僕の話 第32話
自転車を漕いでいると暇になった頭が色々なことを考え始める。あまりにも話が出来すぎじゃないだろうか。そんな疑問を抱き始めたのは目的地まで半分ほどの距離まで来た時だ。
つい先日初めて話をしたばかり、さらに連絡先を交換したその日に普通買い物に誘うだろうか。そう言ったイベントの経験が無いせいで推測の域を出ない。これほどトントン拍子に良い方へ物事が進むだろうか。
疑問の堂々巡りを繰り返すと思考はネガティブな方へ向かいやすい。思えば指定された場所も田んぼや畑ばかりでぽつぽつとしか住宅が無さそうな場所だ。もしかして僕は騙されているんじゃないだろうか。もし騙されているとしたらこれから先一体何が起こるのだろうか。
僕がのこのこ行くと突然他校の不良たちが現れて、ボコボコに殴られるんじゃなかろうか。冷静に考えれば、彼女がそんなことをする理由がないことを分かりそうなものなのに、その時の僕はここ数日与えられたストレスから正常に物事を考えることができなかった。
しかし、どうだろう。もし不良たちに囲まれたとしてもこの体なら相手を倒すことが出来るんじゃないだろうか。以前見た映画のおかげか、華麗な体捌きでばったばったと不良たちをなぎ倒す自分を想像してにやにやすることができた。
あれほど不安の材料だったこの体が心の安寧に繋がるとは思わなかった。
どっちに転んでもありだな。意気揚々、僕は残りの道のりを急いだ。
指定された場所に着くと僕を手招きする美薗さんを見つけることが出来た。地図の表記の通り周囲は田んぼや畑がほとんどでそこに住宅が点在するばかりだ。
「急に呼び出しちゃってごめんね」開口一番、彼女が頭を下げた。
「特に何の用事もなかったし大丈夫ですよ」周囲を警戒しながら僕は返す。
少し遠くに雑木林が見えるばかりで周囲に高い建物もなく、陰から不良が飛び出して僕を取り囲む展開もなさそうだ。
僕は胸を撫でおろし、冷静に彼女に接することができた。
「それにしても、こんな所にお店があるんですか」ここに来るまで僕を苦しめた疑問を問いかける。
「穴場のお店があるの」
彼女が笑顔で言う。彼女が言うのならば本当にあるのだろう。そうなのかと僕も納得した。
ここからもうちょっと走るから私に付いてきて。そう言って自らの自転車を漕ぎ出す彼女の後を僕は追った。
どこに向かうのかと着いて行くと意外に近場で自転車は止まった。先ほど合流した地点からも見えていた雑木林の前で彼女は自転車から下りる。
ここまで走ってくる間に自動車にも人にもすれ違わなかった。僕と美園さん以外に人の気配は感じられない。
「ここから先は歩いて行くから」
道路の脇に自転車を停めた彼女が言う。その口調に今まで僕と接していた時の明るさはない。
「ほら、発馬くんも」そう急かされて、僕も彼女に倣って自転車を止めた。
さあ、こっちよ。僕を誘う彼女の向かう先は雑木林の奥だった。
ずんずんと先に進み、薄暗くなる彼女の背中を僕は馬鹿正直に追うことが出来なかった。ほとんど沈みかけている太陽のわずかな光も鬱蒼とした木々が遮り、中は夜のように暗い。悪いイメージばかりが頭をよぎる。
入り口で立ちすくむ僕に気づいたのか、先を進んでいた美園さんが戻ってきた。
「どうしたの」彼女が言う。
暗いせいか彼女の表情を読むことができない。男としてここで弱腰なところを見せてもいいのだろうか。そう思う心もあった。しかし、何の説明もなしに薄暗い雑木林の中まで付いて行くほど阿呆ではないつもりだ。
「沙仲のプレゼントを買いに行くんですよね」
僕はもう一度目的を確認する。
そうよ、
「ならどうしてこんな所に入っていくんですか」
「ここを通った方が近道なのよ」
誰かの私有地だと思うけど、このことは秘密ね。そう小声で言う彼女はいつもの明るさが戻っていて僕を安心させた。
そう言うことは先に言ってくださいよ。変に勘ぐっちゃいましたよ」
僕は少し笑って誤魔化す。
「何か期待させちゃったかしら、それとも不安にさせちゃった」
「まさか」からかうように言う彼女に僕も強気で返した。
「もう暗くなるから先を急ぎましょう」
ほら、そう言って彼女は僕の手を取る。彼女に連れられるままに僕は雑木林に足を踏み入れた。
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