7-2

 上部甲板を雪山に合わせて偽装しているけれど、上空からでも移動していると、わずかな違和に気づく。それでも普通は雲と見間違ってしまうだろう。


 それでもそれはそこにある。


 大きさはどれくらいか、錯視もあるので分からない。ただ、民間用の飛行船でないのだけは間違いない。それなら偽装する必要もないし、だいいちそれは違法だ。


 つまりあれは軍用の航空艦だ。


「そんなの管理局ビュロから聞いてない」


 それ自体はさして重要なことじゃない。この場合もっと考えないとまずいのは――


「多分見つかってるね、これ」

「そ、そうかな、まだ見つかってない可能性も」

「それならそれでいいんだけど」


 普通なら、見て見ぬふりをすべきだ。秘密行動中の企業軍の船や飛行機を見つけても、好奇心を発生させない限り、まあ撃墜されることはないだろう。


 だがそれにもむろん、例外はある。


 予め決められていた手順のように、僕は無言で操縦桿を倒した。もちろんフレガータは試験飛行の真っ最中。一通りの機動は試したから、限界は心得ている。それでも可能な限り鋭いローリングを打つ。

 ミモリの悲鳴が聞こえたけど、この際無視。


 ぐるりと逆しまになった視界、惑星の重力の支配下では下、僕を世界の中心に据えれば上に、それがみえる。


 三機の戦闘機編隊。先ほど僕が見かけたやつでまず間違いない。


 こちらの死角、後方下から静かに近寄ってきていた。腕利きなのは間違いない。でもまだ距離はある。撃てる距離じゃない。というより、こちらの機体の詳細を見極めずには撃たないだろう。


「ミモリ、通信機を切って。絶対に救難信号を出さないで」

「いたた……え?」

「それと……急降下する」

「何で」

「舌噛むよ」


 それだけを告げて、背面から一散に急降下。機体の強度を超えられないけど、それでもフレガータの新型エンジンと設計し直した翼にはまだ安定感があった。エンジン・パワーと重力の加護を得て、加速。向かう先は――航空艦だ。


「ちょっと、何であれに向かうの?」

「あとで説明する!」

「無理は……」

「今回はしない」


 冷たい山風が遮風板を殴りつける。濃密な空気の手応えが操縦桿を奮わせる。あとほんの少し速度を上げたら、たちまちこの見えざる手は凶暴性を発揮して僕らのフレガータを手荒に扱ってくるだろう。そのぎりぎりのラインで飛ぶ。


 迷彩の効果で分かりにくかったけど、近づいて見ると標準的な航空艦の中ではおとなしめのサイズだった。少なくとも空母と呼べるほどの大きさじゃない。でも艦載機運用能力はやはり有していて、上後部に着艦用の甲板があった。そこを目指してわずかに機体を調整。


 背後を一度だけ確認。

 戦闘機は予想通り、すでに距離を詰めてぴたりと背後についていたけど、撃ってこない。

 もう少しだけ近づかれたらこの保証は消失するだろう。


 ディテールを観察する余裕はないが、前に襲われた時より遙かに高性能の新型機であることは、洗練されたフォルムからも明らか。

 機速は当然あちらが上。なのにこれ以上詰めてこないのは、そうするつもりがないからだ。


 理由はいろいろあるだろうけど、たぶん、僕の予想は合っているはず。


 手の空いているうちにマフラーをほどいておく。


 対空砲火もない。


 これらは予想出来たことだ。


 ここで撃てば後続の戦闘機に当たる。


 同じ空域にいて、こんな行動を取っているのだから、航空艦と戦闘機には間違いなく関係があるはずだ。


 近づいたところで素早く甲板を一瞥。フレガータより重くて速い機体を扱うのだろう、十分な広さ。問題ない、行ける。


 ここだけはミモリに嘘をつくかも。

 甲板を舐めるようにスレスレでパス、艦から離れすぎるより先に、僕はターン。鋭い、機体の限界に挑戦するような危険なターンだ。


 翼がしなるかと覚悟したけど、異音は聞こえず。


 僕はフレガータの機体改修に携わったすべての人々に感謝の祈りを捧げる必要があるだろう。


 より良い機体に仕上がっている。

 出来るなら壊さずに済ませたいな。


 速度が下がったのをいいことに、そのままエンジンを一気にスロットル・ダウン。


 フックを降ろす。


 たちまち不可視の輪っかだったプロペラが樹脂の正体を現す。


 そしてそのまま、気流になるたけ逆らわず、わずかに機首を上向け――


 がくん、と、機体下部のフックがアレスティング・ワイアを引っ掛けた。


 タッチ・ダウン。

 フレガータの見かけに反して頑丈な固定脚、そのサスペンションは見事に着艦の衝撃に耐えきってくれた。


 さらにエンジンを最低にまで絞り、反動で浮き上がるのを防ぐ。


 かなり強引な着艦だけど、もともと速度が出ていないフレガータだから問題なく停止できた。


 航空甲板への着艦は、飛行機乗りにとって恐らく戦闘よりも緊張する瞬間であり、最も死に近づく瞬間でもある。それを無事に終えた僕としては、ここで大きく息を吐き出したいところだった。でもそれは今回はもうちょっと我慢だ。


 キャノピィから外を見やると、甲板に小銃で武装した兵士が出てくるところだった。全身を覆うツナギのような防護服を来て、背中にコンプレッサを背負っている。そこから伸びたチューブが銃に直結している。高圧ガス銃だろう。もちろん市販で出回っているような豆鉄砲じゃない。装甲のないフレガータなんて容易く貫通するだろう。人体なんて考えるまでもない。軍用品だ。


 キャノピィをすぐにわずかに開け、僕はシルクのマフラーを持った手を突きだした。はためくその色は白。すぐに彼らにも識別が可能だ。世界をつなぐ共通言語はスポーツでも音楽でもなく、無抵抗を示し降伏を乞うための白旗なのだ。


「ミモリ、エンジンを止めて。すぐに」

「え、あ、うん」


 呆気にとられていた相棒に呼びかけ、プロペラが止まるのを待ってから完全にキャノピィを開く。航空艦にしてはかなりの低空に位置するので、酸素ボンベなしでも呼吸はどうにか問題ない。ただ恐ろしく寒かった。雪山の上空なんだから当たり前だけど。


 兵隊のほとんどは銃を構えたままで、そのうちのリーダらしき人物が手振りで導くのに従って、僕らは船内に案内される。


 フレガータも、ワイアを各所に取り付けて収納。その手つきが乱暴ではないので、おそらく僕らも『彼女』と同じくらいには丁寧に扱われるだろうと予測。もちろん楽観的な予測だ。ミモリも心配そうにその様子を見ていたが、文句を言わない程度には問題のない収納作業だった。

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