第201話37-10.一時休憩

「ベイビー。やったわね。予想以上の戦果じゃない」


 女性隊員の後から魔界にやって来たソレルが、少年を褒め称えた。しかし、褐色の肌は続いて注意喚起も忘れない。


「ここにも爆発物があるかもしれないわ。すぐにチェックを始めるわね。それと、無線が繋がるのであれば湯崎にも連絡をしないと」

「湯崎さんへの連絡は、僕の仕事?」

「当然でしょう? それとも、ベイビーは爆発物を探すのが得意なの?」

「そりゃそうだ。でも、僕の手持ちの無線機で湯崎さんと連絡が取れるの?」

「無理ね。見附の部下が大型のものを持ってくるはずだから、それを使って。私はこのあたりを調べるから、全員で十メートルぐらい前進して」


 志光はソレルに言われたとおり、魔界側のゲートから十メートルほど前進した。戦っている最中は、周囲を観察するだけの余裕が無かったが、そこは大塚ゲートと似たような洞窟の中だった。


 ただし、事前に大蔵英吉から受けたブリーフィングによると、池袋駅周辺の開発中に発見されたため、鳥居などの宗教施設は設置されていないそうで、実際にそれらしきものは見当たらない。


 志光が真っ暗な洞窟内を眺めていると、ソレルを除くメンバーが彼の周辺に集まった。戦いを終えたばかりの一同は、邪素を呑みながら互いの無事を祝い、奮戦を褒め称える。


 その間に麻衣の部下たちが次々と到着し、ゲートから少し離れた場所に前線を形成した。しんがりとして見附麗奈が現れると、女性隊員たちに指示を下してから志光の元に近寄ってくる。


「棟梁! ご無事でしたか?」

「お陰さまで。今、ソレルが爆発物を探している最中だよ」

「この場所に敵は……」

「いたよ。この面子で片付けた」

「ということは、ブービートラップだらけでは無さそうですね」

「多分ね。それより、こちらの被害は?」

「三名です。二名は敵の攻撃で死亡。同士討ちで一名が亡くなりました」

「同士討ち?」

「興奮した隊員が味方を誤射しちゃったんです」

「その隊員は?」

「ホテルに戻しました。言い訳出来ない失敗ですから」

「まさか、後ろでそういうことが起きてるとは……」


 志光が頭を抱えていると、ソレルがクレアを呼んだ。どうやら仕掛け爆弾が見つかったらしい。


「麗奈。オッサンと話がしたい。無線機はあるか?」


 背の高い白人女性が輪を離れると、麻衣が麗奈に質問した。ポニーテールの少女は周囲を見回し、背中に大型の無線機を背負った隊員を見かけると声を掛ける。


「ちょっと! その無線機は使える?」


 麗奈に呼び止められた少女は首を振る。


「魔界に来たばかりなのでチェックしていませんが、ここは洞窟なので入り口付近まで行かないと無理だと思います」

「ありがとう! 通信の準備をしておいて。麻衣さんが塩﨑さんと話がしたいって」

「了解しました!」


 無線機を背負った女性隊員が洞窟の入り口側に移動する間に麻衣が軽く首を振る。


「アタシじゃ無い。話をするのは志光君だ」

「棟梁が? ああ、すみませんでした」

「いや、良いよ。あの子の後を追おう」


 志光は謝罪する麗奈を慰め、無線機を背負った女性隊員が歩いて行った先に顔を向ける。


「はい! でも、私はまだ部隊を差配しないといけないので……」

「そうだね。ここの確保が終わったわけじゃないからなあ」

「すみません」

「いや、いいよ。僕だけで対応する」


 志光は苦笑いを浮かべながら、済まなさそうに頭を下げるポニーテールに向かって手を振ると、洞窟の先に向かって歩き出した。


「……」


 ウニカは無言で少年の護衛役を買って出る。


 洞窟の先には、物干し竿のように長い対戦車ライフルを持った女性隊員たちが、伏射の姿勢になって、入り口の方角をLEDライトで照らしていた。戦闘は一段落したが、それは魔界日本側の突進力が一時的に削がれたからであって、敵は降伏も全滅もしていない。


 こちらとしては、現実世界に通じるゲートを確実に保持出来る状態にしてから、湯崎の部隊と敵を挟撃するのが理想で、作戦計画でもそうなっている。何故なら、もしも敵にゲートを奪還されてしまうと、雀の涙とはいえラブホテルに運び込んだ武器弾薬が補給出来なくなってしまうからだ。


「棟梁。この辺で大丈夫だと思います。少し待って下さい」


 大型無線機を背負っていた女性隊員は、それを地面に下ろすと棒状のアンテナを洞窟の入り口に向けて操作を開始した。その間に、魔界迷彩を身につけた柄の悪そうな男女が、志光にぞんざいな挨拶をしつつ追い越していく。大工沢美奈子が率いる黒鍬組のメンバーだろう。


