第39話 ダメ姉は、勉強する(in 図書館)
「「……はぁ」」
「オイオイ……こりゃまた随分と盛大な溜息だな」
家庭教師コマ先生による期末試験対策勉強会を始めて二日目の夜。早くも大きな壁にぶつかり現在絶賛難航中の私とコマは、楽しい晩ご飯の時間だというのに二人で大きく溜息を吐いていた。
「一体何を落ち込んでんだよマコにコマ。オメーら朝は『今日こそはちゃんと勉強する!』とか言ってめちゃくちゃ張り切ってたくせによぉ。……あ、そういや放課後は二人とも学校で下校時刻ギリギリまで勉強してたんだよな?どうだった?勉強はちゃんと捗ったのか?」
叔母さんの問いに対し、私とコマは顔を見合わせてからもう一度溜息。
「その……ダメでした」
「うん?ダメだったって……オイオイ。まさかマコの脳内はそんなにダメだったのかコマ?もしや手遅れレベル?だからお前ら嘆いてんのか?」
「ぶっ飛ばすぞ叔母さん」
哀れみを込めた視線で私を見つめてそんな失礼なことを言いだす叔母さん。日頃の恨みも込めてちょっとぶん殴っても良いかな?
「いえ、そうではなくてですね叔母さま。全く勉強会にならなかったという意味で、ダメだったんですよ……」
「はぁ?勉強会にならなかっただぁ?……まさか昨日みたいに勉強進まなかったのかい?」
「うん、その通りなの。一応、昨日よりはマシだと思うけど……でもちょっと色々あってね……ハァ……」
「ちょっとって何だよ。何があったんだよマコ」
「…………実はさ、放課後のことなんだけどね―――」
叔母さんに問いかけられ、コマと一緒に今日あった出来事を話し始める私。そう、話は約3時間前に遡る。
◇ ◇ ◇
「―――お待たせコマ。ゴメン、ちょっと遅くなったかな?」
「いいえ。大丈夫です、待っていませんよ姉さま。私も今ちょうど準備を終えたところですので」
本日の授業をすべて終えて。放課後になると同時に急いで荷物をまとめて教室を飛び出し、コマのいる隣のクラスの二年B組に訪れた私。
B組にお邪魔するとすでにコマが支度を終えて私を待っていてくれた。
「勉強道具は揃っていますか?ノート、教科書、ワーク。それと勿論筆記用具も必要ですよ」
「うん大丈夫、バッチリだよ。それじゃあ早速図書館へ行こうかコマ」
「はいです姉さま」
そのコマと合流してから、勉強するために荷物を持って図書館へと向かうことに。わざわざ図書館に行かずとも、妹に家庭教師をしてもらっているなら尚のこと自分の家で勉強すればいいんじゃないの?と思われるかもしれないけれど、これには深い理由がある。
「さー、今日こそはちゃんと勉強しなきゃねー」
「そうですね。……昨夜は本当に申し訳ございませんでした姉さま。勉強を教えると自ら提案しておいて、あれだけ偉そうに『厳しく指導する』なんて言っておいて……姉さま専属の教師を志願した私の方が全く集中出来ていない有り様で。……全く、本当に情けない限りです……」
「あ、いやいや!昨日のはコマが悪いんじゃないからね!?悪いのは教えてもらう身でありながら、写真に気を取られたりデザート持ち出したり、挙句の果てにはコマに耳かきまで要求しちゃった私なんだから」
そう……恥ずかしいことに二人っきりで勉強すると、一人で勉強する以上に私は勿論コマまでもが互いの存在を意識し過ぎて勉強に全然集中出来ないという致命的な問題が判明した昨夜の勉強会。
何せあれ程『赤点回避!留年阻止!』と息巻いていながら、昨夜は気が付けば勉強道具を放り出して思う存分コマとイチャイチャ三昧してたからね……ホント私ったら何やっているんだろう。嗚呼、ちょっとだけ自己嫌悪。
「と、とにかく昨日の事は忘れよう!気持ちを新たに、今日からしっかりと勉強頑張ろうねコマっ!」
「はいっ!この立花コマ、今日こそは必ず姉さまのお役に立てるように誠心誠意努力いたしますね!」
当初の予定通りなら学校が終わったらすぐに家に帰ってそのままコマの部屋で勉強を教えてもらうハズだったけど……このまま家で勉強しても昨夜のようにこれっぽっちも進まない可能性大なわけで。
そこで昨日の二の舞は踏まぬようにと、私専属家庭教師のコマ先生は今朝こんなことを提案してくれたのである。
『今日からは学校の図書館を使い下校時刻ギリギリまで数学の勉強を、そして家に帰ってからは数学以外の暗記科目の勉強を行う事にしましょう』
今回一番集中して勉強する必要がある数学は図書館でコマと一緒に勉強し、残りのひたすら覚える科目はコマの作ってくれた科目ごとに要点をわかりやすくまとめてもらった特製プリントを用いて、自分の部屋で頑張って自力で大事なところを覚える。
