もしかしてサプライズとか好きなの?と聞く暇もなく連れていかれる

 11月3日。

 日本においては文化の日という国民的休日だというのは誰もが知るところだが、私にとっては特別な意味もあった。

 そう。今日この日は私の誕生日なのだ。

 その特別な日に私は何をしているのかというと、電車を乗り継いではるばる横浜までやってきて、駅の中にある赤い靴像の前にいた。

 昨日日比木先輩から突然


『明日の朝9時に横浜駅の赤い靴像の前に集合』


 というメールが届いたから。

 なんの用かと尋ねてみても、それっきり返信がなかったので、仕方なくこうして出向いてきた。

 でもまあ、もともとぼっちの私には、わざわざ誕生日を祝ってくれるような女の子の友達もいない。つまり暇だったのだ。そういうわけで、日比木先輩の指示通り、こうして像の前でぼんやりしていた。

 どうでもいいけれど、横浜駅っていつも工事してるなあ。前まで通れた通路が通れなくなってたりするし。お店の入れ替わりも激しい。無限に増殖しているんじゃないかと錯覚する。だからこそ、安定して変わりのないここを待ち合わせ場所に選んだんだろうけれど。


 それにしても、先輩は何の目的であんなメールを……?


「おう。時間通りだな。感心感心」


 悠々と現れたのは、当の日比木先輩。白いセーターにカーキ色のモッズコート、それにジーンズいう格好をしている。

 意外だ。もっとこう、背中に龍の刺繍の施された、目に痛い色のスカジャンに、ダメージジーンズとか履いてそうなイメージだったのに。


「あー、なんていうか、だいたい予想通りの格好だな、お前」


 ど、どういう意味だろう。ジャスコで買った白いシャツに膝丈の灰色のスカート。茶色いカーディガンとパンプスという、私の定番お出かけコーデなんだけれど……

 戸惑っていると、先輩が


「まあいいか。それでさ、今日呼び出したのはなんつーか、ちょっと聞いておきたい事があってさ」

「はい? それだけのためにわざわざ呼び出したんですか?」

「それはお前の答え次第っつーか……」

「は?」


 ますますわからない。


「お前さ、前におしゃれしたいだとか言ってただろ? あれってまだ諦めてねえの?」

 

 急に何を言いだすんだろう? というか、なんで今?


 戸惑いながらも悩む事なく頷く。


「もちろんです。環境と金銭的な問題さえクリアできれば、ゆるふわヘアーで耳にピアスを光らせながら短いスカート履いて街をねり歩きたいですよ」

「ふうん。わかった」


 言ったかと思うと、先輩はおもむろにどこかに電話をかけ始めた。


「……うん、そう、あの話……お、マジで? それじゃ、よろしく」


 電話をかけ終えた先輩は、こちらに向かって手招きしながら歩きだす。


「よし、とりあえず行くぞ」

「え? どこに」

「俺の知り合いのとこ」


 な、なにそれ。それって大人しくついて行ったら怪しげな宗教に勧誘されて、「これを拝めばおしゃれになります!」とか言われて高額な壺を買わされるとか、そういうやつじゃないよね……? 


「あの、申し訳ないんですが、我が家は代々仏教徒でして、そういうのはちょっと……」

「は? なんの話をしてんだよ。別に変なセミナーとかじゃねえから」


 そんな会話を交わしているうちに着いたのは、ガラス張りのなんだかお洒落感漂うお店。剥き出しの木でできたような無骨な扉がそれに拍車をかけている。

 まさかここに入るのかな? 


「あの、ここって……?」

「俺のバイト先のヘアサロン」

「え、ここが!?」


 そうか。確かにこういうところなら、先輩みたいな外見の人でも雇ってもらえるのかも。ヘアサロンは髪の毛がアピールポイントだもんね。派手であればあるほど宣伝になるのかも。

 しかしおしゃれなお店だなあ。私が子供のころから利用している地域密着型の美容院とは大違いだ。

 でも、なんでこんなところに? アルバイトの用事かな?

 とりあえず先輩に続いてお店に入ると、明るいオレンジ色の髪をした若い女の人が出迎える。


「いらっしゃい。待ってたよ伊織。その子が例の?」

「そう。言った通り頼めるか?」

「もちろん。あの……とりあえずお名前教えてもらえます?」


 女性の問いに思わず隣にいた先輩を見上げるが、頷きが帰ってきたので名を名乗る。


「え、ええと、森夜です。森夜月湖」

「そう。それじゃあ森夜さん、ちょっとごめんね?」


 そう断ると、女の人は私の周りをぐるぐると歩きながら眺める。

 と、立ち止まって腕組みした。


「うん、いいね。早速やろうか。さあ、こちらにどうぞ」


 わけもわからず施術用の椅子を示されたところで我に返る。


「あ、あの、これって一体……なにが起こるんですか?」


 私の戸惑いの声に女の人は目を丸くする。


「え? 伊織から聞いてません?」

「いえ……特に何も……」

「ちょっと伊織! あんた何も説明してないわけ!?」

「だってこいつが髪型変えたいって言ったのついさっきだし。希望聞いて適当にやっといてくれよ」

「あんたねえ……」


 女の人が呆れたようにため息をつくと、少し困ったように私に微笑む。


「ごめんね。あたしは伊織のいとこで、この美容室で働いてて、修行のために開店前のこの時間帯にカットモデルを引き受けてくれる人を探してたところなんです。そしたら伊織がいい子連れてきてくれるって言うから、てっきり了承貰ってるものかと……」


 カットモデル? 私が? こんなおしゃれなお店で?

