第5話

 日曜日。この日は流石の技術四班も休日で、誠は心地良い日光を身に浴びながら、のんびりと街を散歩していた。

 恐らくだが、そろそろまた怪人達が攻撃を仕掛けてくる頃だろうな、と思う。そしてまた、五日間で全てを復興するというトチ狂った仕事が始まるのだ。

 そう考えると、いまいちのんびりし切れない。本屋で立ち読みをしても、カフェで最近流行りのサンドイッチとコーヒーを味わっても、どこか緊張してしまう。

 もう、家に帰って寝てしまおうか。夢の中で散歩をしていた方が、余計な事を考えずに済みそうだ。だが、もしも仕事の夢を見てしまったら、それこそ逃げ場が無い。

 帰ろうか、別の気分転換を試みようか。決めかねた誠は、服屋のショーウィンドウの前でフリーズし、考え込んでしまった。そうした状態で、五分も経った頃だろうか。

「あれ、初瀬さん?」

 突如背後から声をかけられ、誠はハッと振り返った。その声に、誠は聞き覚えがある。……いや、覚えがあるどころか、叶うならばもっと頻繁に、いつでも聞いていたいと思っている声だ。

 ベージュのロングパンツに、薄桃色のカーディガン。そして、ダークブラウンに染めた腰まであるロングヘアをハーフアップにしている大人の女性。

 世良桃子が、そこにいた。今まで誠がショーウィンドウを見ていた店の中にいたのか、店のロゴマークが刻印された紙袋を持っている。そう言えばこの店は、メンズとレディース、どちらの服も揃えている店であったか。

「あ、世良さん! ……その……世良さんも今日は休み、ですか……?」

 訊いてから、誠は「しまった」と内心悔やんだ。敵の襲来にそれなりにパターンがあるため、戦士達も含めあの組織は比較的休みが安定しているのだ。

 基本は月曜日から金曜日が出勤で、戦士達はそこでトレーニング。残務があれば土曜日も働き、技術四班に限って言えば日曜日に働く者はほとんどいない。その辺りで戦闘が起こり、いつものパターンで街が破壊され、そして月曜日に戻る。

 因みに、基本休みであるはずの土日でも、毎週二人は休日出勤をして非常事態に備えている。休日出勤は決まった順番で数ヶ月おきに回ってくるが、代わりに次の週はどこかで代休が取れる。

 今日は日曜日。何事も起こらなければ、休日出勤組以外は全員休日のはずだ。それなのに「今日は休みですか」は無いだろう。

 頭を抱える誠に首を傾げてから、世良は話題を探すように問いかけてきた。

「初瀬さんも買い物?」

「あ、はい……あ、いえその……買い物と言うか、散歩と言うか……」

 心の中で、誠は己を罵った。この馬鹿! ここで上手い言葉を返せば会話が弾んで仲良くなれるかもしれないのに、今の返答じゃここで会話終了じゃないか!

 案の定、世良は「そっかー」と呟いたまま、次の話題に繋げられずにいる。誠は今この時ほど、自分を殴りたいと思った事は無い。

「えぇっと……散歩って事は、これから時間あったりする? それとも、この後何か別の用事があったりするのかしら?」

 何と、世良が懸命に話題を繋いでくれた。彼女から後光が差して見える。

「いえ、本当に目的も無くぶらぶらしてただけで! 特にやる事も無いから、もう帰って昼寝でもしようかと考えてたところで!」

 他に何か言いようは無かったのだろうか。これではせっかくの休日にやる事が無い、一緒に遊ぶ友人もいない寂しい人に思われたのではないだろうか。

 言った傍から後悔してぐるぐると余計な事を考え続ける誠に、世良は「じゃあ……」と言葉を続けた。

「良かったら、一緒に行動しない? 買い物もお茶も、誰かと一緒の方が楽しいし。それに、たまには他部署の人と親交を深めないとね」

 いつも迷惑をかけてるお詫びに奢るわよ、と言われて、誠はぶんぶんと勢いよく首を縦横に振った。

「そんな! 迷惑だなんてちっとも思ってないですよ! 世良さん達は街の平和を守るために戦ってるんですから、仕方が無い事です! ……あ、その……お茶は、是非ご一緒させてください!」

 勢いよく一息で言い切り、言い終わったところでぜぇはぁと荒い呼吸をした。そして、お茶や買い物に誘って貰えた事、それを受ける事ができた自分に、思わず密かにガッツポーズをせずにはいられない。

 その様子に世良は軽く首を傾げ、それからくすりと笑った。しっかり者の印象がある世良だが、笑った顔は少し子どもっぽくて可愛いな、と誠は思わず見惚れる。

「じゃあ、まずはお茶に行きましょうか。初瀬さん、どこか希望のお店とかある?」

「いえ、僕はどこでも……。世良さんの行きたいお店に行きましょう!」

 言い切ってから、誠はまたしても内心で己を罵った。ここは自分で良い店をチョイスして、エスコートするところだろう! 何で店選びを女性に丸投げしてるんだ!

