第8話 第四章 告白、そして別れ

 約一週間ぶりに倉橋さんと会う事が出来たあの時の僕は、祐介にはとりあえずありのままを説明してそのうち学校に来るはずの倉橋さん本人に詳しく説明してもらえばいいじゃないか、と思っていた。再びあの家に行って祐介と倉橋さんに話をさせるような気にはなれなかったし、僕自身が倉橋さんと会って話をした事でどこか解決した気になっていた。お母さんを説得出来た事もそんな気分に拍車をかけたのかもしれない。

 倉橋さんはあの後どんな風に怒られ、母親と何を話したのかはわからない。だけど今なら大体の予想はついてしまうので、その事を考えると酷い後悔の念に襲われる。どうせならあの時もっと彼女と話しておけばよかった、そうでないなら彼女の元へ会いに行ったりしなければよかった。今はそんな風に思う。



 次の日、昼休みになって僕は昨日の出来事の報告していた。目の前には祐介、その隣には岡本さんがいる。

 五分程かけて出来るだけ丁寧に説明した。もちろんお母さんとのやり取りは話すわけがない。ほとんど個人的な話になるからだ。

 大方の詳細を伝える事が出来たつもりだったが、話し終わって祐介の顔を見るとあまり納得出来てないようだった。昨日の公園からの帰り際に僕が予想した通りの反応だ。

「えーと、簡単にまとめるとだな、岡本さんを庇って倉橋さんは犯人だって名乗り出たって事だな?」

「まあ、一応…そういう事になる」

 視界の右側に映る岡本さんに配慮しながらゆっくり言葉を選んで返事をする。

「それで、岡本さんは日曜に倉橋さんに会いに行ったんだよな。なんで言ってくれなかったんだよ」

「ごめんなさい、ちょっと私からは話しづらかったから…。日曜日に会った時、詩織ちゃんは今週には来られるって言ってたから直接二人にも話してもらえばいいって思ってたの」

「今週?倉橋さんがそう言ってたの?」

「そうよ」

 昨日、彼女は僕に来週には学校に行けるようになると言っていた。それなのに岡本さんには今週には来られると言っていたのは、予想していたよりも母親との喧嘩が長引いているという事だろうか。

「まあ、本当は今週には来られるようになる予定だったけど、ちょっと状況が変わったってとこだろうな。それについては新しい方の大志の情報を信じるしかねえよ。それより俺らはどうするべきかだ。今週には来られないってわかったんだから、俺らに出来る事を探さなくちゃいけねぇ。岡本さん、倉橋さんに謝った時の彼女はどんな感じだった?」

「どうって、意外とあっさり許してくれた気がするわ。でも言葉ではそう言っていても本心はどうなのかしら。自分で思い返しても本当に酷い事をしたと思うから、そんな簡単に立ち直れるとも思えないし、彼女の性格からしたら我慢してるだけって事もあるかもしれないわ」

 岡本さんはそのように考えているらしいが、実際のところ、倉橋さんは自分が岡本さんを許して今までのように接する事で全てが丸く収まるという節の事を僕に言っていた。彼女の我慢によって全てを解決しようとしているのだ。

 しかしその事は二人には伝えてない。昨日の僕は倉橋さんに言いくるめられていて、自分が我慢するという倉橋さんのその判断が悪い事ではないと思ってしまっていたし、僕の言葉で二人にしっかり説明出来るとも思っていなかった。それに最終的には彼女が学校に来て自分の口で話すだろうと考えていた。岡本さんが同じ事を考えていた結果、予想外れに終わってしまっていた事にも気づかずに。

