第41話 ダメ姉は、お触りされる

 図書館出入り禁止令を出された翌日。今日は土曜日ということで授業も午前中で終わった。

 試験まで残り日数もあと僅か。昨日の今日だし本来ならば自由に使える午後を有効に使い、必死に勉強をすべきだろうけど……


「―――という事があったんですよ、ちゆり先生」

「結局昨日は私と姉さま、最初の一時間程度しか数学の勉強を出来ませんでした……」

「あららー……それは二人とも大変だったわねー」


 あろうことか私とコマは授業が終わってすぐ、制服姿のままコマの味覚障害の担当医であるちゆり先生の診療所にお邪魔して世間話をしていた。


「学期末試験かぁ。そっかぁ……もうそんな時期だったのね。ごめんなさいマコちゃん、コマちゃん。私ったら大事な時期に呼び出しちゃったみたいね。検査日は別の日に入れるべきだったかしら?」

「あー……そうですよね。実を言うと私も、先生に頼んで検査の日程を来月にずらしてもらったらどうかと姉さまに進言したのですが……」


 先生の同調するようにそう言って、ちらりとコマが私を見る。

 そう、今日は毎月恒例のコマの味覚障害を先生に診てもらう大事な定期検診の日。実を言うとここに来る直前まで、


『移動の時間も勿体ないですし、期末試験の勉強にも差し支えかねません。来月検査することにしましょう』


 ―――なんて、ずっとコマに勧められていたのだけれど……とんでもない。

 例え進級が掛かる試験前だろが世界滅亡の危機が間近に来ようが、コマの味覚障害の検査が優先されるに決まっているじゃないの。


「もー、コマったらまだそんなこと言ってるの?検査は毎月きっちりやってもらわないとダメだよ。何があろうとコマ優先!これだけは譲れないし譲らないからね」

「……と、この通り結局姉さまに押し切られてしまったわけでして」

「あらあら。相変わらずマコちゃんはコマちゃんのこと大好きなのね。良かったわねーコマちゃん♪」

「…………ま、まあ……私の事を大事にしてくれるのはとても嬉しいですけど……姉さまは私なんかより自分のことをもっと大事にすべきと言いますか……いえ、ホントに嬉しいんですけどね……」


