第34話 開き直って試作を作る事にしました
夜更けの厨房で、カシャカシャと金属のぶつかる音と、ジュワワと水分が蒸発する音が響く。
カラリとキツネ色になったらすぐに引き上げないと、折角カイン君が時空魔法使ってくれたアイスが溶けてしまう。
「お皿に入れたらすぐに食べてね。中は氷菓だからすぐに溶けちゃうの」
「では、早速いただかせて貰うとしますね、アデイラ様」
額に浮かんだ汗を拭う間もなく、揚げたてのアイス天ぷらをガイナスに差し出す。隣には衣の確認とサポートでサツマイモを揚げてくれてるリナとカイン君。
現在、明後日に催される焼き芋会で提供する予定の、アイス天ぷらを試作中なのです。勿論サツマイモの天ぷらも。
私はドキドキしながらガイナスの言葉を待つ。だって、ガイナスってば難しい顔で天ぷらに齧り付いてるんだもん。まあ、普通に考えて氷菓を油で揚げるとか狂気の沙汰かもしれないけどね。
正直、今夜の試作を敢行するのを止めようとは思っていたのだ。
だって、兄様からの評価を聞いたものの、私の中のルドルフ様像が私を処刑しようとするから。
確かに物語のアデイラ・ドゥーガンは悪役令嬢にふさわしい少女だった。
両親は亡く、兄様も多忙で不在がちだった為、アデイラはまるで女主人のように高慢に振る舞い、散財を繰り返していた。婚約者のクリスとも政略のせいで表面上の対話を繕い、心なんて一切通わせなかった。そんな自分勝手なアデイラを誰も心から好きだって言ってくれなかった。それは寂しさに拍車をかけ、悪巡を繰り返して、私は断罪されるのだ。
物語はメインのクリスルート。
王道の虐げられたヒロインが、素敵な王子様と結ばれハッピーエンド。
そして、悪事が暴露された
ドゥーガン家も取り潰しかと思いきや、ヒロインの鶴の一声によって継続。優しい心根のヒロインに惹かれながらも、兄様は王家を支える為に領を盛り立てていく。
カールも二人を祝福し、ヒロインへの想いを隠したまま、兄とヒロインの幸せを願うんだよね。
前世の私が決めていたストーリーはこんな風。だけどまだ冒頭部分で死んでしまった為、物語の全部は私の記憶の中にしかない。
私はルドルフ・ギリアスが怖い。できれば一生会いたくないとさえ思っている。
冷ややかな氷の刃のような鋭い眼差しでアデイラを貫き、令嬢であった私に非道な罰を下し、そして、最後は無表情で私の首を刎ねた。
時折、処刑のシーンを夢に見る。飛び起きる度に首が無事か確かめ、悲鳴と嗚咽を布団に押し付けて声が漏れないように涙する。全身水に濡れたように汗だくで、腫れた目蓋を擦りつつ浴室で汗を流す。透明な水が赤くない事を知っては深く安堵するのだ。
そんなトラウマレベルで、染み付いた相手に会うのが怖いって思うの、変じゃないよね。
しかも、今回に至っては、安易に逃げられないように、ミゼアやレイだけでなくリナも、それからガイナスもびったり張り付いているのだ。
更に父様も母様もぶっちゃけアテにならない状態。兄様に言い含められてるようで、私が外に出ないようにメイド全員に周知してしまったらしい。
兄様こわい。
で、もう開き直って試作を作る事にしたんですよ。
「ガイナス、どう? 美味しい?」
難しい顔で咀嚼しているガイナスに感想を尋ねたのだけど。淡々と口に運んでは噛んで飲み込んでを繰り返すばかりで、返事が来ない。
甘いのが好きって聞いてたから、ガイナスに味見役をお願いしたんだけど、あまりお気に召さなかったのかな、と不安になっていると。
「これは面白い食べ物ですね」
普段から無表情か、意地の悪い顔か、怒ってる顔の三パターンしかないと思われたガイナスの表情が、ふわりと緩んでるのを認める。え、微笑ってるの!?
