第四十八話 時を待つ
「なぁなぁ、名前何にしようかなぁ? 雪の妹だから関連性のあるものにしたくないか?」
「··········そういうのは康介くんと考えなさいよ。このお気楽者」
安定期に入り、大きくなり始めたお腹をさすって幸せ気分のあたしを七海は冷たくあしらう。でも果物とか切って持って来てくれるから怒ってはいない。
ガーデンの中では日にちの感覚が掴みにくいが、妊娠発覚から数カ月は経過しただろう。あれから戦線を離れたあたしだけど、人間界に帰らずに修行の手伝いだけさせてもらっている。あまり動けないから後輩に助言したりする程度だけど、居ないよりはマシ程度のものだ。
「これから大きな戦いがあるってのに二人目欲しいね〜とかわけ分からないこと言って励んだ子作りセックスはさぞ幸せで気持ち良かったでしょうね?」
「こらこら〜お下品だぞ? お腹の子が真似しちゃうからやめてよね〜」
「ムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつく」
「早口言葉かなぁ〜?」
今のあたしは菩薩なのだ。七海の嫉妬なんて可愛く見えちゃうくらい心が広い。
何でもないことを話していると、部屋の前で複数の足音が聞こえてくる。
「失礼します。あかりさん起きてます?」
「起きてるよ。おかえり愛、風利、イブ。外の様子はどうだった?」
「はい、やっぱりどこも魔王の配下が増えてますね。ここを見つけたくて躍起になっている悪魔も多かったですけど、縄張りから遠いこともあって大して強くはありませんでした。少し南に行けば追手も少ないかなと思います」
「そっか、いつも偵察ありがとな。冥王にも伝えといてくれないか?」
「それはもちろん·····」
後ろから更に大きな足音が聞こえて愛は振り向く。閉めた扉が勢いよく開かれ、現れたボロボロの少女は満面の笑みで声を張り上げた。
「たっだいまー!!」
「美空ちゃんおかえりなさい!」
「久しぶりねみんな! あたしが居なくて寂しかったでしょう! お土産の武勇伝を聞かせてあげるわね! っと、その前に」
美空はあたしの近くに膝を付いて、大きなお腹へ頬を擦り付ける。
「ただいま赤ちゃん。いい子にしてたかな? 早く生まれておいで〜」
「ひと月ぶりに帰って最初にそれかよ。美空はホント赤ちゃん好きだな」
「へへ、あかりも元気そうでなによりね。聞いてよ。東にあった不死の山にある魔王軍の砦、塵も残さず壊滅させて来たんだから。ちょっと手こずったけど、ちゃんとあたしがボスを倒したのよ?」
「お、凄いな。あそこはかなり強いのが固まってたらしいけど堕とせたのか。やっぱり探知持ちもいたか?」
「あぁそれね。噂ほど凄い探知能力でもなかったの。あれじゃここは見つけられないわ。まぁ、全体的に強かったけど、こっちにはみくりさんと真弓さんがいたから何とかなった感じ」
「なるほど。じゃあ詳しい話しは飯の時に聞くから、みんなで風呂に入っておいで。まずは疲れを落としてな?」
「はーい! 行こみんな!」
元気が有り余っている子供達は走って部屋から出ていく。入れ替わりで入ってきた真島姉妹は、その光景に呆れながら笑った。
「やっぱり体力が違うのかしらぁ? 若さって時に憎らしく感じるものねぇ」
「お姉ちゃん·····いつも可愛いよ?」
「ありがとみく。貴方は世界一可愛くて美しい私の宝物だからぁ」
挨拶もなしに突然イチャつき始めるのは別にいいけど、心無しかいつもより軽めだ。流石の双子も遠征帰りは気力がないのかもしれない。
「真弓、義手の調子はどうだ?」
「あらぁ地走ぃ。おはよう」
「あ、おはよう」
「腕はまぁまぁかなぁ? ある程度自由に動かせるけど、やっぱり魔法が出せないのはネックよねぇ。右手でしか魔力吸収出来ないから時間が掛かる掛かる。殴れるのは強いけどねぇ」
