第4話
「疲れたでござるよぉー」
渓谷の横を歩き続けて、数十分程経ったあたりで、児島が愚痴を漏らす。
「私も疲れたぁー」
小島に続き、白川もそう声を漏らす。確かに普通の女の子なら、そろそろ辛くなってくる頃だろう。
隣で、まだピンピンしている女の子の姿が見えるが…こいつは普通に入らないだろうからな。
「そろそろ休むか」
光城がみんなに指示を出す。
ここに転移してからも、やはり光城がリーダーの役割を担っている。
まぁ、光城以外にリーダーの役割が務まるやつは、ここにはいないだろうな。
ひと休みすると言っても、このゴツゴツした地面に少しの間腰を下ろすだけなのだが、少しは休めるだろう。
「みんな、今のうちに持ち物を持っている人は確認して、何をもってきているのかを教えてくれ」
そう、今、光城が口にしたように、俺達は手ぶらでここに転移してきたわけじゃない。
俺達が転移したのが、登校してすぐの授業が始まる前であったため、まだカバンを棚に直してなかった俺、日野、児島の三人はカバンごと転移したのだ。
とはいっても、俺の持ち物はどうってことない普通のものだ。
「これが俺の持ち物だよ」
そう言って俺は、カバンの中の持ち物を出す。
「水筒、教科書、ノート、筆記用具、弁当か。んー、ここで必要となりそうなのは、水筒と、弁当くらいだろうね」
「拙者は、スルメ、枝豆、焼き鳥、エナジードリンクくらいでござる」
児島ー、お前は何をしに学校に行ってんだー?
「日野は何をもってきたんだよ」
そう言いながら、俺は日野のカバンを覗こうとする。
「ちょ、ちょっと!人のカバンを勝手に覗こうとしてんじゃないわよ!私が持ってきてるのも、星月と同じようなものよ」
「そうか、すまん」
ただ、明らかに動揺してるな…何が入ってるんだ?
日野が、カバンを大事そうに抱えながら、10mほどササササーっと引き下がっていく…
「火憐ちゃんも女の子だから、隠したいものの一つや二つあるんだよー」
そう言うのは隣で俺達の様子を見ていた白川だ。
日野の親友である白川が言うのだから、そうなのだろう。
そろそろ立ち上がって先を急ごうと、光城に言いかけてところで、光城が空を見ながら眉間にシワを寄せていることに気づいた。
「どうしたんだ?」
「あそこに何か見えないか?」
んー、確かに小さな黒い影が見えるけど…ん?だんだん大きくなってきてないか?
「何かがこっちに来るぞ!」
光城がみんなに聞こえる声で叫ぶが、既に遅かった。
"それ"は、俺達の頭上で一周ぐるりと旋回して、10mほど離れた日野の近くに降りた。
鷲の上半身を持ち、下半身はライオン、ゲームなどで出てくるいわゆるグリフォンと呼ばれるそれだ。
大きさは、3メートル程だろうか?
ギャャャャアァァ
グリフォンの甲高い咆哮を聴きながら、俺はここが地球であるという考えを放棄する。
こいつはヤバイ!
本能的に足がグリフォンから遠ざかろうとするが、クラスメイトを見捨てて、一人だけ逃げてはいけない。という理性的な考えがどうにか彷徨を踏みとどまらせる。
少しの期待を持ち、光城の方を見てみるが、ダメだ手足が震えていて、今にも膝から、崩れ落ちそうになっている。
他の奴らも、青白い顔をしながら日野の方へ歩いていくグリフォンをただ、恐怖でいっぱいの目で眺めているだけだ。
俺がどうにかするしかない!
「日野!そこから早く逃げろ!」
これまでの人生で一度たりとも出してないであろう声量で日野に叫ぶ。
「いゃ…こっち来ないで!いゃゃゃー」
パニックになっている日野に、俺の声は届かない。
グリフォンと日野との距離はあと5mほどだろうか。
――――助けなきゃ。
そこからの俺は、何も考えずに無我夢中に走った。
気づけば足の震えも止まっていた。
冷静になった頭で、どうしたら日野を助けられるのかを一瞬の間に、幾度となく考えを巡らせ、答えを探す。
「もう、これしかない」
グリフォンに向かって走りながら、俺は前かがみになり、さらに速度を加速する。
「いっけぇぇぇぇー」
彷徨の渾身のタックルは、グリフォンの脇腹を捉え、そのままグリフォンと共に倒れ込む。
「日野!ほら、早く!今のうちに逃げろ!」
先程よりも、さらに声量を大きくして叫ぶ。
日野もその鬼気迫る声で名前を呼ばれて、冷静さを取り戻したのか他のみんながいる方向へと走っていく。
よし、これなら行ける!
後は、俺が逃げるだけだ!
ギャャャャアァァ
そして、彷徨が逃げようと、走り出した三秒後、そんな考えを嘲笑うかのような先程よりも大きく、甲高くなった咆哮が鳴り響くと同時に、グリフォンが体を起こし、怨敵を探して……彷徨を見つける。その目に憤怒が宿っているように見えるのは間違いではないだろう。
ダメだ。さっきのタックルのダメージがほとんど無い。このままじゃ、俺達みんな、あのグリフォンに食べられるだろう。
守らないと。
何故、そう思ったのかはわからない。
ただ、ここに転移してからまだ、数十分しか経っていないが、教室にいた頃よりも俺と、みんなとの距離が縮まったように俺は感じたのだ。
もう、俺にとってみんなは、ただの他人じゃない。
そう思えば思うほど、だんだんみんなの方へ向かう足が止まっていく。
気づけば俺はグリフォンの方へと向き直っていた。
「何をしているんだ星月!」
「ダメよ!早く戻ってきて!」
「ダメェェェェェェ!」
「ダメでござるー!」
「それ以上はダメです!こっちに戻ってきて、一緒に逃げるんですよ!」
遠くで、みんなが叫ぶ声が聞こえる。最後にみんなだけでも助けないとな。
グリフォンはそんな声に構うことなく、再度大きな咆哮を上げて、俺に向かって突進してくる。
まだだ、まだ引き寄せろ。
グリフォンが俺に衝突するギリギリで俺は右に体を逸らして、攻撃を避ける。
その時、泣き顔を浮かべたみんなが俺を助けようと、俺がいる方へ走ってきているのが見えた。
ッ、馬鹿だなホントに……
そう彷徨は泣き笑いを浮かべながら、心の中で囁く。
最後に、俺をこんなに心配してくれている友達に
――そして、俺は持てる最大の力を振り絞って、グリフォンの尻尾を掴み奈落とも呼べる深く暗い渓谷へと落ちて行った。
これが、これから味わう地獄の始まりとも知らずに…
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