第95話19-2.密会

 ドムスの地下にあるアニェス・ソレルの住居は、虚栄国にあるそれと比較するとはるかに狭かったが内装は同程度に豪華で、白を基調とした家具類が置かれていた。シャワーを浴びて汚れを落とした部屋の主は、バスローブに身を包み邪素を飲み干すと溜息をつく。


 体育館の監視、テロ発生後の調査と今日は働きづめだった。スペシャルの使いすぎで何も考えられないほど疲弊している。もしも、WPUがこの瞬間に二度目の攻撃を仕掛けてきたら、それに対処するだけの自信は無い。とにかく、今は心身を癒やしたい。


 ソレルが邪素の入ったボトルを置いてワインセラーに近づいたところで、呼び鈴が鳴った。豊かな乳房を備える褐色の肌が玄関まで歩いて行ってドアを開くと、そこにはウニカが立っていた。


「…………」


 自動人形は無言で室内を指差した。ソレルも黙ったまま彼女を中に通す。


「珍しいわね。二人きりで話をするのは、イチローがいなくなってから初めてじゃない? ここなら誰にも盗聴されていないわ」


 ウニカをベッドルームに案内した褐色の肌は、もう一度ワインセラーに近づいて中からグルジアワインのボトルを取りだした。自動人形は無表情のまま口を開く。


「志光ガくれあヲ引キ続キ雇用スルツモリノヨウダ」

「そんな話をわざわざしに来たの? 当然でしょう? 彼女はベイビーが新棟梁に就任するのに八面六臂の大活躍をしているわ。それに対して私達は? あなたは邪素を抜かれてスクラップ扱い。私も体よく魔界日本を追い出されているのよ。蚊帳の外も良いところじゃない」

「ソウヒネクレルナ」

「捻くれたくもなるわよ。それで、あなたの考えは?」

「ワラワノ考エトハ?」

「これまでの流れよ。イチローが死んでベイビーが新棟梁に就任したのは、彼の計画通りだったと思っているの?」

「マサカ。全テ予想外ノ事態ダロウ。一郎ハ自分ガ死ヌト思ッテイナカッタハズダシ、志光ヲ新棟梁ニスルトイウ遺言ハ、万ガ一ヲ考エテノ保険ニ過ギナカッタハズダ。何シロ、志光ガ悪魔化スルカドウカスラ判ラナカッタワケダカラナ。ソコデ、優秀ダガ一郎ノ〝実験〟ニ関与シテイナカッタくれあガ選バレタ。我々ガ遺言状カラ外サレタノハ、後難ヲ憂慮シタ一郎ノ配慮ダロウ。ツマリ、一郎ガ考エテイタ最悪ノしなりおハ、我々モ彼ト同ジヨウニ何者カカラ抹殺サレルコトダッタ。実際ニハ何モ起キナカッタワケダガ」

「そう考えるのが妥当ね。あの子をずっと監視させていた私を後見人に指名しなかったのも、それが理由でしょう」

「解ッテイルナラ、ワザワザ、ワラワニ質問スルノハ止メテクレ」

「納得したかったのよ。ベイビーの後見をするなら、彼女よりも私の方がずっと相応しいはずですもの。あなたの立場は微妙でしょうけど」

「私ガイルカラ志光ガイル。ソレダケデ十分ダ」

「ベイビーには、その自覚があるのかしら?」

「マサカ! 志光ノ特殊ナ能力ハ、アル条件下デシカ効果ヲ発揮シナイシ、本人ニ感知出来ル類イノモノデモナイ。両手デ触レタ物体ヲ加速出来ルヨウニナッタノハ完全ナ偶然ナノニ、実際ニハソチラノ方ガ、ヨホド役ニ立ッテイル」

「配松のスペシャルにも、湯崎のスペシャルにも引っかかっていた以上、少なくとも〝想定された能力〟が私の前で発揮されたことは無いわね。本当にあるのかどうかも疑わしいわ」

「ワラワハアルト信ジテイル。根拠ハ人間ダッタ時ニ喋リ言葉ニ問題ヲ抱エテイタ事ダ。くれあガ治シテシマッタヨウダガ、あれハ実験ノ副作用ニ違イナイ。タダシ、志光ヲ作ッタ本人ガ死ンデシマッテハ、意味ガアルノカドウカ……」

「その疑問は、時間が解決してくれるはずよ。本当は、意味が無い方が私とあなたにとって幸福なのだけれど……」


 ソレルはそう言うと、ソムリエナイフを取りだして、ワインボトルに栓をしているコルクに当てた。褐色の肌が飲酒の準備を始めると、ウニカは口を閉ざし彼女の部屋を出て行った。

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