「そうなるとあんまりゆっくり待ってもいられないかもしれねぇな。とりあえず来週になったら来る事を信じて今週どうするか決めようぜ」

「そうだね。昨日僕は倉橋さんになるべく学校内でのイメージを良くしておくって言ったんだけど」

「イメージを良くするってどうするんだよ。彼女は真犯人ではありませんってみんなに言って回るのか?」

「そんな事は出来ないけど…」

 そう言われるとどうすればいいんだろう。特に何も考えてなかった。

 それともう一つ気になる事ができた。祐介はもう少し岡本さんに気を遣うべきなんじゃないのか?いくら彼女があんな事した犯人だからって、本人の前で犯人がどうとか言うのはあまり良くないと思う。なんか、岡本さんも下を向いたままさっきから不機嫌そうな顔してるように見えるけど。

 僕があれこれについてどうしようと考えていると、意外にも岡本さんが提案を持ち出してきた。

「あの、とりあえずみんながどう思ってるのか確認するべきじゃない?イメージが悪くなってるって決めつけているけど、詩織ちゃんの事だから案外みんな悪く思ってないかもしれないわよ」

 僕と祐介は顔を見合わせる。そんな可能性は全く考えてなかった。

「もしかしたらそれあるかもなぁ。倉橋さん大分人気だったし、結構おもしろい考えかもしれないぞ。なんなら、また俺が聞き込みしてみようか?」

「うーん、そうだね。とりあえず今日明日くらいはそれを確認してからどうするか決めよう。てか、やっぱり岡本さんは頭良くなったよね」

「ちょっと、良くなったってどういう意味よ」

「いや、前の岡本さんは正直言うとちょっと馬鹿っぽいなって思ってたんだ。みんなとギャーギャー騒いであんまり勉強してるイメージも無かったしさ」

 そう僕が理由を述べると、岡本さんの足が僕のすねに飛んできた。足に激痛が走る。

「うっさいわね。余計なお世話よ」

「でも俺もそう思うよ。俺、今の岡本さんの方が好きだぜ」

「なっ…」

 見る見るうちに岡本さんの顔が赤くなっていく。この前見たのと同じ顔だ。まったく、祐介と僕での対応の仕方が違い過ぎる。祐介の事を好きなのであろうから当然な事だと言えるのだけど、少し悔しいのでさっきのは照れ隠しなんだと思ってやる事にした。

「どうしたんだよ岡本さん。なんか顔が赤いぜ」

 岡本さんの反応の意味に全く気づいてない祐介はそんな事を聞いてる。彼がこの調子では、二人には何も進展なく終わりそうな気がする。

「…なんでもない」

「そうか?ならいいや。じゃあ俺は今から聞き込み行ってくるわ。そんでとりあえず放課後にも聞き込んで明日報告するわ。それでいい?」

「うん。僕たちも友達とかに聞いてみるよ。頑張って」

「おう。じゃっ」

 祐介は大股で意気揚々と教室を出て行った。あいつは何をするにも楽しそうだ。ストレスフリーな人生を送っているように思える。羨ましい限りだ。

 先程蹴られた脛の様子を確認する。多少赤くなってはいるが痣とかはできてないようだ。祐介の事をもっと気を遣うべきだとか言ったけど、僕も大概だなと思う。男子諸君はデリカシーのパラメータを上げるべきかもしれない。

「それじゃあ僕も戻るよ」

 このまま岡本さんと二人で教室に残って話をするのは避けたかったので、祐介に続くように僕も早々に席を立とうとした。

「ちょっと待ってよ。あなたに話があるの」

「えっ?」

 予想外の引き止めについ変な声が出てしまう。

「でもここで話すのはちょっと嫌だから中庭に行きましょう」

「はあ、別にいいですけど」

 なぜか敬語で答えてしまった。

 その返事を聞くと岡本さんは立ち上がり、なるべく僕と歩いてるのを人に気づかれないように少し先を歩きながら中庭へと向かった。

 中庭に着くと僕はベンチに座ったが彼女は立ったまま話を始めた。

「ちょっと祐介くんの事で相談があるんだけどね」

 最近、岡本さんは田中くんから祐介くんへと呼び方を変えてきている。おそらくは祐介が余計な事を言ってしまったあの日からだろうか。

「その、ちょっと気になると言うか。ほら、私あの人の事全然知らないじゃない。こんな形だけど友達になったんだから、これも何かの縁だと思って友達としてもう少し知りたいなと思うのね。例えば好きな物とか好きな人とか…」

