凪いだ海、忘却の港町 07

「タジさんは相当信用されているのですね」

 暢気に冷茶をすすりながら言うイロンディを、ラウジャが茫然と見つめた。タジとイロンディを交互に見比べ、タジが何も言うなとばかりに口に手をあてる。

 前言を簡単に撤回してしまっては総指揮官としての沽券に係わると思ったのか、ラウジャは喉まで出かかった言葉を飲み込んで、グッと腹にしまった。イロンディに感づかれないように、タジは小さく頷く。

「ああそうだ。総指揮官殿、一つだけ質問があるのですが」

 甘みのある冷茶を口に含んだからか、イロンディの声色もどことなく甘さを帯びている。

「ええ、答えられる範囲であれば」

「では遠慮なく。タジさんは、本当に太陽の御使いと呼ばれているのでしょうか?」

「なっ……!?」

 ラウジャの反応は、動揺なのか非常識への驚愕なのかいまいち判別がつかなかった。イロンディに技術があることをタジはすっかり忘れていた。共感の技術というのは、つまるところ空気や顔色を読む技術であり、それは場にいる人間の些細な機微さえも感じ取る。感じ取ったものをどのように用いるかによって、技術を持つ人間の価値が決まってくるのだ。

 イロンディは、自分の発言によってタジとラウジャの間に流れた不穏な空気をいち早く察知したのだろう。それを危機と感じられないようであれば、技術は宝の持ち腐れ。あるいは、それをどのように確認すべきかを考えないのであれば、たちまちイロンディは闇の中へ葬られる。

 地図師という仕事は、おそらくそういう場所を境界線の上をふらふらと綱渡りしながら歩いていくようなものなのだろう。

「……イロンディ、お前は本当に何というか、察しが良すぎるな」

 ため息混じりのタジの言葉に、イロンディは微笑む。

「そうでなければ、地図師は務まりませんから」

「だそうだ、ラウジャ。イロンディに答えてやれ」

「はい。タジ殿は太陽の御使いとして、レダ王からあらゆる自由を保障されています」

 あらゆる自由を保障されているということがどれだけの重大事であるかは、それこそ子どもでも理解できることだ。

「……タジさん、本当に太陽の御使いだったんですね」

「共感の技術をもっているのなら、俺が嘘をついていないことが見抜けたんじゃないか?」

 ニヤリと笑うタジ。

 その悪い笑みの意味は分かったらしい。イロンディは自身が試されていることを十分に理解しながら、しかしタジの素性を見抜けなかったこともあり、素直にお手上げの格好をする。

「真面目な顔で太陽の御使いを自称する人間がいるのでしたら、それは狂人か、人間に化けた魔獣ですよ。私の想像の外でした」

「ごもっともだ」

 くつくつと笑うタジを見て、なるほどそういうことかとラウジャが得心した。

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