第20話 ダメ姉は、試着室に入る

「あー面白かった。偶にはこういう場所で遊ぶのも悪くないね。コマはどう?楽しかった?」

「ええ勿論。とても楽しかったですよ姉さま」

「おっ、それホント?良かったよ」


 プリクラを撮った後もしばらくゲームコーナーで時間を過ごした私たち。定番のクレーンゲームやレーシングゲーム、それから体動かすエアホッケーや音ゲーム……とにかく遊べるものは全部遊んでみた。

 私もコマも家でゲームなんて全然しないし、何でも器用にこなすコマはともかくこういうゲームのセンスも皆無な私じゃどんなゲームでもあんまり上手には出来なかったけれど……それでも非常に充実した時間を過ごせた。コマも楽しそうだし来てよかったよかった。


「さてと、一通り遊んだしゲームはこのくらいにしようか。コマ、次はどこに行く?」

「そうですね。そろそろお昼にしても良い頃ですし、どこかでご飯を食べませんか?」

「ん?お昼……?ありゃ、もうそんな時間か」


 コマに言われて腕時計を確認するとそろそろ12時。お昼ご飯をとるには丁度良い時間みたいだね。先ほどまで全力で遊んでいたせいか、意識しだすと途端にお腹も空いてきた気がする。


「そだね、そろそろ食べようか。ところでコマは何が食べたいかな?言ってくれたら良い場所案内するよ。コマの食べたいものでリクエストあったら、何でも言ってね」


 今日は久方ぶりの外食という事で、予めこのショッピングモール内のフードコートは予習済み。

 どのお店の何が美味しいのか、今日のおススメは何かなど……コマに何を求められても大丈夫なように全てを網羅しシミュレーションもしてある。


「……なんでも良いのですか?」

「うん!勿論!」


 コマの好きな和食でも、お洒落な洋食でも、ピリッと辛い中華でも。勿論あまーいスイーツでも。コマの需要なら何でも応えて見せよう。

 さあ遠慮せずに言って良いんだよコマ!お姉ちゃんが絶対にコマを満足させるお店に連れていってあげるからねぇ!そんなことを考えながらコマの要望を嬉々として待ち構える私に、コマは一言。


「……姉さまのおススメならきっとどれも美味しいでしょうから、リクエストするまでも無いでしょうが。……ただ、敢えてリクエストするのであれば」

「うんうん」

「…………、でしょうか」

「……う、ん?」


 ……くち、びる?予想外の一言に、思考一時停止。何でも応えるつもりだったけど……あれ?その要望は全く予想出来てないぞ私。


「姉さま……姉さまの唇を私にください」


 恥ずかしそうに私の耳元で囁くように懇願するコマ。わ、私の……唇!?た、食べられるの私……!?コマにおいしく頂かれちゃうの……!?

 や、やだ……コマったらこんなお外で積極的に私を求めるだなんて何て大胆な……!?


「あー……やっぱりダメですか?」

「い、いや……あ、あの……こここ、コマ……?個人的にはダメじゃないけど、その……そ、そういうのは誰も邪魔されない二人っきりのシチュエーションの時にやったほうが―――」


 う、嬉しいし私としてはコマが望むならいくらでも、唇だろうが身体だろうがいつでもいくらでも差し出してOKだけれども、流石にこんなに人が大勢いる場所でなんてそんな……


「……そうですか。すみません姉さま。何を食べるにしてもまずは……いつも通りやはり辛くて……ですが、やっぱり無理なお願いでしたね……」

「……へ?」

「え?」


 いつも通り……?それに味覚……?あ、あれ?ひょっとしなくても私、今すっごい間抜けな勘違いしちゃってるんじゃ……?


