第四十二話 お互いを知ることは大事だけど
「え、あたしそんなどぎつい闇抱えてることになってんの?」
一度部屋で治療をして応接間で一休みすることにしたあたしは、いつまでも不安そうな顔をする子供達に見つめられたまま持参した缶コーヒーを口にする。正面に座る真弓(全裸で首から「私が主犯です」と書かれた看板を下げている)から事情は聞いたけど、随分と偏った情報に頭を抱えた。
何から話せばいいのか、ひとまず一つ一つ誤解を解かないといけない。
「あのなぁ、あたしは別に無理してるつもりもねぇし、孤独感も感じてねぇよ」
「だって·····」
「あぁ愛、ほらほら泣かない。全く、子供は思い込みが激しいんだな。なんて言えばいいのかわからんけど、あたしは孤独や責任感だけで立っていられる人間でもねぇんだよ」
少し遠回しな言い方に誰もついてきていない。もっと具体的に分かりやすく言わないと。
「例えばな? あたしが最強とか言われて背負うものが多そうに見えるかもしれない。でも、もう一人最強さんがいるだろ? アイツのお陰で変なプレッシャーとか抱え込んだことねえの。あたしが出来ないことでも優香が何とかしてくれるからさ」
「うん·····優香強いもんね」
「あと、お前らを頼ってないとか有り得ないから。確かにまだ守ってやる場面は多いけど、それだけならこんな所まで連れてきたりしないだろ。あたしや真島姉妹だけじゃ心配だったからお前らに頼った。背中を預けても大丈夫だと思えるくらい、お前らは成長してくれている。そこは信じて欲しい」
「じゃあ、なんであんな無茶な練習を一人だけでしてたのよ。言ってくれれば一緒に·····」
美空まで泣きそうになって、あたしは慌てて両手を振った。こればっかりは理解できないかもしれない。
「いや、隠れてたのは単にさ、練習してるあたしって泥臭くて血生臭くてゲロ臭くて結構見れたもんじゃねえし。大人のプライドってあるじゃん? あとな、あの練習は無理も無茶もしてるつもりないって。実力と考え方が違うから悲惨に見えるかも知れないけど、あたしにとっちゃいつもの練習風景なんだよ。聞くけどよ、愛」
「わ、わたし?」
「美空の深夜の個人練見たことある?」
「·····いえ」
美空は目の色を変えてあたしに飛びついてきたけど、無理矢理押さえて話を続ける。この子のプライドの高さもあたしと似てるところがあるから、どうせ秘密にしてきたのだろう。
「魔力が切れるまで延々と魔法使い続けて、最後は気絶して終わるんだぜ?」
「え!? そんな事してたの??」
「なんで知ってんのよ!! なんで言うのよ!!」
うるさい美空にデコピンをして。彼女の前で指を立てる。
「つまりそういうこと。美空が一番効果的と思ってるやり方は、愛にとっては物凄い無茶に見える。当然なんだよ。きっと愛の練習も美空と風利は理解出来ないし、風利の練習も愛と美空は理解出来ない。実力とか能力が違えばその内容もハードになって余計無理をしてるように見えちゃうんだ」
「い、一理ある·····かも?」
「だろ? それに、あたしが今より強くなろうと張り切って練習すると、人目につく場所なら死人が出る。物理的な岩と消滅魔法なんだから、コソコソするのも理由があんの」
大人しく考える心配性の後輩達。ようやく納得しそうなので、もう少し人間アピールしておこう。
「まぁ、あたしは人よりちょっと気持ちが強いとは思うけど、やっぱ人並みに寂しいとかならないこともない。そんな時は旦那に·····あ、甘えたりもするし。雪にちょっかい掛けてママ嫌い〜なんて怒られたりもする程度には普通なの。そうやって大切な人から力を貰えてるから頑張れたりさ、お前達もその大切な人の一人で、今みたいに心配してくれたり可愛い笑顔見せてくれるからあたしはあたしでいられるんだ。だから·····こ、ここら辺でもう勘弁してくれ。なんかわかんなくなってきた·····」
「あら可愛い〜」
「全裸のまま連れ回してやろうか真弓」
「じ、冗談よ冗談〜」
変に綺麗にまとめようとして一人暴露大会みたいになってしまった。恥ずかしいから早く地下に戻りたい。
話を噛み締めるように目を開いた美空は、「わかったわ」と言って立ち上がる。
「わかったけど、納得しきれないから一緒に練習する!」
「お前ちゃんと聞いてたのかよ。あたしが自分用のメニューで限界までやるんだから着いてこれるわけねぇんだってば」
「最後まで着いていけば問題ないんでしょ?」
「聞かんなぁホントに」
愛と風利もソワソワしだしてるし、もう身体で教えないとわからないんだろう。どうせまだ続けるつもりだったし邪魔しなければいいんだけど。
面倒臭くなったあたしは、「一回だけだぞ」と念をおして立ち上がった。
外の時間はちょうど日付が変わった頃だろう。深夜テンションも入り交じってやる気が溢れている後輩達はさっさと地下に下りてしまって、あたしは全裸の真弓を連れたまま後を追っていた。
「なんで連れてきちゃうんだよ。お前のせいでややこしくなったろ」
「ん〜、まぁ色々理由はあるんだけどねぇ」
下を向いたまま足を大きく投げ出す真弓は、夜風に揺れる髪をかきあげる。
「地走も普通の人間なんだって教えたくって。ほらぁ、神格化されてるみたいだしぃ?」
「そんだけ尊敬してくれてんだろ。別にいいよ」
「私が気に食わないのよぉ」
