第173話34-4.陽動作戦

「まさかと思うんですが、爆破するのは雑司ヶ谷にあるウチの池袋支部じゃ無いでしょうね?」

「その通りです。爆破事件があった区役所から一キロも離れていないし、池袋ゲートからは遠い。あのビルを爆破して、警察や消防の耳目を惹きたい。そのための許可をいただきたくて、信川さんをこの会合にお呼びしました。現在も、白誇連合の襲撃を回避する目的で、ビルは閉鎖されているんですよね?」

「はい。間違いありません」

「では、爆破事件を起こしても人的損害はほとんど出ないはずですね。建築年数もだいぶ経っていると伺っていますし、建て直すには良いチャンスなのでは?」

「確かにアレは古いビルです。築五〇年は超えています。しかし、真道ディルヴェが軌道に乗る前に、とある信者の方から寄付いただいた、私にとってはとても思い入れの深い建物なんですが……」

「思い出はビルにあるんじゃ無くて、信川さんの脳内にあるんですよ」

「……そう来ましたか。私が拒否してもやるつもりですね。良いでしょう。ビルの警備は警備会社に一任していますが、警備員は巡回させていません。悪魔が襲撃してきたら犠牲になるだけですからね。パソコン類や重要書類も完全に撤去しています。侵入した敵に内情を探られるとマズイですからね」

「さすがですね。これで心置きなく建物を吹き飛ばせそうです。ありがとうございます!」


 志光が満面の笑みで信川に礼を述べた。白髪の老人は頭を抱え込んで椅子に座り直す。


「はあー……もうビルは諦めますよ。しかし、私の立場も考えて、できるだけ被害が出ないようにして下さい。警察は千葉での騒動を忘れてませんよ。二度目となったら事情聴取も厳しくなるでしょう」

「殺傷力よりも、派手な爆発音と光が出る爆破方法があると良いんですけどね。花火があるんだから不可能では無いでしょう」

「花火と言うより爆竹だな」


 大工沢が志光の話に食いついた。熊のような体格をした女性は、ニヤッと笑うと化学的な解説をしてくれる。


「爆竹の原材料は、過塩素酸カリウムが六〇%から七〇%、アルミニウム粉末が二〇%から三〇%、残りに三硫化アンチモンを混ぜた粉末だ。これを固い容器に詰めて発火させると、音速を超える燃焼速度になる。非殺傷用の手榴弾やグレネード弾にも使われているから、それほど酷い被害にはならないだろう。それに、原材料を小分けにしておけば、武器弾薬を直接輸送するよりも、ずっと楽に現場へ持ち込める」

「爆破現場で作れますか?」

「近くに製造用の部屋を借りてくれればね。そいつをビルに仕掛けて、何度かに分けて発火させれば、近隣住民が嫌でも起きてくれるはずだ」

「お願いします。原材料の調達は大蔵さんにお任せしても良いですか?」


 志光に話を振られた大蔵英吉は、椅子に腰かけたまま返答した。


「過塩素酸カリウムは危険物ですよね? 魔界内部の工場で生産していないと、仕入れが難しいかな? とりあえず、必要な量を教えて貰わないと」

「過塩素酸カリウムは、魔界日本内部で製造していませんよ。大工沢さんが言っていたように、あれは爆竹のような爆発物向けの原材料ですから。少なくとも銃の火薬には使いません」


 大蔵の疑問に美作が回答したところで、湯崎が話のまとめに入る。


「良い感じに会議が進んでいるところを申し訳ないが、一旦まとめさせてくれ。現実世界からの攻撃を行うことは既定路線で問題なし。そのために、陽動作戦の一環として真道ディルヴェの池袋支部を破壊して警察の注意を惹くという計画も実行する。この担当者は大工沢で良いのか?」

「私で問題ない」

「坑道の掘削も同時にするのに大丈夫か?」

「大丈夫だ。坑道に関しては門真の管理下に置こう。もう、おおよその計画は決まっているから、後は彼女の判断で決めて良い」

「解った。門真もそれで異存は無いな?」

「任せておいてくれ」


 麻衣の返答を聞いた湯崎は首を縦に振り、改めて視線を志光に向ける。


「これで計画の大筋は決まったな。細かい詰めに関しては個別の部会を開いて決めて、俺が最終的な計画案にまとめる。書き上がった作戦計画書を幹部連が目を通して異議が無かった段階で戦争の開始だ。それで良いか?」

「それで問題ありません。ただし、一つだけ守って欲しいことがあります」

「何だ?」

「偽装テロを行う時は、犯行声明を出さないで下さい。日本人を狙った爆破事件ということにすれば、外国人嫌いの発言力が増しますし、真道ディルヴェを狙った爆破事件ということにすれば、信川さんが痛い腹を探られます」

「了解した。もっともな話だ」


 志光は安堵の笑みを浮かべ、彼に同意した湯崎に手を差し出した。


「それでは、全体会議は終了。全員、資料を持ったままドムスへ戻れ。重要機密だ。ここに置き忘れたり、紛失したりするなよ」


 少年の手を握り返したごま塩頭が、閉会の合図を告げた。悪魔たちは椅子から立ち上がり、ゲートへと戻っていく。


 彼らの半数以上がその場から姿を消すと、湯崎の部下たちが椅子を片付けだした。志光とクレア、麻衣、ソレル、麗奈、ウニカ、麗奈、ヘンリエットは、それぞれ信川に別れの挨拶をすると、護衛に囲まれながら監視所から大きな鏡のあるゲートまで移動して、そこから魔界へと続く通路に進入する。


 一行はそのまま魔界に戻って護衛たちを解散させると、ドムスの門をくぐり、何故か志光のベッドルームにまで入ってきた。てっきり全員がそれぞれの部屋に戻り、書類に目を通すものだと思っていた少年は、ソファに座って解せないという面持ちで彼女たちに質問した。


「あの、みんなどうして僕の部屋に?」

「ハニー。もうすぐ戦争だからって、緊張しすぎて記憶が童貞の頃まで戻ってしまったの? どうしてここにって、男と女がベッドルームにいたらすることなんて決まっているじゃない」


 ベッドの端に座ったクレアが不思議そうに両手を天井に向けた。


「それにしては、男女の数が不均衡というか、男は僕しかいないような気がするんですが」


 志光が女性たちの顔を見回していると、麻衣が面倒臭そうに両手を頭の後ろに回す。


「そりゃそうだろう。キミのハーレムだからな。ここ数日は特別だ。君の好きな順番にしていいぞ」

「いやいやいや! どうして〝する〟という話が当然みたいに語られているんですか? おかしくないですか?」


 顔を歪ませた志光が疑念を呈すると、今度はソレルが答えをくれる。

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