「……み、かく?」

「?ええ。味覚を戻すいつもの姉さまとの口づけが欲しいなって思ったんですけど……」

「…………あ」


 ……しまった。何一人で勝手に浮かれておるんだ私。遊びに夢中で一番大事なことをすっかり忘れてた。


「ごめんコマ、今の無し。聞かなかったことにして」

「え?で、では……宜しいのですか?」

「勿論良いよ。すぐに味覚戻してあげるね」


 そうだよね。ご飯食べるならコマの味覚をちゃんと戻してやらないとダメじゃないか。

 フードコートを予習した意味も無くなるし、ホント肝心なところでいつもうっかりしてるダメ人間なんだから私……


「あ……ありがとうございます。いつも手間をかけさせてしまい申し訳ありません」

「いや謝らないでコマ。味覚戻す事、忘れてた私がパーフェクトに悪いんだし。……それはそうと困ったね。口づけどこでしようか……」


 とりあえず反省は後ですることにして。さてさてホントに困ったぞ。外食なんて一年に一回くらいしかしないから、家や学校外で味覚を戻す口づけを行う場合の対処法なんて全く考えていなかった。


「んー、物陰に隠れてやる……のはダメだね。最悪コソコソ万引きしてるって疑われる可能性があるし。それ以前に口づけしてるところが監視カメラにバッチリ映っちゃうことだってあり得るわけだし……」


 誰かに見られないように10分近く口づけをするのは至難の業。しかもこんなに人の多いショッピングモール内でやるのはほぼ不可能のようだ。

 一番手っ取り早くて安全なのは、トイレに二人で入って口づけする方法だろうけど―――それは最終手段としておきたい。何というかトイレで口づけってなんか……気分的にちょっと嫌だし。……ダメだ。いくつか案を考えるも、私の案はどれもイマイチだなぁ……


「ええっと……どうしようかコマ。いっそ一度このショッピングモールから出て、どこかひと気のない場所でしてみる?」


 私だけじゃどうにも良い考えが浮かばない。ここは聡明なコマに意見を聞いてみることにしようじゃないか。


「……モールから、出る……?あ、ああなるほど。姉さま……もしかして口づけする場所を探しているのですか?」

「ん?うん、そだよー?ショッピングモール内じゃ口づけ出来ないし……」

「それに関しては心配ご無用ですよ姉さま。そんな手間をかけずとも、このショッピングモール内で口づけできますので」

「へ……!?」


 どうしようかと悩んでいたけれど……流石はコマ、もうすでに何かしらの考えがあったようだ。


「私に考えがあります。姉さま、付いて来てください」

「おぉ……!それは心強い。じゃあ任せても良いかなコマ?」

「ええ、勿論ですよ姉さま。さあ行きましょうか」


 そんなわけで。自信満々なコマに手を引かれる私。さあ、お昼前の楽しい楽しい口づけタイムだ。



 ◇ ◇ ◇



「…えーっと?ここって…」


 思わずお店の入り口で立ち止まり、店内の様子を外から何度も見返す私。あれぇ……?おっかしいな。コマに考えがあると言われたから、早速いつもの口づけをするのかと思ってたんだけど……まさかここで口づけするの?と、少し困惑してしまう。


 何せこの場所は、仮にこれから口づけをするにしてはあまりに不適な場所なのだから。それは一体どこかって?コマに連れられてやってきたのは、ワンピースやカーディガン、キャミやブラウスetc.

 そんな選り取り見取りの商品が女の人の形をしたマネキンさんに着せられて並んでいる、ショッピングモールの中にあるレディファッション―――つまりは女性服のお店である。


「あの……コマ?このお店で合ってるの?」

「ええ合っていますよ。さあ、ここで立ち往生してもなんですしそろそろ入りましょう姉さま」

「う、うん……わかった」


 もしや行く場所を間違えたのかと思い確認してみるけれど、迷いなく店内に私を連れて入るコマ。あ、ここで良いんだね……

 でもいくらなんでもこんな人目のある場所で口づけするわけにはいかないと思う。……という事はこれって単にさっきのお買い物の続き……だろうか?あ、なるほど。つまり食事前にコマは買い物を済ませておきたかったってことなんだろう。味覚を戻すのにも時間がかかるし、用事は早めに済ませておいた方が効率的だもんね。