 断固として譲ろうとしない私とそんな私の意固地な態度に少し顔を赤くしながらも困り顔のコマを見つめて、楽しそうに先生は笑う。いやぁ、照れますな。


「よーし。なら折角マコちゃんたちの貴重な勉強時間を貰ったわけだし、私もしっかりとコマちゃんの検査をしないとね。コマちゃん、早いけどそろそろ始めちゃいましょうか」

「あ、はい。わかりました。よろしくお願いします先生」

「はーい、こちらこそ。まずは舌を診せてもらうわ。口を大きく開いて舌を出してね」


 普段よりも早く世間話を切り上げて、先生はコマの診察を始めてくれる。ホント色々と気が利く先生で助かるなぁ……

 軽い問診や舌の具合を診終えると、先生はいつも先生の側に控えている看護師さんを呼び寄せる。


「それじゃあコマちゃんに恒例の検査をよろしくね」

「濾紙と電気ですね。ちゆり先生、血液とガムテストはどうしましょう?」

「勿論お願い。今回は特にしっかりデータを取って先月・先々月と比較しておきたいからね」

「わかりました。……それではコマさん。行きましょうか」


 先生から指示を受けた看護師さんは、毎度おなじみの検査のために検査室へとコマを案内すべく扉をススッと開けてくれる。


「お願いします沙百合さま。では姉さま、しばらく待っていてください」

「りょーかい。しっかり検査してもらうんだよコマ。じゃあ看護師さん。妹をよろしく頼んますっ!」

「ええ。任せてくださいね」


 もう随分と慣れたもののようで、私に手を振りながらコマは看護師さんに連れられて迷いなく検査室へと向かう。行ってらっしゃーい。


「―――さてと。マコちゃん、こっちもボチボチ始めちゃいましょうか」

「ういっす!よろしくですちゆり先生!」


 コマと看護師さんを見送って、二人が検査室へ向かったのを確認してからいつも通り近況報告会を開始する私とちゆり先生。

 電子カルテを開いてからちゆり先生は私に話しかける。


「まずはいつもの献立表チェックといきたいところだけど……確かマコちゃん、『今月は期末試験の勉強のせいで献立表が作れていない』って言ってたわよね?」

「は、はい……すんません。ちょっと作る暇がなくてですね……」

「ああそれは良いのよ。試験勉強を優先にするのは当然だもの。気にする必要なんかないわ。ただ……私に言われるまでも無いことだと思うけど、コマちゃんの日々の食事の栄養バランスはマコちゃんが出来る範囲でしっかりと管理してあげて頂戴。マコちゃんなら出来るわよね?」

「はいっ!頑張りますっ!」

「うんうん。良い返事」


 今回は期末試験の勉強の時間が惜しいからと、先生に作成するように指示されていた献立表作りをサボってしまった私。だけど先生はそんな私を怒ることなくそう言ってくれる。

 家事全般、とりわけ食事に関して全面的に任されている身なのに情けないなぁ私。いずれは家事も勉強も両立できる女にならなきゃね。


「じゃあ次。こっちが本命の話になるわね。……マコちゃんが私に

「……っ!」


 その先生の一言に、思わず姿勢を正す私。


「確かマコちゃん、電話で今日の検査の予約してくれた際に……私にこういうことを言ってくれたわよね?『コマに心理療法を施したいからその相談がしたい』って」

「……はい、そうです」


 ……忘れもしない、先月の出来事。あの日、昔の嫌な事を思い出してしまう雨と雷のせいで満足に眠ることが出来なかったコマは、疲労もピークに達してしまい体育の授業中に倒れてしまった。

 その際『もっと甘えて良いんだよ』と誠心誠意真心込めて伝えた私に、自分自身の心中を……そして縛られている過去のトラウマを吐露してくれたコマ。


「その時私は痛感しました。6年前のあの日の出来事はコマにとって相当根深いものだったんだって。そして……今の今まで治らないコマの体質も、そのトラウマが原因だってほぼ確信しました。……だからこそ。あの日の清算をしなければ、私もコマもこのままじゃ前には進めないと思うんです」


 ちゆり先生のようなとても優秀なお医者様であっても、私と口づけを交わすことで味覚が戻るというコマの特異体質を治すことは未だに出来ていない。

 これは先生が常々説明してくれていたように、コマの味覚障害は亜鉛不足や脳の病気などではなく心因的・精神的な要因―――つまりは6年前のトラウマが強く関与している可能性が高い為だろう。


「……なるほど。だからコマちゃんに心理療法を施したいのね?」

「はいっ!」


 だからこそちゆり先生による治療+コマのメンタルを癒すことも重要だと考え、コマに心理療法を受けさせても良いか先生に先週電話相談してみた私。

 その件については、電話ではなくここで話し合おうと先生に言われたんだけど……


「それで……その、どうでしょうか?まずは6年間ずっとコマを診てくれているちゆり先生の許可を貰ってから行くべきだと思っているんですが……こ、コマに心理療法を受けさせるのは……ダメ、ですかね……?」


 恐る恐る先生に尋ねてみる私。先生に限ってそんなことは無いだろうけど……万が一でも『私の治療に文句があるのってことなの!?』とか『別のところで診てもらうって私の治療がそんなに信じられないの!?』とか言われたらどうしよう……

 内心かなりビクビクしながら、先生の返事を静かに待つ。


「はいコマちゃん。これをどうぞ」

「……へ?」


 そんな心境の私を前に、先生は一通の封筒と綺麗な字で何か書かれたメモを渡してくださる。……え、ええっと?何だろうこれ?


