馬車の旅

 ゴトゴトと馬車は道を進む。

 揺れるには揺れるのだが、思っていたほどの揺れではない。

 それは道がしっかりと整備されているのが原因であるようだった。

 勿論舗装されているわけではないのだが、雑草や石など、そういったものが極力取り除かれているのが見て分かる。


「……国が整備してるってことかな」

「ん?」

「いや、道の話」

「あー」


 馬車の運転に集中しているが為振り向きはしないが、アリサはそう呟いて何度か頷く。


「そうだよ。こういう公道は国……っていうか、この辺だと男爵家に雇われた代官かな。その辺に雇われた整備人がいるってわけ」

「整備人?」

「道を整備する人。モンスターの死体を埋めたりもするよ」


 アリサの説明に、カナメはヴーンを初めて倒した時の事を思い出す。

 

「そういえば、埋めるの仕事にしてる人がいるって言ってたっけ……」

「ん? んん……あー、そうそう。そういうこと」


 その時の事を思い出したのか、アリサは快活に笑う。


「あの時は正直、カナメがやっていけるか心配したけど。昨日も攻撃に躊躇いがなかったし、もう心配ないかな?」

「あら、何かあったんですの?」

「ん? ああ、うん。カナメってばヴーンをナイフで刺した時に新人がよくある混乱状態になってねー」


 思わずアリサの口を塞ごうとしたカナメだったが、「危ないじゃない」と腕を軽く動かしたアリサにあしらわれてしまう。

 だが聞かされたエリーゼは笑うでもなく難しい表情になると、体を少し前に倒してカナメを覗き込む。


「カナメ様。それ以降、ナイフで戦われたことは? いえ、ナイフでなくとも近接戦闘をされたことは?」

「え? いや、ないけど……」

「……そうですか」


 再び考え込むエリーゼの様子にカナメは疑問符を浮かべるが、アリサはエリーゼの考えている事を理解する。

 ……つまり、カナメの「命を奪う」事に対する成熟度の問題なのだが……恐らくそれ自体に対しては、カナメはある程度克服しているとみていい。

 弓で戦う限り、カナメに問題はない。だが近接戦闘については別だ。

 近接武器での「抉り」「潰す」感触は経験の浅い者には慣れるものではなく、先程話題になったカナメのような状態になることが多い。

 これは戦いの初心者だけではなく遠距離攻撃に慣れた魔法士にも多く、魔法士病とも呼ばれる程だ。

 場合によってはトラウマにも成り得るのだが……エリーゼは、ソレを心配しているのだ。


「ま、大丈夫でしょ」

「そんな気楽な……」


 アリサを睨み付けるエリーゼにしかし、アリサは変わらぬ気軽な調子で返す。


「私の見る限りカナメの初めての戦いは私と一緒に居た時で、武器はナイフだった。だから大丈夫。感触を知ってるなら、必要なのは覚悟だけだから」

「……」


 覚悟。改めて言われてみると、「それ」が自分にあるかどうかをカナメは疑問に思う。

 ドラゴンの時も、その後の時も。

 状況に追われるだけで、細かいことは何も考えられていなかった気がする。

 そんな状況で、本当に「覚悟が出来た」と言えるのだろうか?

 いざという時に動けなくなるような……そんな事になってしまわないだろうか?


「……カナメ様」


 黙り込んでしまったカナメを見かねたか、エリーゼは心配そうな声で囁く。


「暴虐王トゥーロの話、覚えていらっしゃいますか?」

「連合を作った人、だっけ」


 その連合の事も未だにカナメにはよく分かっていないが、その話は覚えている。

 ひょっとするとカナメと同じような人だったかもしれないが、カナメが会うことはもう叶わない過去の人物だ。


「英雄王とも言われたトゥーロ王が暴虐王などという二つ名をも持っているのには、理由がありますの」


 暴虐王トゥーロ。

 戦いの神アルハザールの化身であったと語られる事で分かるが、トゥーロ王はとにかく強かった。

 単身で敵の大群の中に突っ込み次から次へと薙ぎ払っていったというエピソードもあるが、その中には「これぞ無双」と傲慢ながらも否定できぬ言葉を放ったという話が出てくる。

 彼が魔法士病にかかったという話は聞いたこともなければ、何か戦いの事で悩んだというエピソードもない。

 勿論そんなものは華やかではないと語られていないだけかもしれないが、エリーゼは「本当にトゥーロ王にはそういう悩みはなかったのだ」と考えている。

 語られるトゥーロ王の話はどれも勇敢で華々しく、一度たりとて苦戦したことはない。

 圧倒的な力で蹂躙する戦い方は苛烈で、鮮烈であったことだろう。

 振るえば巨人ゼルトを枯れ枝か何かのように切断したという剣の冴えは、半端に刺さり剣が抜けなくなった恐怖や、痛みと怒りと恐れの混ざった顔で睨み付けてくる敵の吐息も感じた事はないだろう。

 命が己の剣で消える恐ろしさも、感じる暇などなかったに違いない。


「トゥーロ王は、敵を殺すことを微塵も迷いませんでした。モンスターも、人も……あらゆる躯を積み上げ君臨した。しかし、疑いようもなく人を愛していた。それ故に恐れられ……敬われ、愛された」

「……俺、は」


 そんな風になれる自信はない。

 そう言おうとしたカナメの言葉を、続くエリーゼの言葉が遮る。


「カナメ様は、そうなる必要はありませんわ」

「でも」


 それでは、いざという時に守れないかもしれない。

 そんなザマで、何かを出来るとは思えない。


「殺す事を恐れるのは正しいですわ。アリサも言いましたが、必要なのは覚悟。優しいカナメ様のまま、立派な殿方になってくださいませ」


 殺す事を恐れるのは正しい。

 アリサにも同じ事を言われたとカナメは思い出す。

 だが、殺す事を躊躇ってもいけない。

 殺されたら全て終わり。


 ……そう、だからこそ「覚悟」が必要なのだ。

 恐れながらも、懺悔しながらも「敵」を殺す覚悟が。


「……出来るかな、俺に」

「出来ますわよ、カナメ様なら」


 優しく笑うエリーゼに、カナメはつられて微笑んで。


「……すいません、そういう話は神官の僕を混ぜてくれてもいいんじゃないですかねえ」

「あら嫌だ。盗み聞きなんて感心しませんわよ」


 御者席に繋がる窓を開けて恨めしげに呟くシュルトに、エリーゼは冗談めかしてそんな事を言った。

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