「コマ、もしかして何か新しい洋服欲しいのかな?」

「え?新しい洋服ですか?……そう、ですね。良いのがあれば買ってもみてもいいかもしれませんね」


 納得したところですでに何着か洋服を手に取っているコマに尋ねる私。もし気に入った服があったらデートのプレゼントとしてコマに買ってあげよう。


「あ、そうだ。姉さま、良ければ姉さまもいくつか見繕っていただけませんか?」

「へ?私が?いや、私ファッションセンスなんて無いけど良いの?」


 何せ今日出かける前も叔母さんからファッションセンスをダメ出しされたほどだもんね。あの《妹LOVE》Tシャツ……結構気に入ってたんだけどなぁ……


「良いんですよ。姉さまが好きって思えるものを選んでいただいても。私も色々試すの楽しいですし何でもいいんです」

「そう?んー……じゃあお言葉に甘えて。まああんまり期待はしないでね」

「ふふっ……♪ではお願いしますね」

「こちらこそ。んーと……何がコマに似合うかなぁ」


 まあ、コマだったら何を着ても似合うんだけどね。逆に何を着ても似合うってことは、折角なら普段コマも着ないような服に挑戦してもらうのも悪くないかもしれない。

 そう考えながらコマと店内を物色し始めようとした矢先、かなりダイタンな服を着たマネキンに遭遇する私。


「ん?あれ?ねえコマ。何かこれさっきちゆり先生が着てた服に似てないかな?」

「……っ!」


 よく見るとこの服、ちゆり先生が白衣の下に着ていたチャイナドレスにそっくりな気がする。背中空いてるしスリット深いしちょっと色っぽいなぁ。

 うーん……こんなセクシーな服なんて普段のコマは絶対に着ない。絶対に着ないんだけど……こういう大人っぽいのもコマに似合うよね。…………な、何でも良いってコマも言ってくれたし、もしやこれも試着してもらえたり―――


「…………その服は私には似合いませんよ、姉さま」

「へ?そ、そうかな?」

「そうです。絶対に似合いません、別のにしましょう」


 ―――ダメだったらしい。淡い期待をしただけにちょっぴり残念……まあコマにも好みがあるのだろうし、こればかりは仕方ないか。


「あ、もしかしてコマってああいうセクシー系って嫌いなのかな?」


 思い返すと清楚でおしとやかな服を私服にしているコマだし、ちょっとダイタンなやつは苦手なのかもしれない。そう尋ねてみるとコマは首を横に振る。


「いいえそうでも無いですよ。いつもは着ないですしチャレンジしても良いかなって思っています。……ただ、さっきのはその……単純に私には似合わないなって思っただけですし。姉さまが望むのであればどんなものでも着ますよ私」

「えっ!?ほ、ほんと?な、なら……ええっと、これとか……着てもらっても良い、かな?」

「これですか?ええ、良いですよ」


 私の予想に反して、試しに別の大人っぽくてセクシーな服をコマに渡すと素直に受け取ってくれる。……む、胸元結構空いてるしさっきのより露出多めだけど良いの!?

 マジか……マジでいいのか……っ!?い、言ってみるものだね。


「ふぅ……よし。これくらいあれば十分ですかね。―――すみません店員さま。今宜しいでしょうか?」

「あ、はい!いかがなさいましたかお客様?」


 こんな感じで二人で10着ほど服を見繕ったところで、コマがカウンターにいる店員さんに声をかける。


「試着をしたいのですが試着室を借りても宜しいでしょうか?これだけの量ですし、少し時間がかかるかもしれませんが……」

「ああ、試着ですか。勿論大丈夫ですよ。今は他のお客様もいませんしごゆっくりどうぞ」

「助かります。……それと。ファッションチェックをしてもらいたいので一緒の試着室に入りたいのですが……それも問題ありませんか?」

「はい、問題ありませんよ」


 そう言って試着室まで案内してくれる店員さん。どうやらここの試着室はよくあるカーテンで遮るタイプじゃなくて鍵の付いたドアのタイプのようだ。

 こういうのって助かるよね。防犯的にもどこかの変態にコマのお着替えシーンを覗き見られる心配がないわけだし。


「どうぞごゆっくりお楽しみくださいね。では、私どもは外におりますので何かありましたらお声掛けください」

「「ありがとうございます」」


 店員さんに一礼してからコマに手を引かれて試着室に入ることに。試着室だけど中々の広さだ。私たち二人が入ってもスペースに余裕があるっぽいね。清掃も行き届いているのかとっても清涼感もあってここなら安心してコマも試着できるだろう。


