第10話 優れた生命体

自分が本当に求めるべきものとは何だろうか。


肥満者はピザを求めるが、肥満者が本当に求めるべきものとは、適度な運動とヘルシーな食事である。我々は時に求めるべきものを誤ってしまい窮地に立たされてしまう事がある。


ときは25世紀。

宇宙開発が進み、新たな資源と新たな土地の確保。宇宙人との交流により飛躍した技術。その技術は様々な分野に広がり長年の問題であった公害問題の解決、というような誰もが想像するバラ色の未来が展開する事は無かった。


22世紀から25世紀、この間は人々に「失われた300年」と言われている。発端は21世紀後半に発見された新たな資源の存在である。この資源は今までの石油・シェールガスといった地中資源の概念を覆すものだった。同じ1バレルから作られるエネルギーはおよそ4倍、それに加え二酸化炭素といった有毒ガスが発生しないクリーンエネルギーだった為多くの産業や国に評価され実用化されてすぐに石油にとって代わる存在になった。それはカセットテープからCDへビデオ、テープからDVDへ移行するように非常に滑らかに移行していった。


さらにもう一つ、このエネルギーの最大の魅力は基本的にどこでも取れるという点だった。今までの人類史を省みても、資源問題により起こった悲劇は数えきれない。原油の高騰は国家元首、投資家、経営者から主婦の頭まで悩ましてきたし、資源の奪い合いにより醜い土地の争いも生じた。


しかしその必要はなくなったのである。正に神様からの贈り物のようであった事から

「A gift from got」の頭文字をとり

「agfg」と名付けられた。


agfgが全世界に普及されると、人類にとって産業革命以降の課題であった「公害問題とエネルギー問題」は解決された。火力発電所、原子力発電所といったような何かしらの問題を抱えている発電所は取り壊されていき、エネルギー資源を巡る汚い土地の奪い合いも無くなった。人類だれもが安定した、輝かしい地球の未来を確信していた。


暗雲がたちはじめたのはagfgの発見から5年後の事である。既に石油、原子力といったような旧エネルギーは使われなくなり、どの国のどの企業も新エネルギーへ転換していた。しかし旧エネルギー大国であったサウジアラビア、ロシアといった国々が不満を言い始めたのである。前は石油を取って他国に売り払う事で経済が潤っていたが、石油からagfgに代わり石油が商品にならなくなってしまったのである。しかし取って代わる産業がすぐに生まれるわけはなく、国は石油関係の失業者と余った石油を抱えた。この現状を打破しようと旧エネルギー大国は、今後10年は旧エネルギーとagfgを同時使用していき徐々にagfgへと以降していくべきだと主張した。しかし他の国々はその大国から高いお金を払って資源を買う必要が無くなったのでその国の言い分に対し聞く耳を持たない。この姿勢に対し旧エネルギー大国の世論は爆発。この世論を受けて、旧エネルギー大国達は結束を高め他の国々と孤立していき、ついに22世紀初頭には旧エネルギー大国とその他連合軍との間で第三次世界大戦が勃発した。


人間とは哀れな生き物である。長年悩みの種だったエネルギー問題が解決したはずだったが、その新しいエネルギーが原因で大戦が勃発したのである。もちろん旧エネルギー大国がこの戦争中で使ったエネルギーは石油ではなくagfgである。戦争特需によりagfgの需要は更に高められ旧エネルギー大国の失業者達はagfgの採掘者として雇われ、そのagfgを入れた戦闘機に乗った軍人が他国で命を落とし、外交では元首が他国に対してagfgと石油の同時使用を求めて外交を行ってるのである。


神からの贈り物というネーミングはいささか皮肉が効きすぎて笑えない。このようにして「失われた300年」は始まった。戦争は旧エネルギー国の敗北により終わったが戦争の終われらせ方も良くなかった。戦争後の処理として連合軍側で意見が噛み合わず停滞と不満が生じ連合軍の中でも仲が険悪化した。戦争自体は数年で終わっても戦争後の処理を怠れば数十年に渡る外交問題になる。