 やっぱりその事か。祐介の事と言われた時点である程度察しはついていた。

 でもそれなら僕の事だって全く知らないじゃないか。友達として彼の事をもっと知っておきたいというのは、祐介の事だけを知りたい理由としてはイマイチだな。そんな風に思ったが、持ち合わせの少ないデリカシーを使って口には出さずに留めておいた。

「なんだ、つまりは祐介が好きだから好みのタイプとか知りたいってわけね」

 その瞬間、再び彼女の足が脛に飛んできた。言葉には配慮しきったつもりだったが、どこか足りなかったようだ。

 蹴られたのはさっきと反対側の足で、高さは同じくらいの位置だ。彼女は正確に相手の脛の狙った場所を蹴る訓練でもしているのだろうか。

 悪い事を言ったわけでもないのに激痛を負わされて悶えている僕を無視して、彼女は話を続ける。

「元はと言えばこんな風になる原因を作ったのは私なんだから、そのせいでこうやっていろいろしてくれてる祐介くんには申し訳ないと思ってるのよ。それなのにその人の事を全く知らないってのも悪いし、好きな物くらい知っておいて何かお礼でも出来ればなと思うわけ。だから教えて」

「だったら僕の好きな物も知っておいた方がいいよ。一番貢献してるのは僕だって自信あるし」

「そんなのどうでもいいから早く教えて。あなたさっき何か言ってたけど、もう気づいてるんでしょ」

「え、君が祐介を好きだって事?」

 彼女が足を動かす。少しビビってしまった後、悪魔のような形相で睨みつけられて無駄な意地悪はやめて話す事にした。

「ご、ごめん、ちゃんと教えるよ。祐介の好きな物はわからないけど好きなタイプはなんとなくわかる。髪型は黒髪ロングで、多分だけど性格はおしとやか、それでいて明るさも持ち合わせているって感じの子かな。ちょうど前の岡本さんと今の岡本さんを足して二で割った感じだな」

 決して倉橋さんのような人とは言わなかった。祐介は僕のために倉橋さんを諦めてくれているって思ってたのも理由の一つだが、岡本さんがあの事件を起こした理由を思い出して気を遣ったのが一番大きい。嫉妬心をこれ以上大きくさせるのはマズい。

 ちなみに岡本さんは普段は必ず髪を結んでいるが、下ろしたら黒髪ロングになるはずなので彼女へのフォローにもなっている。

「そ、そうなのね。今までの私と今の私を合わせればいいって感じね」

「二で割るんだよ」

「うん…」

 そう言って岡本さんは黙ってしまった。意外に勝機が見えてきた事でいろいろ思うところがあるのかもしれない。

「あくまでも僕がそうなんじゃないかって思うだけだからね。本人に聞いて確認したわけじゃないから。あ、じゃあ今度本人に聞いておこうか?」

「そうね、そうしてもらえると助かるわ。ついでに好きな物とかも聞いておいてよ」

 そう答えて彼女は中庭に背を向けた。振り返る前に見えた表情には希望が見えてきた事への喜びが含まれていたように見えた。

「そういえばあなたの好きな物はなんなのよ」

「え、僕?」

 先程虫けらのような扱いを受けた僕の好きな物についての話が、虫けら扱いした本人によって蘇る。

「なんで僕の好きな物が知りたいんだよ」

「そりゃ、ま、一応お世話にはなってるし。それによくよく考えたらあなたが私の犯行現場を見つけてくれたおかげで今があるわけじゃない。多少のお礼くらいはしてあげてもいいかなって」

 リアルツンデレを初めて見た。何も無いなら無いでちょっと残念だが、あったらあったで少し恥ずかしい。だいたい女子から何か物をもらうって経験はまだ無いから、倉橋さんより先に岡本さんからもらうのはちょっと嫌な気もする。せっかくツンデレしてくれたところ悪いけど断ってしまおうか。

