第9話 トイレが繋がった理由

「ところでマダムスギバーの夫というのはどういうかただったのだ? このように広い荘園を夫人に残すということはさぞかし名の知れた領主だったのだろう?」


 皆であぜ道に横一列に並んで腰を下ろしてスイカと麦茶できゅうけいすることになった。スイカをかじっていたら髭モジャがそんなことを質問してきた。


「領主なんて袈裟おおげさなものじゃないと思うぞ。爺ちゃんがこのあたりでやったそれらしい役職といえば小学校の校長先生ぐらいなもんだ」


 それと自治会の会長さんぐらいじゃないかな。ああ、神社のうじこ総代そうだいってのもやってたっけ。


「昔は人をやとって畑や田んぼをたがやしていた地主じぬしだったらしいけど、戦争の後にそういうのはなくなったって言ってたな。だから爺ちゃんの父ちゃんや爺ちゃんは髭モジャが言うような領主に近いことをしていたのかもしれない」


 戦争と聞いて髭モジャは意外そうな顔をした。たしかに意外だよな。私だって爺ちゃんや婆ちゃんが若い頃にこの国が戦争をしていたなんて聞いてもピンとこないんだから。


「戦争で土地を取られたのか? と言うことはこの国は占領されているのか? それにしては平和な様子だが」


 髭モジャはのどかな田んぼの風景を見渡しながら言った。


「馬鹿いえ。日本はれっきとした独立国家だ。それと土地は取り上げられたんじゃないんだ。爺ちゃんの父ちゃんが抜け目のない人でさ、戦争に負けたら買い叩かれるかもしれないってんでさっさと売り払ったらしい。んで爺ちゃんが死んだ時に残っていた田んぼもほとんど売って残っているここだけなんだ。ここと裏庭にある畑は婆ちゃんの趣味みたいなものだな」

「なるほど。色々とあったのだな」

「私にはまったく想像できない時代だったみたいだけどね」


 それからしばらくして皆は再び雑草取りの作業に戻った。しかも今度も髭モジャが一緒だ。他の連中はおそれおおいからこんなことを陛下がなさることはとかなんとか叫んでいたけど、相変わらずマイペースな奴は手下どもの叫びなんて丸っと無視して楽しそうに作業を始めてしまった。


 王様が田んぼ仕事をしているのに手下がジッとしているわけにもいかないってんで、最初は困惑していた連中もしかたなく作業にかかる。そこからは全員が横一列になって再び黙々と草取りをした。


「私にとっても事件だけどこいつらにとってもちょっとした事件だよな、髭モジャの国ではこんなことありえないんだろうし」


 王様が見たこともない異国の服と草履ぞうりをはいて泥だらけになるなんてちょっとした事件どころか大事件だよな。きっと金ぴか宮殿に戻ってそんな話をしても信じてもらえなくて集団で悪夢でも見たんじゃないかって言われそうだ。


「……ちょっと待て、うちの田んぼは悪夢なのか?」


 訂正だ。摩訶不思議まかふしぎな夢を見たんじゃないかって言われそうだ、にしておこう。



+++++



 婆ちゃんちに戻るとトイレの前に目つきの悪いお兄さんが座り込んでいた。もしかして腹でも痛いのか? もれそうだとか?


