第10話 王子さま、毒見は必要です

「おお、これがもち米と使ったちまきと言うものか」


 先ほどまで兄が座っていた場所に、よくも簡単に出てこれたなこの人と、口にしたくても、そんな事を言った日には不敬罪で首と胴体がおさらばになってしまうので、あえて胸の内で悪態した人物が、お皿を持ち上げては興味津々に目をキラキラさせて尋ねてくる。

 ちなみに、今その突然の訪問者の持ってるお皿には、ガイナス作のちまきが載ってます。だって、みんなそれぞれ確保しちゃった後だしねー。


「じゃあ、さっそく戴くとするか!」

「え?」

「は?」


 意気揚々とのたまった珍客は、フォークを手に私たちが呆気に取られてる間に、大きく掬ったソレを一口で口に収めてしまったのである。


(おいいいいいい!! 毒見しろよおおおおおおお!!)


 きっと、兄も同じ気持ちでいたであろう。


 普段、私たち高貴な立場というのは、色々面倒臭い取り決めがある。

 そのひとつが『毒見』。

 私たちは常に危険に晒されている存在とも言える。敵は外の者であったり、悲しい事に身内であったり。

 まあね、人類皆仲良しなんて、ソレ脳内花畑の人だけだから。普通に生きていても大なり小なり誰かに対して嫌悪や憎悪はあるのも、分からん訳でもない。

 だから存在を抹消したい。だけど、高貴な者は替えがきかないのも事実。そこで毒見の存在が必要なのだ。

 一応ね、調理中にも料理長が何度か毒が混入してないか調べてるし、配膳の時も銀の匙を使って調べてるらしいのだけど、それでも混入の不安は拭えない。


 それで毒見の登場となる。彼や彼女たちは身分のない存在から選ばれるパターンが多い。ま、それなりに身元はちゃんと調べた上らしいけど。


 正直さ、毒見するのが人間というのは胸糞悪いよね。

 下手したら自分の目の前でなんの罪もない人が苦しんで苦しんで死ぬのを見なくちゃいけないんだもん。

 私は過去が日本人だったから、一般的な人たちは他人の死なんて親とか祖父母とかある意味寿命で知るというのが多いかも。

 だけど、私は病院にいる時間が多かったから、その人たちよりも死はまだ近くにあった。それでも、毒見なんて自ら危険に飛び込んでの死を見たいとも、経験したいとも思わないけど。


 でも、私がアデリア・マリカ・ドゥーガンに転生して、一日三回、それがひと月以上繰り返されていく内に、ああ自分はそういう存在なのか、とどこか諦めにも似た感覚になったのも事実なんだよね。


 元庶民の私はこれからも同じ疑問を自問自答して生きていくんだろうな。


 と、毒見について考えていく内に少し落ち着いてきた。それ以上にへこんでもいるがな!


 尊い御方の代替はない。だから常に安全に身を置く必要がある。ゆえに毒見も必要なんだけど、クリストフさまは「毒見? なにそれおいしいの?」を行動でしちゃったものだから、周囲は驚愕、戦々恐々なのだ。

 だって、王子は今自分が口にしているのが、誰が作ったか知らない状態なんだもの。……このひとばかなの?


「く……クリス、せ、せめて毒見をしてから……」


 おお、兄は勇者だった。多少どもってるけど、ちゃんと苦言を呈している。臣下の鑑だ!


「ん? 大丈夫だろ。ドゥーガン家が俺に危害を加えるなんて最初から頭になかったからな」


 カラカラと笑うクリストフさまは、そう言ってちまきに視線を落とす。

 この人もしかしてバ……ゲフンゴフン。か、寛大な方という事にしましょう。

 未来よりも早く首と胴体をおさらばしたくないので。


 というか、存在自体を気づかれないよう、気配を消せるものなら消してしまいたい。

 私は空気……私は酸素……私はCO2……。

 私はここにいませんよー。




「それにしても、もち米というのは面白い食感だよな。弾けるように弾力があって、噛めば噛むほど粘りが出てきて」


 どうやらもち米をお気に召した様子。

 彼が気に入ったのなら、うまくいけばもうちょっと安価で手に入るかも。


 私は作戦後にも色々試してみたい希望が出てきて、思わずほくそ笑む。確かこの世界には小豆あずきもある筈だから、お赤飯とか、あんこのおはぎとか、ああ、ぜんざいとかにもチャレンジしてみたい。