『ねえねえ。あのお客様たち一体何の用だったの?もしかして何かトラブル?大丈夫だった?』

『あ、うん平気。なんか試着したいってさ。あと二人で入っても大丈夫ですかー?って聞かれただけよ』

『あー、試着ね。そっか、二人で入るなんてとっても仲良しな姉妹みたいね。…………それにしても見た?あのお姉さんってとっても美人だっわよねぇ。すらっとしてモデル体型ですっごいモテそう』

『妹ちゃんの方はとても可愛らしかったよねー。あんなに黒ロリが似合う子は久しぶりに見たかも。あんなカワイイ妹、私も欲しいなぁ』


 試着室の中を観察していると、外からさっきの店員さんの声が聞こえてくる。そんな会話内容に思わず苦笑いをしてしまう私とコマ。


「……店員さんたち、絶対勘違いしてるよね」

「……ふふ、そうみたいですね。教えてあげたら驚くかもしれませんよね」


 どうやら外見的に店員さんたちにコマが姉で私が妹と勘違いしてるっぽい。すんません店員さん、なんか勘違いされているみたいですけど……これでも一応私が姉なんすよ。

 双子な上に背はコマの方が高いしコマの方が凛々しいからコマを姉って勘違いしても仕方ないけれど。学校でもよく間違えられるし。


「……さて、それはさておき。ではそろそろ始めましょうか姉さま」

「オッケー、ファッションチェックだよね?任せてよ。コマが着替え終わるまで目をつぶっておいてあげるから、コマは思う存分―――」

「ファッションチェック?……ふふっ。いいえ、違いますよ姉さま」

「へ?」


 試着を始めるのかと目を瞑ろうとした私に、くすっと笑って私に詰め寄るコマ。ん?違う……?一体何が違うんだろうか?


「どうやら姉さまも何か勘違いをなさっているようですね。ねぇ姉さま?私が、どうして姉さまをこのお店に連れて来たと思いますか?」

「はい?どうしてって、そりゃコマが服を買いたかったんでしょう?試着室も使わせて貰っているわけだし」

「……それはただの建前。本命は……こっちです」


 そう言って更に私に近づいて、私の唇をそっと撫でるコマ。…………え?え?ま、まさか……えっ!?


「……あ、あの……コマさんや?もしかして考えがあるって言ってたのって……ま、まさか……!?」

「ええ、そのまさかですよ。ここで―――口づけしちゃいましょう姉さま♪」


 ニッコリ笑顔でとんでもないこと言い放つマイエンジェル。ここで……だと……!?か、買い物に来たわけじゃなくて……口づけするためにこのお店に入ったの!?これがコマのいう良い考えってことォ!?


「い、いや待ってコマ!?考えがあるって言ってたのマジでこれの事!?こ、ここで!?ここでホントにやるの!?」

「ああ、姉さま。ダメですよ。しーっ、です。あまり大きな声出したら店員さまに聞こえちゃいます」

「~~~~っ!!?」


 そんなコマの穏やかな忠告に、思わず手で口を押える私。お、お店の人に聞こえてないよね今の……?

