第十六話 美空 vs あかり

「これは、天敵ねぇ〜」


 真島姉の声を聞きながら、あたしは試合前の自分のセリフを撤回したくて仕方がなかった。


 あたしが美空の天敵ではない。

 美空があたしの天敵になってしまった。


 高速移動のクリスタル【スリルドライブ】で間合いを測りながらも、あっという間にくっ付いてくる美空に嫌な汗が流れる。

 ここまで雷の本質を掴み、使いこなしているとは予想が大きく及ばず、完全な防戦を強いられていることに歯噛みする。

 恐らく、美空に関しては旧魔法少女と堂々の実力を付けていた。相性によっては、数人は美空に負けてしまうだろう。それほどに高められた戦闘力は飽くなき努力と突出した才能を感じずにはいられない。


「早く変身しなさいよ。そろそろ手加減するのも飽きてきたわ」

「歳上は敬えよ。そのまま手加減してろ」

「あら、それ訓練にならないじゃない?」

「まぁな」


 速い。振り切れないぞ。

 電撃を身体にまとって瞬間移動レベルの速度で横に並ぶ美空。自らを電気と一体化するとんでもない速さの移動は気を抜けば見失う。


「このっ!」

「おっそい!」

「んぅぐっ!」


 もちろん、攻撃なんて当たらない。何度ガイアロッドを振っても空を切り、その隙をついて手の抜かれた打撃を貰う。

 身体が一瞬麻痺すると、そこから数打殴られる。防御すらままならない。

 ふらつきながらクリスタルを二つ増やし、天と地に放つ。


「【ラグーンロック】」


 さくらの捕縛魔法。岩の竜巻を発生させた。しかし、その中に囚われたはずの美空には一撃も当たらない。避けてすらいないのだ。磁力を使って全ての軌道を外へ流してしまっている。

 この磁力と高速移動を持って、重い物理特化のあたしを完封していた。最悪の相性だと思われていた雷と岩は、丸々ひっくり返ったのだ。


「だから、物理なんて効かないのよ。だからさくらとイブの魔力を貰えばって言ったのに。ガッカリさせないでよ」

「…………はぁ」


 もう少し、手の届かない師匠でいたかった。

 ガイアロッドを前に構え、身体の中の魔力を変質させる。衣服が光の粒子となり、別の形へと切り替わる。


「やっと変身したわね。あかり」

「あかり『さん』だろ」

「尊敬出来ない人には敬称は使わないの。いまのあたしに勝ってから言ってちょうだい」

「そんなこと言って、自分のこと『あたし』って呼んじゃってさ、あたしの真似してんじゃないのか?」

「そそそそんなことないから!!」


 可愛いところは、あるんだけどなぁ。

 魔力が爆発的に上がったことで、多少は攻撃も通るかもしれない。まずは試しに色々使ってみるか。


「【サテライト・スクワッド】」


 十字を切る二つのクリスタル。それを四組自身の周りを旋回させる。さくらとの戦いでは通じなかったカウンタークリスタルだが、これはそもそも質が違う。

 遠く離れ効果を探る美空は、慎重に電撃を操り細い細い矢を生み出す。隙間を狙うつもりだ。指でボウガンのような形を作り、よく狙いを絞る。


「ここ!」


 しかし、そんな目で追える小魔法でコイツは抜けない。


「ぐぅう!」


 放った魔法は、そのまま美空に跳ね返った。

 あたしの魔力を帯びた電撃は中和することが出来ず、雷使いなのに電撃を食らう。さすがに初めての体験だったのか硬直時間が長い。

 攻撃するなら今しかない。


「お返しだ!!」

「っ!!」


 ゲートで距離を詰めてからの腹パン。


「もういっちょ!」

「んぃいい!」


 気合いで体を動かした美空は既のところで電撃と一体化。背骨を狙った肘打ちは空を切る。

 初めてダメージが通ったことで、少し勝機が見えてきた。予想外なことや攻撃を受けた瞬間なら、物理もしっかり入る。それに、美空自体の耐久は他より大きく劣っているようで、魔力を込めた腹パンだけで大ダメージを受けていた。