 くふふ、と小さく笑いながら、この騒動で少し冷めてしまったちまきをフォークで掬う。ちまきの難点は冷めちゃうとなかなか上手いこと一口分が取れないところなんだよね。

 それでも私は公爵令嬢。お淑やかに水面下ではちまきと格闘しつつ、なんとか一口分をフォークに乗せパクリと口に入れる。


(……はぁああああ……、もちもちぃ……!)


 ちまきはもち米メインの食事だから、最初に感じるのはもちもちとした噛みごたえ。その後を追いかけるようにベーコンとコンソメの風味が口の中いっぱいに広がって、それから人参とたまねぎのとろけた食感とインゲン豆のシャッキリとした食感が歯に気持ちいい。

 正直、味はもち米を使ったピラフなんだけど、それでもこれはこれで美味しいので問題ない。


 無我夢中で次から次へちまきを口に運んでいたんだけど、妙に静かになり、そして肌にチクチクとした痛みを感じて咀嚼を止めて周りを見る。


「どうかしました? みなさん」


 コテンと首を傾げて問えば、隣の兄も近くにいたメイドたちやガイナスも、私と別の方を目線を逡巡させているのに気づく。

 みんなの視線を辿って私もそちらに目を移すと、煌びやかな王子様が一心不乱にちまきを食してる姿が……。

 無言でちまきを口に運び、蝋紙の中のそれは瞬く間に姿を消してしまった。

 いやはや、食べ盛りの男の子は早いですね。


「なあ、リオネル。おかわりってあるのか?」


 なんと、まだ食べる気力があるらしい。


「あ、ああ。それなら僕のを食べるかい?」


 兄はそう言って、まだ手をつけていないちまきの載った皿を差し出す。

 クリストフさまは、揚々とリオネル兄さまからお皿を受け取ろうと、身を乗り出したところで、呆然としている私の姿をようやく認めたようだ。


 私たちと同じ白金の髪はまっすぐで、キリッとした双眸は王妃さま譲りのアクアマリンの透明な青。

 そういえば、『恋繚乱~華人は運命に溺れる』の設定でも同じだったな、と今更ながら思い出し、ついでにこの人私の婚約者だったな、とその流れで思い出す。


(はあ、リアルで見ると、なんとまあ将来有望そうなお姿なんでしょうね)


 だけど、アデイラの未来を知ってる身としては、なるべく関わりたくない人物なんだけど、これまた今更感が拭えない。


「お前……まさかと思うが、アデイラ……なのか?」


 クリストフさまは、まるで私と初対面と言わんばかりに、そのように尋ねてきた。

 というか、一年くらい前に婚約式で会ったんじゃなかったのかい。


「はい。ご挨拶が遅れまして大変申し訳ございません。アデイラでございます」


 私はすっとソファから立ち上がり、淑女の礼をもってクリストフさまに挨拶する。ホント、今更だけどさ、見つかっちゃったのなら、挨拶しないと。


 あー、面倒臭いけどね。


「あ、ああ。アデイラ座るといいぞ」

「ありがとうございます」


 クリストフさまは兄さまからお皿を受け取り、座りながら私に告げるから、もう一度礼をしてから同じように兄さまの隣に腰を下ろす。

 よし、続きを食べようっと。


 すっかり冷めちゃったのか、風味が幾分落ちちゃったものの、初めてこの世界で食べたちまきは大変美味しかったです。

 自分で作ったという調味料も加味されてたかもしれないけどね。


 さて、次は両親関係回復餅つき大会を頑張るとします……!


 胸の内で固く拳を握って決意する私をよそに、じっとクリストフさまが凝視していたなんて全く気づく気配すら感じなかった私でした。

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