「しかもさっきからあなた、自分には何も無いのかって顔してるもん。嫌でもあげなくちゃいけない気になるわよ」

「そ、そんな顔してないよ。そんな事言って本当は君が渡したいだけなんだろ」

「あら、そんなに言うならわざわざ渡さなくてもいいのね?」

「うっ」

 そう言われると弱い。彼女を少しでも言い負かそうとしたのだが、結局僕の方が言葉で闘うには弱いので負けてしまうのだ。でも、もしかしたら今回負けてしまったのは、本当は女子から何かもらいたいという憧れが、少なからずとも心のどこかに存在しているからかもしれない。

「…僕の好きなのは猫です」

「そう、最初から正直に言いなさいよ。流石に猫をあげるのは無理だからストラップとかでいいかしら」

「悪いけど猫のストラップは腐るほど家にあるんだ。出来れば他の物にしてもらいたい」

「意外と図々しいわね。それじゃあ適当に何か他の物を考えとくわよ。何になっても文句言わないでよね」

「わかってるわかってる。心から楽しみにしとくよ」

 面倒だけど仕方ない、といった表情で彼女が笑う。その割には楽しそうにも見える。それには祐介が一番大きく影響してるのだろうけど、僕も全く影響してないという事は無いだろう。なんだかんだで幸せな人だ。

 ふと思い返すと、僕らの距離が大幅に縮んでいる事に気づく。こんなにも岡本さんと仲良くなるとは夢にも思わなかった。最初は僕の邪魔するような感じで少し嫌いな方だったし、よく考えたら倉橋さんを苦しめた張本人なわけであるからこんなに仲良くしていてはいけないのかもしれない。

 僕の理性が彼女は自分にとってどんな存在であるのかを再認識させようとしてくる。そいつが思うには彼女は到底仲良くなんて出来る相手ではないらしい。本当はそれが正しいのかもしれない。それでも倉橋さんを通じてできた奇妙な絆が僕たちを繋いでいる。側から見たら歪な関係なのかもしれないが本人たちが良ければそれでいい。僕はそう思ってる。

「それより、ちゃんとお礼もするんだからこれからも私のサポートをよろしく頼むわよ。あなたが詩織ちゃんに気持ちを伝えたら私も気持ちを伝えてみようと思ってるから」

「お礼って言うより買収に近かったんだね。本当に君は傲慢だな。てか、祐介の事そこまで考えてたんだ?想いを伝えたいとかは考えてないと思ってたよ」

「何言ってんのよ。人生一度きりで中学生活なんてそのうちの一瞬なのよ。なるべく後悔はしたくないわ」

「君がそんなにポジティブな人だとは思ってなかったな。正直言うと周りの目を気にして愛想振りまいているような人だと思ってたよ」

 彼女が僕を睨み、本日三度目の蹴りが脛に入る。両足を交互に蹴っているのは彼女のせめてもの思いやりなんだろうか。いや、思いやりがある人がこんな事するわけないか。

「あなたも結構毒づくわね。もっと臆病で弱々しい感じかと思ってたわ」

 その後少し罵り合いを続けたが、最後には二人とも笑い出してしまった。倉橋さん程ではないが一緒にいて中々楽しい女の子だ。

「あーもう、ほんとにおかしいわ。お互い子どもみたいね」

「僕は子どもじゃないよ。君が幼稚なだけで…」

「おっと、そこまで。お互いもう馬鹿にするのは終わりよ。そろそろ教室に戻りましょ。あなたとこんな所にいるのを見られたら私も学校に来られなくなるわ」

「君が言うと不謹慎の極みだね。しかも馬鹿にしてきてるし。言葉には気をつけた方がいいよ」

 そんな事を言いながら中庭を出る。

 最後に明日の祐介の報告を聞く時に僕が何かフォローを入れる約束をして、お互い教室へと戻って行った。なんだか二人には上手くいってほしいと思うようになっていた自分がいた。