その中でどうしてもわからないところがあれば随時コマに質問する―――これがコマの提案だ。この方式なら家に帰れば私は勿論、コマだって自身の試験勉強に専念できる時間が取れるもんね。
図書館を数学の勉強場所に選んだ理由は、ここならば冷房も効いて快適で且つとても静かで落ち着いて勉強もできるから。それに加えて何よりも、周囲に私たちと同じく試験勉強をしている人や本を読んでいる人の目があるために勉強だけに集中することが出来るからだそうだ。
確かに常に誰かの視線が光っている図書館ならば、流石の私も昨夜のようにコマに対してちょっかい出すことは無いだろうからね。…………多分。妹に手を出さない自信はないケド、今日こそは何としてもコマとイチャつきたい自分の欲望を抑えつつ勉強に専念しよう。……頑張れ私、ファイトだ私。
「―――さま、姉さま」
「ふぇ……?」
「図書館、着きましたよ姉さま」
そんなことを考えているといつの間にやら図書館に到着していた模様。おっと、いかんいかん。ボーっとしていないでここからは気合を入れて勉強に励まねば。
「さあ、まずは勉強しやすいように二人で座れる席を探しましょうか」
「りょーかい。良い場所あるといいねー。……それにしても結構人多いね。授業が終わって急いで来たっていうのに、もうかなり席が埋まってるじゃないの」
「そうですね。考えることは皆さん一緒という事でしょうか」
「あはは、そーみたいだね」
図書館にはすでに大勢の生徒が机に勉強道具を広げて勉強している模様。中には普段なら今頃部活動に励んでいるであろう部活生の姿もちらほらと見かける。
試験まで一週間を切って試験準備期間に入っている為、昨日からすでに全部活動は停止されている。きっと部活生たちもこの貴重な部活がない期間を使ってしっかり勉強し、良い成績を取ろうと思っているんだろう。かくいう私もそうだし。
「姉さま。ここ空いていますよ」
「おっ、ホントだラッキー。これなら並んで座れるね」
勉強している皆の姿を眺めながらしばらく空いている席を探してみると、図書館の奥の方に二つ席が空いているのをコマが発見してくれる。横に並んで座れるから教えてもらうのにも好都合だし……丁度いい場所ゲットだぜ。
荷物を置いてコマに指定されていた教科書等を机に広げ、いつでも勉強できる態勢を作る私。
「それでは姉さま、早速ですが数学の勉強会を始めましょうか。一分一秒も無駄には出来ませんからね」
「はーい、よろしくコマせんせー」
図書館だし周りに迷惑が掛からぬように極力小さな声で返事をして、数学の勉強会の始まり始まりだ。
「今回の数学の試験のテーマはズバリ『連立方程式』です。さて、最初は姉さまがこのテーマをどのくらい内容理解出来ているのか確かめたいので……教科書に載っているこちらの練習問題を解いて貰いたいと思います」
そう言ってコマは教科書の後ろの方に載っている練習問題のページを開いて私に解くように指示する。
「練習問題とはいえ、気持ち的には本番の試験だと思って挑んでくださいね姉さま。採点の基準にもなりますので、答えだけでなく途中式も残しておいてくれると助かります。それから現段階の解答速度もついでに計っておきますので、そのつもりで。……では準備は宜しいですか?」
「よっしゃ任せて!いつでもいいよコマ!」
「はい。それでは―――始め」
コマに言われた通り、試験を受けているような感覚で問題に取り掛かる私。まずはじっくりと指定されたページの問題を全部読んでみることに。
どれどれ?うーむ…………ふむふむ、なるほどね。
「はい!コマ先生!」
しばらく問題を眺めてからパタンと教科書を閉じ、じーっと私の様子を伺っているコマに向けて手を挙げてみる私。
「真っすぐで且つ背筋もピンと伸びた、非常に素晴らしい挙手ですね姉さま。それで……どうかなさいましたか?もしかしてもう全部の問題が解けちゃいましたか?」
「ううん違うの。そうじゃなくてですね、コマ先生」
「そうじゃなくて?」
「…………すんません。問題の意味が、全然わかりません……」
最初の一歩で早くも躓き、恥を忍びつつも正直に解けないと告白する。コマ先生、ダメな
い、いくらなんでも全問わからんとは思わんかった……これでも一応嫌々だけど授業自体は聞いていたはずなのに、一体どうなってんのさ私のダメ頭脳……
「……ふむ。姉さま、具体的に問題の意味がわからないとはどういう事でしょうか?」
「え、えっと……その。連立方程式自体は辛うじてわかると思うけど……ここに書いてある『加減法』で解けとか『代入法』で解けっていう意味が……ちょっと分からなくて……その。……うぅ、ごめんコマぁ……」
ああダメだ、これはコマに怒られる……いいや、もしくは『この程度のことすら出来ないのですか?』と呆れられるだろうか?
