荒野に虹を 49
上流のポケノの町から放たれる水量を考えて作られた護岸壁は、放水の速度を殺すことなく川を蛇行させ、下流へと流れ去っていく。しかし、元々はこの護岸壁がなかったはずで、なかった時代であれば、チスイの荒野の方へと水が流れていたはずだ。
「しかし、これだけの崖となると確かに表面に川があったとは考えられないな」
コンクリートの護岸壁をベロンと剥がしたとして、高低差は覆せない。度重なる人工の放水によって生じた高低差とも考えられなくもないが、昔日がどうであったかを想像するよりも、未来にどうなるかを想定するべきだ。
「地下に染み込んでいた、と考えるのが自然だと?」
「そこの壁さえなければの話だがな」
汚濁した水の流れる川を跳躍して、先ほど飛び降りた壁に張り付くように着地する。石灰色のコンクリートは粗雑に砂利が混ざっており、大人五人でようやく持てるような岩石を含みながら塗り固められている。水しぶきの当たる部分にはびっしりと苔が生えており、老女の腕のような枯れ枝は良く観察すると樹木の根っこであった。
「コンクリートの元祖みたいな感じだが……」
力を込めて亀裂を入れるとそこから一気に崩れてしまうのではないか、と思うと、不用意に壊してしまうのもはばかられた。そもそもコンクリートを素手で穏便に破壊するなど、タジにとって想像外だ。
ラウジャのいる中洲に戻ると、彼の周りに子どもが群がっていた。
皆一様にギラギラとした目を向けている。獲物を見つけたハイエナを思わせる。
「ねえ、お兄さん、その帯刀汚れてるよ。磨いてやろうか」
「その靴、川の水で汚れちまったよ。アタシが綺麗にしてあげるよ」
「外套も裾の方がほつれてんじゃん。アタシに任せなって、すぐに直してやっから」
「兄さんたち、腹減ってない?うちに来れば、酸味パンあるよ」
「うちにはエドリーヒの干物があるよ、焼いてやろうか?」
次々かけられる言葉に、ラウジャはにべもない。誰を見るでもなく、口を開かず、ただそこに油断なく立っていた。
「お前、ずいぶんと子どもに懐かれてるなー」
タジが戻ってくると、視線をそちらに向けて苦笑いをした。
「これはたかられていると言うんですよ」
「確かに、ちょっと邪魔だな」
タジがそう言うと、わずかに息を吸って両手の指を鉤状にし、大きく空に向かって振り上げた。
「ガオオオッ!」
ビリビリと大気の震えるような威嚇。ただし、塩一粒ほどの殺気も混ぜずに。
大きな音と仕草に驚いて、ラウジャにたかっていた子どもたちはいっせいに逃げ出した。誰一人転んだり足をもつれさせたりすることはない。
そういう子どもは町からの放水によっていなくなったのだろう。
「運動神経は申し分ないね」
「逃げ足と危険察知力は、鉱山仕事に欠かせないものですから」
なんて悲しい鍛え方だとタジは思うが、それもまた淘汰の圧力の一つの形態なのだろう。早駆けのできない騎士が斥候に回されて使いつぶされるように、ここではもっと直接的に、ポケノの町の放水から逃れられなかった者から死んでいくのだ。
「調査……というか実地検分は終わった。ポケノの町に行こうか」
「子どもたちはどうするのですか?」
ラウジャの言葉には、言外に「彼らは見捨てられるのか」という意味が含められている。
「残念なことに、俺はあの子たちに対してどうやって手を伸ばして良いのか分からん」
その言葉に、ラウジャは目を見開いて、それからあからさまな落胆を見せた。
「まだ、な」
タジは言葉を付け足した。どれも正直な気持ちだった。
ポケノの町が、孤児として育った子どもたちを受け入れられるかどうかは分からない。だとしたら、せめて良い方に傾いて欲しいと願うだけだ。
「気楽に行こうぜ。杞憂で心を痛めたところで、何も良いことは無いんだ」
崖を上り去っていく二人の大人の背中を、何人もの子どもたちがそれぞれに身を隠しながらジッと見つめていた。
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