営業捜査

営業=地取り(1)

 次の日――――――――。


 滝馬室が時間通り出社し、入口の壁に貼り付けたタイムカードホルダーから自分のカードを取り出し、目覚まし時計のようなレコーダーの口にカードを差し込む。

 自分の出社時間が印字されたのを確認し終わると、カードをホルダーに戻した。


 何気なく自分を含めた三枚しかないタイムカードを見る。

  

 滝馬室のカードの下は眼鏡の色白部下、加賀美のカード。

 カードが裏返っているので、まだ出社してない。

 その下のタイムカードは表向きになっている。


 ”彼女”はすでに出社していた。


「おはようございます」


 ご本人登場にのけぞる。

 滝馬室は現れた”彼女”に挨拶を返す。


「お、おはよう……いつも早いね。優妃さん」


 先に出社していた優妃に捕まり次に口を開いた時は、彼に取って耳障りな言葉を発する。 


「ではタキ社長。昨日言った通り、事件性を調べに行きましょう」


「おい、待て?」


 彼はやる気に満ちて目を爛漫とさせる女性刑事を、片手で制止する。


「今の俺達は刑事じゃないんだ。勝手に捜査に割り込んだら、捜査妨害と公務執行妨害に当たる。俺達が捕まるだぞ?」


「勝てば官軍! それこそ、逮捕すれば警視総監賞ですよ」


「それ、君のお祖父さんの口癖か?」


「いいですか? 私たちがここで水の在庫リストと睨めっこしている間、犯人は次の獲物を物色してるんですよ? いえ、それどころか既に誰かが手口に引っかかってるかも」


 実感が湧かず間の抜けた顔を作る滝馬室を見て、彼女は人差し指を床に刺して、苛立たしげに続けた。


「この会社は水を売っているんです。このままだと、ウチの会社の商品も疑われて、客が買わなくなります!」


 滝馬室は慌てふためく。


 「そ、それはマズいよ! 君? ノルマは無くても、業務をしてるパフォーマンスはしとかないと。上層部がウチのチームを廃止する!」


「だったら、私達で一早く事件を解決すれば客足は戻って来ます。ほら、社長行きますよ?」


「行くって、どこに?」


「”地取り”に決まってるじゃないですか?」


 滝馬室は声がうわずる。


「冗談だろ?」


「つべこべ言わず、行きますよ!」


「待て!? 止めろ! パワハラだぞ!」


 部下である彼女は滝馬室の腕を掴み、引きずるように連れて二人で会社の扉を出る。


 会社を後にすると滝馬室と優妃のコンビは、近くにあるコンクリート製のビルとビルの間に、ぽっかり空いた月極の駐車場へやって来た。


 そして一台の白いミニバンの前で止まる。

 フロントがカバのように、なだらかな口と鼻を思わせ、横へ間延びしたデザインの顔。

 両サイドに平行してついているヘッドライトは、眠そうな両目に見えた。


 警視庁公安部がサード・パーティーに与えた覆面車両。

 有限会社ミズーリの営業と配達の異動手段として、偽装した同車両はサード・パーティーの諜報活動の足。

 これにより我々は幅広い情報収集を可能にしている。


 とは言え、緊急時にミニバンの頭からパトランプが出てきたり、隠しボタンを押して、ニトロが爆発し加速することもない。

 近年普及している低燃費エコカーだ。


 ミニバンにしたのは得意先にケースで届ける水を、後部座席に乗せることを想定しての選択だ。

 つまり正真正銘、水の営業と配達の為に使われる作業車だ。


 だが、やはり公安部で使う車両。

 おおっぴらに言えない秘密がある。

 それは――――――――。


 維持費と車検が全て、警視庁の経費でまかなわれているということだ。


 これはありがたい。

 会社の負担がほとんどない。

 この点は警視庁に感謝している。


 部下の優妃が運転席に乗り込むと、滝馬室は肩を落としながら助手席に乗った。


 優妃はエンジンをかけるとブレーキを踏み込み、ギアをドライブに入れサイドブレーキを下げる。

 ゆっくりブレーキを離しミニバンが動き始めると、アクセルを軽く踏んで駐車場の出入り口へ車を進め、車の頭が敷地から出すと彼女は左右を確認、安全運転で白いミニバンを走らせた。

 

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