冥王の治療班がくっ付けてくれた鉄製の義手をプラプラと振る。一番遅くに回復した彼女だが、鈍るどころか一皮剥けたキレを見せているらしい。七海相手とは言え、守り切る前に力尽きてしまったことを酷く根に持って修行しているみたいだ。もちろん、本人同士は完全に割り切っているから元の仲良しに収まっている。
「真弓、今回も聞いていいか?」
「えぇ、いつもの報告よねぇ」
その辺から椅子を持ってきた真弓は、深めに座って今回同行した美空の成長を細かく教えてくれた。
あたしが子供を授かったとが発覚してからずっとこんな感じだ。魔法少女側として、あたしが抜けてしまう穴は小さいものでは無い。しかし、誰も本気で責めることなくお腹の子を心待ちにしてくれていて、やっぱりそれは申し訳ない気持ちより嬉しいと思ってしまう。
饒舌に一から十まで語る真弓は、得意げにふんぞり返る。
「·····ってな感じかなぁ。美空ちゃんが私に鍛えて欲しいって言い出した時にはどうしようかと思ったけどねぇ。今回の実戦を見る限り立ち回りに関しては教えることはないわよ」
「·····でも、愛には負けたよ」
「あれは美空の限界突破を測ってボロボロの状態で始めたんでしょう? 今やったら違う結果になると思うなぁ」
「愛には、苦手な攻撃を教えてるの」
「みく〜? 弟子が可愛いのは分かるけどあなたも美空の活躍を見てるはずよ? 事実は受け入れないとダメだとお姉ちゃん思うなぁ?」
「お姉ちゃんこそ、色眼鏡だもん」
「··········」
「··········」
仲良し姉妹は笑いながら睨み合っていた。それぞれの教え子が一番だと思ってしまうのは仕方ないけど、こうやって険悪になるのは本気で手を尽くしてくれている証拠だろう。自分達の事ばかり優先してきた我儘姉妹が反発しあっているなんて、感慨深いものだなぁ。
そして、一番世話好きな女がそんなやり取りに茶々を入れないわけがない。
「風利とイブの方が実戦向きで強いに決まってるけどね」
七海のせいで手を掛けられていた刀が一気に抜かれる。何度目か分からない『ウチの弟子が凄い大激論』がまた始まってしまい、巻き込まれたくなかったあたしはこっそりと自分の部屋から逃げ出した。
フラフラと歩いているとたまり場になりがちな応接間から声が聞こえ、そっと覗き込んでみる。まだ風呂に入っていない子供達が集まっていた。真面目な顔で情報交換をしているのか、出会った頃から考えると随分頼もしく見える。一時的とはいえ戦線を退いてしまったせいか感傷的になっているのだろうか、どうしても離れたところにいるように感じてしまう。
「隠れてないで入ればいいのに」
「さくら」
「みんな凄いよ。特にあかりが抜けてからの成長は目を見張るものがある。前にこっちに来た時もそうだったけど、師匠から離れて初めて弟子は歩き出すんだろうね。ま、新しい師匠はいるから精神的な話さ」
「お前も外野気分か? あたしの魔力を多めに移してるんだから引いてちゃ駄目だろ」
「ははは」
応接間から見えない位置で壁にもたれて座る。さくらも横に座り、話し相手になってくれた。
「康介くんも隅に置けないね。あんなに小さくて泣き虫だったのに二児のお父さんなんて、血の気が多いお嫁さんをよく乗りこなしてると思うよ」
「あ〜、康介と初めて会った時ってあたしを半殺しにした時か。あの後大変だったんだぞ? ミーティングに乗り込んで来て『あかりちゃんはもう戦わせない!』って大号泣でさ、ちょうどその頃に優香もおかしくなってて『だったらキミが戦うかい?』つって康介殴っちゃってんの」
「うわぁ、康介くんタイミング·····」
「一応仲直りはしてんだけど、しばらくは康介が優香を怖がってて、優香もさすがに罪悪感が残ってんのか自分から話し掛けていくわけ。見てらんなかったわぁ」
「なんか悪いことしたね」
「昔の事だ。今じゃ笑い話だよ」
二人で軽く笑い、物思いにふけるように沈黙が流れる。子供達の声をBGMにさくらは話題を変えた。