「おう、待ってたぞ。お前って意外と来るの遅いんだな」

 翌朝、僕が教室に入ると祐介が僕の席に座っていた。突然の慣れない朝の挨拶に少しだけ戸惑う。

「お、おはようくらい言ったらどうなんだよ。急にいるから教室間違えたのかと思ったよ」

「はは、悪いな。てかお前もう少し早く来た方がいいぜ。早起きは三文の徳って言うだろ」

「余計なお世話。十分前に着いてるんだから充分だろ。それで、聞き込みの結果はどうなった?」

「それがよ、意外とみんないい感じに思ってないらしいんだ」

「まじかよ」

 あれこれ言っても、倉橋さんの事だからみんな普通に受け入れてくれているのではないかと思っていただけに残念な報告だった。彼女の人の良さは他の人にも伝わっているはずなのだが。

「それがよ、自作自演した事に対して怒ってるって感じじゃなくて、倉橋さんはいい人だと思ってたらしいし本気で心配してたから裏切られた気分だって言う奴がたくさんいたんだ」

「裏切られた、ね…。それは何人くらいに聞いたんだよ。昨日の今日でそんなに多くはないんだろ?」

「そうだな、まあざっと四十人くらいかな」

「そんなに!?」

 多くても二十人くらいを予想していた僕は、その二倍にも及ぶ人数に驚きを隠せなかった。彼が聞き込みを出来た期間は昨日の昼休みに少しと放課後から今日の朝、僕が来るまでの間で、放課後にはみんな帰ってしまうし、朝はそんなに時間が無いので四十人という数は異常に思えた。

 やはり彼の人望や社交性の高さは並大抵のものではない。周りなど気にせず、思わず拍手を送りたくなってしまった。

「そんなに驚く程でもないだろ?」

「いや、流石は祐介といったところだよ。で、その四十人のうちの何人がそう思ってたんだよ」

「だいたい四分の三くらいはそんな感じの事を言ってたな。でも片っ端から聞いていったから男女には偏りがある。女子の方は少ないから女子をもっと多く聞き込みした方がいいかもしれない」

「なるほどね。でも男子からは基本的に人気があったはずだから、それでも良く思われてないのはマズいよ。何か対策しなくちゃ」

「そういう事はお前と岡本さんの専門だぜ。俺は探偵の助手だからな」

 まだそんな事を言ってるのか。もう忘れられた設定だと思ってた。その実、僕はすっかり忘れていた。

 探偵の事は置いといて、祐介の口から岡本さんの名前が上がり、僕の頭にある妙案が思い浮かんだ。思わずニヤリとしそうになるのを必死で抑える。

「それじゃ放課後にまた話し合いたいから岡本さんにも報告しといてよ。僕は昼休みにしなくちゃいけない用事があるからさ」

 本当は用事など無かった。昨日言われたフォローの事を思い出したのだ。

「わかった。いつも通り俺の教室に集合でいいな」

「うん。あ、それから関係ない話で悪いんだけどさ、一つ提案があるんだけど」

「提案?いいけど関係ない話なら短く頼む」

「わかった。で、提案というのは岡本さんに、和解して友達になった印に何かプレゼントを渡さないかってものなんだけど。ほら、もしかしたら彼女まだ僕らに遠慮とかあるかもしれないじゃん。犯人と探偵の関係だしね。だからこっちから何かプレゼントをして、お互いに壁がない事を証明出来たらいいなと思うんだけど」

「おお、いいじゃんそれ。絶対岡本さんも喜ぶぜ。全然関係ない話なんかじゃねえよ。お前、倉橋さんの事だけじゃなくて岡本さんの事にまで気を配っていたとは、中々やるじゃねえか」

「そんな事ないよ。それで、岡本さんは何が好きか昼休みに聞いといてくれないかな。欲しくない物渡されてもあんまり効果無いと思うからさ。なんなら今日の放課後にでも二人で買いに行ってきたらいいよ。お金は後から渡すし聞き込みは僕がやっとくから」