 彼らは何らかの大きめの荷物を、例の大型の手押し車に載せて運んでいた。荷物は伏射の姿勢でいる親衛隊すら通り過ぎ、入り口ギリギリの場所で下ろされる。


 そこから、黒鍬組のメンバーが、下ろした荷物を積み上げて即席の胸壁を作るまではあっという間だった。その最中に、無線機を操作していた女性隊員が、受話器を志光に手渡してくる。


「湯崎隊長と繋がりました。胸壁が完成してしまうと通話が難しくなるかも知れないので、早めにお願いします」

「ありがとう」


 志光は隊員に礼を述べると、受話器を耳に付けた。


「湯崎さんですか? 地頭方です」

「坊主か? 首尾はどうだ?」

「池袋ゲートを奪還しました。今、黒鍬組が弾よけ用の壁を作っています」

「そっちの被害は?」

「二名が戦死。同士討ちで一名が死亡。撃った隊員はホテルに戻しました。合計四名です。黒鍬組からも死者が一名出ています」

「かなり少ないな。時間も予定よりずっと早い。大成功じゃないか」

「ありがとうございます」

「それはこっちの台詞だ。これで敵に二正面作戦を強いることができる」

「すぐに動いた方が良いですか?」

「もちろんだが、ゲート奪取に参加したメンバーには休憩を取らせろ。坊主も含めてだ」

「悪魔でも不眠不休で働けるわけじゃないんですよね」

「そういうのもいるらしいが、例外中の例外だろう。寝たり休んだりしないと判断力が落ちるのは人間と変わらんよ。部隊の指揮は見附に任せろ。管理者としてなら門真より優秀だ。俺もあいつと話がしたい」

「分かりました。今から麗奈を呼んできます」

「頼む」

「それでは失礼します」


 ごま塩頭との通話を終えた志光は、受話器を女性隊員に返すと、通話可能な状態を維持して欲しいと頼んでから、魔界に出現した場所まで戻る。少年は、そこで部下に指示を下している麗奈を見つけると声を掛けた。


「麗奈! 湯崎さんが君と話をしたがっている。あっちに無線機があるから行ってくれ」

「ということは、今後の作戦についてですか?」

「だと思うよ」

「分かりました。すぐに行きます」


 ポニーテールの少女は、慌てて洞窟の入り口に飛んで行った。彼女を見送った志光は、クレア、麻衣、ソレルが集まっている地点に向かう。

「爆発物ですか?」


 女性たちの間に割って入った少年が目にしたのは、ブロック状に切り分けられた粘土のような塊だった。ソレルが彼の質問に頷き、LEDライトで塊を照らす。


「そうよ。信管は装着されていなかったわ。池袋ゲートで私たちを足止めしている間に、ここを爆破する手はずだったんでしょうね」

「その爆発物はどうするの?」

「こちらの補給状況を考えると再利用がベストだけど、一旦、ここから離れた場所に持って行って、罠が仕掛けられているかどうかを念入りに調べる必要があるわね」

「分かった。それが終わったら休憩しよう。湯崎さんからゲート奪取組は休めと言われたんだ。その間の攻撃は麗奈が指揮することになる」

「長時間の戦闘で、判断力が落ちるのを避けるつもりね。湯崎らしい心配りだわ」


 ソレルは眉を上下させてから笑うと、少年の頬にキスをした。


「分かったわベイビー。本当に休むだけなのか、いわゆる〝ご休憩〟なのかを決めておいて。私は爆発物をチェックするための人員を確保するわ」


 褐色の肌は、そう言うとクレアと麻衣と志光を爆発物から遠ざけた。


「酔いが醒めてきたから、アタシは麗奈と打ち合わせしてくるよ」


 ウニカと並んで常に先陣を切ってきた麻衣は、気怠そうな表情で麗奈のいる場所まで歩き出す。


「どうだった? 生きている実感はあった?」


 最後に残ったクレアが、志光に尋ねてきた。少年はしばらく考えた後で口を開く。


「必死すぎて何も考えられませんでしたよ。ただ、人間でも悪魔でも、肌の色と生き死にに、そんなに関係が無いのは分かりました」

「関係ない、というのは?」

「肌の色が白か黄色か黒かにかかわらず、麻衣さんに殴られたり銃弾が当たったりすれば死ぬって事です」

「死は平等?」

「どうなんですか? 死後の世界ってあるんですか? 悪魔化した僕が言うのも、凄くおかしな話かもしれないですけど」

「死んでみなければ分からないわ」


 身も蓋もない返答をしたクレアは、少年に向かって微笑んだ。


「でも、私たちが死ぬ前に、目の前にいる敵を殺しましょう」

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