【番外編】温泉好きの竜 23

 あまりにあっけらかんと言うので、逆に何かあるのではと思わず勘ぐってしまうほどだった。タジが何度か瞬きをすると、エリスが眉根を寄せて首を傾げる。

「どうしたの、入らないの?」

 貞操観念が違うのだろうか。

 確かに、見張りだからと言って浴場に控えて監視をする必要はタジにはなかった。当然彼女を視界に収めておけば石化から守り通せる確率は上がっただろうが、タジが周囲の気配をある程度察することができるのはエリスも知っての通りだ。わざわざタジが見張っている必要がないことを知っていながらその場にいることを許す程度には、裸体を晒すことに抵抗がないのかも知れない。

「いや、入っても良いのか?」

「良いって言ってるでしょう?それとも何?アタシみたいな魔獣と一緒に入るのは嫌かしら?」

 自分でか弱い女と言っていたのだから、今の言葉に皮肉以上の意味はない。股ぐらを覗くような真似を咎めるというのも、裸体そのものがどうこうというよりも、単純にジロジロ見られるのを嫌っているのだ。

「可愛い女の子と一緒に風呂に入れることに文句を言う男はいないわな」

「何それ、温泉を何だと思ってるわけ?」

 そういうことか、とタジはようやく納得する。

 服を着ていようがいまいが、エリスにとって温泉とは個人が気持ちよくなる場所であり、そこに男女の性愛をもってくるのは雑念以外の何物でもないのだ。

「いや、お前わざと衣擦れの音をこれ見よがしっていうかこれ聞きよがしにさせてたじゃねぇか!」

「バカじゃないの!?服を脱ぐ瞬間っていうのは、女の最も恥ずかしい時よ!?そればかりはさすがに簡単に見せたりしないわ!」

「普通の人は裸だってよっぽど恥ずかしいんじゃ!」

「人間なんて服を脱いだら毛を毟られた鶏肉みたいなもんじゃない!」

 バシャリと音を立ててエリスが立ち上がる。

 丸みを帯びたなだらかな二つの丘陵から、くびれた腰に向かって水が流れていく。水の流れはそのまま鼠径部を通って、脚と、脚の間を滴っていく。

「恥ずかしさと美しさは表裏一体よ。衣擦れの音が美しいのは、そこに人の羞恥が含まれているから。簡単にポイポイ脱いでごらんなさい。美しさの欠片もない。裸の姿だってそう。完璧な容姿は美しくはあっても恥ずかしくはないわ。そこに性愛など存在しないのよ」

「その発言は、自分は完璧な容姿だと言っているようなもんだぞ」

「言っているようなもの、じゃあなくってそのものズバリ言っているのよ」

 高慢ここに極まれり、といった様子だった。

 エリスの妙な哲学を聞かされてタジは頭の痛くなる思いだったが、結局のところ、温泉は自身が気持ちよく入れればそれでいいという点においてエリスの考えと一致した。

「まあいいや」

 おあずけを食らっていた温泉に入浴の許可が出たのだから、入らない手はない。タジはその場で服を脱ごうとして、ふと湯船から強い視線を感じた。

 いつの間にか再び湯船に肩まで浸かっていたエリスの視線だった。

「服を脱ぐ瞬間は、男だって恥ずかしいぞ」

「そうでしょうね。だから見ていてあげるわ」

 タジは脱衣を中断してエリスに近寄ると、彼女が頭に巻いていた綿布をぐいと目元まで下げて、固く縛った。

「あ!ちょっと、やめッ、ふざけないでよ!」

「ふざけてるのはどっちだ」

「石化の魔獣が来ても助けてやらないわよ!」

 エリスには残念なことに、周囲には魔獣どころか獣の気配すら感じられない。タジは悠々と衣服を脱いで、全裸体で湯船に浸かった。

 固く縛った綿布を緩めると、中からエリスの三角になった目が現れる。

「後で酷いわよ」

「勝手に自分だけ優位に立とうとした罰だ」

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