Vol.7 Carnival Night

Carnival Night 1


「森田さん。今日は最後のお願いに来たのよ。決心は変わらない? どうしてもダメかなぁ」

「ええ… やっぱりご遠慮します」

「もったいないわ。残念だわ。わたし、今年の学園祭のファッションショーの作品4点、ぜんぶあなたのイメージでデザインしたのよ。あなた以外のだれにも、絶対に着てほしくないの」

「…」

「森田さんがこの学校に入ったときから、わたし、あなたのことチェックしてたのよ。はじめてあなたを見たときから、あなたはインスピレーションを与えてくれた。その気持ちをぜんぶ今回の服に込めたのよ。あなたなら絶対ステージ映えするし、わたしの服を活かしてもらえると思うの」

「あたし… 身長低いですから。服のサイズも7号だし、157センチの身長じゃ、ステージモデルとしては失格です」

「そんなことないわ。ないわよ! そんなのを気にしてたんだったら、全然問題ないわ! わたしの服はあなたのサイズで作ってるし、ステージだって『ミスコン替わり』って言われるくらいで、身長で選ばれるわけじゃないし、そんなの心配しないでいいわよ!

それにあなたの噂は被服科の3年の間でも広がってるのよ。『どうしても出てほしい』って、みんな言ってるわ。

ね。お願いだから、引き受けてちょうだい。わたし、あなたじゃなきゃダメなの。

そうだ! 服だけでも見てみない? だいたい出来上がったものが、今被服室のトルソーにかけてあるのよ!」

「遠慮しておきます。どんな理由をつけてでも、あたしはやりたくないんです。ごめんなさい」

みっこは深々と頭を下げる。説得していた3年生の女性も、とうとうあきらめた様子。

「…そう。ほんっとに惜しいな。あなたなら絶対って思ってたのにな。でも、来年こそは絶対口説き落とすからね」

「ありがとうございます。来年はもっと、期待にそえるようにします」

「しかたないな。じゃあ、またね。よかったらショーも見にきてね」

「さよなら。いいショーにして下さい」

「あなたがいなきゃ、成功なんてないんだけどね。 …でもありがと。愚痴ってごめんね」


 いかにも『心残り』といった感じで、彼女は何度も振り返りながら、残念そうにみっこのそばを離れる。みっこは席に座ったまま、彼女が教室から出ていくのを見届けると、『ふう』と大きくため息を漏らし、頬杖つくと窓の外の景色に目をやった。

 秋の短い夕暮れは、まるで淡彩画のように、なにもかもをオレンジの残光で染めていき、やがてインクが散るように紺色を滲ませて、空の色をプルシャンブルーとスカーレットへと、鮮やかに分けてゆく。

教科書のバインダーを抱えて、わたしは彼女のそばへ寄った。


「ファッションショー… か」

だれに言うわけでもなく、窓の外を眺めながら、みっこはポツリとつぶやいた。

「みっこ、どうして断ったの? 学園祭のファッションショーのモデルなんて、だれでもやれるってものじゃないのに。しかも3年の小池さんって、カリスマデザイナーだって話よ」

「…らしいね」

「みっこは学園祭には来ないの?」

「そうじゃないけど…」

彼女はまた、ため息ついて答える。

「モデルって、きらいなの」

「え? でも、みっこのおかあさんって、モデルやってたんでしょ?」

「だから… よ」

そう答えたみっこはしばらく考えて、付け足した。

「ブランシュの伊藤さんからいろいろ聞いたと思うけど、あたしはママから、将来モデルになるように育てられたのよ」

「えっ? それは聞かなかった」

わたしは驚いた。だけど、それってだいたい想像ついていた。

みっこのファッションに対する愛情やポリシーを聞き、彼女の些細ささいな仕草や、歩き方とか見ていると、たとえ昨日まで『モデルをしていた』って聞かされても、納得できる。

「だけど、あたしはイヤだったの。そんな、人から押しつけられた人生なんて。そんなの、イヤ」

視線を床に落としながら、みっこは言った。でも、その言葉はなにかしっくりこない。

「そんなものかな?」

「そんなものよ」

「わたし、わかんないな。みっこの考えてること。モデルの才能がないならともかく、だれがどう見たって、みっこはモデルに向いてると思うし、小池さんだってそう思ってるから、あんなに熱心に誘ってきたんじゃない。だからやろうよ、モデル。今からでも遅くないわよ」

「…」

みっこはまた、思案するように頭を窓ガラスにもたれかけて、首をかしげたままうつむいた。今日のみっこは、返事をするのもなにかとゆっくりで、声も心なしか、いつもより低い。


「ね。みっこ。まだ間に合うから」

「…」

「みっこ!」

「…さつきはもう、川島君に関わりたくないんでしょう? だからお別れを言ったのよね」

「な… なによ。いきなり」

「あたしがモデルと手を切ったのも、それとおんなじ理由よ」

「みっこって、ひどい例え方するのね」

「さつきがしつこくモデルを勧めるから、その仕返しよ」

「そ、そんな、わたし…」

みっこはわたしをじっと見つめると、ペロッと舌を出す。

「…なぁんてね。さ、もう帰ろ。陽も暮れちゃったし」

気持ちを切り替えるかのように、みっこは勢いよく立ち上がると、スカートのしわをパンパンと払って伸ばす。そのとき教室のドアが開いて、ふたりの女の子が入ってきた。そのとき教室のドアが開いて、ふたりの女の子が入ってきた。


「森田さん、モデルの話、断ったんですか?」

「もったいなぁい。引き受けちゃえばよかったのにぃ」

ふたりは口々に言いながら、わたしたちのそばへやってくる。彼女たちとは時々同じ講義になって、何回かしゃべったことがある程度のつきあいだった。

ひとりはあまり目立たない、地味な感じで、髪をうさぎのように頭の両側で結んだメガネっ子。

どことなく内気で奥手っぽいとこがわたしに似てるんだけど、被服科だからなのか、けっこう個性的なお洒落さんで、いつも変わったデザインの服を着ている。

もうひとりの子は、うさぎ髪の子とは対照的な、目が醒めるような美少女。

みっこ程洗練されてないけど、なによりそのメリハリのきいたプロポーションが、日本人離れしている。

170センチオーバーの背丈に、バンキュッボンのナイスボディ。睫毛の長いつぶらな瞳も、ぽってりとした唇も、とっても官能的。肌は透きとおりそうなくらい白く、明るい茶色の髪と瞳の色もあって、西洋人のハーフと間違えてしまいそうなくらい。

みっこがどちらかというと、キリリとした知的で清楚な魅力なのに対して、彼女はマリリン・モンローのような、女の香りがプンプン匂ってくるタイプだった。

うさぎ髪の子は『小島美樹』、モンローの方は『河合奈保美かわいなほみ』って名前だったが、ふだんはみんなから『ミキちゃん』『ナオミ』と呼ばれていた。


つづく

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