第二十九話 それぞれの覚悟を

 きっかけは、きっと何でも良かったのだ。


「イブも帰ってきた事だし、新しい編成を組まなきゃね。やっぱり風利はイブとツーマンセルがいいんでしょ?」

「……もちろん」

「……モチロン」

「あははっ、何それイブ。風利の真似したの? 結構似てるわね」

「……モチロン」

「あっはははっ、やめてやめて!」


 そんなまったりした作戦会議をしながらの下校だった。雪ちゃんが委員会に入って帰るのが少し遅くなってしまい、久しぶりに四人だけの時間が取れたのでこんな話をしていた。

 少しずつ戦略が出来上がるにつれて、いつもより少し元気がなさそうに見える愛はぼそっと呟いたのだ。


「やっぱり美空ちゃんはすごいね」

「え、何よ急に。こんなの全然すごくないし適当に話してるだけよ?」

「すごいよ。新しい作戦ポンポン出しちゃうし、あたし達の中でも一番強いもん……。美空ちゃんには適当で出来ても、私にはそんなの出来ない」


 愛の様子がおかしいとは思っていた。でも今日なんて何も無かったし、気を抜きすぎていたあたしは彼女の変化を軽んじてしまったんだ。


「どうしたのよ愛。今日は卑屈ね」

「卑屈とかじゃない!!」


 ここで、あたしは一つ目の地雷を踏む。

 普段明るくて暖かい愛から発せられた怒号は、その場の全員が異常を感じるのに十分な効果があった。

 あたしがやらかしてしまった事に気付いた風利がフォローに入るが、それも虚しい結果となる。


「……愛、美空はそんなつもりじゃ……」

「風利ちゃんは黙っててよ!!」

「……っ!」

「ち、ちょっと愛、今のはあたしが悪かったわ。でもそんな言い方ないんじゃないかな? 何かあったのよね? 話してみてよ」

「何にも、ないよ」

「そんなことないでしょ。いつもの愛はもっと元気で笑ってて……」

「美空ちゃんにあたしの何が分かるのさ!」


 これが、二つ目の地雷だ。

 この時、あたしがちゃんと落ち着いて話していれば、自惚れていなければあんなことにならなかった。でも、あたしは愛の事を『分かっていない』という事実が受け入れられなくて、彼女の怒気に焚き付けられてしまった。


「いい加減にしなさい! 何をそんなに怒ってるのか知らないけど、貴方はあたし達のリーダーでしょ! もっと落ち着……」

「リーダーリーダーってそっちこそいい加減にしてよ!! 今だって子供扱いして上から押さえ付けて何様なのさ!!」

「別に上からじゃない!!決まったことを後から愚痴愚痴とそれこそ子供のやる事じゃないの!? 何が言いたいのよあんた!!」

「ほらそれだよ!? 私がリーダーって言いながら結局形だけで全部美空ちゃんが決めてるじゃない!! それのどこが上からじゃないのさ!! 美空ちゃんがそういうことする度に私はリーダーなのに何もしない何も出来ないって言われ続ける!! 」

「優香の言ってることなんて聞き流せばいい!! あたし達のリーダーはあたし達で決める!! あの人達は関係ない!!」

「美空ちゃんの言う『あたし達』に私の意見なんて含まれてないじゃない!!」

「……っ!!」


 最悪の空気だ。お互いが息を切らせながらただ感情任せにぶつかり合っている。何の生産性もない子供の喧嘩。こんなの意味が無い。分かってはいるのに、愛にここまで言われることに無性に腹を立てている自分がいた。

 愛は自分の胸元でグッと拳を握り、涙目であたしを睨み続ける。


「なん……だってのよ」

「あかりさんも明日には戻ってくる。なのに、ずっと成長のない私がリーダーのままで美空ちゃんはどんどん成長していって……」

「あーそういうことね、あかりに良いとこ見せられないからって八つ当たりしてるだけの駄々っ子なわけだ」


 やめて、口を閉じなさいあたし。


「弱いくせに、あたしの努力を無視してワガママ通せると思ってるわけだ!」


 ダメ! 止まって!


「いい格好して承認欲求満たして『愛は流石だな』って褒めて欲しいだけなんだ! 頑張ってないのに!」


 言っちゃダメ!!


