なんとなくわかってしまった今こそが普通の女の子になる機会
先輩の自転車の荷台に乗せてもらって家に着くと、入り口のドアは開け放たれており、明かりが漏れ出ていた。
先輩と共におそるおそる中に入ると、玄関でうろうろするお父さんの姿と、どこかへ電話しているお母さんの姿が。
「あ、たった今戻ってきました。お騒がせしました。ええ、本当にすみませんでした。はい、はい、それでは失礼いたします……」
母が受話器を置く。私の行方について連絡網でクラスメイト達に電話で尋ねていたのかもしれない。
お父さんは私を見るなり
「月湖! 大丈夫だったか!?」
と、心配する素振りをみせたものの、すぐに先輩を睨みつける。
「お前か!? 月湖をたぶらかした短歌部の先輩ってのは!」
「お父さんやめて! 乱暴しないで!」
今にも先輩に掴みかかりそうなお父さんを必死で止める。
「月湖。この男との付き合いは今すぐやめなさい。大体なんなんだこの男の格好は……! まるで不良じゃないか!」
「やめてよお父さん! 何言ってるの!? うわべで判断するなとか言ってたのはお父さんのほうじゃない! 先輩は私の事をうわべだけで判断しない人なんだよ!? 私をここまで送ってきてくれたのだって先輩なんだから!」
「待て、森夜」
お父さんに食って掛かろうとする私を先輩は制止すると、深々と頭を下げる。
「確かに、あの雑誌に載ってた恰好を月湖さんにさせたのは俺です。勝手な事をしてすみませんでした」
「先輩、謝らないでください……!」
私は先輩の腕を引っ張る。先輩にこんな事させたくなかった。
悔しい。悪いのは普通の女の子の格好をしたいって言った私なのに。勝手な決めつけをする私の両親なのに。なんで先輩が責められなければならないんだろう?
「関わるなというのならその通りにします。ただし、月湖さん本人が本当にそう思っているのなら」
「どういう意味だ」
「……失礼ですが、俺にはあなた方が自分の理想を月湖さんに押し付けているようにしか思えません」
「な、何を……!?」
その言葉に私も驚く。先輩が面と向かってそんな事を言うとは思ってもみなかったから。
赤黒い顔で怒りをあらわにするお父さんを制するように、先輩はスマホの画面を両親に見えるようにかざす。
「この写真、見てくれませんか?」
そこにはひとりの男の子の顔が表示されていた。坊主頭でどこか暗い目をした少年。
「中学生の頃の俺の写真です。卒業アルバムの」
「えっ?」
私は思わず驚きの声を上げて、スマホ画面と目の前の先輩とを見比べる。写真の少年は幾分か幼いが、顔立ちと、その下に印刷されている名前は確かに先輩本人だ。今の彼とまるっきり印象が違う。
「俺の両親も、あなた達と似ていました。いや、もっと強烈だったかも。髪型や服装も自由にできなくて、部活動も制限されて。携帯だって持たせて貰えませんでした。『必要ない』って。小学生の頃だって、みんなが持ってるゲーム機を俺だけ買ってもらえなくて、そのせいで友人の輪にはいれなかったり……俺だけじゃない。俺の姉も……俺は男だったからまだましだったけど、姉は特に酷かった。学校で『ダサ子』なんてあだ名をつけられて、ロッカーの扉に『ダサ子専用』なんて落書きをされた事だってあるんですよ。いじめも同然です。家ではよく自室で泣いていました。それで両親に訴えた事もあります。せめて髪型や服装を自由にさせてくれって。でも、そのたびに返ってくる答えは全部否定的なもので……反抗してもいつも『必要ない』で済まされて……結局姉は高校を卒業すると同時に家を出て、今は自立しています」
先輩とお姉さんにそんな過去があったなんて……そういえば、先輩のお姉さんの家に行ったときに、家がどうとか言ってたっけ。それに、先輩のいとこだっていうあの美容師さんも、先輩は昔はもっと真面目だったって。その「真面目」というのはそういうことだったのか。
「俺も高校を卒業するまでは我慢しようと思ってました。卒業したら思いっきり好きな事やってやるって。それに、俺には短歌もあったし、短歌を考えている間は嫌な事も忘れられたから。でも、両親はそれすら俺から取り上げようとしたんです。『必要ないから』って。『そんなくらだない事を考える暇があるなら勉強しろ』って。それが決定打でした。それじゃあ俺に必要なものってなんなんだって自問して、結局は親が決めたものだけが、俺にとって『必要なもの』なんだって気づきました。耐えられなくなった俺は中学を卒業してから無理を言って祖父母の家に転がり込んで、今でもそこで世話になってます。両親とは滅多に顔を合わせません」
先輩がそんな複雑な事情を抱えていたなんて知らなかった。いつもはそんな事を感じさせないくらい活発なのに。
私達は黙って先輩の話に耳を傾ける。私の両親も何か思うところがあるのだろう。
「月湖さんの話を聞いた時、真っ先に俺の両親を思い出しました。俺や姉の境遇とも重なって見えて……このまま厳しい締め付けが続くようなら、月湖さんも俺や姉みたいになってしまうんじゃないかって……余計な事だと知りながらも、姉や知人に頼んで、髪の毛をセットしたり、服を用意してもらいました。そうやって好きな事をしてどこかで息抜きしないと、月湖さんがいつか壊れてしまいそうに見えたんです」
それじゃあ、先輩が誕生日にいろいろとしてくれたのは、単なるプレゼントというだけじゃなくて、そこまで考えて……?
「俺にこんな事言う筋合いはないですけど……でも、月湖さんにはせめて、普通の高校生と同じような生活をさせてあげてもらえませんか? 本人もそれを望んでいるんでしょう? お願いします。月湖さんには俺や姉みたいになって欲しくないんです」
先輩は再び頭を下げた。
どうして先輩はここまでしてくれるんだろう。私がかつての先輩と同じような境遇に置かれているから、それを見ていられなくて?
でも、それだけで先輩こんな事までさせるわけにいかない。これは私と家族の問題なんだから。
私は両親に向き直る。二人は戸惑ったように先輩と私を交互に見つめていた。
「お父さん、お母さん、先輩の言った通りだよ。私は普通の女の子みたいな恰好がしたいし、短歌部だって辞めたくない。先輩との関わりを断つなんて事もできない。それだけはわかって」
そういうと先輩に借りてたコートを強引に押し付けるようにして返す。
「先輩、迷惑かけて本当にすみませんでした。あとは私が何とかします。これは私自身の事だから」
「……お前、大丈夫か?」
心なしか心配そうなその声に、私は真剣な頷きで返す。
ここまでしてくれた先輩のためにも、私も全力で向かい合わなければならない。そう決めたのだ。
「そうか。頑張れよ」
私の表情からその意志を読み取ったのか、先輩が微かに笑ったような気がした。
その背中を見送った後で、私は両親に向き直る。今なら何でもできるような気がする。
「それじゃあ今から私達家族だけで大切な話をしようか」
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