 一旦深呼吸をして、気を落ち着かせてから、少し声のボリュームを下げてつつ再びコマに問いかける。


「や、ヤバいよそれは……店内で口づけとか滅茶苦茶興奮す―――もとい、滅茶苦茶危険すぎると思うんだけど……お店の人とか他のお客さんに見られたりでもしたらどうするのさ……」

「大丈夫です。まずこの試着室から私たちが出なければ、誰にも気づかれませんよ」


 バレた場合のリスクを考えると、ここは絶対に止めておくべきだろう。けれども自信があるのかコマは私に諭すように説明を始める。


「まずこの試着室はドアもあり鍵が付けられるタイプです。内側から鍵をかけている限り、間違って他のお客さまがこの試着室に入ってくる心配はありません。勿論店員さんもです」

「な、なるほど……で、でもさ。あんまり長くここにいると店員さんに不審がられるんじゃ……」


 いつもの触媒であるリンゴジュースは今はない。だから口づけには触媒無しでやらなきゃならないわけで。触媒無しで口づけをすると大体10分以上かかってしまう。

 長い時間コマと口づけが出来るのは私にとっては嬉しい事ではあるのだけれど、あまり長い時間試着室に籠ったまま出てこない場合さっきの店員さんたちに『怪しい……ひょっとしてあの姉妹は万引きでもしているのではないか?』と疑われるかもしれない。


「それについても問題ありません。そうならないようにこれだけの服をカモフラージュ用に持ち込んだんです。10分程度なら店員さまに不審に思われることはありませんよ」

「あ……ああ、だからコマはこんなに服を選んで……」

「そういう事です。それに……ありますので」

「お、おぉ……そっか。これがあったね」


 そう言って懐からコマが取り出したのはリンゴ味のキャンディー。リンゴジュース使った口づけが一番効果的で速い味覚戻しができるのだけれど、キャンディーを触媒として使った場合もリンゴジュースよりも効果は薄れるものの口づけの時間を早めることが出来る。

 うーん、流石しっかりもののコマだ。この試着室の形状も計算に入れているところやキャンディーをあらかじめ用意していたところを見ると、ちゃんと外食する場合のマニュアルも立てていたらしい。


「それに考えてもみてください姉さま」

「ん?何を……?」

「覚えていますか?この前花見をした時なんかは……私たちデザートを食べるために、公園内―――つまり外で口づけをやったんですよ」

「う、うん。あったねそんなこと……」


 4月の某日を思い出す。あの時は流石に肝が冷えた…いつ誰が来るかもわからない緊張感と興奮で最後は足腰立たず、帰りはコマの肩を借りることになったっけか。でもそれが一体何だろう。


「だったら大丈夫です。その時に比べたら……」

「比べたら?」

店内ここで口づけするのなんて、全く問題ないと思いませんか?」

「…………それも……そっか……な?」


 た、確かにここは店内だけれども、コマの考えに従ったら誰かに見られる心配もなく口づけできる。このショッピングモールの外にわざわざ出なくてもいいし、トイレとかでするよりも何百倍もマシだし、キャンディーもあるから手早く済ませられるし……あれ?だったらコマの言う通り全く問題ない……のか?


「と言うわけで姉さま。ちゃっちゃと済ませちゃいましょ♪」

「う、うん……そだね。……ぜったい大丈夫、だよね?」

「はい♪」


 そっか……大丈夫か。寧ろあれだ、この前の花見の時と違って合法的(?)且つ合理的に妹と野外プレイ的な口づけできるわけだし……全力で堪能しても良いってことか!

 なら何も悩む必要ないな!そうと決まれば早速堪能させてもらいましょうかね、コマの唇……っ!


「わかった……じゃ、じゃあコマ。時間もかけられないし……すぐにしようか?」

「ええ、お願いします。……姉さま、来て……」

「し、失礼するねコマ……」


 私も乗り気になったことで、輝くような笑みを浮かべるコマ。持っていたキャンディーを口に含んで、私を迎え入れる。


「「―――んくっ…」」


 自然と吸い込まれるように、二人の唇は触れ合って数秒緊張を解くように軽く重なり合う。いつもならもう少し唇同士で触れ合っているところだけれど、今日はあまり時間もかけられないし、早速コマの唇を優しく開かせてコマの口内に舌を侵入させる。

 中に舌を入れるとリンゴ味のキャンディーの甘酸っぱい香りと味が広がってきた。……すごい、この後お昼を食べるために味覚戻しているんだけれど、もうすでにこれだけでお腹いっぱいになりそう……


