【番外編】温泉好きの竜 05

 机いっぱいに並べられた皿を見てタジはいささかげんなりした。

 羊肉の香草焼き、ハシアの丸焼き、ピオールの水煮、新鮮野菜の卵包み、茶粥、空豆餡子の揚げ団子、香種の甘味寄せ……。飲み物も酒から蜂蜜梅水、混ぜ物のない葡萄酒まである。

 ちょっとした酒宴を思わせる量に、店主は無表情で注文を受け、無表情で机上に並べていった。途中から申し訳なく感じ始めたタジに対して、エダードは並べられた端から一口ずつ口をつけていく。

「何人前だよ……」

 タジがあばら骨付きの香草焼きを齧りながら言う。

 新鮮野菜の卵包みは、生野菜を濃い塩味で調味した卵焼きで包んであるものだ。エダードは、新鮮と謳われる野菜から更に新鮮で旨味のあるもののみを選り分けて自分の皿に取っていた。

 箸を使って器用に食べる様子は、人間の食事を食べ慣れているように見える。

「あら、食べきれなかったら残せばいいじゃない」

「修道女の服装をしている人間の発言じゃあないんだよなぁ」

「そっか。……それもそうね!」

 タジの指摘に納得したのか、エダードが急いで服装を変化させる。

「おい!ちょっ、お前」

 制止も聞かずに、エダードは衣服を空色のドレスに変化させた。パニエで膨らませたドレープフリルたっぷりのドレスは、貴族や王族の服装もかくや、といった様子だ。

 本繻子の、光沢あるドレスで席を立つと、行儀作法など無視とばかりに対面からタジを指さした。

「アンタ、いい加減『お前』禁止。エダードって名前が言いづらいっていうのなら、別の名前をつけなさい。アンタが呼びやすいのでいいから」

「その前に、いきなりお前の服装が変わったら店主が驚くだろうが」

 タジの小声での意見もエダードは取り合わなかった。

 今後、お前と呼んだ言葉には反応しないと、顔に大書してある。

 そこで何か小気味よい名前の一つでもつけてやれれば良いが、あいにくタジにはm名案もない。目の前で期待と怒気の綯い交ぜになった顔をしているエダードにどんな名前をつければよいのか言葉に詰まった。

 机いっぱいの食べ物には、全てエダードが一口だけ口をつけている。その中で特別気に入ったものだけを食べる美食家然としたエダードには、タジも文句の一つも言いたくなるのだが……。とそこまで考えて、一つ意趣返しを思いついた。

「分かった。じゃあ今からお前のことをエリスと呼ぶ」

「エリス?どこから出てきたのよその名前」

「さあな」

 雑食な上にグルメ、全てに手をつけておきながら、本当に好きな物だけを確保する貪欲さ。タジには彼女のその仕草がリスに見えた。

 ただ、リスだけだと様にならないな、と考えて人間の名前っぽくつけたのだ。

「それよりエリス、変えた?着替えた?とにかく服を元に戻してくれ。怪しまれるだろ」

「それなら大丈夫よ、ほら」

 エダード改め、エリスの指し示す先には、店主がいた。

 エリスの変身を思わせる着替えの瞬間を見られたか?とタジは気が気でなかったが、店主は一瞬驚いた顔を見せただけで、すぐにいつもの不愛想な表情に戻った。

「やはり、貴族か王族の方でしたか」

 だしぬけに言う。

 どういうことかとタジがドギマギしていると、店主の方から言葉を付け加えてくれた。

「お忍びで修道服をお召しになっていたのでしょうが、気品は隠せませんからね。確かに、外でも目立って仕方なかったでしょう」

 ね、と同意を促すようにエリスが片目をつぶってみせる。それでタジもようやく合点がついた。

 つまり、美貌と気品を強調することによって、わざと目立っていたのだ。そうすることによって、タジが「国の頂点に近い権力者に命令されて何かをしている」という体を演出できる。

「しかし修道服でも目立ちすぎますから、もっと粗末なものでないと、外は歩けませんよ」

「大丈夫よ。変なのはタジに追い払ってもらうから」

 高飛車を演じるのもその一環。

 そう言いたげなエリスに「お前の性格は元からだろ」と、その場で言えないタジである。

 大変ですね、とだけ言い残して店主が去っていく。

「もちろん、これもタジが全部食べてくれるのよね」

「いい性格してるな」

 満面の笑みを浮かべるエリスに、タジはもはや苦笑いしか出来なかった。

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