第204話38-3.作戦立案

 志光が部下をなじっていると、塹壕に邪素の雨でびしょ濡れになったクレアが下りてきた。彼女は乾いたタオルを見つけると、それで頭を拭いつつ論争を繰り広げる三人に挨拶をする。


「こんにちは。みんなゲートに戻ってこないから様子伺いに来たわ。なんだか楽しそうね」

「ベイビーの影武者が初体験の場所を決めたがっているみたいなのよ」


 ソレルがすぐさま背の高い白人女性に説明した。クレアは斜め上を見上げてから褐色の肌に返答する。


「あら。ハニーの影武者も童貞だったの? 私が躾けておくべきだったかしら」

「クレア。貴女、意外と初物好きよね?」

「男を育てるのが良いのよ。RPGみたいでしょう? それより、湯崎さん。こちらにいらしたんですか?」

「ああ。もう、海岸線にある塹壕は片付きそうだからな。今後の打ち合わせに顔を出した」

「戦闘が終わる時間は分かりますか? ゲート付近で待機している女尊男卑国の兵隊たちが痺れを切らしているの」

「そりゃ困ったな。塹壕の掃討戦にどれぐらいかかるかは、俺も初めてだから分からない」


 湯崎は渋い顔をして腕を組んだ。そこで志光が二人のやり取りに口を挟む。


「ヴィクトーリアが戦いたがっているんですか?」

「ええ。彼女は上昇志向があるから、戦争で男性を屈服させたという実績が欲しいのよ。上手くいけば、他の〝女王の中の女王〟候補から頭一つ抜けることができるからでしょうね」

「でも、もう塹壕戦は終わりかけだし、次の戦闘で彼女を先頭に立たせるわけには行かないと思いますが」

「こっちの偵察だと、敵は頑丈な邪素工場を本拠地にしている。ここから工場までの道のりは、トラップだらけだろう。客人が罠に引っかかって戦死したとなったら、俺の責任問題になりかねない。勘弁して欲しいな」


 湯崎は頭を振って志光の懸念を支持した。クレアは肩をすくめて二人の男に反論する。


「でも、塹壕と工場を繋ぐルートはあったわけでしょう?」

「敵からの砲撃が散発的になっているって事は、もう援軍を送り込むのは諦めて砲弾の節約に入ったってことじゃないか? だとしたら、そのルートも塞がれているはずだ」

「罠を排除する方法は?」

「地雷除去の専門家なんて、俺たちの中にいるわけがないだろ? 対人地雷程度の爆発なら、俺たちにはかすり傷ぐらいしかつかないから、小型のものを使う可能性は低いとは思うが」

「掻楯に踏ませることはできないんですか?」

「まあ、出来ないことはないんだろうが……」


 志光の質問に不承不承と言った調子で答えていた湯崎が、何かを思い出したようにハッとした面持ちになった。ごま塩頭は、クレアに顔を向けて口を開く。


「なあ、クレア。その、女尊男卑国の指揮官をここに呼べないか?」

「ヴィクトーリア女王を? もちろん、呼べるわ。何か話したいことでも?」

「今、掻楯の話をしていて思い出したんだが、美作に頼まれて女尊男卑国の兵士が使う特殊な武装を海岸まで輸送していたんだ。ジャガ何とかって名前で、あれには弾よけの他に地雷除去の機能もあったはずだ」

「ヴィクトーリア女王に、その使用を許可してもらうのね?」

「そういうことだ」

「分かったわ。少し待って」


 クレアはそう言うと、志光に微笑んでから雨具を着込んで塹壕を出て行った。湯崎は続いてソレルと話をしてから、大型の邪素無線機で海岸にいる部隊と連絡を取る。


 手持ち無沙汰になった志光は、黙って邪素の雨が降る音に耳を澄ませていた。一五分ほど経つと、魔界迷彩の雨具を着込んだヴィクトーリアが、クレアと一緒にやって来る。


「お久しぶりです、ヴィクトーリア女王。魔界日本で軍事部門を統括している湯崎武男です」


 湯崎は珍しくうやうやしい態度でツインテールに頭を下げた。レインコートを脱いだ女尊男卑国の指揮官は、髪の毛についた雨粒を払ってから鷹揚に返事をする。


「貴方のことは覚えているわ。クレアから、私に用があると聞いてきたのだけれど」

「魔界側から輸送した、比較的大型の機械を覚えていますか? 確か、ジャガ、ジャガ……」

「ジャガノートよ。ジャガンナートとも言うけど」


 ごま塩頭が単語を思い出せなくて苦労していると、ヴィクトーリアはクスクスと笑いながら正式な名称を口にした。


「防楯と地雷除去を同時にこなせる優れものよ。もう、ここに届いているんで

しょう?」

「ええ。クレアからも聞いていると思いますが、もう少しすれば海岸沿いに設置された敵の塹壕は我が軍が占拠する手はずになっております。そうなると、残るは宿泊施設と邪素工場のエリアになるのですが、大量の地雷が埋まっている危険性があります」

「その予想は当たっていると思うわ。白誇連合には、南アフリカ共和国がアパルトヘイト政策を廃止したことを不満に思う、元白人の悪魔たちが複数いるわ。彼らのかなりの割合が、一九七〇年代から一九八〇年代にアンゴラ内戦に参加していて、そこでアンゴラ政府軍と共闘していたキューバ革命軍の対戦車地雷戦術で痛手を受けた経験があって、そこから自分たちも爆発物の扱いに習熟しているのよ」

「おお。さすが、魔界日本に派遣されただけのことはありますね」

「だから、予め我が国から地雷除去が可能な兵器を輸送してもらっていたのだけれど、それをここに届けていただけるのかしら?」

「もちろんです。先ほど、担当者に確認をとりました」

「ジャガノートは分解して輸送しているはずだから、パーツがここに到着次第、私の奴隷たちに組み立てさせるわ。その代わり……」


 ツインテールはそこで一拍おいてから、ゆっくりと頭を回して志光やクレア

と視線を合わす。


「先陣は私が切らせてもらうわ。国に戻ったら自慢出来る手柄が欲しいのよ。分かるでしょう?」


 ヴィクトーリアの条件を聞いた湯崎は、無言で志光の顔を見た。少年は二度頷いてからツインテールに事情を説明する。


「それはいいんだけど、ヴィクトーリアにもしもの事があったら、君のお母さんに申し訳が立たない」

「地頭方。それは間違いよ。もしも、私が母の後継者に名乗りを上げるのであれば、ここで敵対する男の首を一つでも二つでも取る必要があるのよ。私が地頭方の後ろに隠れていたら、国に戻って何と言われるかぐらい分かるでしょう?」

「臆病者?」

「そのあだ名で呼ばれる女王に、価値があると思う?」

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