vol.14 Summer Vacation

Summer Vacation 1


 その日は7月に入って間もない、梅雨の合間のジリジリと焦げつくような日射しだった。

川島君とわたしの前期試験がはじまる前の、最後の休日。

デートの途中で寄った、カフェでのできごと。

テーブルをはさんで、アイスクリームを食べていたわたしに、川島君は一冊の雑誌のページを広げて、差し出した。


「見て。以前投稿していた写真が『月刊フォトグラファー』の、一般部門金賞に選ばれたんだ!」

嬉しそうに言いながら、川島君が指差した雑誌のページには、雨に煙った山の写真が全面に掲載され、『川島祐二』の名前と『金賞』の文字が、まぶしく輝いている。

「おめでとう。すごいじゃない!」

ちょっぴり羨ましさを感じながら、わたしは祝福した。

九州文化センターで開催されている『小説講座』には、すでに1年近く通っているが、季節ごとに行われている小説コンクールでは、わたしはなかなか入賞できないでいる。

つい最近発表された3回目のコンクールでも、結果は前と同じく、最終選考どまりだった。

なのに川島君は、こんな立派な雑誌で賞をもらって…

なんだか先を越されちゃった感じ。


川島君の受賞作を見ていたわたしは、はっと息をとめた。

「この写真…」

その写真は、大きな山を大胆な構図で切り取っていた。

雨に煙った山々は、薄紫色のグラデーションを織りなし、シルエットだけが幻想的に浮かんでいて、山肌に散る桜の薄桃色が、アクセントにきいている。

「そう。春にみっこちゃんと三人で九重に行ったときのやつ。雨は残念だったけど、おかげで幻想的な写真が撮れたよ」

よく見ると、わたしとみっこのうしろ姿が、写真の隅に、おぼろげに写り込んでいる。

「わたしたちも写ってるのね」

「モデルありがとう。このふたりのうしろ姿が、いい味出してると思わないか?」

「川島君… 勝手に使ったらダメじゃない」

「え? ごめんよ。まあ、小さくしか写ってなくて顔は見えないから、『点景』ってことで…」

「そうだけど… わたしはともかく、みっこはプロのモデルなんだし…」

「これなら、だれだかわからないよ」

「そんな問題じゃないでしょ」

わたしがちょっと不機嫌になったのを素早く察知してか、川島君は努めて明るく言う。

「ごめんごめん。じゃあ、賞金が入ったら、おふたりになにかおごってあげるよ」

「もう… みっこが怒っても知らないから」

「それはまずいなぁ」

「モデル料、ふっかけられるかもよ。覚悟しといてね」

「そう言えばみっこちゃんのモデル料は、『友だちの彼氏料金』で割り増しだったな~。怖いな」

川島君はバツが悪そうに笑いながら言うと、氷の溶けかかったアイスコーヒーを一口飲み、話を続けた。

「でも、おかげでカメラマンへのステップを、ひとつ上がれたって気がするよ」

「よかったわね」

「自分の好きなものを撮って、それを評価されるのって、やっぱり嬉しいものだし」

「そうよね。好きなことをして人に認められるのって、難しいものね」

「ああ。カメラマンにも職人的なものと作家的なものがあるけど、最初から作家活動はなかなかできないしな」

「それだけで生活していくのって、大変なんでしょう?」

「そうだよな。ぼくも来春には卒業だし、これからカメラマンとしての就職活動も、やっていかないといけないから、今回の受賞は自信になったよ」

「卒業…」

「さつきちゃんの学生生活は、あと2年半あるけど、ぼくはもう半年しかないしな」

「そうか…」

「だから夏休みには、東京へ行こうと思ってるんだ」

「え? 東京?」


アイスクリームのスプーンを持つ手が止まった。わたしは思わず聞き返す。

意外な言葉。

川島君はなにを言おうとしているんだろう?


「実は、春にモルディブでいっしょに仕事をした星川先生から、『夏休みにこちらでバイトしないか』って誘われたんだよ」

「星川先生から?」

「すごいと思わないか? あんな一流の先生から、直接電話貰ったんだよ!」

「…」

「今回の受賞は、いいおみやげになったよ」

「バイトって、どのくらい行くの?」

「夏休みの間じゅう」

「ええ~っ?! 二ヶ月も東京に行っちゃうの?」

わたしが思わず大声を出してしまったものだから、川島君は驚いて弁解する。

「ごめん、さつきちゃん。だけどぼくはどうしても行きたいんだよ。こんなチャンスは、もう二度とないかもしれないし」

「…」

「星川先生は一流の写真家だから、その先生の元で二ヶ月近くも働けるのは、ぼくがカメラマンになる上での、とっても貴重な経験になると思うんだ」

「そんな経験なら、モルディブでできたじゃない?」

「そうだけど… わかってくれないかなぁ」

「そりゃ、川島君の言いたいことはわかるけど…

でも、川島君は東京でバイトできていいかもしれないけど、わたしはどうなるの?

せっかくの夏休みなのに、ずっと放ったらかしにされるの?」

「それとこれとは、話が別だよ」

「どこが別なのよ? ずっと会えないのはいっしょじゃない。それとも川島君は、わたしと会わなくても平気なの?」

「平気なわけがないじゃないか。ぼくだって夏休みの間、さつきちゃんに会えないのは寂しいし、随分悩んだんだ。だけど、こんなチャンスは絶対活かさなきゃと思うから、仕方ないんだよ」

そう言いながら川島君はちょっと考えるように黙ったが、なにかひらめいたかのように、瞳を輝かせて言った。

「じゃあ、さつきちゃんも、いっしょに東京に行こう!」

二月ふたつきも? そんなの無理よ」

「向こうでバイトすればいいじゃないか?」

「住む所はどうするのよ」

「ぼくはマンスリーマンションかコーポを借りるつもりだから、いっしょに住めばいい」

「無理よ! うちの親厳しいから、そんなの許してくれるわけないわ」

「まあ、さすがに二ヶ月は無理だろうけど、何日かだけでも来れないか?」

「川島君、どうせ向こうで仕事三昧なんでしょ? 何日も休んで、わたしとデートしたりできるの?」

「そりゃ、休みなんかほとんどないようなものだけど、少しくらいならいっしょにいられるだろうし」

「少ししかいられないの?!」

「それは仕方ないじゃないか」

「さっきから『仕方ない、仕方ない』って、川島君はわたしよりも仕事を優先するのね」

「さつきちゃんだって、『無理、無理』って、ちっとも歩み寄ろうとしないじゃないか」


 そのあとはふたりとも,押したり引いたりで、会話は平行線。

わたしは、こんなときの女の子がよく口にするような台詞、

『わたしと仕事と、どっちが大切なの?』

ってのを、つい言ってしまい、ずいぶん川島君を困らせてしまった。

だけど、川島君の決心は固く、

『夏休みの間に、さつきちゃんが東京に来れる間だけでも、来てくれよ』

という彼の提案を、わたしは呑むしかなかった。

だって、それこそ仕方ないもん。

わたしは川島君が抱いている夢が好きだし、だれよりも、そんな夢を持っている川島君が好きなんだもの。

そのわたしが、彼の夢の妨げになるようなことは、できるわけないし、絶対したくない。


つづく

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