第59話10―4.ターナー日記

「私からのベイビーへの就任祝いはその二つよ。後は私を好きに使って」

「好きに使うって?」

「何でも良いわ。でも、一番得意なのはスパイよ」

「ですよね」

「何か訊きたいことは?」

「少し考えさせて下さい」


 志光はそう言うと軽く目を閉じた。


 情報収集の達人であるアニェス・ソレルに、自分が尋ねたいことは何だろう? 他の悪魔たちが持っておらず、なおかつ自分が必要とする情報に決まっている。


 それでは、自分にとって何が必要なのか? そうだ。ホワイトプライドユニオンからの襲撃を止めさせたい。


 そのためには、襲撃困難な程度に敵の戦力を削ぐか壊滅させるしか無い。だが、もしもそれが可能なら、麻衣や麗奈がとうの昔に実行しているはずだ。


 魔界日本に自分が参加したことで、その状況が劇的に変わるとは思えない。しかし、先ほどの戦闘で、こちらは二人、相手は四体と一人の犠牲者を出した。単純計算が危険なのは解っているが、今なら相手のダメージの方が大きい。


 おまけに、魔界日本から離脱したソレルが戻ってくることも確定している。ひょっとすると、このタイミングであれば事態を好転させるために何らかの手段を使えるのではないだろうか?


「考えがまとまりました」


 目を開いた志光はソレルに顔を向けた。彼は脳内で情報を整理しつつ、褐色の肌に言葉を放つ。


「さっきも言いましたけど、僕はホワイトプライドユニオンにこの四日間で二回も襲撃されています」

「ええ、そうね」

「だから、三度目は未然に防ぎたい。そのために協力して下さい」

「もちろんするわ。でも、具体的には何をすれば良いの? 私の仕事は情報を集める事だけど、どんな情報を集めるのか、集めた情報をどうするのかを決めるのはベイビーよ。分かっているわね?」

「分かっています。それで、ちょっと考えさせて貰いました。最初に知りたいのは、ホワイトプライドユニオンの組織についてです。どんな人達が運営していて、誰が主導権を握っているんですか?」

「〝敵を知り、己を知れば、百戦危うからず〟といったところかしら?」

「はい」

「WPUは元アメリカ人の悪魔を中心とした白人至上主義団体よ。成立してからそれほど歴史は長くなくて、だいたい三十年から四十年といったところね」

「そういえば、魔界日本があるぐらいだから、魔界アメリカもあるんですよね?」

「無いわ」

「どうしてですか?」

「唐突かも知れないけど、ベイビーがアメリカン・インディアンだったと想定して」

「はい」

「もしも、何らかのきっかけで悪魔化して、魔界に出入りできるようになったら、そこで魔界アメリカに所属すると思う?」

「少数派ならNOですね」

「良い回答ね。それじゃ次に行くわ。ベイビーが黒人で……」

「少数派ならNOです」

「それじゃ、最後の質問。それで魔界に多民族国家って作れると思う?」

「何か特殊な理由が無い限りは無理でしょうね」

「そういうこと。それじゃ、話を続けるわね」

「はい」

「WPUの歴史は短いけれど、内情は複雑よ。原因は大きく分けて二つあるわ。一つは政治的な主張よ」

「WPU内部で政治的な対立があるんですか?」

「大事にはなっていないけれども、あるわ。基本的に、白人至上主義というのは白人種が有色人種よりも優れていると考える疑似理論なのだけれども……第一次世界大戦が起こった1910年代後半から、異なる要素が加わるようになるわ。反ユダヤ主義よ」

「ナチス時代のドイツと同じですね」

「ええ。人種主義と反ユダヤ主義は、よく混同されるけれども本質的には異なるわ。有り体に言ってしまえば、反ユダヤ主義はキリスト教が支配的な地域にユダヤ人がいれば、必ずと言って良いほど起きる差別よ。要するに同性愛差別と一緒。それを色んな疑似理論で、さも宗教とは無関係に装うのが第一次世界大戦以降に定着したパターンね」

「何となく分かりました。WPUのメンバーには、反ユダヤ主義の信奉者とそうでない人達とで政治的主張が違うんですね?」

「そういうこと。特に一九七八年にウィリアム・ルーサー・ピアースという白人至上主義者が執筆したとされる『ターナー日記』という小説の愛読者かどうかで、反ユダヤ主義の度合いが分かると言われているわ」

「どんな小説なんですか?」

「SFなのかしら? ユダヤ人の組織が黒人を使役してアメリカを支配しているという状況設定の中で、白人至上主義者達が抵抗活動を繰り広げるという内容よ」

「あらすじを聞いただけで読む気を無くさせる代物ですね」

「いわゆる陰謀論ね。この手の陰謀論者が一九八〇年代に反政府活動としてミリシアと呼ばれる武装民兵組織を結成することが流行ったのだけれど、一九九五年に民兵組織と関係があった人物が、オクラホマシティ連邦政府ビルを爆破するという事件を起こしたのがきっかけで衰退したわ。現在のWPUのリーダーである、ゲーリー・スティーブンソンは、これ以降の白人至上主義者の流れを汲んでいるの」

「悪魔化する前は、映画業界で特殊造形を担当していたって聞いているんですけど……」

「そうよ。それがバレて会社をクビになり、業界からも追い出された」

「だとすると、そのゲーリーは白人至上主義者と言うだけでなくて、ユダヤ人差別主義者でもあると?」

「その通り」

「それで、ユダヤ人を差別しない白人至上主義者、というか白人至上悪魔と組織内で対立している?」

「ええ。内紛には至っていないけれど、深い溝があるわ。悪魔の組織では起こりやすいのよね」

「どうしてですか?」

「原因は寿命の長さよ。人間は一〇〇年もあれば、概ね旧世代の人間が一掃されるわ。ジェネレーションギャップはいつの時代でもあるでしょうけど、一〇倍の寿命がある悪魔ほど深刻ではない」

「なるほど……その対立を利用する事はできるんですか?」

「今は無理だと思うわ」

「理由は?」

「ゲーリーのプロジェクトが上手くいっているからよ。魔物を製造して、それに戦闘を行わせることで、悪魔の被害を最小限に留めようというドクトリンね」

「だとするなら、敵の魔物をどんどん倒していって、白人至上主義の悪魔に損害を与えない限り、ゲーリーの地位は揺らがないということですね?」

「私はそう予測しているわ」

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