「みんな二段階変身を覚えてずっと強くなったよ。美空の話しは真弓から逐一聞くだろうけど、僕としては愛の方が振り幅が大きいように感じる。みくりの攻撃出力を素直に吸収してるから大ダメージも取れるようになった。あと反射速度が覚醒してここしばらくかすり傷一つ受けてないよ。彼女の戦闘は決着が恐ろしく速い」
「アマンダの能力·····ってわけじゃなさそうだな」
「アレは持って生まれたものだね。それと風利とイブも面白いよ。七海が教えてる技がもうすぐ完成するみたい。一度見た事あるけど、水神が相手したくないって引っ込んじゃってさ。笑っちゃったよ」
「え、あの二人そんなに強くなってんのか? 水神ってあたしとみくりが二段階変身でやっと倒せるレベルだろ?」
「強いのは強いさ。でも水神が逃げた理由はそこじゃない。特殊過ぎるんだよねあの二人は。トリッキーを通り越して意味不明だよ」
そんなことになっていたのか。
第三者的なさくらの話は凄くリアルな姿を映し出していた。もう下の子達は全盛期のあたし達よりずっと強い。今に追い抜かれ、あの子達が引っ張ってくれる日も近いかもしれない。
そんな事を言うと、さくらは笑って一蹴した。
「残念だけどあかり、それはまだまだ先だよ。子供達はキミ達第一世代がしている事を真似しているだけ。キミ達に褒めて欲しいから頑張ってるだけなんだもの」
「そうかなぁ」
「勘違いしちゃ駄目だよ。あかり達は特別なんだ。襲撃の始まりを体験して、大勢の人が死んでいく様を目の当たりにしている。誰も助けてくれない事を心の奥に刻み込んでいるんだよ。常に守られているあの子達と、常に守ってきたキミ達には想像以上に大きな壁がある。能力や実力の前に意思が違うのさ」
「ん〜、否定はしないけど、遅かれ早かれ世代ってのは代わるものだと思うぜ。形は違うかもしれないけど、あたし達が人を守る魔法少女だったように、あの子達も人を守る魔法少女だ。こういうのは大人は気付かないものだしな。見えない部分も思ったよりちゃんと成長してたりしちゃうんだよ」
「子供の成長は著しいって? 二児の母は説得力が違うなぁ」
「なんだよそれ〜」
『はてさて、そこまで育ってくれていると大助かりなんだけど』
突然聞こえてきた声に振り向くと、そこには光の玉が浮かんでいた。気を抜き過ぎていたのか全く気が付かなかったが、これは冥王が見回りの時に使う遠隔魔法。室内で使っているところを見たことがなかったけど、どうしたというのだろう。
『あかりくん。僕の部屋の前にアリスが居るから一緒に来てくれないかな? ちょっと手が離せないんだ。こんな形でごめんよ』
「なんだよ改まって。他の奴らは連れて行かなくていいのか?」
『七海くんも呼んでいるよ。まずは君達だけでいい。聞いてしまったのならケルベロスも構わないさ』
「んん? あぁ、すぐ行く」
この感じ、新たな作戦でも決まったのだろうか。あたしと七海だけに声を掛けたとなると、たぶん全員を動かしたいのだろう。美空達が堕とした支部のようなものが見つかった可能もある。
何にせよ、最近は少しバラけて行動することが多かったから丁度いいかもしれない。全員での戦闘は滅多に無いからいい経験を詰めればいいのだけど。
尻を払って立ち上がり、消えそうになっている光の玉に軽く質問をしてみる。
「結構デカいことするのか?」
少し間が空いて、冥王は答えた。
『······デカいかどうかで言うと一番デカい話だよ』
それだけ残して消えてしまう。どこか焦りの見える返答に、嫌な予感が募り始めた。
と言うより、もう答えを言ったようなものだ。
「まじか······」
重い足を引きずってアリスの元へ向かう。
きっと後戻り出来ない話だ。
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