俺の転移した手のひらサイズの小さな世界

白人くん

第1話

  目の前に立ちはだかる大きな熊のような獣。 熊と言っても、手は四本生えており、毛の色は黒みがかった赤色。


 図書室にあった図鑑で見たサーベルタイガーのような大きな牙を持っている獣を見て、星月彷徨ほしづきかなたは、恐怖に歪んだ表情で、自分の体が二つに引きちぎられる未来を想像する。


  彷徨は現在、自分の二倍はあろうかという獣に、一対一で対峙している所である。


  いや対峙と言うには些か一方的すぎではあるのだが…


「…あぁ」

 

  恐怖のあまり、かすれた声を出した瞬間、四本のうちの二本の手が、彷徨の頭を目掛けて振り下ろされる。


  その刹那に、人生の終わりを察しながら、走馬灯を見た。



  どこにでもいる男子高校生の自分が、だれもが思う夢と希望が詰まったファンタジーと呼ぶには程遠い、現在進行形で味わっている恐怖までの経緯を。








────────────────────












いつもと変わらない時間に起き

いつもと変わらない教室で授業を受け

いつもと変わらない時間に寝る。


  高校生の星月彷徨は、そんな繰り返しの日々に退屈していた。


「おはよう」と言う声が飛び交う教室。 彷徨は気だるそうに、いつもの定位置である教室の片隅に行く。


  飛び交うすべての言葉は、彷徨に向けられたものではない。


――そう、彼は俗に言うボッチだ。


  小さいの頃の彷徨には、親友と呼べる友達がいたらしい・・・中学校に上がってからも、親友とは行かないもののそれなりに友達はいたのだ。


  高校でのボッチ生活が決定ずけられるきっかけとなったのは、高校初日の休み時間での事だ。



  高校での初日の授業が終わり、休み時間が始まる。


  教室では、何やらクラスメイトが自己紹介や、特技を披露したりしている。


  そんな中、俺も声をかけられた。


「初めまして、僕は、光城輝こうじょうてるこれから宜しく」


「俺は 星月彷徨よろしくな」


(よし、初めの挨拶は上手くいった)


「そうか、星月はなにか特技とかはあるのか?」


「そうだなぁー」


(ここでの特技なしの返事は無いな、面白くないやつだと思われる)


  そんなことを考えながら、彷徨が考え抜いてやっと出た特技が、子供の頃から癖でやっていたものだった。


「飴を高く投げて百発百中で食べられるくらいの事しか…」


「丁度いい!僕、さっきそこで飴を貰ったんだ。やって見せてくれよ」


 これが俺のこれから始まる高校生活でする最後のまともな会話だとは今は、全く思ってもいなかった…


(ここで失敗は許されない、クラスの半数が俺を見ている)


  そして、彷徨は飴を高く投げる。 飴は天井をめがけ飛んでいき、彷徨の口元へと落下する。







――カァーン






  甲高い音を奏でながら、咥えようとした飴と、俺の前歯が宙を舞い、床に落ちる。


 クラスメイトは引きつった顔。


 俺はその日、大切な前歯と、心に大怪我を負った。


 その日から、後者の怪我を治すのに一週間の自宅療養を必要とした。




  一週間後の教室は、同じ趣味や、同じ部活をきっかけにしたグループが出来上がっており、すでに彷徨と、クラスメイトとの間には、超えるに難い溝ができていた。


  今思えば、笑い話にしてしまえば良かったと思いはするものの、当時の彷徨にとってその失敗を笑って話せるほど小さくはなかった。


 顔立ちはいい方で、何事もなく育ってきた彷徨にとって、その小さな失敗は、当時の彼のプライドを大きく傷つけた。


  そのような理由もあり、誰とも必要以上に話さない学校生活が続いた。 そこから彷徨のボッチ生活が始まったのだ。


 今となってはそんな失敗も小さなことだとは思えるのだが、クラスとはなにか用件がないと話せない気まずい雰囲気ができてしまっている。





  今日も彷徨は、窓側の一番前のいつもの定位置で突っ伏していた。


 授業が始まるまで時間があるからか、教室はクラスメイトの話し声でいっぱいだ。


  誰とも会話をしないが故に、クラスの会話は、いつも勝手に耳に入ってくる。


「なぁ、輝は今回のテストどうだったんだ?」


「私も知りたい!」


「僕はいつもどうりかな」


「なんだよ、じゃー、また満点かー」


  教卓の前で、複数の生徒の中心となり、それとない会話をしているこの人物が、光城輝。


  このクラスの委員長をしており、容姿端麗、成績優秀、スポーツ万能の完璧超人だ。


  サラサラで、目元にかかるくらいの長さの茶髪に優しげな目、誰にでも優しい性格をしておりクラスの皆んなに尊敬されている。


光城とは入学して初日に喋ったっきり、光城の方は俺と喋ったことすら忘れてるのではないだろうか。 初日には分からなかったが、何でもこなせるなかなか凄いやつだ。




「火憐はすごいなぁー、今年も全国大会の優勝は確実だね」


「当たり前よ!女子の部で私の敵はいないわ、男子の優勝者もボコボコにするんだから!」


「もぉ、火憐はすぐ男の子と張り合おうとするんだからぁ」


 そして、俺の後ろで喋っている女子生徒2人組が、日野火憐ひのかれんと、白川蒼美しらかわあみだ。


  2人は対照的で、日野の方は長い黒髪を後ろでポニーテールにしていて、鋭い目つきではあるものの、その奥には優しさも感じられ、凛とした雰囲気は、侍を彷彿とさせる。事実、剣道部のキャプテンでもあり、昨年の全国大会での優勝も果たしているバリバリのスポーツマンだ。


  よく剣道部の男子部員が、ボコボコにされるという噂を聞くが、犯人は日野で間違いないだろう。


  その男子部員がボコボコにされながらも、顔を赤らめながら嬉しそうな顔で変な声を漏らすという別の噂は……どーでもいいな。


  一方の、白川は、やや茶色がかった髪を肩に着くか着かないか程度に、短く切りそろえており、おっとりとした目つきに反さず、マイペースな性格をしている。


 そして、出るべきところは、しっかりと出ていて、男子生徒の視線をいつも釘漬けにする


  彷徨も例外では無いのだが…


  まぁ、それは置いといてだ。 この二人はクラスでも注目を浴びる美人二人組なのだ。


  そうこう、考えている間に、チャイムが鳴って、授業が開始されようとしていた。









――そして、それが起こる。



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