第226話40-1.人種差別のある日常(1)

 魔界日本とホワイトプライドユニオンの戦争は、前者の圧勝に終わった。魔界日本はホワイトプライドユニオンに占領されていた池袋ゲートと、魔界の島嶼(とうしょ)を奪還した。


 その際に、ゲートを守っていたホワイトプライドユニオンの悪魔と魔物はことごとく殺されるか破壊された。生き延びて島を逃げ出した悪魔たちも、魔界日本の軍事責任者である湯崎武男の部隊に追撃され、乗っていた船ごと邪素の海で撃沈された。


 戦争が終わると、魔界日本の棟梁である地頭方志光は、戦闘中に撮影した動画を編集して公開した。悪魔たちは、この映像を通じてホワイトプライドユニオンの棟梁だったゲーリー・スティーブンソンが、どのような最期を迎えたかを知ることができた。


 こうして外堀を埋めてから、魔界日本の首脳陣はホワイトプライドユニオンとの戦後処理に入った。アソシエーションの仲介もあり、交渉は速やかに進展した。


 まず、ホワイトプライドユニオンはホワイトランドに改名し直した。新棟梁はジェイムス・ペイスという悪魔で、初代棟梁だったジョン・フッド、門真麻衣に殴り殺された悪魔の知己という触れ込みだった。


 ジェイムスは先代に比べると温厚かつ我慢強い性格のようで、志光らに「黄色い猿(イエローモンキー)」とか「ジャップ」とか「吊り目(スランツ)」という単語は一切使わなかった。彼は魔界日本の外交担当である過書町茜と調整を重ね、以下の条件で終戦条約を締結した。


(一)ホワイトランドは、二度と魔界日本に攻撃を仕掛けない。

(二)ホワイトランドは池袋ゲートの戦闘で発生した損害を全額賠償する。

(三)一及び二の条件が満たされる限り、魔界日本はホワイトランドに干渉しない。


 賠償額に関しては、アソシエーションのメンバーであるオレガ・アニシナの助言に従った。巨額の賠償請求はホワイトランドへの同情を呼ぶ。しかし、賠償請求をしなければ、魔界日本が他の悪魔から舐められる。


 そこで、魔界日本の財務を担当する大蔵英吉が、ホワイトランドの年間見込み収入額から魔界日本に支払い可能な金額を算出し、これをベースとした交渉が行われた。ジェイムスは一言も反論せず、魔界日本側の要求を呑んだ。


 交渉期間中に唯一問題になったのが、ホワイトランドの人種差別的な傾向だった。アソシエーションのメンバーで、魔界日本の顧問をしているクレア・バーンスタインは、交渉前打ち合わせの席で志光に訊いた。


「ハニー。〝人種差別を止めろ〟という条件を条約の文言に入れる?」


 魔界日本の棟梁は、首を横に振って回答した。


「入れませんよ。その約束を誠実に守るなら、ホワイトランドは解体されなければならない。ほとんどの悪魔は人種差別に興味が無いから、その仕事は魔界日本が担当しなければならなくなる。ホワイトランドの住人は死に物狂いで反抗するでしょう。それを押さえ込んで、条約を実現させるだけの体力は、今の魔界日本には無いですよ。それに、仮に彼らがその条件を呑んだとして、裏では差別感情を隠そうとはしないでしょう。それを止めさせるのに、僕はホワイトランドにスパイを送り込まなくちゃいけないんですか? 僕がしたかったのは、枕を高くして眠ることだけです。日本人の悪口を言いたければ、言わせておけば良い。ここは現実世界じゃない。僕が気に入らなければ、その悪口を言った悪魔がどうなるかぐらい分かるでしょう?」


 クレアは志光の見解を否定しなかった。だから、条約には人種差別否定を義務化する文言は含まれなかった。


 しかし、ジェイムスはその意味に気がついた。彼はホワイトランドの代表として、条約にサインをしてから志光に感謝の意を述べた。


「ミスター地頭方。魔界日本の対応が寛大だったと仲間に伝えておきます」

「これからは、相互不干渉でお願いします」


 志光は日本人らしくジェイムスに頭を下げた。


 これ以降、彼は白人至上主義的な悪魔に出会うことが無くなった。仮に、そうした思想信条の持ち主でも、魔界日本の棟梁の前で自説を開陳することは無かった。


 もしも、そんなことをしたらどうなるかは、魔界に住むほとんどの悪魔が知っていた。地頭方志光は、どんな犠牲を払っても自分を虚仮にした敵を殺す。一人も生きて返さない。


 この評判こそ、志光が多くの犠牲を支払っても欲しがったものだった。戦勝は悪魔の支配層に、魔界日本との戦争をためらわせるほど強烈なインパクトを与えた。〝女尊男卑国〟、〝男尊女卑国〟、〝キャンプな奴ら〟との同盟関係が、それを裏打ちした。


 ホワイトランドとの終戦条約締結が終わると、魔界日本は戦時体制を解いた。


 生産担当の美作純は兵器類の生産を制限し、資金と物資の一部を池袋ゲートの整備に振り向けた。大工沢美奈子は、美作の計画に準じて工事を実行した。


 門真麻衣と見附麗奈は、死亡した親衛隊員の補充を行い、新兵たちに基礎訓練を施した。そして、地頭方志光は現実世界に出ると、魔界日本の棟梁にふさわしい実務能力を得るべく勉強を再開した。


 少年は上の桜木町に借りたマンションのリビングで、魔界日本の歳入と歳出について、経理を担当している記田からみっちり仕込まれた。彼の授業はしごきに近いものだったため、生徒はしばしばボイコットを宣言せざるを得なかった。

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