第186話36-8.大塚台公園での待機
「時間つぶしのために食事をしていた。状況というのは?」
「ウォルシンガムたちが敵のアジトらしき場所を発見したわ」
「なんだって? 場所は?」
「スマートフォンで地図を出せる?」
「ああ。どの地域を呼び出せば良い?」
「大塚駅から池袋駅方面に伸びている山手線は分かる?」
「まず大塚駅を表示する」
志光はスマートフォンの地図アプリを立ち上げ、検索を使って大塚駅を表示した。
「できた。大塚駅から池袋駅方面だね?」
「ええ。向かって右側を見ていって。出世稲荷神社という表示があるはずよ」
「出世稲荷? 出世……ああ、これか」
「その近辺に、ホワイトプライドユニオンの関係者が契約した賃貸住宅があったのよ」
「……ここって大塚ゲートから一キロも離れてないじゃないか」
「そうよ。悪魔なら一分もかからない距離ね。大塚ゲートの監視用に借りた物件の一つだと思うわ」
「それで、敵は確認できたの?」
「まだよ。遊撃隊で一番近い場所にいるのはベイビーたちだから、敵を発見した時に掃討をお願いできるかしら? 戦力的にも、貴男と新垣氏がいるから最強だし」
「分かった。どの辺にいれば良い?」
「敵はアジトの周辺に監視装置を設置しているはずよ。すぐ側で見張るのは無理ね」
「じゃあ、大塚でウォルシンガムからの連絡待ちをした方がいいのかな?」
「いいえ。敵も悪魔よ。逃げ足は普通の人間とは比べものにならないほど速いわ」
「じゃあ、どうすればいいんだ?」
「電車が頻繁に通る場所を挟めば、監視の目も緩むはずよ。空蝉橋から、山手線の反対側に出て。そこから一〇〇メートルほど直進した場所に、大塚台公園があるわ。蒸気機関車が飾ってあるから、すぐに判るはずよ。そこで私の指示を待って。その間に、他のチームも現場周辺に向かわせて包囲網を作るわ」
「了解。今から移動する」
志光がソレルとの通話を終えると、それを見計らったかのように新垣、ヨーコ、茜が『そば助』から出てきた。眼鏡の少女は、ひらひらとレシートを振って少年に見せる。
「お勘定は私が済ませました。後で払って下さい」
「ありがとう。ウォルシンガムが敵のアジトを発見した。今から、その付近で待機する」
「場所はどの辺ですか?」
「山手線に沿って坂を上がり、空蝉橋を渡って大塚台公園に移動する。警察から職務質問をされた時のことを考えて、身分証明書を忘れないように」
茜に計画を説明した志光は、続いて新垣とヨーコにも同じ内容を伝えて蕎麦屋を離れると、大塚駅前にある『ピカソ』という激安量販店の裏側に回り、アスファルトで舗装された急な坂道を上って空蝉橋に着いた。山手線を見下ろす高台に架けられた陸橋なので、真下には河川の代わりにレールが見える。
一行は橋を渡るとそのまま直進し、大塚台公園の園内に入る。彼らはその間に二組の警官隊とすれ違ったが、職務質問を受けることは無かった。
どうやら、偽装が効果を発揮しているようだ。しかし、三、四人で固まって動いている警官の顔つきはかなり険しかった。仲間が何人も襲撃されたため、神経質になっているのだろう。
志光は彼らの同僚が園内にいるかどうか確かめるべく周囲を見回した。大塚台公園には広場と呼べる空間は無く、遊具、コンクリートで作った子供用の山、噴水、そして柵で囲まれた機関車が所狭しと並んでいるが、制服を着た警官の姿は見当たらない。
警戒を解いた少年は、無心に遊ぶ子供たちから距離を取り、噴水近くでスマホに表示された地図を眺めながら、水筒に入った邪素を飲みつつソレルからの連絡を待った。褐色の肌が無線機を使って幾つかのグループに指示を出して、出世稲荷を中心に円を描くように彼らを配置している様子が聞こえてくる。
良い天気だ。初夏の日差しはまぶしく、しかし夏ほどギラギラしていない。
また、園内を駆けずり回る子供たちの様子を盗み見るだけで心が癒やされる。しかし、自分が結婚したらとか、子供が産まれたらというシーンを想像することは出来ない。
邪素を呑んで悪魔になってしまったからではない。それよりも、ずっと前から幸福な家庭をイメージしたことが無いのだ。
自分は人間を止めただけで結婚という制度から解放されたわけでもない。許嫁と複数の愛人がいるという、結構なご身分だ。
どうして自分は、そうしたものにこだわりをいだけなかったのだろうか? 母子家庭だったから? いや、逆にだからこそ父母のいる家庭に憧れるという人もいるはずだ。
まだ、そんなことを考える年齢では無いから? いや、結婚について想像していた同級生は結構いた。彼らが多数派だとは思わないが、さりとて極端な少数派だったわけでも無さそうだ。
志光が公園の景色と地図を見比べつつ、とりとめの無い思考に興じていると、側で立っていた茜が不安そうな面持ちで彼に近寄ってきた。
「ヤリチンさん、ちょっと良いですか?」
「え? 何?」
「もしも、敵が見つかって襲撃するということが決まったら、私はどうすれば良いんですか?」
「そりゃ一緒に来てもらうよ」
「あの、冗談抜きで私は戦いに向いてないんですよ」
「一緒に戦えとは言っていない。もしも、普通の人間が戦闘に巻き込まれた時に、彼らをそこから引き離す役割ぐらいはできるでしょ?」
「まあ、それなら」
「それに、ソレルが他のメンバーも呼び寄せているのが無線で聞いているはずだ。それでも心配かい?」
志光が茜をなだめていると、少し離れた場所から二人の様子を伺っていたヨーコが首を突っ込んでくる。
「お二方、どうかしたの?」
「いや、過書町さんが戦闘に参加するのを極端に警戒しているんですよ」
「彼女は戦い慣れしていないの?」
「ええ。普段は魔界の国同士の外交を担当してもらっています。荒事担当じゃ無いですね」
「じゃあ、過書町さんが地頭方棟梁にお願いすれば良いだけじゃないのかしら?」
「僕もそう思うんですけど、過書町さんの態度が煮え切らないというか……」
「なるほど。そういうことね」
派手な東洋系の中年女性は眉を吊り上げて頷くと、茜に向き直った。
「過書町さん。貴女は麻衣さんのように強いの? どんな男が来ても、殴り勝つ自信はある?」
「ありません」
「じゃあ、棟梁に護ってもらいなさい」
「でも、それじゃ男性に依存するというか……」
「貴女はご両親に優しく育てられたのね」
「え? どういう意味ですか?」
「私は親から毎日殴られて、売春を強要されていたから、一刻でも早く自分を助けてくれる王子様が来てくれることを祈っていたわ。自分の親を殴ってくれる男をね。そいつもクズだったけど、少なくとも親からは救ってくれて、稼ぎの半分は私のものになったわ。そういうことよ」
ヨーコはとんでもない身の上話を一気にまくし立てると、くるりと背を向けて新垣の隣に戻っていった。毒気を抜かれた茜と志光は、あんぐりと口を開けたまま顔を見合わせる。
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