その後地球には多くの戦争と貧困が溢れ、戦争はいつ終わるのか見えなかった。人々は盲目になり、戦争の目的も分からないまま死んでいく多くの若者達。25世紀には第6次世界大戦が勃発していた。復興できないほど崩れた街の残骸、

機能してない政府、治安は悪化し暴行される少女達。



「どうしてこうなってしまったのだ……」



広い会議室の中で白衣を着た男たちがうなだれていた。ここはこの未曾有の戦争を何とかしようと世界の科学者と有識者が極秘に集まり会議をしていた。自国と戦争状態である国の科学者もいるので自国の役人に見られたら国家反逆罪として牢獄入りだろう。しかしそのリスクを冒してまでこの危機をなんとかしようと集まった人たちである。この時代の人類の中では、

視野が広い稀有な存在の集まりと言えるだろう。ただ、会議の熱は上がらずこの現状をなんとか打破できそうな案は一つも出なかった。もう戻る事の出来ないレベルまで、人類は落ちぶれてしまったのである。ブレーキの壊れた汽車のように待っているのは破滅だけだ。


そこに1人の科学者が会議室に遅れて入ってくる。


「遅れてすみません。今日は皆さまに聞いて欲しい案があります。もし上手くけば人類はまた進化する生命体へ戻る事ができます」


参加者の頭には絶望しか無く、会議は行き詰まっていたのでその科学者の案を静かに聞く。


「みなさん一度人類をリセットしませんか?

先ほど一つの兵器を作り上げました。これを使えば人類は苦しむ事なく滅亡する事ができます。今後生き延びたところで生者が死者を羨むような世界がくるだけです」


会議室に一瞬ざわめきが広がったが、多くの参加者が人類を一度リセットするという案に賛成した。それほど今の地球は手がつけられない状態だったのだ。


一人の参加者が質問する。


「滅亡させるのは賛成ですが、どうやってやり直しさせるのですか?」


「はい私は兵器と一緒にこの細胞培養器を作成致しました。ここにヒトの細胞を入れると今まで私達の先祖様が進化に費やしてきた時間を短縮し丁度10年でヒトまで進化します。つまり、私の考えはこうです。まずこの兵器で人類を滅亡させます。これはウイルス性の爆弾であり、これが一度地球で爆発するとウイルスは大気中に漂い人類は生きる事は出来ません。そのため仮にシェルターなどで生き延びた人類がいたとしても、地上に出たらウイルスで死に至ります。新しい人類の細胞にはこのウイルスに耐性を持たせておけば良いでしょう。そしてここが一番重要なのですが、ただリセットするだけでは、新しい人類も今の私達のように過ちを犯し同じ事に陥いるかもしれません。そこで私達で細胞に手を加え同じ事が起こらないように人類を改良するのはどうでしょうか?私達人間は欠陥が多い生き物ですが、学ぶ事が出来ます。この過ちは繰り返してはなりません。私達が出来な

った事、作り上げる事が出来なかった未来、それを彼らに託しましょう。そして私達は彼らの神となり天から彼らの繁栄を見守るのです」


ここまで彼が言うとさっきまで静まりかえっていた会議室に活気が満ち始めた。より優れた生命体となる為に人類に手を加えるとしたらどう手を加えるべきなのか熱い議論が繰り返された。


「こうなってしまったのは戦争が原因だ。戦争が全て悪い。どうだろう競争を好まない温和な性格ばかりにしては」


「宗教が生まれたのも良くなかった。宗教のせいで多くの戦争が生まれた」


「肌の色も統一しよう。人類は肌の白さ黒さで傷つき過ぎた。新しい人類にはそんな些細な事で悩んで欲しくない」


「脳細胞をいじり言語が複数生まれないようにしてはどうだろうか。言語の壁によりコミュニュケーションが上手く取れず険悪化してしまう事がいくらか有った。未だに外交の場で微妙なニュアンスを伝える場合には苦労すると聞くし、同じ言葉を喋るというだけで仲間意識が芽生えるものだ。神にバベルの塔を破壊されてしまったのがこうなってしまった原因だ」