「ふ……んん……コマ……」

「マコ姉さま……ん…っ」


 名前を呼び合いながら、タイミングを合わせるように舌と舌でキャンディーを挟む。

 時折ころころと逃げだしたキャンディーを追いかけ捕まえてまた挟みを繰り返しながらお互いの口内をかき回す。


「ん……く……あ、む……」

「ふぅ…ん……んちゅ……」


 お互いの舌先の熱で、口内の唾液でゆっくりとキャンディーを溶かす。溶けたキャンディーの甘酸っぱいリンゴの味と香りを含んだ唾液を流し込み呑みこんでもらい、またキャンディーを溶かし合う。そうやってコマの舌で味覚が感じられるようになるのを待つ。

 ……薄い壁の向こうには数人の店員さんたちがいるというシチュエーションで、最愛の妹とイケナイことをやっている背徳感にゾクッと背筋が痺れてくるのがわかる。ああ……いかん。こんなこと……続けてしまったら下手すると癖になってしまいそうで……


「……ふ…むぅ……んちゅ……ふむぅっ!?こ、コマ!?」

「あ、ごめんなさい姉さま。その体勢じゃ姉さまが辛いかなって思って……お嫌ですか?」

「い、嫌じゃない!嫌じゃないよ!」


 しばらく静かに口づけをしていると、コマが腰に手を回して私を自身の方へ抱き寄せてくる。わ、わわわ……コマにハグされちゃってる私……

 く、口づけだけでも正直大興奮しているのに抱いてもらえるなんて…油断したら鼻血があふれ出そうで……


 いや待てしっかりしろ私……ここはお店の中だぞ……!?いつものように鼻血の水芸なんてやったら商品を汚してしまいかねない……気をしっかり保たなきゃ……


「良かった…もし辛かったら言ってくださいね。それからもっと私に身体を預けていいんですよ」

「う……ん……ありが、と……」


 誘蛾灯に誘われる虫のように、言われるがままコマにぽすっと身体を預けてみる。あ、凄い。口づけするのだいぶ楽になった。

 それに……コマのぬくもりがきもち…いい……そのままコマに優しく抱かれながら口づけを再開することに。


「ん…ちゅ……ふみゃ…んぅ」

「……あ…ん………あ、少し…戻ってきまし…た…姉さま、そのまま…」

「……ん。わか…った……ぁふ…」


 調子が出てきたのか、さっきより激しくキャンディーと私の舌をまとめて蹂躙し始めるコマ。舌を舌で舐められたかと思ったら、唇で私の舌を強く挟み、かと思うと甘噛みして、また舌と舌を絡ませてキャンディーと私を弄び…溢れ出てくる唾液を掬い取ってこくんっ……と喉を鳴らして呑みこむ。

 一方の私はと言うと、コマに抱かれたまま身動きが取れずに、俎板の鯉の如くコマのなすがまま思うがままに甘く翻弄されてしまう。


「(……あ、鏡…)」


 口づけが、コマのハグがあまりに気持ち良すぎて頭がぼーっとし始める中、鏡が貼られているのを横目で確認する私。

 ……いや、そりゃあるよね鏡…試着室なんだし。そんな当たり前のことも上手く理解できていないくらい思考が上手く働いていないらしい。


 ……鏡の中の私は、頬だけでなく耳たぶまでも真っ赤に染めて妖艶な表情をしているコマに唇を奪われていた。

 瞳を潤ませあごに唾液を伝わせて、とっても間抜けな顔をしながらも舌を出してコマに『もっとお願いします』と浅ましくも懇願している姿が映される。ああ、私いつもこんな顔してるんだ…こんな顔をコマに見られてるんだ……はずかしい……


「ぅん……っ!…はぁ…ん…」

「ぁ、んん……ふっ…」


 その後もキャンディーが溶けて無くなるまで、蕩けてしまう甘い口づけを店内でやってしまった私たちであった。……まあ、とりあえず一言だけ言わせてほしい。


 店員さん、試着室をこんな事に利用しちゃって、マジでごめんなさい……

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