「やっっってくれたわね!!!!」

「………………」


 怒りに身を任せて大量の魔力を放出している。こういうところはまだ子供か、長期戦に持ち込めば魔力切れでこちらの勝ちだろう。冷静さを欠けば戦場では死に繋がると言ってなかっただろうか。

 美空の魔力は一度空に散ると、それを再び目の前へ集め圧縮していく。


「その魔法! 魔法も物理もそのまま跳ね返す感じね! でも、許容量はあまり高くないみたいだからデカい一撃で壊れるんじゃない!?」


 めっちゃ冷静に分析してるじゃないか! そんな一発でバレるものじゃないんだぞ!

 ご名答。物理だけでなく魔法も反射することでどうしても許容量が低くなってしまった魔法だ。凄まじい目の良さと推測。

 それにしても……。


「くらぇえええええ!!!!」


 推測だけで、普通は返ってくるかもしれないのに全力で撃てるもんなのか!?!?

 雷で出来た大斧を躊躇なく横一線に振るう美空に狂人のような恐怖を感じながらも、【サテライト・スクワッド】を解除して【スリルドライブ】に切り替える。どうにか回避に成功したが、雷斧の影から飛び出してきた美空にまたもや数発殴られてしまった。


「正解かしら?」

「ほんと可愛げがないな!」


 腕を振って美空を遠ざける。変身前にダメージを受け過ぎてこれ以上はまずい。


「【バトルフォーミュラ・オリオン】」


 ガイアロッドを身体の中に吸収し、チャクラムの形へ変形させ装備する。


「それ、イブの時に見たわ。あかりの神器は随分機能が多いのね」

「……この状態は手加減が難しいから、直撃は食らうなよ。半端な魔力なら死ぬぞ」

「手加減されてるのはどっちかしらね。まぁ、やっと本気を出してくれるのは嬉しいけど」


 正直、模擬戦で消滅魔法を使うのは大人気ないと思う。身内からの目も冷やかだ。


「あかり……」

「地走ぃ……」


 仕方ないだろ。美空は強過ぎるんだから多少本気出さないと訓練にならないんだ。


「その輪っか、結局は物理攻撃を高めてるんでしょ? そもそもあたしに近づけなければ意味無いのよ」

「別に追い付く必要はないんだよ。いいからさっさとかかってこい」

「む……」


 イラついた美空は目にも止まらぬ速さで雷を繰り出す。その全てがあたしに吸い込まれるように軌道を変え、結果四方八方から囲むように襲いかかってきた。

 しかし、それは触れる前に消滅する。


「…………」


 探るように、美空は何度も同じような攻撃を放つ。軌道を変え、威力を変え、調整し尽くされた雷撃はあたしを包んでは消えていく。


「円形……ではないわね。でも、身体の数センチ外側にバリアのようなものが張り巡らされている」

「言ってなかったけど、これは消滅魔法って奴だ。今のお前じゃ破れないかもな」

「消……滅?」


 新しいワードに頭を巡らせる。色んな推測や仕組みを考えているのかもしれないが、こればっかりは力の世界だ。単純な高威力でぶつかるしか対抗手段はない。


「一点、二点、三点……」

「……?」

「……七点、八点」

「新技か」


 八つの雷の玉が美空の周囲に現れ、ゆっくりと一列に並んでいく。そして、並び終えた頃には全ての形が槍の刃先のように鋭く尖っていた。

 さらに、美空の手には巨大な九つ目の雷撃が握られていた。


「あ……受け、られるかこれ?」

「【九天雷光弾】!!」


 美空は握っていた九つ目を殴り付けるように放つと、先に出ていた八つの雷を突き破っていった。いや、飲み込んでいる。一つ飲み込みごとに威力を格段に上げる逆ロケット噴射のような魔法。九つが全て一つなった頃、それはあたしの横を掠め全てを置き去りにした。