 目を泳がせていると、先輩が囁いてきた。


「お前、さっき言ってただろ。おしゃれしたいとか。カットモデルって事なら無料で施術してもらえる。それにこの女も早く一人前になるために誰かの髪をいじり回したくて仕方ねえんだよ。お互いの利益が合致してると思わねえか?」


 むむ。たしかに。しかし、あんまり奇抜な髪型にすると両親に怒られる……いや、でも今日だけなら帰ってすぐに三つ編みとかにすれば誤魔化せるかも……?

 そんな私の葛藤を汲み取ったのか、先輩がいとこのお姉さんに尋ねる。


「こいつ、ゆるふわヘアーとやらに憧れてるんだってよ。パーマとかかけずにいい感じにしてくれよ。できればあんまり髪は切らずに。あと、化粧とかもできる?」

「あー、なるほど、アレンジのほうね。いいよ。オッケーオッケー。ちょうどメイクも練習したいと思ってたんだよね。ほら、成人式とか結婚式に参加するために訪ねてくるお客様も多いし。で、森夜さんはそれで大丈夫? あたしはまだ見習いだから腕はあんまり保証できないけど……」


 先輩のいとこだというお姉さんは私に確認してくる。

 憧れのゆるふわヘアーが!? しかもメイクまでして貰えるだなんて……! そんなの断れるわけがない。


「は、はい! あの、ぜひともお願いします!」


 椅子に座ると、美容師のお姉さんがヘアカタログを何冊かもってきてくれた。その中から選んだ髪型に極力似せてくれるらしい。

 カタログの中の写真はみんなどれも可愛くて、ついつい目移りしてしまう。

 決めあぐねていると、お姉さんが


「これなんかいいんじゃない? 派手すぎず自然な感じで」


 とアドバイスしてくれたので、それをお願いすることにした。

 お姉さんは、私の髪をコテで丁寧に巻いてゆく。その度に緩やかなカーブが形成されてゆく様に高揚感を覚える。


「ねえねえ、森夜さん」


 作業しながらお姉さんが小声で話しかけてきた。


「伊織のやつとは付き合ってるの?」

「はっ!?」


 な、なにを言うんだこの人は! まるで星実みたいなことを……!


「ち、ちがいます……! 日々木先輩とは部活が同じなんですよ! それで私がゆるふわヘアーしてみたいって言ったから、ここに連れてきてくれたんです……たぶん」

「そっかー。ちょっと残念……なんてね。でも、あいつ見た目の割には真面目だし、ここのバイトも私の紹介で始めたんだけど、任された仕事がどんなに地味でもちゃんとやるし。結構オススメだよ」


 そ、そんなことを言われましても……

 しかし意外だ。さすがに気にくわないお客さんに椅子を投げたりなどという事はしてないみたいだ。

 ていうか、それって親戚の紹介というコネで得たバイトじゃないか。それを「裏技」などという思わせぶりな言葉を使ったりして……先輩って見栄っ張りなのかな?


「昔はもっと真面目くんだったんだけどね。髪ももっとずっと短くて」

「え、そうだったんですか?」

「信じられないでしょ」


 想像できない。あの先輩が……


 そんな私たちの会話に気づいてはいないように、鏡越しに見える先輩は 我が物顔で来客用のソファに踏ん反り返りながら雑誌なんかめくってたりする。

 うーん……本当に真面目、なのかなあ? 今日だって強引に連れてこられたし。まあ、そのおかげで憧れのゆるふわヘアーを体験できるのだが。


 やがてコテで髪を巻き終えると、お姉さんは片側の耳のあたりの長い髪の一部を三つ編みにして、カチューシャのように頭部に沿わせ、端っこを反対側の耳のあたりでヘアピンで留める。


「森夜さん、こんな感じでどうかな?」


 お姉さんの言葉に私は何度も頷く。

 

「すごくかわいいです! ただのゆるふわなだけじゃなく、三つ編みがアクセントになってるところとか……!」

 

 こ、これが憧れのゆるふわ……! 

