第30話5-4.父の部屋

「それじゃ、これ以降の話は門真さん込みで進めていくから。今日はわざわざ二人だけの話し合いに応じてくれてありがとう」

「こちらこそ、わざわざ誘って下さってありがとうございます」


 雷文状の文様が浮き彫りになった鉄扉を出た志光は、美作の住居を後にした。出入り口から先には、幅が狭くて天井が高いという、見慣れた構造の地下通路が待っている。ただし、長さはそれほどでもなく、十数メートルも歩けば螺旋階段に辿り着く。その形状は大塚のゲートで見たものにうり二つだ。どうやら、通路と階段は規格化をしているらしい。


 志光は大塚に比べるとやや低い螺旋階段を上りきり、ドムスの中庭に出た。そこには、相変わらず人為的な陽光がさんさんと降り注いでいる。


 中庭を囲む回廊には、麗奈と同じ格好と武装をした数人の少女が見えた。恐らく警備をしている最中なのだろう。


 中庭の中央部に位置する芝生では、門真麻衣とクレア・バーンスタインが立ったまま小声で話をしている。どうやら警護員が周囲にいても問題が無いほど、重要では無い話のようだ。


「美作さんとの話、終わりました」


 志光は片手を挙げながら、麻衣とクレアの前まで移動した。


「お疲れ様」


 クレアはやや目を細め、少年の顔を覗き込む。


「美作さんとの話し合いはどうなったの?」

「僕に協力をしてくれるそうです」

「具体的には?」

「替えの服と戦争の準備です」

「美作が戦争の準備と言ったのかい?」

 志光の報告を耳にした麻衣も興味深そうな顔つきで少年の言葉を繰り返した。

「はい。白誇連合に奪われた領土を奪回するには戦争以外の方法が無くて、そのためには製造責任者である美作さんが計画を練る必要があると言ってました」

「美作から、そこまでの言質をとったんだ。凄いね」


 麻衣はそう言うと、志光の肩を軽く叩いた。


 少年は疲れた顔を引きつらせ、無理に笑顔を作る。


「ありがとうございます。でも、そろそろ限界です。今日は疲れました」

「だろうね。敵に追われて戦闘を何度も経験して、その後で全体会議だからねえ」

「一番疲れたのは会話ですよ。今日一日だけで、三年分ぐらいは喋ってます」

「分かったよ。じゃあ、そろそろ休んだ方が良いかな?」

「はい。僕の部屋は……」

「キミが寝る場所は、一郎氏が使っていた部屋だよ。荷物は整理してあるけど、運び出してはいない。だから、一室だけは荷物置き場として使っている」

「私が案内するわ」


 クレアはそう言うと麻衣に片手を差し出した。赤毛の女性は古びた鍵を背の高い白人女性に渡す。


「行きましょう」

「はい」


 志光はクレアの後を付いて歩き出した。ドムスの中庭を囲む入り口の中で、執務室から最も離れていたところが、彼の父親が暮らしていた部屋への入り口だった。少年は背の高い女性と共に螺旋階段を降り、通路を通って装飾性に乏しい鉄扉の前に立つ。


 クレアは志光に鍵を手渡した。彼はそれを鍵穴に入れて回す。


 鉄扉の内側、部屋の入り口が右側に曲がる廊下になっているのは美作の住居も一緒で、どうやらこの構造も規格化されているようだ。廊下の突き当たりの左側には、木製の扉が見える。


 扉を押して中に入ると、そこそこ広い空間が目の前に広がった。部屋は焦げ茶色で統一されており、奥の壁には天井まで届く高さの本棚があり、その前には広い執務用の机が置かれてあった。


 机の前には数脚のソファが、向かって左側には恐らく秘書か書記用の机と椅子が見える。まるで映画のセットとして作られたような部屋で、生活感をあまり感じさせない。恐らく、自分が来る前に掃除をしたせいだろう。


「ここが父の部屋ですか?」


 志光がクレアに問いかけると、彼女は同意の印に頷いた。


「ええ。ここで遺言状を渡されたわ」

「クレアさんは父と仲が良かったんですよね?」

「私は魔界日本の住民では無いけれども、現実世界の日本で生活した時間がそこそこ長かったから、元々日本人とは関係が深いの。その縁で彼ともつき合うことになったし、遺言状を託される程度には信頼して貰っていたと思っているわ」

「そういえば、クレアさんは何人なんですか? 失礼な質問かも知れませんが」

「ユダヤ系よ。ただし、もう棄教してしまったからユダヤ人とは呼べないけれど」


 背の高い白人女性は一瞬だけ物思いに耽るような顔つきになると、一転して苦笑する。


「もう過去の事よ」

「すみません」

「気にしないで。奥に行きましょう」


 クレアは執務室の右手を指差した。そこには両開きの扉があり、奥の部屋につながっているようだった。


 扉を開くと短い通路があり、右側には三面がクローゼットになっている空間が、反対側には大量のダンボールで埋まっている謎の部屋が見えた。麻衣が荷物置き場として使っていると言っていたのはここだろう。


 廊下の突き当たりにも扉があり、その奥が寝室になっていた。インテリアの色調は、やはり焦げ茶色で統一されている。


 志光は室内を見回して小首を傾げた。まず、ベッドが異様に大きい。とても一人用とは思えないし、二人で使っても余裕がありそうだ。


 次に、浴室がベッドルームと直結しており、しかも壁があるはずの空間がガラス張りだ。これでは、入浴中の姿をベッドから見ることができてしまうではないか。


「どうしたの?」


 戸惑っている少年にクレアが声をかけた。彼は背の高い女性を見上げて疑問点を口にする。


「この部屋、変じゃないですか?」

「そうかしら?」

「特にお風呂場がガラス張りになってるのが変ですよ。ベッドも極端に大きいし……」

「ああ、そのことね。一郎氏が好みの部屋の配置を注文していたら、どんどんラブホテルっぽくなってきたから、大工沢さんが面倒くさがってそのままラブホテルの設計図を流用したという話よ」

「ラ……」


 志光が絶句していると、クレアは不思議そうに目を瞬かせた。


「どうかしたの?」

「いや、まさかラブホテルがモデルだとは思わなかったので……」

「ラブホテルに行ったことはないの?」

「嫌味ですか? 童貞の僕が行ったことあるはずないでしょう!」

「童貞喪失を期待して、彼女と一緒にラブホテルに行ったけど、最後の最後で拒否されたとか……そういうシチュエーションは?」

「ありません。僕が童貞なのは、生まれてから今まで彼女がいなかったからです。OK?」

「分かったわ。まあ、落ち着いて……ソファにでも座りましょうか」


 クレアはそう言うと、手で革張りのソファを指差した。志光は不承不承大きなソファに腰を下ろす。

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