第148話30-2.ブレスレット

「これは……信川さんがしていたブレスレット?」

「思い出しましたか?」

「うん。確か、あの時、僕にもプレゼントしてくれるって言っていたんだよね」

「そのようですね」

「そうか。ありがとう、麗奈。でも、なんでこのタイミングで?」

「最初に渡そうと思ったんですけど、私がリュックサックに近寄るたびに、棟梁が迫ってくるからチャンスが無くて……」

「ああ、そういうことだったんだ」

「はい。それより、つけてみて下さいよ」

「そうするか」


 ベッドに箱を置いた志光は、ブレスレットを腕に巻き付けた。しかし、思ったよりも留め金具が複雑で、上手く嵌まらない。


「手伝いますよ」


 少年が四苦八苦していると、麗奈が助太刀を買って出た。彼女は手際よく金具を留めてくれる。


「ありがとう」


 志光は大喜びをしてブレスレットをためつすがめつした。少年がうっとりしている間に、少女は微笑みを浮かべつつリュックサックに手を入れると白木の箱を引っ張り出し、彼と全く同じ型でありながら、色だけが赤いものを自らの腕に填める。


「あれ? 麗奈もブレスレットを持っていたの?」


 麗奈の手首に巻き付いた赤いブレスレットに気づいた志光は、自分のモノと見比べた。


「形は一緒だね。ペアルックみたいだ」

「あー、ちょっと違いますね。真道ディルヴェの教義では、結婚指輪に該当するものです」

「へえー、そうなんだ。それじゃ、僕と麗奈は夫婦みたいじゃないか」

「真道ディルヴェ的には、みたいじゃなくてその通りですね」

「ええー。このブレスレットは信川さんからのプレゼントなんでしょう?」

「私も教祖からプレゼントされました」

「ははー。ひょっとして麗奈が〝信川さんが贈った事にして下さい〟って頼んだんでしょう?」

「バレましたか? 〝教祖からのプレゼントだって言って下さい〟とお願いしたら〝僕もね、今の奥さんと結婚したのは、安全日だって嘘つかれたからなんだよ。麗奈君も、何のかんの言って女性なんだなあ〟って言ってOKしてくれたんですよ。さすが教祖。分かってらっしゃいます」

「んんー。後で僕から信川さんにお礼がしたいな。僕の全力の右ストレートとか」

「か弱い老人に何をするんですか。私の企みごとに協力して下さったんだから、そんなことさせませんよ」


 麗奈はそう言うと、志光に対面座位の要領でしがみついた。少年はベッドの上で立ち上がると、彼女を仰向けの姿勢に押さえ込み、その拍子にフックしていた足を外させる。


「は? とれない?」


 ポニーテールから距離を取った志光は、ブレスレットに手をかけて困惑した。婚姻の証拠は引っ張ってもびくともしない。下手をすると手首が千切れそうだ。


「無駄ですよ。それは美作さんに作って貰った特製品で、ブラックマテリアルでできています」


 ベッドから起き上がった麗奈が余裕綽々の表情でブレスレットの秘密を述べた。


「道理で! 美作さんまで巻き込んだのか!」


 婚姻の証しから手を離した少年は、じりじりと寝室の出入り口まで後退する。


「巻き込んだのは美作さんだけじゃないですよ。ヘンリエット様にも、ディルヴェの公的な催し物に出席する場合は、棟梁と私が夫婦として振る舞って良いと、事前に了解を取り付けてあります」

「……どれだけ根回しが上手なんだ!」

「これでも私は悪魔ですよ。クレアさんや麻衣さんのような瞬発力はないですけど、欲しいと思ったものを手に入れるために手段を選んだりはしません」


 ポニーテールの返答を聞いた志光は、反転するとドアを開けて廊下に飛び出した。少年が執務用の机がある場所まで駆け戻ると、缶を手にしてソファに座っている門真麻衣の姿が見えた。


「よう、志光君。朝からふるちんで精が出るね。何か良いことあったのかい?」


 志光は赤毛の女性に対して、無言で片手を挙げてブレスレットを見せた。


「ひょっとして、それは真道ディルヴェで婚姻の証しとされるブレスレットかい?」

「YES」

「ひょっとして、麗奈に上手く填められた?」

「YES」

「アタシが副隊長に抜擢しただけのことはあるだろう? あいつは単に戦闘力があるだけじゃなくて、ネゴシエーション能力がずば抜けて高いんだよ。軍隊みたいな組織では、重要な能力なのさ」

「ちなみに、前立腺開発グッズを僕に見せて、それに気を取られた隙に初体験に持ち込ませたり、結婚の証しを付けろって教えたのは誰ですか?」

「本当は、質問なんかしなくても、答えは分かっているんだろう?」

「いいえ。僕の周りで、あんな見事なフェイントを使える人は一人しかいないですけどね」

「なんだ、分かってるじゃないか。アタシだよ」

「あの、クレアさんもそうですけど、僕が他の女性とつき合うのはOKなんですか?」

「アタシはむしろ、キミが他の女とするのを見ると興奮するけどね。寝取られってやつ? クレアもソレルもそうじゃないかな?」

「変態!」

「変態で結構。現実世界の規範に引っ張られないのが悪魔の良いところじゃないか。それより、クレアが執務室で待ってるよ。〝キャンプな奴ら〟の関係者と打ち合わせ中だ。心当たりはあるんだろう?」

「ああ……ありますね」

「着替えて顔を出した方が良いぞ。もっとも、キミが全裸の方が相手は喜ぶかも知れないが」

「アドバイス、ありがとうございます。でも、着替えてから行きます」

「麗奈はアタシが面倒見ておくよ。それと、何度も言ってるけど、今後はオナ禁ちゃんとするんだぞ」

「ソロ活動は心の安らぎを得るために必要な儀式なんですよ! 相手を気遣わなくて良いじゃないですか!」


 志光は麻衣に反論しつつ、着替えの下着とシャツ、パンツを引っ張り出して身につけた。


「行ってきます!」


 最後にショートカットのボクシングシューズを履いた少年は、赤毛の女性に事後を托して出立する。


 廊下を通って螺旋階段を上り、ドムスの中庭に出て執務室に赴いた志光が目にしたのは、クレア、過書町茜、〝キャンプな奴ら〟共同代表で、男性強姦魔(メイルレイパー)のウィリアム・ゴールドマン、そしてヒョウ柄のジャケットを着たミス・グローリアスの姿だった。


 志光は茜と目を合わせた。眼鏡の少女は小さく頷いて、彼女のスペシャルである他言語同時通訳能力によって、英語しか喋れないゴールドマンと日本語での意思疎通が可能であることを教えてくれる。

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