「フリットのように熱くてカラリとした食感を噛み進めたら、氷菓のトロリとした食感と冷たさが心地良いですね。熱いのと冷たいのが交互に来るので、手が止まりませんよ」
ガイナスはそう感想を漏らし一気に食べきると、大変美味しかったです、とお皿を渡してくれた。
「それにしても、この揚げ物は口当たりが軽いですね。いつも使用している油とは違うようですが」
「そう、これはね綿の実から取った油なの。いつも使ってるひまわり油よりも軽く揚がるのが特徴ね」
この世界というか、この国の食用油の主流はひまわり油なのだ。後は医療用としてオリーブ油かな。それから動物油脂。これはラードとかそういったの。
で、綿実油は近くの領地で沢山育ててる綿を、お願いして油を抽出してもらったものだ。
本当はひまわり油でも良かったんだけど、たんぱく過ぎたという理由もあったんだよね。それプラス、近くの領地で綿を育成してると兄様から訊いて、さっそくとばかり油の事を尋ねたんだけど。
結果は綿は特産品の布地を作る為のもので、油が取れるというのも知らなかったらしい。とはいえ、知ったからにはサラダ油の王様と言われる綿実油が欲しいと、交渉に交渉を重ね(兄様が)ようやくゲットに至った訳です。
その綿実油は、いくつか樽に入った状態で冷蔵へ。利用方法を考えてた所に、今回の話があったのです。
前世では綿実油って高級品だったり。まだまだこっちの世界では普及されてないようだけど、今回の天ぷらが広まれば、今後入手が不安で仕方がない。
一定の量を確保できるように兄様に交渉を頑張ってもらわねば。
と、話が随分あさっての方に向いてしまったが、ガイナスの口に合ったようでなにより。
私はカイン君から揚がったばかりのサツマイモの天ぷらを、この場にいるみんなに配っていく。
「サツマイモの天ぷらは、そのまま食べても問題ないと思います。イモのホクホク感が一番分かりやすいかな、って。他にもお塩をちょっとつけて食べると、甘味が増して美味しいですよ」
さあ、どうぞ、と皆に勧めてみれば、そのままパクリと口に入れてる人もいれば、ちょいちょいとお塩をつけて恐る恐る食べてる人、なんと、氷室からバターを持ってきて乗せて食べてる強者が。
って、ガイナスさん、あなた冒険者過ぎます。何勝手にバター持ち出しているんですか。
「わぁ、おいしい。そのまま食べるとおイモのほっくりした食感と、自然な甘さがいいですね」
「お塩をつけてもおいしいわよ。甘さが際立って、衣のサクサクとおイモの甘さがお菓子みたいなの」
きゃっ、きゃっと笑いながら感想を述べているのはミゼアとレイ。
リサはどこか懐かしい眼差しで、そのまま口にしている。
カイン君はこっそりガイナスからバターを分けてもらって大きな口でパクリ。
「どう、カイン君。お味はいかが?」
「サツマイモって割と庶民でも比較的安く手に入りやすい食材なんだよ。でも普段は焼いたり、揚げ焼き状態でチップスにしたりってのが多いんだけど、このテンプラ? だっけ、衣を全体的に包んで揚げてるからか、中はしっとりでホクホクしてて、衣のカリッとして対称が面白い。あと、バターつけると、前に食べさせてもらったスイートポテトよりも素朴だけど濃厚になってウマイ」
ふむふむ、皆の反応は良好、と。
残るはガイナスなんだけど、もう感想いらないや。だって、必死にクールさを貫いてるようだけど、口元がもうゆるゆる。あれ見て「まずい」とか言ったら、蹴り入れちゃうよね。
そっと笑みを零し、カイン君がこっそりやってくれた空間魔法処理済のナフキンに、まだ熱い天ぷらを幾つか包んで、ガイナスに近づく。
「ガイナス」
「どうされましたか、アデイラ様」
「はい」
皆から見えない位置からガイナスにナフキンでくるまれたサツマイモの天ぷらを差し出す。
「この間はポリッジありがとう。とっても美味しかったから、これ、お礼ね。みんなには秘密なんだけど、サツマイモの天ぷらって、ミルクの氷菓を乗せて食べてもおいしいのよ」
きょとんとしているガイナスの手に包みを持たせ、私はパチリとウインクをして立ち去る。これだけ情報を渡したのだ。空間魔法でアツアツな天ぷらが手の中にある。まだ試作用に作ったアイスもたっぷりと残ってる。
つまりは、ね。
たまにはガイナスにも癒しは必要だろう。
私は食べ終えた人達と、明日の朝にはジョシュアが綺麗に使えるように片付けを始めたのだった。
明日は朝から忙しいのだ。アイスもたっぷり作らなきゃだし、焼き芋用の落ち葉も準備しなくては。
これは逃げてる場合じゃないな、と半ば諦めも含めつつ、後で兄様にも天ぷらの差し入れしなきゃ、と考えていた。
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