「そんなところでなにしてるんだ?」

「見ての通りだ」

「分からないから聞いてるんじゃないか」


 だから〝馬鹿かお前〟みたいな顔でこっちを見るのはやめろって。


「スギバー殿がドアの立てつけが悪いと言っていたのでな。外枠の手直しをしているところだ。木造の建物は湿気や建物の重みで変形するからな」

「へえ……」

「なんだ」


 私の返事にイヤそうな顔をしている。


近衛このえと言えば軍人みたいなものだろ? なのにえらく詳しいなと思って」

「覚えたくて覚えたわけではない。あれこれと首を突っ込みたがる陛下に長いことつきあっていたら余計な知識が増えただけだ」

「髭モジャは百姓の知識を蓄え中だ。なんならあんたもあっちに行くか?」

「遠慮しておく」


 きっぱりはっきりそう言うとお兄さんは中断していた外枠の補強を始めた。


「なあ、不思議に思ったんだけどさ」

「なんだ」


 しばらく木を削ったり木槌きづちでたたいているのを見物してから、ずっと気になっていたことを質問してみることにした。


「こっちへの扉、どうやって開いたんだ? ほら、開いたのは髭モジャが変なポーズをした時だけだろ?」


 こーんな感じでとそれらしいポーズをとってみる。


「ああ、そのことか。私が陛下がしていたポーズをなんとなく覚えていたのでな。部下達に何度も鏡の前でやらせて試してみた」

「え、自分がじゃなくて?」

「正直言って恰好かっこうだけで開くものなのか、それとも陛下の外見も関係してくるのか、そもそも陛下本人でないと駄目なのかはっきりしなかったからな」


 つまり髭モジャと同じような年恰好の手下を集めてきて鏡の前であのポーズをさせてみたわけか。なんだか物凄い光景だったろうな。もしかしたらこいつの頭がおかしくなったんじゃないかって思ったヤツもいたかもしれん。


「んで、どうだったんだ?」

「少なくとも上辺うわべが似ていたりあの格好を真似まねしただけでは開かないことははっきりした」

「じゃあどうしたんだよ」

「陛下の叔父上殿に来ていただいた」

「えーと、つまりは髭モジャの血筋が関係していたってことで良いのか?」

「そういうことになるな。ただ血はつながっていても何分ご老体でな、なかなか陛下と同じ格好が再現できず、今回は中途半端な状態で開いてしまったようだった」

「それで無理やりこじ開けたと」


 なるほど。鍵は年恰好ではなく血筋とあのポーズってことか。なかなか奥が深いな。どうしてそれでこんなことが起きるのかまったく理解できないが。


「その叔父さんってのは今どうしてるんだ?」

「万が一我々がこちらに入って陛下を見つけないうちに扉が閉まってしまっては元も子もない。不測の事態に備えてあちらで待機していただいている。まあ本人は堅苦しい生活に戻ることをイヤがっていたが国王の一大事なのだ、しばらくは我慢していただくしかあるまい」

「大変だなあ、あんたも」

「まったくだ」


 今のところはあっちとこっちの世界はつながったままだから髭モジャの叔父さんの出番は無いが。


「だけどなんでうちのトイレなんだろうな。トイレなんてあっちこっちに無数にあるっていうのに」

「分からん。あちらの扉が開くきっかけが陛下のお血筋に関係があるとなると、もしかしたらお前の一族が我が国の王家となんらかのつながりがあるのかもしれん」


 つまりはうちのトイレとつながったのも血筋のせいだということか? 無い無い、うちの御先祖に外国人がいたなんて話聞いたことないぞ。


「まさか。うちは何代もここで百姓をしていた一族だぞ? 外の国から来た人間なんて聞いたことないんだけどな」

「だが始祖しそまでたどれるわけでもなかろう」

「シソ? シソってなんだ」


 なんだそりゃ?って顔をしたらまた〝もの知らずな小娘だな〟って顔をされた。


「つまりはお前の一族の始まりとなった人物だ」

「そこまでさかのぼったらもう他人みたいなうっすい血のつながりじゃないか」

「だが他人から比べれば血縁には変わりはなかろう」

「いやまあそうなんだろうけどさあ……」

「あちらに戻ったら陛下に申し上げて調べてみるつもりだ。我が国から今回のようなことでこちらへ渡った人物がいるのか、それともこっちから我が王国にやって来た人物がいたのか」


 そのあたりを調べたらドアをふさぐ方法が見つかるかもしれないとお兄さんはつけ加えた。


 まあそうだよな、私も髭モジャもそれなりに楽しんでいるけど、いつまでもあっちとこっちがつながっていては後々面倒なことが起きるかもしれん。金ぴか宮殿と無駄な華美なトイレが見られなくなるのは寂しいが、きちんとふさいだほうがお互いのためだ。


「それにだ、陛下がたびたび行方不明になられてはこちらも困る」

「なるほど」


 お兄さんにとっては後の面倒事より髭モジャがこっちにトンズラこくことのほうが問題らしかった。

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