慎重に隠し通していたことがついに家族にしられてしまう

「おねーちゃん」


 妹の星実がノックもせずに我が物顔で私の部屋に入ってくる。いつもの事だから気にならない。私は宿題を済ませるために勉強机に向かっている。だから振り向く事も無く


「うん? なに?」


 と空返事で返す。


「暇だからなんか本貸してー」

「いいよ。勝手に持ってって」

「やったー」


 これもいつもの事だ。星実は早速ベッド脇の本棚をあさり始める。


「あ、これおもしろそう。これも……」


 そうして本を抱えた星実は満足したのか私の部屋から出て行った。室内には再び静寂が戻る。

 プリントの課題を解きながら、あれ? この問題って答えなんだっけ。と、教科書を捲るもそれらしき答えは見つからない。

 仕方なく携帯で検索しようとしたその時


「お、お、おねーーちゃーーん!!」


 慌てたように星実が叫びながら戻ってきた。

 その尋常でない様子に、さすがに今度は振り向かないわけにはいかない。


「どうした――」


 と、星実に目を向けた瞬間、彼女の持っているものに目が留まり、心臓が跳ね上がった。


「これ! このページに載ってる女の子っておねーちゃんじゃん!」


 星実が持っていたのはあの雑誌。誕生日のあの日にカメラマンを名乗る男性に撮ってもらった私の写真が掲載されている例のあれだ。

 あれから私はあの雑誌を実際に3冊買った。そのうちの一冊を観賞用として、寝る前に読もうと本棚の片隅に紛れるように置いていたのだ。それをまさか星実が持って行っちゃうなんて。迂闊だった。


「え、な、なにそれ。人違いじゃない?」


 誤魔化そうと試みるも、星実は目ざとく写真脇を指差す。


「だってここにに『森夜月湖さん(16)』って書いてあるじゃん! 完全におねーちゃんの事じゃん! なにこれ! すごい!」


 興奮しながら部屋を飛び出してゆく星実。その後に続く言葉は


「おとーさん! おかーさん! ちょっとこれ見てーーーー!」

「ま、まって星実……!」


 制止する声も聞こえなかったのか、星実は勢いよく階段を駆け下りて、そのままリビングに飛び込んだ。

 だめ! あれをお父さんとお母さんには絶対に見せちゃだめ!

 思わず携帯を握りしめたまま、慌てて星実を追いかけてリビングに駆け付けると、


「これ見て! ほら、おねーちゃんだよ! すごいでしょ!?」

 

 と、得意げに雑誌を両親に突きつける星実と、呆然としたようにそれを眺めるふたり。

 ……ああ、見られてしまった……


 暫くすると、お父さんが口を開いた。


「月湖、ちょっとそこに座りなさい」


 やけに静かな口調で。

 ああ、やっぱり。

 これは両親が私にお説教を始める時のお決まりの言葉だ。

 私は緩慢とした動作で向かいのソファに腰掛ける。


「これは一体どういう事なんだ?」

「……それは、出かけた時に雑誌のカメラマンだっていう人に写真を撮られて……」

「そういう事を言ってるんじゃない。この格好は何なんだと聞いてるんだ」

「そうよ。こんな丈の短いワンピースなんて着て。太ももまで見えてるじゃないの。はしたない。それにこの髪型まで、まるで別人みたい」


 お母さんも同意するように頷く。


「それは、先輩に色々とやってもらって……」

「先輩?」

「そう、部活の」

「部活って、例の短歌部か?」


 部活のことは両親も知っている。短歌部に入ったと話したら「今時そんな雅な部活があるんだな」などと、むしろ喜んでくれたのだ。


「真面目そうな部活だと思っていたが、そんな部員がいるとは聞いていないぞ。今すぐ縁を切りなさい。部活も辞めること。わかったな?」

「えっ? な、なんで……?」

「この格好もその先輩にそそのかされたんだろう? これからもっと悪い道に引き込まれる可能性だってある。そうなる前に距離を置きなさい」


 衝撃と同時にどこかでこうなるという予感もあった。いつもそう。私が両親の期待に添えない行動をするといつもこうやって軌道修正させられるのだ。

 でも、私は普通の女の子の格好をしただけ。それがどうして悪影響になると決めつけているんだろう。しかも一方的に縁を切ることを宣告されるなんて。

 それに、先輩の事、なにも知らないくせに。いや、先輩だけじゃない、私の事だって――


「……おとうさん、知ってる? 私、学校に入学して半年くらい経っても友達がひとりもできなかったんだよ?」

「……なんだって?」

「どうしてかわかる? 私が地味だからだよ。スカートも長くて、髪の毛も飾りっ気もない。お化粧だってピアスだってしてない。携帯だってガラケーのまま。クラスの子にも言われたもん。『ダサい』って。『話してるだけで恥ずかしい』って。動物だって群れの中に異なる個体がいれば追い出そうとするでしょ? それと同じ。私はクラスでは仲間外れなんだよ。どんなに惨めかわかる?」