「新しい人類が誕生するのはいいが 10年後の地球で既存の生物に勝てるという根拠はあるのだろうか?たった10年かもしれないが地球の絶対的支配者であった人類が滅亡するのだ。その間地球で何があるか分からない。突然変異で恐竜のような奴が生まれたら勝てるのだろうか」


様々な意見を取り入れながら新しい人類の細胞に改良が加えられていった。また既存の生命体に勝てるように、AIロボットを一台置き、最初はそのロボットから道具の作り方、火の作り方などの技術と一緒にヒトが争わないように平和的な道徳を教えてもらうという方法を取った。


その会議から2年後手を加えられた細胞を培養器にセットした科学者達。後はこの爆弾のスイッチを押すだけだ。スイッチの周りに科学者達が集まる。彼らも爆弾のウイルスにより死を迎えるが彼らの目には希望が満ちあふれていた。まるで親が子に期待するような眼差しで培養器を見る。

「頑張ってオレ達の辿りつけなかった未来を作り上げてくれよ、オレ達は過ちを繰り返し進化する事が出来なくなった。お前達にはまっすぐ進化していってほしい」

最後に科学者達はコップに強い酒を注ぎ乾杯して笑顔でスイッチを押した。

「新たな人類に乾杯!」

爆弾が発射され大気中にウイルスがまかれる。そして全人類は眠るようにして死を迎える。


10年後培養器からヒトが生まれる。

それと同時にAIロボットが活動を始め技術を伝授していく。言語を統一する為にロボットは英語をヒトに教えていく。火の使い方、狩猟採取、家の作り方そして平和的な道徳。ヒトは順調に文明を築いていった。身分差も生まれ始めちょっとした王国を形成するまで発展した。その間もロボットはヒトの為に技術と平和的な道徳を伝授する。まだまだ教えるべき事は沢山あるのだ。ロボットが伝授する技術はヒトからしたらまるで魔法や奇跡のように写っただろう。いつしかロボットはヒトから慕われ敬われるようになった。これを見た王国の王様はいつしか自分の立場を奪われるのではないかと怯え、ついにこのロボットを捕らえて磔にしてしまう。大いに嘆く民衆。しかしロボットなので磔にされても死ぬ事はない。ロボットはagfgと原子力を動力としてるので半永久的に動く。しかし、磔された後に動くとヒトに人間でない事がバレてしまうのでロボットは死んだふりをする。

民衆の間で丁重に葬られるロボット。死んだふりをして埋葬されたは良いが、ロボットの最大の目的はヒトに技術を伝授し教育する事である。再び技術を教えようと3日後に墓を抜け出す。

それを見た民衆は大いに湧いた。

「奇跡だ!!蘇られた!!」

あまりの民衆の騒ぎにヒトの教育上良くないと判断したAIは火山に身を投げ絶命した。


その後ヒトの間でこのロボットをイエスと名付け彼を崇め宗教が作られ、彼をキッカケにして様々な争いと憎しみが生まれてしまった。


そして時代は過ぎある遊牧民族がユーラシア大陸を治めたり、中欧ではある革命児が生まれ民族の迫害が行われた。さらに時代は過ぎ強力な爆弾が開発され小さな島国に落とされた…


そしてロボットが絶命してから約2500年経つと、人類は戦争を繰り返し地球には憎しみと貧困が溢れた。その地球のある会議室では白衣を着た科学者達が

「どうしてこうなってしまったのだ…」

とうなだれる。


もう人類は手のつけようがないほど

落ちぶれてしまった。重度の麻薬中毒者のように、待っているのは破滅だけだ。


そこである科学者が思いついたように呟く

「そうだ、人類を一度リセットしてみませんか?」

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