「あの、ちゆり先生?これは一体……?」

「こっちの封筒には紹介状が入っているわ。で、そっちは私の最も信頼している心療内科の先生のいらっしゃる病院の住所のメモね」

「紹介状とメモ……?」


 その二つを私の手に握らせて、先生は嫌な顔一つせずに話を続ける。


「その住所に書かれた病院の先生……私の恩師にあたる方なんだけどね、とても優秀な先生なの。コマちゃんの特異体質を決して他人に公言するような方じゃないし、色々と理解もある方だから安心して良いわ」

「は、はぁ……」

「勝手で悪いんだけど、その先生にコマちゃんの事もマコちゃんの事もすでに話は通しているの。きっと親身になって診察してくれると思うから、マコちゃんも安心してコマちゃんに心理療法を―――」

「あ、あの……!」

「……ん?どうかしたのマコちゃん?」


 呆気に取られていたけれど気合を入れて意識を戻し、先生の説明を途中で遮る私。


「……先生?本当に、良いんですか?」

「良いって……ええっと、何がかしら?」


 怒られたり失望されることも覚悟していただけに、先生のいつもと変わりない態度に正直戸惑ってしまう。こ、こんなにあっさり認めて貰えて良いのだろうか?


「だ、だって……先生には長年コマの事を診てもらっていますよね?」

「そうね。それがどうかしたの?」

「それなのに……それなのにですよ?私、自分の勝手な都合で別の病院でも診察してもらいたいって言っているんです。そんなの先生に申し訳ないですし……正直言うとガッカリされるんじゃないかなって思っていたのに……本当に、良いんですか……?」

「…………ああ、なんだ。そういうことね」


 一瞬驚いた表情を見せたけど、私の説明に納得してくれた先生。

 おもむろにすくっと椅子から立ち上がり私の傍までやってくる。そして次の瞬間、


「もーっ!マコちゃんって、ほーんと良い子よねー♪」

「わぷっ!?」


 歓喜の声を上げながら、ちゆり先生は思いっきり自身の身体で私を包み込む。な、何事……!?


「そんなこと全然気にしなくて良いのに、私なんかを気遣っちゃって……マコちゃんは本当に優しい子ねぇ。全く……どうして私をそんなにキュンキュンさせちゃうこと言っちゃうの?そんなこと言われちゃ―――ますます大好きになっちゃうじゃないのー♪」


 よく分からないけれど何かがツボにはまってしまったようで、嬉しそうな先生に力いっぱい抱擁されてしまう私。な、なんというダイナマイトなボディ……


「せ、せんせ……くっ、苦しいっす……!は、離して……」

「ダーメ。もうちょっとギューってさせなさーい!」


 先生の豊かに実る胸の膨らみに頭が埋もれてしまった私は、逃げ出そうにも全く身動き出来ずにその場でジタバタする始末。


「んー……やっぱりマコちゃん、ちっちゃくて可愛いわねー。それに肌は艶々モチモチで……今すぐにでも食べちゃいたいくらいよ!―――

「ギブ、ギブ……っ!って!?せ、せんせー!?ど、どこ触ってんですか!?」

「まあまあ。良いじゃない良いじゃない♪」


 身動きできない私を先生はお触りを始める。い、いかん……なんというか、先生の触るか触らないかのギリギリの絶妙な攻めたてが…………くすぐったいような……もどかしいような、切なくなるような感じがしてきて……や、ヤバい……ヤバいッ!?


「あら……マコちゃんって見た目以上に大きいのねぇ。すっごい柔らかいし、その癖弾力もあって素晴らしいわー♪」

「へ、へるぷみー……へるぷみーコマぁああああああああああ!!??」


 思わず最愛の妹に助けを呼ぶも、その妹は別室で検査中。私の声はただ虚しく診察室に響いただけであった。



 ◇ ◇ ◇



「ふぅ……あー、堪能した♪ありがとねマコちゃん」

「ハァ……ハァ…………はぁ……そ、それは何よりっす……」


 大体5分くらいがっつり私を抱きしめたり頬とか二の腕とか太ももとか……む、むね……とかを撫でたり掴んだり揉んだりと、思うがままに私で遊んで色々と堪能したご様子の先生は私をようやく解放してくれた。や、やばい……なんかどっと疲れた……

 ぐったりしている私を横目に席に戻った先生は、にこにこ笑いながら話を戻す。


「大丈夫よ。私に遠慮する必要はないわ。マコちゃんの考えていたこと、とても良い案だと思っているし何も問題ないわよ」

「へ……?な、なんのことですっけ?」

「あらら?もしかして忘れちゃったかしら?心理療法の件よ」

「…………っ!?ほ、ホントですかそれ!?」


 先生のその言葉にもう一度姿勢を正して真剣に聞く私。今……先生、良い案だって言ってくれた!?


