第112話23-2.女尊男卑国への参加

「これで分かりましたか? 私に手加減は無用ですよ」


 唖然とする仕伏の前で、ギブソンタックの少女はそう言うと腰に手を当てた。立ち上がったエリート青年は、柔道着の乱れを直すと、今度は本気でソフィアに掴みかかる……が、やはり最初と同じように力負けしてしまう。


 ギブソンタックの少女は自分よりも二回り以上体格の良い男を畳に叩きつけ、彼が体勢を整える隙を与えず背後に回り込むと、腰に両脚を絡ませた状態で腕を首に巻いた。彼女はそのままエリート青年の頸動脈を絞めることで彼を失神させた。


 意識を取り戻した仕伏は、もう一度勝負をすることを踏瀬とソフィアに求めた。自分が直面した現実を信じることが出来なかったのだ。ソフィアは彼の申し出を快く受けてくれた。そして、またしても笑いながらエリート青年を畳に転がし、背中に張り付いた状態での裸絞めで気絶させた。


 自分より体格の劣る女性に二度も負けたにもかかわらず、仕伏は三試合目を所望した。ソフィアはまたしても、笑顔を絶やすことなく彼を腕力のみで転倒させ、首を絞めて落としてみせた。


 活を入れられ正気に返った仕伏は、その場で踏瀬とソフィアに土下座した。完敗だった。同時に、今までの人生の中で最も性的に興奮した時間でもあった。


 男をひれ伏せさせるだけの強い力を持った女性がいた! 仕伏の言った通りだった。自分は井の中の蛙に過ぎなかったのだ。


「社長! どうすれば、ソフィアさんのような女王様にお仕えすることができるのですか?」


 ソフィアの強さが証明されて一段落すると、仕伏は下手に出ると見せかけて踏瀬に詰め寄った。会社社長は真剣な面持ちになると、エリート青年に説明した。


「残念ながら、それは運だ。君にもしも運があれば、ソフィア女王様自身にお仕えすることが可能だ。君は知力、体力とも申し分の無い逸材だが、それだけでは駄目だ。別の適性が求められる」

「別の適性と言いますと?」

「我々は、それを悪魔化と呼んでいる」


 仕伏はそこで、邪素という謎の物質と悪魔化についての知識を手に入れた。もしも、ソフィアと戦っていなかったら一笑に付すような内容だったが、十数分前まで彼女に何度も絞め落とされたエリート青年は踏瀬の話を真に受けた。


 翌日、改めて会社社長宅を訪れた仕伏は、そこで青色の液体を飲まされた。エリート青年は苦痛にのたうち回り、無事に悪魔化できた。


 踏瀬とソフィアは仕伏に全ての事情を説明した。彼らは『女尊男卑国』のメンバーだった。そこは美しく、知能が高く、腕力にも秀でた女王たちによって統治されている、マゾ男性の楽園だった。


 この国では一人の女王に複数のマゾ男性が付き従うことで一つのグループを形成し、このグループ同士が優劣を争うことによって上下関係が成立していた。そして、最も優れたグループを支配している女王には〝女王の中の女王〟の称号が与えられ、国の運営に関わることが出来た。


 そこで、人の上に立ちたい女王には、知能や身体能力に優れたマゾ男性を見つけて自分の支配下に置き、他の女王と争うことを求められた。既にソフィアの配下だった踏瀬が仕伏を誘ったのも、彼女の配下に優秀なマゾ男性を加えるという、リクルート活動の一環という目的があった。


 逆に、出世を望まない女王やマゾ男性たちは、階位を上がらない代わりにグループの離合集散を自由に行えた。つまり、メンバーを固定すれば出世が、固定しなければパートナーを頻繁に変える自由と引き換えに、ピラミッドの底辺に甘んじねばならないという仕組みだった。しかし、その一番下に入るのにも男性に限っては資格がいる。


 悪魔化した仕伏は約一ヶ月後に会社を自己都合退職すると、踏瀬の指示でアメリカに渡り、女尊男卑国がダミー会社を使って経営している民間軍事訓練所で新兵訓練(ブートキャンプ)を受けた。そこでは、全ての上官が美人の女性で構成されていたが、言うまでも無く彼女たちは悪魔化した女王様たちだった。


 訓練所はアメリカのマゾ男性の間で神格化されていた。受講者のほとんどは悪魔化していない男性だったが、仕伏のように既に悪魔になっていたとしても、邪素の消費は一切許されなかった。


 彼はここで一〇週間を過ごし、兵士の基礎を身につけた。その間、少しでもミスをしたら、美人の上官に罵詈雑言を浴びせかけられ、体罰を受ける羽目になった。仕伏はソフィアと対戦して、一方的に負けたときと同じような性的高揚感を訓練中に味わった。


 無事に訓練が終わると、仕伏は引き続き近接戦闘の訓練と大型火器を扱う訓練を約八週間受け、ようやく女尊男卑国に入るための資格を手に入れた。そのことを踏瀬に報告すると彼は仕伏を労い、それから意外なことを口走った。


「君は遊びの経験が足りない。いきなりソフィア女王様に仕えるのは難しいと思う。一、二年はピラミッドの下で女王様をとっかえひっかえしてみた方が良いだろう」


 仕伏は会社社長のアドバイスに従い、今までの鬱憤を晴らすように羽目を外して遊んだ。そして、二年経つと改めてソフィアに服従の誓いを立てた。その頃になると、彼は彼女の悪魔としての特異性を実感できるほどの経験を積んでいた。


 悪魔化した者が邪素を消費すれば、その膂力は元の約一〇倍になる。つまり、悪魔化した女性と普通の男性では前者の腕力が強いが、マゾ男性も悪魔化してしまえば元の腕力が強い方、つまり体格の良い男性が華奢な女性を圧倒するはずだし、実際に多くの悪魔化した女王様は悪魔化したマゾ男性よりも単純な腕力では劣っていたにもかからず、ソフィアは例外的に悪魔化したマゾ男性ですら押さえ込めるパワーがあったのだ。

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