 ひとり感動していると、お姉さんは今度は黒っぽい箱を持ってきた。

 中にはメイク用品がたくさん。すごい。プロっぽい。いや、実際プロなんだけれど。


「それじゃあ、次はメイクね」

「は、はい、お願いします」


 実は私はメイクもほぼ初体験なのだ。ネイルアートと同じように、両親に見つかったら怒られるだろうからと、まったく手を出したことがなかった。

 覚えている限り、最初で最後のメイク体験は、幼稚園のお遊戯会で口紅を塗って貰った事くらいだろうか。

 お姉さんは私の顔にファンデーションを塗ったり、瞼を筆で撫でたりと忙しそうに働く。

 私はそのやり方を見逃すまいと鏡を凝視する。

 なるほど、アイシャドウはこうやって塗るのか。そしてアイラインを書いて、まつげをカールさせてマスカラを……

 うーん、勉強になるなあ。これからはネイル道具だけじゃなく、メイク用品にもこっそり手を出してみようかな。


 ピンク色のリップを塗り終えたところで、お姉さんは頷く。


「よーし、完成。どう? 森夜さん。どこか直して欲しいところとかあるかな?」


 手渡された手鏡を、まじまじと見つめる。

 (これが、私……?)

 などと、どこぞの少女漫画の主人公のような事は流石に思わないが、それでも鏡に映る自分は、学校にたくさんいる女の子の中にいても浮かないであろう雰囲気で、なんだか胸がいっぱいになる。


「すごい! 普通の女の子みたいです!」

「うーん、それって褒められてるのかな? ちょっと複雑」

「す、すみません、変な言い方しちゃって……でも、私にとってはすごい事なんです!」


 だって、私は普通の女の子になる事が夢だったんだから。


「お、まあまあだな」


 いつの間にか背後から日比木先輩が鏡をのぞき込んでいた。


「あんたまで微妙な褒め方しないでよ」


 お姉さんはちょっとむくれてしまった。


「いや、冗談だって。せっかくだからビフォーとアフターを並べてみたいもんだな。あまりの違いにきっとビビるぜ」

「あ、素顔の写真を撮っておけばよかったですね」


 私達の言葉にお姉さんは一転して慌てたように手を振る。


「ちょ、そんな大げさなものじゃないよ。そんなに変わったっていうのなら、元々の素材が良かっただけ」

「え?」


 元々の素材……それって……

 お姉さんは私と目が合うと頷く。


「森夜さん、お肌もきれいだし、元が整ってるから化粧映えするタイプだよね。メイクしててもすっごい楽しかったよ。おかげでこっちも自信ついたかも」

 

 ほ、ほんとに……!?

 思わず喜びかけるものの、隣の日比木先輩が口を挟む。


「おい、本気にすんなよ。美容師ならどいつにも備わってるリップサービススキルだから」


 くっ……! 余計な一言を……! でもその通りなんだろうな。あんまり喜ぶと痛い人になっちゃうから控えよう……





 お姉さんに何度もお礼を言うと、ヘアサロンを後にする。

 はあ、憧れのゆるふわヘアーにメイクまでしてもらって、もう夢みたいだ。


「日比木先輩、ありがとうございます。私の願いをかなえてくれて」

「素直に感謝するその心がけは褒めてやるけど、礼を言われるのはまだ早えーよ」

「はい?」

「耳にピアスを光らせながら短いスカート履いて街をねり歩きたいんだろ? そっちがまだ終わってねえぞ」

「え? え? でも、私、そんな服買えるようなお金持ってないし……は! もしかして先輩が買ってくれるんですか!?」

「なわけねえだろ。まあ大人しくついてこい。話はつけてあるから」


 話? なんの話だろう。気になったが先輩は教えてくれないので、それ以上尋ねることもできず、共に歩を進める。

 

 そして着いた先は二階建てのアパート。普通のアパートに見えるけど、もしかしてここに激安オシャレ服屋さんでもあるのかな?

 不思議に思いながらも先輩の後に続きながら階段を上る。

 ずらりと並んだドアのひとつ。その前に立つと、先輩は遠慮もなくチャイムを連打しだした。


「おーい。約束通りかわいいかわいい伊織君が来てやったぞー。早く開けろー」


 挙句の果てにはドアをどんどんと叩きまくる。


「ちょ、ちょっと先輩、そんな事したら近所迷惑ですよ……!」


 咄嗟に止めに入ろうとした瞬間、ドアが勢いよく開いた。


「なんなん? なんなん? 朝っぱらからうるさいんですけどぉ」


 声の主は長い髪のジャージ姿の若い女性、年は私達より少しだけ上だろうか? 睡眠を邪魔されたせいか少し目つきに険があるが、それでも美人だとわかる。


「朝っぱらとか言ってるけど、もう昼だっつーの。いつまで寝てんだよ」

「うっさい。うっさい。社会人の時間感覚をなめんな。で、何の用よ。この愚弟」


 愚弟? って事は、この女の人は、まさか……


「その愚弟との約束忘れて眠りこけてたお前は何なんだよ。クソ姉貴」


 先輩のお姉さん!?

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