「うん。……というか、実を言うと私も先月コマちゃんが倒れたって話を聞いてから、マコちゃんと同じことを考えていたのよ。コマちゃんにはより専門的な心理医学的アプローチも行うべきだって」

「そ、そうだったんですか……」

「だからこそ紹介状も予め書いておいたし、心療内科の先生にも話を通しておいたのよ。正直マコちゃんからこの話を持ち掛けられた時、驚いたと同時にとても感心したわ。『ああ、この子はまだ若いのにちゃんと大事なことをわかっているんだな』ってね」


 そうウインクをしつつ、今度は私の頭をポンポンと優しく撫でてくれる先生。


「先に言っておくけれど……その心理療法を受けたとしても、コマちゃんの味覚障害が治るとは限らない。けれどねマコちゃん。試してみることは決して無駄ではないと思う。だから……行ってみなさいな」

「は、はいっ!」


 よ、良かった……先生にダメだと言われたらどうしようかと不安だったけど要らぬ心配だったのか。

 先生の許可を貰いホッと胸を撫で下ろす私。


「それでマコちゃん。いつからコマちゃんを連れて行こうと思っているの?」

「あ、はい。今回の期末試験が無事に終われば、すぐに夏休みに入りますし……その夏休みの期間を利用してコマを連れて行ってみようかなって思ってます」

「なるほど夏休みね。……うん、それで良いと思うわ。じゃあ詳しい日程が決まったら私からその先生に連絡してあげる」


 おぉ……重ね重ね本当にありがたい。流石頼りになるなぁ……


「これで私も心置きなく勉強に集中できますよ。まずは何よりも期末試験を頑張らなきゃですね!」

「そうね、ファイトよマコちゃん♪」


 ここで赤点取っちゃったら補習授業と再試験が夏休み中に入ることになる。そうなったらコマをその先生の紹介してくれた病院へ連れて行く予定も先延ばしになってしまいかねない。

 私の場合はそれ以前に成績が振るわなければ留年の危機もあるんだし、コマの為にも自分の為にもなおさら勉強を頑張らなきゃね。


「それにしても期末試験ね……なんだか懐かしい響きだわ。もう何年前になるのかしら?」

「懐かしい?」


 ちゆり先生が懐かしむようにポツリと呟く。……ああそっか。当たり前だけど先生も学生さんだった時代があるんだよね。


「そういえばちゆり先生ってどこの中学だったんですか?」

「ん?私の出身校?ここから歩いて10分もしないところにある中高一貫の女子校だけど、マコちゃん知ってるかしら?」

「へ?」


 ……こ、この近くの中高一貫の女子校っていえば…………かなりレベル高い学校だったような…?


「ただいま戻りましたちゆり先生、それにお姉さん。検査は無事に終了しましたよ。これ、検査結果です」

「あら、二人ともお帰り。沙百合ちゃん、検査ありがとねー」

「…………姉さま、あとついでにちゆり先生もお待たせしました……検査中に姉さまと先生の声が聞こえてきましたけど、さぞや楽しい時間をお過ごしになられたんでしょうね先生……っ!」

「あ、コマお帰り。検査お疲れ様だったね」

「はい♡ただいまです姉さま。本当に……ご無事で何よりですよ」


 と、そんな会話の途中でコマと看護師さんが検査室から戻ってくる。看護師さんは手慣れた様子で先生に検査結果を報告し、コマはささっと私の隣に移動する。

 ……何か一瞬コマが不機嫌オーラ放出してたような気がしたけど……検査疲れかな?


「話の途中に割って入ってごめんなさいお姉さん。話を戻しますね。ちゆり先生は、その学校を首席で卒業なさったんですよ」

「首席!?」

「って、こらこら。余計な事を言わないの」


 先生が電子カルテにコマのデータをまとめている隙に、看護師さんがそんなことを教えてくれる。偏差値高い学校で…さらには首席だと…!?


