【番外編】温泉好きの竜 17

 情報を秘匿するのが商人である、ということではない。情報もまた商いの要素の一つであり、正しく流通されるべきだと考えるのが商人である。

「それって、当初は私たちが情報を渡すのに抵抗を感じるような人物だった、ってことじゃないの。太陽の御使いが聞いて呆れるわ」

「傲岸不遜な町娘が高飛車な態度で商品をカツアゲしにくれば、大抵は警戒度を上げるだろうよ」

 しかもその情報は値千金どころか、秘匿することにこそ価値のある情報だ。人の口に戸は立てられずとも、積み上げた金は人を殺すだろうし、殺された人の口には真綿が詰められる。

 相手を選ぶ情報なのであれば、むしろアルマがここまで詳細に教えてくれた方をこそずっとありがたく思うべきだ。

 目前に段丘を発見し、いくぶん足取りの軽くなったタジがアルマの自分たちに対する信頼度合いをまじえて説明すると、エリスは気に食わないとばかりに口を尖らせた。

「それで、段丘に着いたはいいけど、温泉は見つかったの?」

 例え露天の風呂だったとしても、高官の療養地であることを思えば、それらしい建物があって然るべきだ。

 段丘を一段また一段と登りながら、辺りを見渡していると、もっとも高い段丘に、明らかな人工物が見つかった。丸太と煉瓦で作られた、小さく粗末な家屋。その向こうには、白煙がたなびいている。

 禁足地だというのに誰に作らせたのだろうか、間違いなく家屋だった。

「あれ?」

 タジの耳元で、エリスが首をかしげた。

「どうした?」

「あの家……とりあえず近づいてみなさい」

 言い方がいちいち偉そうなのが気に食わないが、もとよりそのつもりだったので、命令されたからではなく自分の意志で、ということにして、その小屋に向かった。

 丸太と煉瓦の小屋は、近づいてみると確かにおかしかった。

 目的地がそこであるのは間違いないし、粗末ながらしっかりした作りのその小屋が高官の温泉宿であることも確かそうだった。

 しかし。

「石化してる」

 小屋は時を止められてしまったように、石化していた。正確には、無機物の煉瓦をもって石化と言うと気持ち悪さがある。少し前に見つけた石化した植物とは違い、煉瓦の方は、その風合いを保っている。丸太に関しても同様で、その風合い自体は全く変わっていないにもかかわらず、指でコツコツと叩いてみると丸太特有の温かみが全く感じられず、太陽熱や地熱にいいように温められた温度ばかり。はね返すような弾力も感じられず、硬質な音が響く。

 タジは屈んで、エリスを背から降ろした。

 ここが目的地なのは間違いない。石化した家屋の向こうからわずかに香ってくるのは硫黄泉質特有の、卵の腐ったような臭いだ。

「温泉は、モノを石にさせる効果でもあるのかしら?」

「バカ言え。魔法でもかかっていなければそんな効果があるはずない。それとも何か?教会の高官たちは温泉に入って石化するとでも言うのか?」

「組織の上役なんて、大抵の場合頭がカチコチじゃない。贅沢の末に他者への想像力を失ったとておかしくないわ」

「他者に寄り添い想像することを忘れた宗教指導者などそれこそ組織の終焉だろ」

「それもそうね」

 革靴の紐を緩めると、エリスの口から安堵のため息が漏れ出た。

「これもまあ、悪い魔法使いがやったってことで、気にせず温泉に入りましょう。臭いはキツいけれど、これが温泉としての効能を保証するのでしょう?楽しみだわ」

「その前に室内に荷物を置かせてくれ」

 タジが石化した木で作られた扉を開けると、扉はピシピシと音を立てた。

「固いな……」

 タジがわずかに力を込めると、扉は悲鳴のような音を立てて取れてしまった。

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