凪いだ海、忘却の港町 29

 タジが言わんとしていること、その理屈は二人の王も理解している。それを認めようとしないのは、魔獣に対する感覚の問題だ。

 いくら安全だからと言って、人間は突きつけられた剣先を前にくつろぐことは出来ない。その剣先がいつ、どのように動くかもわからない状態であればなおさらだ。その切っ先には毒が塗られているかもしれないし、剣先を突きつける者が悪意を持っているかもしれない。

 そういう感覚が、タジには無い。

 これは単純にタジが異邦人であるからだ。魔獣も、この世界の人間も、タジにとっては等しく自分とは別の存在でしかない。タジが出会ったことのある知性を持った魔獣の中でもっとも親密な者がエダードであることも、彼の魔獣への歩み寄りを促進する手助けとなった。

 だとすれば、確かにエダードは友好的なのだろう。むしろ、人間の方がよほど魔獣に対して臆病で、敵対的であると言える。

「知性は理性を生み、理性は相互理解を手助けする。違いますか?」

 だからこそ、タジが取る選択は、感情ではなく理性に訴えることだった。魔獣に対して感情が先行し、ただ敵意をむき出しにすれば、それは縄張り争いをする獣と変わらない。人間が獣に堕するのであれば、タジはもはやこの国に未練はない。

「レダ王」

 タジはあえて、グレンダ王ではなくレダ王の名を呼んだ。

「グレンダ王、我々がどうこう言ってもおそらくタジは自由に振る舞いますぞ」

「……王義が必要だろう」

 王義とは、四人の王によって行われる話し合いのことだ。四人の王の間で結論が別れることはないが、そこに至る道筋には大きな違いがある。その道筋の違いをいかにしてすり合わせるかが王義を行う目的である。

「王義を行おうが行うまいが、俺のやることは変わらないんだがね」

 胡坐を崩して立ち上がると、片膝をついたままの姿勢をしているイロンディを首から掴むようにして持ち上げた。

「ちょ、ちょっとタジさん!?」

「これ以上ここに居ても無意味だ。王義の結論はシシーラの村に向かう道中にでも聞くとして、俺はさっさと村に行きたい。イロンディ、案内してくれるか」

「そんなことを言ってもいきなりでは準備がまだできていませんよ!」

「ここにいたところで準備なんてできないんだ。さっさと出るに限る」

 ダダをこねる子どもを強引にその場から連れ出すように、タジはイロンディの首根っこを掴んで出ていった。

 二人の後ろ姿が謁見の間の扉で見えなくなると、グレンダ王はレダ王を睨みつける。厄介な人間を味方につけた、とばかりの視線だったが、レダ王自身も色々とタジの行動に関しては苦労をしている。

 タジとグレンダ王に板挟みの状態になったレダ王は、これからの王義でどのように説明すべきか、すでに頭を悩ませていた。

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