第15話 餅つきと強襲再来
やってきました念願の餅つき大会! わーい!
クルクル自室で回っていると、いつもより早く支度の為に現れたミゼアとレイにしっかり目撃され、恥ずか死ぬかと思った。
多分、ノックはしたと思うんだよね。ただ、私がはしゃいじゃって聞こえなかっただけで。
「お、おはよう。ミゼア、レイ」
「おはようございます、お嬢様」
「今日は良い天気になってよろしゅうございましたね、お嬢様」
はい。二人はとても優秀な侍女たちです。
私の無様なダンスなど微笑ましいと言わんばかりの笑みで、あえて言葉にしないところは素晴らしいとこです。
「それではお着替えいたしましょうか」
「あ、ちょっと待って。先にお茶を淹れてもらってもいい?」
今日着る服を取りに行くレイの背中に声をかけると、分かりました、とレイはにっこり微笑んでミゼアに代わりに行かせ、ティーワゴンに近づくと、
「今日はどれになさいますか?」
「んー、実はほとんど寝てないの。だから目の醒めるのがいいかな」
「ふふ。かしこまりました」
私の好みを聞いて複数ある茶葉から二つ程選ぶと、私の為だけのアーリーモーニングティを淹れてくれた。
「蜂蜜はお入れしますか?」
「お願い」
「では、ミルクティにいたしますね」
コトリと小さなテーブルに置かれたカップには、優しいベージュの水色が湯気と共に揺れている。ふう、と一息。さざなみの立つ紅茶を口に含むと、わずかな苦味と優しいミルク舌触りの後に、蜂蜜の濃厚な甘さが追いかけてくる。
レイの淹れる紅茶は絶品だ。紅茶だけでなく、ハーブティも同じく美味しく、しかも私の体調に合わせてくれる為、アデイラと自覚してから一度も風邪をひいたためしがない。
「いつもどおり美味しいわ」
「ありがとうございます」
しばし穏やかに時間を過ごしている内に、ミゼアが服や小物を持って現れる。
「さあ、お嬢様。そろそろ準備をしませんと、旦那様がお帰りになってしまいますよ」
おっと。まったりお茶してる場合じゃなかった。
残すのもレイに悪くて一気に煽り、カップをソーサーに戻す。
「ごちそうさま。本当に美味しかったわ」
にっこり笑って感謝を告げると、レイも同じように控えめな笑みで返してくれたのだった。
今日は汚れるかもしれないから、ミゼアに頼んで孤児院に寄与する中から選んでもってきて貰った薄紫のワンピースに、以前メイド服のアレンジと共に作ってくれた白のフリルのついたエプロンを着用している。
二人共古着を着るのに難色を示したけど、そこはちょっと押し切ったというか……。
「アデイラ」
廊下を歩いてると、背後から声が聞こえ振り返る。慌てて駆けてくる兄の後ろから彼の侍女のリナが追いかけてるのを認める。多分、お寝坊しちゃったんだろうね。
まあ、毎日早起きしてたから、仕方ないと言えば仕方ないんだけど。
「おはようございます。お兄さま」
「ん、おはよう」
「少しは眠れましたか?」
「……」
おや? 急に押し黙っちゃった。しかも、目線も逸らしちゃってるし。
「もしかして、寝ていらっしゃいませんの?」
「実はリオネル様、今日の事が楽しみで結局仮眠せ」
「わー! わー! わー!」
リナが説明するのを遮る兄の声。
「もしかして、楽しみのあまり興奮して眠れなかった……とか?」
うるさいな、と嘯くリオネル兄さまの耳が真っ赤で、的を得てるを実感してしまった。
(なにこれかわいい。遠足前に眠れない子供かよ!)
思わず生温かい目になったら、
「なにかな、アデイラ?」
黒い笑みを浮かべ、私のほっぺをムニと引っ張ったのだった。お兄さま、暴力反対です!
頬をさすりつつも、時間がないため事前に決めたお互いの役割を確認したのち、兄はエントランスへ、私は厨房へと別れた。成功の如何はお兄さまにかかってるのです。検討を祈ります!
さて、私が厨房に足を踏み込むと、中は真っ白な靄に包まれている。
「あ、お嬢様。おはようございます!」
靄を掻き分けるように姿を見せたのは、ここの厨房長であるジョシュア。
鼻の下のおヒゲがチャームポイントなおじさまで、最近は一緒にレシピを考えるようになったので、仲良くなったのです。
「おはよう、ジョシュア。もち米はどう?」
「そうですね。そろそろ第一陣が蒸しあがる頃でしょうか」
「じゃあ、こっちもガイナスに準備してもらうようにするわ」
「では、出来しだい裏庭にお持ちしますね」
よろしくね、と言い残し、今度は厨房の裏口から普段使用人たちの憩いの場となってる小さな庭――といってもそこそこ広さはあるけども――へ向かう。
一部の使用人たちは通常業務に入ってるから、そこまで人がたかってる訳ではないけど、そこそこの人数が庭師がしつらえてくれた臼を興味深げに眺めている。
「ガイナス」
「おはようございます。お嬢様」
普段はきっちり着込んでいるモーニングコートを脱ぎ、灰色のベスト姿のガイナスが、いつもと同じように慇懃な笑みを浮かべている。
執事長って役職だから忘れがちだけど、ガイナスって実はお父さまと同じ年齢だそうで、最初お母さまから聞かされた時は、マジかよ、って口がつい出そうになったのは内緒だ。
そんな事言った時点で、何されるか分からない。おお、こわっ!