 しかし、己を罵倒したところで言ってしまった発言を無かった事にはできない。ついでに言うと、誠は女性が好みそうな小洒落た店など全く知らない。どの道、己を罵倒する事になりそうだ。

 だが、幸いな事に世良はそんな事を気にするタイプではなかったようだ。あっさりと「そう?」と言うと、いくつか店名とお勧めのメニュー名を紹介し始めた。スマートフォンを取り出し、ホームページを表示してはこのお茶はこんな味がして面白い、ここのサンドイッチはこんな具が入っていて美味しいと解説してくれる。

 紹介してくれる料理の写真はどれも綺麗で美味しそうだし、お勧めのメニューを懸命に紹介する世良の様子はとても可愛い。お茶を飲めなくても良い。今のこの時間が、ずっとずっと続いてくれないだろうか。

 だが、そんな誠の願いをあざ笑うかのように。

 突如、爆発音が辺りに響いた。次いで、大きく地面が震える。悲鳴が一瞬でその地を満たす。

「……来ちゃった」

 呪わしげに、誠は呟いた。心のどこかで、覚悟はしていた筈だ。何しろ、今日は誠達の仕事が発生しやすい、〝暗黒の日曜日〟なのだから。

「ごめん、初瀬さん! お茶の約束は、また今度で!」

 弾かれたように世良が駆け出し、そう誠に声をかけた。異存など出せるはずが無い。世良には、街の――延いてはこの国の、否世界の平和を守る義務があるのだから。高々技術者の一人である誠のささやかな願いのために、引き留めるわけにはいかない。

「仕方がありませんよ! 頑張ってください!」

 大きく声を張り上げると、もう随分と遠くまで走っていってしまった世良が片腕を上げて応えてくれた。

 充分だ。これだけで、充分だ。そう、誠は気持ちを切り替える。そして、自分はすぐに復旧に出動できるよう待機しようと、踵を返す。その時、周りで不安がる人々の声が耳を掠めた。

「また家を壊されるのかなぁ……」

「直してもらえるって言っても、嫌だよなぁ。いつになったら安心して暮らせるようになるんだか」

「そりゃまぁ、嫌なら最初っからそこに住むなって話ではあるけどさ」

「うちは先祖代々あそこに住んでるんだよ。引っ越せるわけがない」

 ごくりと、誠は唾を飲み込んだ。

 ここにいる人達は皆、住む場所を壊されるかもしれないという不安や恐怖と戦っている人達だ。この人達の生活が自分にかかっていると思うと、自然と緊張感が高まる。

 そして、もう一つ。もし今ここで、誠が関係者だと知れたら……非常に面倒な事になりそうだ。「我が家を優先的に直してくれ」だの、「逆行スピードをもっと上げられないのか」だの、好き勝手な事を一方的に言われまくるであろう事は想像に難くない。

 気持ちはわかるが、これ以上はどうしようもない。何か言われたところで、何もできないのが現状だ。

 先ほど、世良と大きな声で会話していたのを誰かに聞かれていないだろうか。聞かれていたら、所属がバレるかもしれない。

 聞かれていなかったとしても、急いでこの場を離れると、目立つのではないか? そう思われて、誠は歩くスピードを緩めた。そうしてゆっくりと歩くと、自然に周りの声もどんどん耳に入ってくる。

「今の戦隊も長いよなぁ」

「もう何年だっけ?」

「七年……いや、八年かな?」

「戦士もさぁ、初期に比べて大分入れ替わったよね」

 そう、戦隊名は十年前後は変わらないままだが、戦士は時々入れ替わっている。理由は、高齢化、病気や怪我、メンタル的な限界など様々だ。今レッドを担っている中花は、たしか三人目のレッドだったように思う。

「いつになったら敵組織を壊滅できるんだよ?」

「今回もまた駄目なまま、新戦隊と交代するのかなぁ? 今の戦隊、今までと比べたら、割と良い線いってると思うけど」

 人々の勝手な言葉を聞きながら、誠はゆっくりと……しかしできる限り早くこの場を離れようと足を動かす。だが。

「そう言えば、噂で聞いたんだけどさー」

 その後の言葉が耳に入ってきた時、誠は思わず足を止めた。

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