「いいのか?発案者はお前だぞ」

「いいよいいよ。なんてったって僕には倉橋さんがいるからさ、他の女の子にプレゼントしてるところなんてのを誰かに見られたくないんだ」

「この野郎、言ってくれるな。まあ確かにそれなら俺が渡した方がいいな。でも放課後に行く事になった場合話し合いはどうする?」

「代わりに帰って連絡してみるよ。それより友達だって事をしっかり自覚してもらうんだよ。これからも仲良くやっていくために必要な事なんだから」

「わかってるって。お前は用事あって来れないって言っとくわ。あ、やべぇ、教室戻らないと。じゃあな」

 やれやれ、上手く話がまとまって良かった。咄嗟に思いついたにしては、二人を結ぶ良いサポートになったのではないか。我ながら良く出来た方だと思う。

 明日また集まった時の岡本さんがどんな顔してるかが見ものだな。今日は二人がどうなるかを想像しながら一日楽しむ事にしよう。


 多くの想像をしながら一日が過ぎ、翌日学校で期待していた岡本さんの表情を見た時、思わず噴き出しそうになってしまった。

 いつも通り昼休みに祐介の元へ集まって話をしようとした時の岡本さんの顔は、とんでもない事をしてくれたと言わんばかりで、怒ったようで嬉しそうな、また恥ずかしさが混ざり合ったような顔をしていた。とりあえず僕の期待通りのしてやられた顔だったと言っておくので、後は好きに想像してくれて構わない。

 集まってから倉橋さんのイメージアップのための作戦会議をしている間ずっとそんな感じの顔をしていた岡本さんは、話が終わるとこれまた予想通り僕に話があると言ってきた。横にいた祐介は昨日のプレゼントのお礼を言うのだと思ったらしく、さっさとどこかに行ってしまった。いい加減岡本さんの事を意識くらいするようになってくれないと僕のフォローも大した効果が得られないように思うのだが。

 この前と同様に岡本さんは僕を中庭に連れて行った。いつの間にか僕たち三人の間には、人に聴かれたくない話をするには中庭、という決まり事ができてしまってる気がする。

 ベンチに座るといきなり岡本さんからの問訊にあう。

「昨日のはどういう事なのよ」

 声は怒りを抑えているような感じだか顔は怒ってない。戸惑いと恥ずかしさが半々で表れている。

「どういうって、中々良かっただろ。あれは咄嗟に思いついた事だったんだけどさ、我ながら最高のフォローを出来たのではないかと思うよ」

「そりゃそうかもしれないけど、いきなりあんな事されても困るわよ。私はもっとゆっくり攻めるつもりだったのに、計画が台無しよ」

「別にいいじゃないか、恋に障害は付き物だよ」

「ばかっ」

 脛を蹴られる。彼女は他の責めかたを知らないのだろうか。しかし、僕も他の痛がり方を知らないようにこの前と同じように悶絶してみせる。

「べ、別にいいじゃないか、悪い事したわけじゃないんだし。で、昨日はどうなったの?」

「どうって、普通に一緒に買い物しただけよ。街の方に行って買い物してさよならって感じ」

「本当にそれだけ?」

「…まあ一応、一緒にクレープ食べたりはしたけど。本当に急な事だったけどそれくらいは臨機応変に対応したわ」

「やっぱ僕のフォローは良かったじゃないか。こうなったら僕へのお礼はグレードアップしてもらわないとね」

「もうあなたには何もあげないわよ。余計な金使ってられないわ」

「…君は悪魔だね。どうやら倉橋さんにあんな事をしたのが本性だったようだ」

 そしてまた蹴りが入る。今回のは言う前から予想はしていた。

「まあおかげで好きな物も聞けたし、それをプレゼントするためにまた今度一緒に買い物しに行く約束も出来たから、卒業までにはなにかお礼をしてあげてもいいわよ」

「いや、結構進展したじゃないか。これなら僕よりも早く君たちの方がくっつきそうだな」

 すると、僕のその言葉に岡本さんが真剣な顔をして悩み始めた。

「どうしたの?」

「いや、私もね、もしかしたらそうなるかもって思ったりしたんだけど、どうも彼から異性として意識されてる気がしないのよ。なんか、全然私の気持ちにも気づいてなさそうだし」

