荒野に虹を 51
邸宅のつくりは貴族もかくやと言うほどに豪華だった。それほど大きい建物ではないが、内部に使われる建材の質の良さがうかがえる。大理石を思わせる表面の滑らかな石材で作られた床は、入口から見える中央階段にまで続いており、その手すりに施された細工は、鳥獣を象ったもので、石の斑模様が美しさを引き立たせている。
ステンドグラスや肖像画でもあれば、完璧に貴族か富豪の屋敷と間違えるほどだったが、あいにく立派なのは建物ばかりで、調度品の類は粗末なものばかりだった。
後で聞いた話によると、冬場は加工に使う燃料としての木材が足りなくなるために、下手をすると家財を燃やさねばならないこともあるのだそうだ。継ぎ接ぎだらけの机やささくれ立った椅子は、そういったものから守られたものだと言う。
「ようこそ、いらっしゃいました」
その場に似合わぬ妙に粗末な服を着た男性が、中央階段の前、入口広場の中央に立っていた。深々と一礼をする男性のピンとした背筋は、肉団子のようなゴンザに比べて理知的に見える。
同時に、色白の顔はこの地に似合わぬ神経質さもうかがえた。
「コイツはアーシモルと言います。職人たちをとりまとめるのに忙しいあっしに代わって、出納、交渉、納税等を一手に引き受けてくれてるんでさァ」
ゴンザの紹介に、アーシモルと呼ばれた男はもう一度深々と礼をした。
「用件に関しては、既に眠りの国から封書が届いております。組長もご一緒にお話をお聞きになりますか?」
アーシモルのこめかみに青筋が立っているように、タジには見えた。それは恐らくラウジャも同様で、思わず二人で視線を合わせて気まずくなってしまう。
アーシモルがゴンザに同席するかどうかを聞いたのは、きっとゴンザが封書の内容を聞けば感情的になる性格だからだろう。そういう性格の者は人の上に立ってまとめ上げるのは強いが、辛抱をもって交渉にあたることや、理不尽な言葉に耐えることに慣れていない。だからこそアーシモルのような緩衝材としての人間が組合の第二位の位置で働いているのだ。
「あー、ゴンザも同席してくれると助かる」
タジは努めて平静に言った。
「タジ殿が言うんだ。あっしも同席するぞ、アーシモル」
「……左様ですか」
アーシモルの眉尻がピクリと動く。平静を装っていても、意外と顔に出るのだろう。それでも交渉を任されているのは、ポケノの町に関わる商人や税吏など周りの人間が愚鈍なのか、あるいは共謀者なのかのどちらかだ。
「では、左手の部屋へどうぞ。軽い食事などご用意しております。……ああ、でもその前に」
アーシモルが二人を引き止め、奥へと去っていく。
三人が頭に疑問符を浮かべながら待機していると、桶と綿布をもって戻ってきた。
「お二人とも、ずいぶんと臭いのですがいかがいたしましたか?もしよろしければ、軽く汚れを落としてきていただけると、交渉の場が清潔なものになるのですが……」
「ああ、そうか。下流で臭いが移ったのか」
ゴンザは何も感じていなかったが、どうやら相当臭いが移っていたようだ。タジとラウジャは謝罪をして、一旦外に出、身体を軽く清めて再び戻ってきた。
入口広場には、わずかに香水の香りが漂う。
その匂いを、二人はどこかで嗅いだことがあるような気がした。
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