思わず涙目になって、コマに謝る私だったけれど……
「なるほどです。ふふっ……大丈夫ですよ姉さま」
「……えっ?」
恐れていた反応と違って、ニコッと笑って励ましてくれるコマ。あ、あれ?怒ってもいないし呆れているわけでも……ないのか?
「姉さま。今確か『連立方程式自体はわかる』と仰いましたよね?それでしたら安心ですよ」
「え?……い、いや。それのどの辺が安心できるのかなコマ……?」
「……丸っきり、すべてがわからないわけではないのですよね?恐らく姉さまの場合は『加減法』や『代入法』という言葉そのものに混乱しているだけだと思います。とりあえず姉さま。一番最初の問題を『加減法』や『代入法』のことは考えずに、姉さまが使える解き方で解いてみてくれませんか?」
「あ、うん……わ、わかった。解いてみるよ……」
よく意味は分かっていないながらも、コマに言われた通りにとにかく難しいことは何も考えず解いてみることに。
「んーと……ここは確かXかYをもう一個の式のやつに合わせて……ここがこうなって。あとは…………よ、よし。コマ、多分出来たよ……」
「ありがとうございます。ではちょっと確認してみましょうか。あ、姉さま。答えだけでなく過程の式も確認したいのでそちらも見せてくださいね」
数分かけて頑張って解き、コマに答え合わせをしてもらう。あんまり合ってる自信は無いけど……どうだろうか?
「……はい、正解です。お見事ですよ姉さま。やっぱりちゃんとわかっていましたね」
「よ、良かった。合ってたんだね」
正解の言葉にホッとする私。これで間違えてたら今度こそガッカリされるだろうしホントに良かった……
「さて姉さま。無事に問題が解けたところで先ほどの話に戻りましょう。姉さまが今使われた解法こそ、先ほど姉さまが意味が分からないと仰っていた一つである『加減法』なのです」
「あ、そうなの?これが?」
「ええ。その一方で連立方程式にはもう一つ解き方があります。今姉さまが解いた問題を私がもう一つの解き方で解いてみますので見ていてくださいね」
そう言ってスラスラとさっきの問題をコマが自身のノートに解き始める。一体コマはどんな解き方をしているのかと、確認しようとした私だけれど……
「はい、出来ました」
「速っ!?コマ解くの速っ!?す、凄いね……」
それを確認する暇もなく、私より三倍以上速く解き終えて私に途中の式と答えを見せてくれるコマ。
今更だけど私たちこれでも双子のハズなのに……この
「いえいえ。こんなものはただの慣れですよ。姉さまもいっぱい問題を解けば、すぐにこれくらい速く解けるようになります。……それはともかく。今私が使った解き方を『代入法』と言います」
「ふむふむ、こっちが代入法ね」
「そうです。先ほど姉さまが使った『加減法』、そして私が使った『代入法』。解き方こそ違えども私も姉さまも同じ答えを導いていることからわかる通り、基本的にはどちらを使っても連立方程式は解けるようになっています。ですから―――」
こんな感じでコマは時には解き方を実践しつつ、私というダメ人間でもすぐに理解できるくらい丁寧に優しくそして辛抱強く教えてくれる。
そのお陰で授業ではわからないままだった疑問点も、私の中でどんどん氷解していく。コマは教えるの上手だなぁ……将来は先生とか向いてそうだ。
「―――というわけです。どうでしょうか?他にわからないところはありますか?」
「ううん大丈夫。すっごくわかりやすくて助かったよ。コマの教え方が良い証拠だね」
「あら……姉さまにそう言って頂けるなんて光栄ですね♪さあ、後はひたすら問題演習を行いましょう。今から教科書やワークに載っている類題を何題も解いてもらいます」
「はーい!」
「似た問題をたくさん解くことが内容理解の一番の近道ですからね。これを続けることで解答速度も上がります。辛いとは思いますが、今教えたところをしっかり身につけていきましょうね」
ここまで懇切丁寧に教えてもらったんだ。後は私の努力次第。コマの教えを無駄にしないためにも、頑張って一問でも多く解けるようにならないとね。
ノートを開いてシャープペンシルを出し、いざ挑まん難問奇問の数々よ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます