲーム。だけど……誰かに見られた状態でこの罰ゲームを受けるのはちょっと……

 焦りながらもコマに編集さんたちに聞こえないように小声で進言する私。だけどそのコマは少し考えた素振りを見せてから、私にこう言い放つ。


「んー……と言われましても。前の二人にはもう見られても平気かなって思いまして。叔母さまはあの通り寝てますし。編集さまは―――」


 チラッと運転席の編集さんの方へ視線を向けるコマ。釣られて私も編集さんに目を向けてみると、


「お、お気になさらずお二人とも!私、見ませんから!運転に集中するので、後部座席で何が起こっても何も見えませんし見ませんから!もう私の事は空気と思って!居ないものと思ってください!ですのでどうか!どうか安心して続けてください……っ!!!」


 …………キラキラと目を輝かせて、ミラー越しにサムズアップしながら編集さんがそう答える。

 い、いやいやいやいや……編集さん、良いんですかそれで……!?なんかこう『二人して何やってんですか……?』的なツッコミを入れたりしないんですか……!?貴方、こんな時にまで空気読む必要はあるんですか……!?


「というわけです。…………ところで姉さま。まさかとは思いますが……あの程度で終わりとは思っていませんよね?」

「え……」


 そうしてまた肩を掴み、ニコッと―――こちらの背筋か凍りそうになるほど素敵な笑みを浮かべ非情にもそう私に告げるコマ。

 あ、あの程度って……いやあの、コマさん……?貴女かなりガッツリとチューしてませんでしたか……?ま、まだやるんですか……!?


「ま、待って……待ってコマ……約束したし罰ゲームはちゃんと受ける……受けるけど……せ、せめてこういうのは二人っきりで……だ、誰に見られながらなんて私…………は、はずかしくて……」

「……ごめんなさい姉さま。心苦しいですが、昨晩申し上げた通り……容赦はしません。これが罰ゲームである事をお忘れなく。……姉さまがいけないんですよ。ええ、そうです……昨日あれほど注意したのに、全く反省してない姉さまがいけないんです……」


 そのコマの目は……アニマルだった。飢えた肉食系のアニマルのようだった。


「だ、だから……ちょ、待っ―――」

「待てません。待ちません。…………待つつもりなどありません。

「―――っっっ!!!?」


 …………わずかばかりの抵抗も、コマに通じるはずもなく。簡単に両手を抑えられたら、後はもうコマの思うがまま。


 手始めについばむような口づけを繰り返し私の唇全体を丹念に舐められたあと、舌先で唇を器用に開かれてあっさり口内に侵入される。舌先同士でつつき合い、触れ合い、ねっとりと舐めて舐められて……その度にじんっ……と甘い痺れが体の奥に浸透する。


 それに逆らうことなど出来ない私はいつの間にか自分からその舌を迎え入れ、まるで自分から『コマ、もっとちょうだい』とおねだりするように受け入れてしまう。

 そうすると嬉しそうにコマは唇と唇を重ねて、今以上に深い口づけを交わす。互いの口の端からは、混ざり合った二人分の唾液がどろりと垂れて……それすら勿体ないとコマは掬い取って私に見せつけるように舐めて飲み込む。


 そうやって唇も舌も唾液も、吐息さえもコマに美味しく頂かれ……そして―――


「ふぅ…………ご馳走様でした、姉さま♡」


 それから大体30分後。ようやく私を解放してくれたコマは、一人つやつや輝いて。


「(スーッ)…………ぁ、ぅ……は……ン……きゅぅ……」

「(スーッ)…………感無量……」


 コマに見事に蹂躙された私は気持ち良さのあまり昇天ぜっちょうし。(あとついでに何故か編集さんまでパーキングエリアに到着した途端安らかな笑みを浮かべ昇天し)。


「…………おぇええ……二重の意味で……吐くぅ……」


 そして二日酔いで死にかけていた上に私とコマの行為に当てられた叔母さんは、助手席で一人静かに

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