「ホント……しょうもな……」


 その瞬間、頬に強烈な痛みが走った。

 衝撃に地面に転げるあたしは、一瞬で頭の熱が冷めて痛みの元を見上げる。そこには、珍しく涙を流して怖い顔をした風利がいた。


「……美空。自分が何言ってるのか分かってるの?」

「………………ごめん」

「……思っても無いこと言うもんじゃない。あなたが一番、愛を見てきたんじゃないの? だからリーダーを譲ったんじゃないの?」

「…………」

「……美空」


 そんな風利とあたしの間に割り込んだ愛は、今まで見たことないほど冷たい目であたしを見下ろしていた。


「いいよ風利ちゃん。美空ちゃん、今のが本音なんだよね?」

「あ、愛……違っ……」

「もういいよ。抜ける」

「なっ!」

「魔法少女、一人でやる。もう無理なの、私には耐えられないの……」

「愛……ごめん、ち、違う。違うのよ……そんなつもり……」

「来ないで!!」


 愛に手を伸ばそうとした。しかし彼女の身体は光に包まれ、その姿を戦闘時のものへと変貌させる。

 大槍を突き付けられたあたしは震えていた。頭の中がぐちゃぐちゃになって、どうしようどうしようと答えの出ない混乱で涙が零れた。


「こんな所で変身したらバレるよ?」


 だから、優香が現れた所で何の反応も出来ずにただただ力なく見上げるしかなかった。


「……優香さん。何か用ですか?」

「大きな魔力感じたから来てみれば穏やかじゃないねぇ? ボクは敵じゃないよ愛そんな目で見られたら疼いちゃうじゃないか」

「もう仲間ではないので」

「言うね言うね〜嫌いじゃないよそういうのはでも場所変えようかなイブちん?」


 コクリと頷いたイブは、あかりから貰ったゲートを召喚する。何も言わず入っていくイブと風利、その後に優香が指を振って誘いながら入っていく。


「美空ちゃん、私は逃げないから」


 そう言って、一度もこちらを見ないまま愛も後に続いた。最後に残されたあたしは、ぼんやりと宙に浮かぶ地獄への入口を見つめた。

 何度も使わせてもらった魔法。これを見るとあかりの顔が浮かんでどこか好きだった。でも、このゲートは魔界に繋がるよりずっと怖くて、くぐることはつまり、覚悟を決めなければならないということなのだ。


 あたしは、愛とどう向き合えばいいのだろう。


 何もわからないまま、前にあかりと話した誓いが頭を掠め、無意識に立ち上がっていた。繋がれた鎖を引かれるように近付く避けられない未来と立ち向かう勇気は、これっぽっちもない。


「……守ら、なきゃ」


 自分の声が誰か別の人のように聞こえた。ズタズタにされた志はそれでも自己暗示と共に背中を押す。

 あたしを吸い込んだゲートは、音もなく消える。











 辿り着いた先は、何度も何度も訓練に使っていた公園。愛とあかりの出会いの場所。大きな岩が突き刺さった第一立ち入り禁止区域。

 そこで愛は待っていた。未だ戦闘態勢であたしを待っていた。その事実がまた、あたしの心臓を突き刺す。


「話は聞いた。悪いけど美空ちん、ボクが割り込める問題じゃないんだ。説得は出来ないしボクが愛ちんに対する態度を変えることも出来ない。魔法少女は遊びじゃないからね」

「…………」

「でも、ケジメは付けなきゃならない。それは二人で決める事だね」


 優香は無慈悲に言い切る。妹のために感情でチームを切り捨てようとした彼女には愛の気持ちを止めることは出来ないのだ。それほど強い意志で、愛はそこに立っている証明にもなる。


「美空ちゃん」


 愛の声が聞こえ、反射的に体が震えた。ただ恐怖でしかない目の前の親友。薄らと、何を言われるのか分かっている。


「勝負しようよ。全力で」

「愛……」

「思ってたの、どれくらいの差があるのかなって。私と美空ちゃんの力、そんなに違うのかなって」

「でも……」


 愛と戦えるわけがない。その為に強くなったんじゃない。あたしはこの街を守りたくて、大好きなみんなを守りたくて……。

 愛はあからさま槍を奮って突進の型に入る。


「二つ、ルールを決めようか」

「……ルール」

「一つは、美空ちゃんが全力を出さなかったらそこで終わり。私は二度とあなたとは関わらない」

「…………」

「二つ目、美空ちゃんが『勝ったら』私はチームから抜ける」

「…………そんな!」


 絶望の提案。つまり、愛が全力のあたしに勝つことが、あたしの望む唯一の逃げ道。

 そんな事は実現しない。有り得ないんだ、今のあたしと愛の力の差はもうかなり開いている。相性だって最悪のあたしに勝つなんて、そんな事出来ないのは愛が一番よく分かっている。どれだけ一緒に訓練して、どれだけ死線をくぐり抜けて来たと思ってるんだ。手の内だって知り尽くしている。

 愛にすれば完璧な逃走経路。それを覆す場ではないことも十分把握している。なんて悪魔的な考えをしているんだ。


 そんな強かさも、あたしは知らなかったわけだ。


「…………」

「美空ちゃん? 早く構えてくれるかな。もうすぐ門限なの」

「…………」

「……美空。覚悟を決めなよ」



 煮え切らないあたしが不快だったのか、風利は言葉尻を強くあたしを叱咤する。


「……あなたがリーダーになりたくて、でも愛に譲ったのは知ってる。理由も。 愛もちゃんと覚悟を決めた。あなたが逃げちゃ、全部無駄になる」

「…………」

「……私、見ててあげる。あなたの覚悟」


 なんで、なんであたしは……。


「うあぁあああああああああああ!!!!」


 あたしの周囲に雷光が駆け巡り、天に届くほどの放電を解き放って身体を変質させる。雷が収縮し、命を刈取ることに特化した雷鳴万丈の大鎌が出現し、大地を焼き切りながら目の前の相手を深く見据えた。

 覚悟は決めていたんだ。愛と戦う覚悟じゃない。あたしの正義のために。

 解放状態のあたしを見て、愛はどこか嬉しそうに微笑んだ。


「ふふ、すごいなぁ」

「……愛、死なないようにすることね。あなたに全力見せたこと一度もないんだから」

「それはお互い様だよ」


 高められた愛の魔力がいつもと違う。きっと【守宝アマンダ】の能力を最大限に高めているのだろう。あれは完全守り特化。ある意味で、あたしの戦闘スタイルと真逆の性能だ。長期戦は不利。一撃で抜いてしまいたいところだ。




 お互いが抱く覚悟。それは目に見えなくて、始めから相容れないものだったのかもしれない。この戦いは彼女にとって『新たな一歩』。あたしにとって『過去の贖罪』。それぞれの想いを胸にぶつかり合う命懸けの感情戦。

 その先に答えがあるのかわからない。でも、決めたんだ。もう引かない。彼女の全てを受け止めてやると。

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