「貫いた……」


 七海の声に我に返る。服の端が焦げ千切れ、消滅魔法の防壁が敗れた事を理解した。

なんてパワー。なんて速度。チャクラムに纏っている消滅魔法より薄いにしても、つまり、武器で受けなければ防御不可と証明された。

 この状態でも、まだ足りないのか。


「……………………はぁ」


 もう、早く終わらせよう。


「【バトルフォーミュラ・アポカリプス】」


 静かに、奥の手を発動させた。

 空を飛ぶ美空は驚愕する。フィールドの地面全てから鋭い岩が次々に舞い上がり、空中には無数の小型ゲートが出現した。

 その岩に含まれた【スリルドライブ】の速度成分と消滅の魔力が見えてしまっているのか、自分に降り掛かる攻撃を予想して血の気が引いている。


「ま……参った」


 魔法が起動した瞬間、美空は手を挙げて降参した。あたしは美空の鼻先まで迫った岩を止め、変身を解いた。


「賢くて助かる。あー疲れた」


 地面を元に戻し、みんなのところに戻る。続いて、地に降り立った美空も変身を解いてとぼとぼと歩いてきた。


「……るい」

「ん?」

「ずるい!!」


 あたしに詰め寄る美空は、涙目に拳を震わせていた。


「あんなの隠していたなんて! ずっと手加減してたんだ! あたしの方が有利に見せといて! 馬鹿にしてた!!」

「おいおい……」

「すごく考えた! 磁力も雷も消す音速の岩を避けながら攻撃できないかって! でもゲートもあるし岩は外れてもまた帰ってくる! あかりがゲートに入ればもうどこにいるかもわからないし! どうやっても勝てなくて……怖くなっ……」


 泣き出してしまった。しゃくりあげながら嗚咽を我慢出来ないほど、今の魔法が怖かったらしい。想像出来てしまったのだろう。【バトルフォーミュラ・アポカリプス】を受けた末路。音速を越える対処不能の岩によりミンチにされた自分を。


「あれだけの繊細で強力な魔力操作が行えるから、あかりは『勝利の女神』『ゲートキーパー』と呼ばれたのよ」


 諭すように美空の頭を撫でる七海。


「成長を見て欲しかったのなら、喜んでいいのよ美空ちゃん」

「うぇ……?」

「だって、あかりがアポカリプスを出したのは魔界の王と戦った時だけ。たった一人で覇王を抑えた究極魔法だもの。それだけあなたが強かったってことよ」

「おいおい、あんまりバラすなよ」

「実際、これが無かったら魔法少女最強はユカでしょ? 自分が一番になった魔法を引き出したんだからもっと褒めてあげなさいよ」


 し、師匠はあたしなのに本物の師匠みたいなこと言いやがる。

 周りから妙な視線を感じ、なんとも居心地の悪い空気になってきた。別に褒めないなんて言ってないのに。


「美空」

「……」

「最後のは良かった」

「……うん」


 くぅ! 七海がだいたい言っちまったからろくな言葉が出てこない。


「地走ぃ、それだけぇ?」

「うるせぇ!」

「じばしり……語彙力、ない」

「お前に言われたかねぇよ!」


 変態姉妹までしゃしゃり出て来て完全にアウェーだった。

 美空が泣き止むまで各々で時間を潰し、一度七海の家に帰ってご飯を食べることになった。

 その道半ば、最後尾のあたしは少し前を歩く美空の背中に言葉を投げる。


「あたし、強ぇだろ」

「…………」

「お前はあたしより強くなれる強くしてやる」

「…………」

「だからそれまでは、守られてろよ」

「…………ん」


 不器用だとわかってる。あたしも、美空も。馬鹿みたいに頑固で意地っ張りな師弟だけど、きっとこれからも変わらない。


「わたしもーつよいっ」

「イブ……前歩いてなさい」


 何故か美空を煽り出した娘には空気の読み方を教えてあげる必要があるな。

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