「そんなうわべで判断するような人間とは付き合わなくていい」

「その結果がひとりぼっちでも? 私、お弁当を一緒に食べる人もいなかったんだよ? 一緒に登下校する人も。それでも仕方ないって言うの?」


 追求すると、父はぐっと黙り込んだ。


「私だって本当は普通の女の子みたいにおしゃれしたいよ……短いスカートはきたいよ。かわいい髪型にしたいよ……でも、お父さん達の手前、ずっと我慢してきた。今みたいに怒られることがわかってたから。ひとりぼっちでも、それを知られないように振舞って。お弁当だって学校では食べられなくて、家に帰ってきてから食べてた。私がそんな事してたなんて、全然気づかなかったでしょ?」


 お母さんが驚いたように目を見張る。まさか私がお弁当を学校で食べていなかったとは思ってもみなかったんだろう。


「でもね、例外もいた。それが短歌部の先輩達。その人達は、私の事をうわべだけで判断しない人間だった。高校に入学してから初めて、そこで友達ができたんだよ。その人達はなんでも私の相談に乗ってくれた。一緒に登下校して、一緒にお弁当も食べてくれた。それで、私が今時の女の子みたいにおしゃれしたいって言ったら、それも叶えてくれた。その結果がその雑誌の写真。先輩がわざわざ私のために用意してくれたんだよ。本当に今時の女の子みたいでしょ? 自分でも信じられないくらい。すごく嬉しかった」

「そうだよ。このおねーちゃん、すっごくかわいい」

「お前は黙ってなさい!」

 

 叱られて星実は小さくなる。私に加勢するつもりで言ってくれたんだろうに。それを申し訳なく思いながらも私は続ける。


「お父さんは、そんな人達とも縁を切れって言うの? 私がまたひとりぼっちになっても構わないって言うの? それじゃあ私が学校に行く意味ってなに? ただ勉強するだけ?」

「月湖、落ち着いて」

 

 お母さんがなだめるように


「あなたは私達の言う事を守っていればいいのよ。今は辛くても、将来きっとその経験が生きるから」

「経験? 経験って何!? そもそも私が経験したいと思った事に対して、ことごとく反対してきたのはお母さん達のほうじゃん! 剣道やりたいって言った時、お父さん達は反対したよね。猫を飼いたいってお願いした時も。マニキュアを塗った時も。そして今度は私が普通の女の子の格好するのにも、部活を続けるのにも反対してる。結局何も経験してないじゃん! あれも駄目、これも駄目って、それじゃあ私がするべき経験って何!? ひとりぼっちでも我慢する事!? また友達のいない惨めな生活に戻るくらいなら、もう学校なんか辞める! 家で引きこもって勉強して、高認でも取った方がましだよ! それなら悪い道に引き込まれることもないし、おしゃれする必要もない。どう? お父さん達の望み通りでしょ!?」


 お父さんが顔をしかめる。


「辞めるだなんて、お前は何を馬鹿なことを……」

「そんな馬鹿な事を娘に考えさせるような教育をしてきたのはお父さん達でしょ!? 完全に子育て失敗してるよね!」

 

 次の瞬間、頬に激しい衝撃を感じた。

 一瞬、何が起こったのかわからなかった。目の前には、手を振り下ろしたような格好のお母さんの姿。

 頬に手をやると、じんとした痛みが襲ってきた。

 そこで初めて頬を張られたのだとわかった。


「なんてこと言うの……! 私達は、あなたのことを思って……!」


 初めてだ。お母さんにこんな事されるなんて。でも、私はますます納得できなくなる。


「だからそのせいで友達ができなかったって言ってるでしょ!? 言う事を聞かなかったら、今度は暴力!? そんなに従順な子どもが欲しいなら、私の代わりに人形の世話でもしてればいいじゃん!」


 そう叫ぶと、私はリビングから飛び出し、そのまま夜の闇の中へとと走り出た。


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