「っていうか、どうして看護師さんがそのこと知っているんですか?」

「まあ私と先生の付き合いも長いですからね。10年以上一緒にいますし」

「……ああ、そういえばそうでしたね。看護師さまとちゆり先生って確か…」

「はいそうです。同じ小中高、そして大学の先輩と後輩の関係なんですよ。昔から凄い人なんです。勉強も運動も出来て、皆の憧れで…………そして私の永遠の―――」

「こ、こらこらこら……だから沙百合ちゃん、それ以上余計な事は言わないでお願いだから。…………何?もしかして沙百合ちゃんもコマちゃん同様に私がマコちゃんにお手付きしたの怒ってるワケ?」

「……さぁ?何のことだか分かりませんよちゆり女王様」


 何だか先生からコマと同じ匂いを感じる。前から凄い人って思ってたけど……やっぱりコマみたいな優等生だったんだ…

 ま、まあそりゃそうか。お医者様を職業にしていられるわけだし学業優秀も当たり前だよね。凄いなぁ…


 よーし……ならば折角だし、ここは人生の先輩として勉強のアドバイスとかもらえないだろうか。


「ちゆり先生。ちなみに先生は学生時代にどんな風に勉強をしてそんなに成績優秀になれたんですか?」

「え?え、ええっと……そうね。……勉強。私が昔……どんな風に勉強をしてたのか、か……」


 何故か私の軽い質問に珍しく戸惑う表情を見せながら滅茶苦茶考え込む先生。あ、あれ……?別に変な質問じゃないよね……?


「あの……先生?随分と考え込まれているっぽいですけど、どうかしたんですか?」

「……ゴメン。私、学生時代どんな勉強してたっけ……?というか、そもそも勉強してたっけ……?」

「忘れちゃったんですか!?」

「ああ……そっか。ちゆり先生は昔から勉強らしい勉強しなくても、授業さえ聞いていれば何とかなっちゃうタイプでしたからね。勉強した記憶がないのも無理は無いのでは?」

「そうだったっけ?」


 ……前々から思っていたことだけど、もしかして先生って若干天然なのではないだろうか?


「…………(ボソッ)あらあら。覚えていないとは、もしかして早くもボケが始まりましたか先生?それとも何十年も昔の事だから覚えていらっしゃらないのでしょうか?」

「…………(ボソッ)あららー、コマちゃん何だか辛辣ね。……もしかしなくてもマコちゃんにお手付きしたの怒った?ゴメンね。今度やる時はコマちゃんも混ぜてあげるから許してね」

「お、怒っていませんし、一体何を言っているんですかっ!?」

「うおっ!?」


 と、先生の意外な天然さに苦笑いしていた私の隣で、突如私の可愛いコマが声を荒げる。び、ビックリした…


「ど、どうしたのコマ?急に大声出して……」

「あ……い、いいえ!何でもないんですよ姉さま。お気になさらず」


 若干引きつった笑みを浮かべてコマがそう言う。突然声出すなんてらしくないし、いつもの素敵スマイルも曇っている。

 ……こりゃやっぱ相当検査で疲れているみたいだね。早く帰って休ませてあげるべきだろう。


「それじゃあ先生。そろそろ検査結果と今後の方針について指導してもらって良いですか?今日はあまり長居出来ませんし……」

「そうですね。姉さまは期末試験に備えなければなりませんもの。ですから手早く終わらせて、さっさと私と姉さまを帰してください先生」


 一刻も早く家に帰りたい私とコマがそのように頼み込む。すると先生は両の手を私たちの前に出してストップをかけてきたではないか。


「まあまあ二人とも。ちょっと待ちなさい。そう急いで帰ることもないでしょう?私から二人にひとつ提案があるのよ」

「「提案?」」

「うん、提案。確か家と図書館では勉強できないから…ある程度人目があって、それでいて静かに勉強できる場所を探しているって二人とも言ってたわよね?」

「え、ええ。そうですけど」

「……それがどうかしましたか?」


 そう尋ねる私とコマに、先生は満面の笑みを浮かべてこんなことを言いだした。


「だからねマコちゃんにコマちゃん。大事な試験前に呼び出しちゃったお詫びにさ、今日と明日は―――診療所うちで勉強するのはどうかしら?」

「「…………はい?」」


 …………診療所で、勉強?

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