第126話25-6.チョロインとヤンデレ

「あの、過書町さん? どうしたの?」

「ど、どうもしないですよ……フヒッ!」

「笑ってるじゃないか」

「笑ってない。笑ってません……ブフォッ!」

「あの、さっきからヘンリエットが言っている、ピンクなんとかとかルネなんとかって、どういうアニメ会社なの? ちょっと説明して欲しいんだけど…………」

「ククク……どちらも、アダルトアニメの制作会社ですよ。ちなみに、北米版というのは性器修正の無いバージョンの呼称です。日本で発売される作品では、性器にモザイク修正が入りますからね。それと、スタジ×ズブリも聞き間違えじゃありません。スタジオジ×リのエロパロ同人サークルで『裸女の×急便』もそこが出した同人誌です。最初に見たコスプレの写真も、『対魔忍アサギ』というエロゲーが元ネタで……あー、もう駄目! もう我慢出来ない!」


 茜はそう言うと深くしゃがみ込み、泣くように笑い始めた。志光はO字に口を開き、ヘンリエットに向き直る。


「あの、ヘンリエット?」

「はい、なんですかご主人様?」

「過書町さんが言っていたことは本当なの?」

「……恥ずかしい」


 ヘッドドレスを着けた少女は、赤く染めた顔を両手で覆った。しかし、彼女は指の間から少年を上目づかいで見ながら確認を取ってくる。


「軽蔑しますか? でも、私の趣味は否定しないんですよね?」

「ん? あ、あー……」

「……返事が良く聞こえないんですが」

「もちろん二言は無い! 否定しないよ。ただ、一度で良いから君のコレクションを見てみたいな」


 志光が片手を挙げて宣誓すると、ヘンリエットは正座の姿勢から垂直方向にジャンプして立ち上がった。


「この奥に置いてあります!」


 少年の手を握った少女は、彼を奥の部屋へ案内する。


 そこは空冷が効いているようで、魔界にしては温度も湿度も低かった。比較的薄暗い室内には所狭しと金属製のラックが並び、その上にはDVDやBDのパッケージ、そしていわゆる薄い本がぎっしりと詰め込まれている。


「ここまでとは……」


 ヘンリエットの膨大なコレクションを見回した志光は絶句した。彼女が趣味にこだわるはずだ。


 恐らく、悪魔の大半は現実世界の人間よりも性的逸脱に関しては遙かに寛大だろうが、それでも十二歳の少女が集めたとは思えない作品の数々を無条件で受け入れる姿は想像しづらい。日常的にアニメーションや漫画に接する経験をしたことがない悪魔なら、尚更その傾向が強いはずだ。


 しかし、自分はアニメにはそれほど造詣が深くないものの、ゲームではよく遊んでいるし漫画も相当読んでいる。まず間違いなく、彼女の嗜好を受け入れることが出来るはずだ。


 はずだ。


 はず……だ。


 やっぱり、十二歳の子が所持しているには数が多過ぎやしないか?


 ヘンリエットにコレクションを収集する方法や過程を尋ねようとした志光は、彼女の顔を見て固まった。頬を赤らめた少女の鼻息は異常なまで荒く、開ききった瞳孔にハートのマークが浮かんでいる。


「あの、ヘンリエット?」

「何ですかご主人様? 何なりとご命令を!」

「いや、このDVDと同人誌だけど……」

「気に入ったモノはありましたか? ひょっとして、漫画に〝悪影響〟を受けてしまって、私にあんなことやこんなことをしたいとか……もちろんして下さい!」

「いやいやいや! 〝悪影響〟なんて受けないから!」

「四肢切断以外なら何でもOKですよ!」


 ヘンリエットはゾンビよろしく両手を突き出しながら志光に近づいてきた。彼女の身体からは青白いオーラが立ち上っている。


「怖っ!!」


 額に横皺を刻んだ少年は、金属製のラックの間を後じさった。すると、彼の背後に回り込んだ麗奈が現れた。ポニーテールの少女は笑っていたが、何故か目は死んでいる。


「棟梁。何度〝しても良いですよ〟って言っても、私には指一本触れないのに、この子とはいきなりアダルトアニメの真似を始めるんですか? 私にだって、何をして下さったって構わないんですよ……」

「こっちも怖っ!!」


 背後を振り返った志光は目を見開き、助けを求めようとするがコレクション保管庫の出入り口は発情したヘンリエットの後方にある。


「見附様……でしたっけ?」


 少年が進退窮まっていると、ヘッドドレスを付けた少女が麗奈に語りかけた。


「そうです。なんですか?」


 ポニーテールの少女は抑揚の無い調子で返答する。


「先ほどのお言葉、本当ですか? ご主人様は、見附様をお手つきにしていないという話ですが……」

「本当です。棟梁の夜のお相手は、クレアさん、麻衣さん、ソレルさんの三人がメイン、そこに時々親衛隊の非処女組が混ざる感じで回っています。私のような処女がつけいる隙が無いんです」

「私も処女です! なんてことかしら!」

「三人とも、ヘンリエットさんを正妻として認めると言っていますけど、自分達の立場は変えないとも言っていましたから……」

「想像はつきます。噂によると、クレア様や麻衣様は、ベッドの上でも相当な手練れだそうですから、私たちのようなビギナーが割って入れる隙が……」

「ええ、無いんです。私、棟梁と知り合って半年以上経つのに、なーんにも無いんですよ! 何にも!!」


 麗奈はかっと目を見開いて雄叫びを上げだ。ヘンリエットは両腕を組んで深く頷いてみせる。


「分かります。そこで私から提案ですが、同盟を結びませんか?」

「同盟と言いますと?」

「三人の間に割って入るために、お互いが協力するということです」

「ひょっとして、一人じゃ勝てなくても二人で一つになれば……」

「そうです、無敵です!」


 二人の少女が己を挟んで熱いやりとりをしている中で、志光は唖然とした面持ちで呟いた。


「毎度のことだけど、僕の気持ちは?」

「無視してません。ここにある、私のコレクションの中から好きなのを選んで下さいと言っているじゃないですか」


 ヘッドドレスを付けた少女は、そう言うと周囲を見回した。


「人数が二人になったので、3Pまでなら対応可能です」

「いや、だからそういうことじゃなくて!」


 少年が反論を試みようとしていると、けたたましいサイレンの音が聞こえてきた。たちまち真顔に戻ったヘンリエットがきびすを返す。


「緊急事態です!」

「ええ? 一体何が?」

「分かりません!」


 志光と麗奈は正気を取り戻した少女の後を付いて元の部屋に戻った。室内ではヴィクトーリアがスマートフォンの画面を見ながら渋い顔をしている。

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