僕の話 第8話

 その日、最後の授業が終わってから三十分経っても、僕らはまだ校門近くにいた。時折数人の学生が通り過ぎるだけで、他に人はいない。雄索の言う通り、外に出ると確かに潮の香りがした。高校が海から近い場所に立地していることもあり、時折こんな風に潮風が鼻をくすぐることがある。

「そういえば、高校に入ってからまだ一度も海を見に行ったことないな」

 鼻から入った香りが記憶を呼び起こす。僕の呟きに、マジですかと雄策が驚いた。

「俺なんて入学してから最初の一週間は毎日海を見に行ってましたよ」

 一週間毎日海を見に行く方が驚きだ。遊園地でもあるまいし、それほどやることもないだろう。

「海なんてそれほど珍しいものでもないだろう」

「それは海に近い所に住んでるから言えることですよ。持つ者の余裕です」

「通学範囲内なんだから大して変わらないだろう。五十歩百歩だ」

「最近よく聞くんですけど、五十歩と百歩って結構差がありますよね」

 そう言われると確かにそうだ。そしてまた始まったとも思う。

「昔の人は背が小さかったから、一歩も小さかったんだろ」

 江戸時代、日本人の平均身長は150cmほどだと、どこかで聞いたことがあった。

「いくら小さくても五十歩はだいぶ差があると思いますけど」

「そもそも五十歩百歩ってこういう使い方だったか」

 使ったのは発馬はつまじゃないですか、雄策は大きな体を揺らして笑った。

「そう考えると、違和感のある言葉って結構ありますよね。ほら、犬猿の仲っていうのも変じゃないですか。犬と猿の仲が悪かったら桃太郎も鬼退治どころではないでしょうに」

 いつも犬と猿が喧嘩してあたふたと慌てる桃太郎を想像するとそれはそれで愉快な光景である。

「そのためにキジが仲間になったんじゃないか。犬と猿を仲間にしたはいいけど、いつも喧嘩ばかりしていたからその仲裁役としてキジを仲間にしたんだ。桃太郎のお供にする順番も確か犬猿キジの順番だったろう」

「確かに犬、猿と来てキジってなんか違和感があったんですよ。飛行能力とか攻撃力を見たらどう考えても鷲とかはやぶさとか仲間にしますよね。桃太郎はキジの調停能力を買って仲間にしたんですね」

 納得したのか雄策は深くうなずく。しかし、そう考えると昔話には色々矛盾する所がある気がするな。

「浦島太郎にはどんなメッセージが込められているんだろうな」僕が疑問を投げかける。

「メッセージってなんですか」

「例えば、桃太郎や花咲爺さんみたいなお伽話とぎばなしって基本的に勧善懲悪かんぜんちょうあくだろ。それなのに浦島太郎は竜宮城から帰ってきたら知り合いはみんな死んでいて、自分も玉手箱に開けてお爺さんになって終わりじゃないか」

 僕の意見に雄索も同意する。

「確かにハッピーエンドではないですね」

「でも、現代までこうして読み聞かせられたってことはきっと何か教育的な意味があるんじゃないか」

 そうして、二人で頭をひねった。高校生にもなって御伽噺について真面目に考えるのも恥ずかしいことではあるけれど、誰かに頭の中を覗かれるわけでもなし、僕達は考えた。

「ほら浦島太郎って最初に亀を助けて竜宮城に行ったじゃないですか。そこで亀にほいほい付いて行ったのが悪いんですよ。知らない人には付いて行くなって言いたかったんじゃないですか。まあ、この話では知らない亀ですけど」

 雄索の意見は一理あるが決定力に欠ける。

「それは回りくどい上に分かりづらくないか」

「じゃああれですかね。見てみぬ振りも勇気みたいな。亀を見捨てる勇気」

「それは教育上よろしくないだろう。そもそも乙姫はどうして玉手箱を渡したんだ。浦島のことが好きじゃなかったのか」

加虐性欲者サディストだったんですかね」

「好きな人の死期を早めるほどにか。そこまでいくと病気じゃないか」

 じゃあ、どうしてなんでしょうねとまた頭をひねった。

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