「ああ、その事ね…」

 やはり僕以外の人もそれは感じてるようだ。岡本さんは俯き、深刻な表情になって悩み始めてしまった。その姿を見てると助けてやりたくなる。

 少しの間僕も考えて、多少躊躇いながら彼女が少し傷つくかもしれない自分の考えをぶつける事にした。

「あのさ、ちょっと嫌な事言うかもしれないけど怒らずに聞いてほしいんだ。祐介はさ、ちょっとチャラい奴に見えるかもしれないけど根は真面目なんだ。それは岡本さんもわかってると思う。それで結構悪い事は許せないっていう節があるから、倉橋さんのあの事件の犯人である岡本さんにはどこかこれ以上仲良くなれないって一線引いてるとこがあるかもしれない。そしたら君が祐介と付き合ったりするのは難しいかもしれない」

 僕の話を聞いて岡本さんは一度頷き、少しの沈黙が訪れる。中庭の蝉たちはこんな時に限って鳴いてくれない。

 あまりこの重い空気が続いてほしくないなと思った時、咳払いを一つして彼女が話し始めた。

「たとえ祐介くんがあなたの言う通り私との間に一線引いてるとしても関係ないわ。私はそんな事は気にしない。もう前の最悪な私とは違う、生まれ変わったんだから。昔の事を引きずってたら何も変わらないわ」

 そうやって見せてくれた彼女の強い態度に僕はホッとした。余計な事言ってしまったのではないかと思ってたから、こんな風に強気でいてくれると助かる。

「そっか、僕の杞憂だったね。まあ、そうであって良かったよ。君は強気な方が似合うし。これからもささやかながら応援させてくれ」

「本当にささやかにお願いしたいわ。今度またあんな急な事したら承知しないからね」

 自然と彼女の顔に笑みが溢れる。これを見ているとつられて僕も笑いたくなってきた。

 二秒後、結局我慢出来ず、二人で笑い合って話を切り上げる事にした。

「それじゃ今日話し合った通り、倉橋さんのイメージアップに力を注ぎながら来週彼女が来るのを待とう。彼女が来たら僕も早めに告白出来るように頑張ってみるよ」

「楽しみにしておくわ。いざって時に怖気ついたりしないでよね。それじゃあ」

 岡本さんと別れて午後の授業に入る。国語の授業ではどこかで見たような古典の恋愛物語の問題を解いた。僕にしては珍しくたった一問間違えただけだった。

 そんな事もあって少し浮かれた気分で放課後を迎え学校を出た。ふと周りが暗い事に気がついて空を見上げると、曇天模様という言葉が似合うような空が広がっていた。そろそろ梅雨は終わりに近づいて来ているはずなのに、最後に一雨降らせて夏へバトンパスしようとでも言うのだろうか。

 そんな空を見ながら家に帰っていると急に謎の不安が胸に広がってきた。しばらくして原因に気づく。やはり、倉橋さんの事だ。

 僕たちは今、楽しい時間を過ごしながら彼女が来ると信じて待っているのだが、本当に彼女が学校に来てくれるかはわからない。いや、来られるかがわからない。

 僕が今考える事は祐介と岡本さんについてではなく、倉橋さんの事であるべきなんだという当たり前の事に気づいて気分が沈んできた。どんどん彼女の事が心配になってくる。ああ、倉橋さん。どうか無事に戻ってきてくれ。心からそう願った。

 浮かれ気味であった僕の心を一気に危なっかしい現実へと戻してくる、そんな天気の悪い一日。

 僕の前から倉橋さんがいなくなってしまう少し前の日の事であった。

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