振り返ったその顔は胡散臭く作られた笑み。それでいて、我儘を言う時の三日月みたいな口をだった。相手に反論させる気のない真弓らしい表情。みくり以外に向けるのは現役以来だ。
「貴方が評価されるのはどうでもいい。崇められようが見下されようが興味が無い。ただ、何で過程を見ないんでしょうねぇ。知った気になって、近付いた気になって、向き合いもせずに仲間仲間って気持ち悪くない? 貴方も背中を預けるなんて思ってもないことよくペラペラと吐き出せたものよねぇ。そんな大人臭い所は凄く嫌い。無知で偉そうな子供も嫌い。心の内を見せ合うようなやり取りの裏で、何も見せるつもりがない。見るつもりもない。小賢しくて目眩がしちゃう」
真弓の自論。久しぶりに聞いた気がする。こんなストレートな気持ちを顔色一つ変えずに言えば、きっと子供たちが聞いたら怯えるんだろうな。
でも、拒絶にも取れるこれは『その部分が嫌い』と言っているだけで本当に個人として嫌っている訳では無い。正直で、盛大なのだ。真弓という女は。
「はいはい、サイコパスは素直でいいな。だから就職出来ないんだぞ」
「自営業は職業欄にも書けるから実質就職でしょ〜? 何年前の話をしてるのよぅ」
軽く流す。それだけで笑って話せる。いちいち間に受けて喧嘩するほどあたし達は分かり合えてないはずもない。だいたい、全裸で凄まれても下半身に目がいって仕方ないからな。
「お前いつまで裸でいんの?」
「一着しか残ってなかったのに貴方がズタズタにしたんでしょう〜? 明日には作れるからこのままでいいかなぁ」
真弓は衣装作りで生計を立てていた。コスプレ方面の。
後日、復活したみくりが姉の新衣装を羨んで自分の服を全部燃やすという『全裸待機事件』が起こったが、それくらいで特に変わったことはない。後輩達は三人とも前日の練習中にゲボ吐いて長らく気絶していたから平和な日になった。
変化といえば、後輩組の練習メニューが変わったくらい。元気になった三人は何か話し合ったのか、真っ先にみくりの元へ協力を求めた。
「本当に、一人ずつ?」
「はい。一人ずつ一日一回相手をして頂ければ」
みくりは姉とお揃いのおニューのゴスロリを愛おしげに撫でながら、一番手の愛をチラッと見る。変身も終えてやる気満々。新しい課題でも見つかったんだろうか。
「みくりさん、神器使ってみてくれませんか? みくりさんレベルの本気の攻撃と私の本気の防壁。どれだけ差があるのか知りたいんです」
「やだ」
「即答!?」
「無理」
「念押し!?」
「そうじゃねぇよ愛」
門前払いを受けた涙目の愛は誤解していた。それは口数少ないみくりのせいだけど、代わりに教えてやるくらいいいだろう。
「みくりの神器はかなり特殊なんだよ。今やっても本気出せねぇんだ」
「神器? そういえばみくりさんの神器見たことないんですけど、何か条件があるんですか?」
「そうだな。滅多に出す事ねえから見る分にはいいだろうけど·····みくりどうする?」
愛たちの顔をぐるっと見回したみくりは小さな声で「それなら」と言うと、身体を抱き締めるように魔力を高める。
周囲の温度が上がる。洞窟の中が乾いた空気に包まれていく最中、膨張したみくりの魔力が背中に集まって光を放つ。ネジや歯車などの機械の欠片が召喚されては歪に結合され、それは大きな羽を形作っていった。紅蓮の鉄羽。それがみくりの神器である。
「これが、神器【極宝マザーグース】だよ」
「か·····」
「カッコイイ!」
初めて見る形状に子供達は興奮していた。今まで見てきた神器はどれも武器の形をしていたのに、ずっと見せなかったみくりの神器がまさか羽だとは思わなかったのだろう。みくりだけでなく優香の妹もそうだけど、神器が武器だけではないことを常識レベルで知っているあたし達からすると新鮮で面白い反応だ。
「強そうです! あの獣みたいなヤツが神器かなーって思ってました!」
「あれは、変身」
「そうなんですか! あのまま羽も出せるなんて何だか鳥さんみたいで可愛い!」
「か、かわ·····?」
愛の感性はちょっとズレているようだ。
それから少しみくりが質問責めにあって、徐々に興奮が落ち着いて来たところでそのまま戦おうという流れになってきた。
「ちょっと待て待て。だからこのままはダメだってば」
「え、でも·····」
「みくりのマザーグースは特殊だって言ってんだろ? ほら羽をよく見てみろよ」
愛が後ろに周り、みくりは意味もなく両手を上げて見やすくしていた。後ろから見てるんだからそんな事しなくていいのだけど。
「いまは普通の鉄っぽいだろ?」
「はい」
「マザーグースが効果を発揮する時ってさ、この羽が真っ赤になるんだよ。『気分が下がるほど熱量を増す』のがコイツの能力だから、どっちかって言うと今の状態ってマイナス補正が掛かってんだよ。つまり、神器出した方が弱いんだ」
「使った方が弱いだなんて、すごい変わった能力ですね。え、でもそれじゃあ·····」
みくりは顔を赤くして俯いていた。顔より羽を赤くしてくれればいいものを。
「そう、みくりお姉さんはガラにもなく後輩から頼られたことが嬉しくて仕方ないってわけだ」
「じばしり、うるさい」
その後、みくりがいつでもマザーグースを出せるようにする練習も兼ねてと、下手くそな罵倒を試みる愛。その様子が気に入ったのか、みくりの羽が赤くなることは一度もなかった。
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