「そろそろ準備してくれる? もうじき来るそうだから……あ、来たみたい」
ガイナスと話していると丁度タイミングよく厨房からお鍋ごと持ってくるお弟子さんの姿が見えた。
もち米は時間勝負。もたもたしてたら固くなって上手くお餅にならないからね。
「まず、杵……その棒みたいなもので、お米の粒がなくなるように捏ねて」
「了解しました」
細身だと思ってたから、多少心配していたものの、ガイナスは杵を軽々と持ち上げて、言われたように先端を使って米粒を押しつぶしている。
よくよく捲った腕を見てみると、意外と筋肉がついてて驚いてる。ガイナスって細マッチョだったのか。
いやね、実は最初は自分がやりたくて、庭師ができたって報せが来た時に試しに持たせて貰ったんだけど、見た目は軽そうに見えたのにちょっとしか持ち上がらなかったんだよね。うう、子供ってこんな時不便。
私はガイナスに身振り手振りで指導しつつ、様子を見てたんだけど……。あのぅ、ガイナスさん? なんだか恨みつらみを込めてる気がするんだけど。ストレスでも溜まってるのかしら……。
鬼気迫る気迫でやってたおかげで、ぱっと見米粒が残ってる様子もないようなので、
「搗いちゃってもいいわよ」
「じゃあいきますよ!」
ガイナスに声を掛けると、杵は弧を描き臼へと吸い込まれるように向かう。ペタン、と音が軽快に鳴り、しばらくするとお餅が杵にまとわりつく。
「待って、ガイナス。ストップ!」
私は駆け寄り、臼の傍に置いておいた水に手をつけて濡らすと、そっと臼の底に差し込む。まだ熱の残る白い塊が柔らかさを持ち、じんわりと手を温める。流石にのんびりできないので、さっさと折るようにお餅を畳んだ。
「いいわよ、続きお願い」
何度か同じようについては返し、ついては返しをやっていく内に、臼の中のお餅は次第に艶を出し、粘り気を強めていった。
「さて、と」
他の使用人に返しのアドバイスをして、私はお願いして出してもらった使用人用のダイニングテーブルの予備へと向かうことにした。
テーブルの上には幾つかのお皿が並んでいて、そこにはお餅に合いそうな物が待機している。中でも一番のおすすめはきな粉!
そうなんです。実は大豆を乾燥してるのがあるってジョシュアから聞いて、それを炒った後、皆で粉状にしたものなんです! まあ、ちょっと粗いけどね。
それでも嬉しいので問題ない!
ちなみに今回は上新粉や片栗粉は用意できなかったのでなし。
こっちのお米でも可能とは思うんだけど、今回はきな粉が優先だったので。どうやらリナの故国ではウルー米というのが、話の内容で近い感じがしたので、いつか手に入れたいと思ってる。
とはいえ、まずは目の前の事を終わらせなくちゃね。
「お嬢様、こちらどうすれば」
「あ、滑らかになってるようなら、中身だけ持ってきてもらえる?」
「かしこまりました」
あらかじめテーブルの半分に大きなボウルがあったので、そちらに入れてもらい、私たちは一口大にちぎっては、それぞれ用意してたお皿に乗せていった。
つきたてのお餅って前の世界も含め初めてだ。こんなに柔らかいものだって知らなくて、初めは濡らした手の中をツルツルと滑って焦ったけど、慣れればあっという間に、それぞれのお皿にはお餅の玉がこんもりとなっていた。
「このお餅って不思議な食感ですね」
「そうね。私も文献で知ったのだけど、こんなに柔らかいとは思ってなかったわ」
隣のミゼアにそう言ったけども。文献とか嘘です。前世知識です。嘘言って申し訳ない。
「でも、色々なものにつけるなんて斬新で、食べるのが楽しみです!」
反対側に立つレイも楽しそうに話し、他の使用人たちもそれぞれに未体験の出来事を楽しそうに語り合う。
(みんなが笑ってるのを見るのって、こっちも楽しくなるよね。この明るい雰囲気で計画が成功したらいいな)
うふふ、と笑み崩れていると、それまで楽しかった空気がピタリとやみ、緊張したものへと転じる。
何事かと振り返れば。
「……は?」
「アデイラ……ごめん」
「これは……何だ?」
「アデイラ嬢、また来たぞ!」
「みなさん、急にごめんね」
予想では出迎えに行った兄と、目的の人である父の二人だけだと思ったのに、何故……何故、王子と、現在は第二王子として教育を受けてるだろう人物が、四人揃っていたのだった。
なんでやねーーーんっ!
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